Jerry Emma Laura Piano

Mina, Dalida, Barbara, Laura, Lara....美人大好き! あっ、Mihoが一番好き

無窮 完

2013年06月23日 | 腰折れ文

休日なので、一気に書き上げてしまった。短編だが、情景が浮かんでもらえればそれで幸せです。()この物語の登場人物、場所はすべて架空です。

十三

  時が過ぎ、短い夏が終わろうとしていた。公介は病院にいた。美智子は着替えや必要なものをもって病院の通路をそわそわ歩いては止まっている。山下は、待合所のソファーに腰を下ろし、公介となにを話す訳でもなくタバコをくゆらしていた。

 「公ちゃん。生まれたわよ」美智子がうれしそうな声を上げて待合所にとんできた。

 「どっちだね」

 「元気な子よ。かわいいんだから」美智子は母親のように喜んでいる。

 「だから、どっちなの」山下は美智子を落ち着かせ再度聞いた。

 「男の子よ。元気いいわ。公ちゃん良かったわね」

 美智子は、公介の手を引くと、分娩室脇のガラス越しに自分の子供を探した。看護婦が置くから真っ赤な顔をした赤ん坊を抱いてきて、籐で出来た小さなベットに寝かせた。山下と美智子は孫が出来たように喜んでいる。公介は看護婦につれられて病室に入った。

 「公介さん」

 「大変だったな。かわいいよ。男の子だ。ありがとう」

 「ううん。よかった。きっと公介さんに似ているわ。あなたが生きていてよかった」そういって、久美子はくしゃくしゃに泣いた。

 「公介さん。ダムは」

 「順調さ。調査はほぼ完了し、悪さしていた場所もわかった。改良設計もほとんど終わるので、春から工事がはじまるよ」

 「東洋一なの」

 「そうだよ。また巨大な貯水池ができるさ」

 「そしたら、彼とボートに乗れるのね」

 「彼って」

 「あなたの息子よ」

 後藤が知らせを聞いて階段を駆け上がってきた。

 「所長。おめでとうございます。孫が生まれましたね」と冗談交じりに声をかけた。山下はまんざらでもない顔をして、「ありがとう」と答えた。

 「所長。明日でここも最後ですね」

 「ああ。ごとさんには世話になりっぱなしで、先に退職するとは思ってもいなかった」

 「赤ん坊は奥様に任せて、今日は暇ですよね」

 「ああ」といって、美智子の顔みると、「邪魔よ。行ってらして」という顔して笑っている。そして公介に向かっては、「お父さんが一緒でいいね」と聞こえるように赤ん坊に声をかけ、二人でゆっくりさせてあげたい気持ちを伝えた。

 「上松に飲みに行きましょう。送別会と初孫の祝いですわ」

 そして、公介と後藤は病院をあとにした。後藤はいつになく上機嫌で、駅の改札を抜けると、いつものホームの乗り場にたった。これから紅葉がはじまる。一年前揺れを心配して後藤と飲んだことが思い出される。上松につき、末広に向かった。末広の入り口は相変わらず白熱電球がともっていた。しかし、見慣れた暖簾はない。後藤がガラス戸をあけて入ると、すでに数人の男たちが待っていた。

 「親父、所長さんをつれてきたよ」

 「こんばんわ」と挨拶して山下が入ると、懐かしい顔ぶれが目の前にいた。

 「あれ、斉藤。小川。」と山下は驚きの声をあげた。

 「おう。やま。今日は貸し切りだ。あとでおまえのお気に入りもくると思うがね」と斎藤が振り向いて答えた。

 「やま。ご苦労さんだったね」

 「ありがとう。息子のこと。本当にありがとう」

 「孫は見てきたかい。かわいいぞ。おまえもお爺さんか」

 「ああ、さっき小川と一緒にのぞいてきた。俺にとっては外孫かな。やまの孫みたいなものだからね。お前のほうがそわそわしているんじゃないか。奥様にも世話になって、本当に済まん」

 後藤が七笑の酒が注がれた杯を挙げ、「所長。長い間ありがとうございました」と深々頭を下げ、皆それに続いた。テーブルには、漬け物とホルモン焼きが並べられた。

 むかしのダム仲間の飲み会のように、ただ々飲んだ。気持ちがいい。こんな酒は高山ダムの竣工式以来だと山下は思った。

 「山下さんの送別会はこちらでしょうか」

 こんな、田舎のしかも薄汚い飲み屋に、あか抜けた声が聞こえた。後藤以外の連中は振り返った。後藤は入口まで出向き、狭い店だが案内した。

 「俺はカウンターにいく」と親父に告げ、後藤が山下の前の席をあけ、自分もコップと皿をもってカウンターに移った。二畳ほどの座敷は、山下と斉藤そして小川と恵子が座った。

 「おしさしぶりです。山下さんの送別会があるということを後藤さんから連絡ありまして。丁度一時帰国中だったのでおじゃましました」

 「小川です。いろいろお世話になりました」

 「斎藤です。お元気でしたか」

 「こちらこそ。その節は失礼いたしました」

 「恵子さんはいつ戻るのですか」山下が問いかけた。

 「来たばかりなのに、もう帰る話」

 「失礼。今日は遠くからありがとうございます。ダムも落ち着きました。あなたには本当に感謝しています」

 「いいわね、男は。いつまでもこんな仲間がいて。私もダム家さんの仲間にしてほしいわ」

 「十分いけますよ。うるさ方の女所長でね」後藤が横から口をだした。

 「そうね。その時はみなさんが部下よ。そうすれば、毎日魚釣りできますから。でも独り身だと寂しい寮生活です」

 「その時は、私か後妻にもらってあげますよ」

 「あれ、後藤さん。奥さんおられるんでしょ」

 「鬼の女将がね」

 「それならお断り、おなじ後妻なら山下さんのほうがいいわ」

 「ごちそうさま」後藤がわらった。笑いの絶えない宴会は遅くまで続いた。

  

「ごとさん。いろいろありがとう」ガードをくぐって官舎に向かう坂道で山下は後藤に頭をさげた。後藤は酔った振りして、ふらふら歩き満天の星空をみあげて、作業服の袖で涙をぬぐった。それから二人はだまって歩いた。

 「おとうさん。晋平も起きたようですし、寒くなってきますのでそろそろいいですか」久美子が諭すように公介に話しかけた。「ああ、そうだな」といって目を拭った。公介には新たな人生に檄を飛ばす三人の面影が湖面に映り、渓谷を吹き抜ける風の音が、残りの人生を祝福する山下と後藤と父親の声に聞こえた。

 ダム湖のほとりには、父親の直筆の「無窮」と題する石碑が建立されていた。

 無窮 : 永久なる仲間たちへ

 ダムは嫌いだ。人の欲を駆り立て、自然を乱すダムは嫌いだ

 ただ、私を育ててくれたダムと人々はいつまでも其処にいる

 貴方たちと造ったダムはわが子のように

 


無窮 第十二章

2013年06月23日 | 腰折れ文

 ()この物語の登場人物、場所はすべて架空です。

 十二

  小川はテレビのスイッチをきって溜息をひとつついた。山下が全ての責任を表明したことに安堵したが、それよりも、公介に矛先がむいたとき、一切の敵を排除したその姿に感謝した。暫くして、課長を呼び、臨時点検をすぐ実行するようチームを編成するよう指示した。課長は係長以下を召集して今夜現地に出向く旨を小川につげ部屋を出ていった。小川は今回の問題が解決したら、辞意を表明する気持ちに傾いた。

 「ごとさん。水位低下を始めるよ」

 「はい。自動放流モードに移行します。運転主任。十時半放流開始で体制をとってくれ」

 「わかりました」

 「公介はいないか」後藤が執務室にもどって久美子に聞いたが知らないといった。

 「久美ちゃん。遅くなってしまった。帰してあげたいがまわりはマスコミだらけで、運転手もいない。ここから家に電話をしてください」

 「それと、公介がきたら観測室にくるようにいってくれ」

 「わかりました。お電話かります」

 「課長。通知通報はすべて完了しました。主ゲートを通常開度運用と緊急運用のどちらのモードで制御しますか」

 「緊急運用モードでいいよ。ただ下流水位は十分監視するように」

 「はい。現在発電取水も最大となっていますので、朝までには二米程度は低下できるでしょう。それからは無害放流量にまで上げれますので、かなり低下できます」

 「決して規程を逸脱してはだめだ。ただ、限界ぎりぎりまで放流量を増加させていけ。とにかく急ごう」

 「わかりました」

 運転主任は、制御画面に刻々と表示されるデータをみながら、熟練した技能をひけらかすことなく、実に巧妙にダムゲートを開けていった。

 「小川ですが」

 「山下です」

 「いろいろすまなかった。明日には本省の特別チームが現地につく。ただ、指揮権は所長にあるとしている。何にでも使ってくれ」

 「助かる。十時半より放流を開始した。独断専行ですまん。少しでも早く水位を下げたい」

 「わかっている。明日のマスコミ対応はしんどいと思うよ。ただ、水位降下時の計測記録は確実に測定してくれ。それがなによりの証拠だから。公介をこき使ってくれ。頼む」

 「いろいろありがとう」

 血相を変えて久美子が計測室に飛び込んできた。

 「あっ。うぅ」言葉になっていない。

 「どうしたんだ。久美ちゃん」

 「公介さんが・・・」

 久美子に導かれて、当直休憩室の脇の計測ケーブル中継室にはいった。

 「公介。久美ちゃん。救急車だ」後藤は真っ赤になった公介の右手を押さえ、シャツを切り裂いた布で止血した。吹き出した血で、計器板の端子はみえない。

 「馬鹿野郎。しっかりしろ」後藤が公介の首筋に手をやった。かすかだが鼓動が伝わる。

 「おまえの責任なんてない。なにを考えているんだ。もっと大事なことがあるだろう」大声で、公介をしかった。遠くでかすかに救急車のサイレンが聞こえ、こちらに近寄ってくる。久美子の連絡で、山下も飛んできた。当直あけのスタッフも部屋のまわりをとりまいた。

 「所長。私の指示でケーブル確認と補修を一人でやらしたのが原因です。ケーブルの補修の載、道具が滑って手首を切ってしまったようで」後藤は大声で謝った。その服はすでに真っ赤に染まっている。

 山下は職員に命じて、報道関係を排除させ、玄関先に横付けされた救急車に、泣き崩れている久美子と当直あけの同じ血液型の主任を同行させ、公介を乗せた。玄関の蛍光灯は、公介の顔を死人のように照らした。久美子の紺色の事務服の胸元のブラウスは朱にそまり、真っ赤な手は、公介の左頬をさすっている。

 救命士は血圧と脈拍を測定し、まだ期待があることをエンジンの音をかき消すほどの声で久美子に伝えた。久美子は、涙を浮かべすがる思いで頭をさげた。主任とは、発見があと五分遅ければだめであったろうとはなしている。

 「久美ちゃん。だいじょうぶだよ。公介君は体力がある。昔はラクビーの選手だったんだ。君が早くみつけて良かったんだ。だいじょうぶだよ」久美子は、頷くばかりだった。

  木曽病院までは、通常どんなに急いでも二十五分かかる。途中からは、木曽警察の白バイ隊が先導した。木曽の白バイ隊は全国でトップクラスの腕前を持っている。彼らが先導した救急車では一人の死人も出ていない。五台の白バイ隊は完全に交通路を確保する。救急車はすべてセンターラインをまたいでありったけのスピードで走れる。

 「公介さん。病院についたわよ。しっかりして」握った手を救命士にはずされ、久美子は台車の脇を走った。大きな処置室のドアがしまり、ぽつんと長椅子にすわった。しばらくして、美智子が知らせを受けて駆けつけた。美智子に採血を終えたばかりの主任が状況を説明した。

 「久美子さん。大変でしたね」

 その声に振り返った久美子は、美智子にすがりついた。その体はふるえている。

 「こんなことになる前に公介さんの気持ちを私が察していなければ・・・。思い出をいっぱい作ってくれた公介さんなのに、私はなにもしてあげられない。輸血さえ血液型が違うの。奥様、おとといから嘘をついていました」

 美智子は、公介の好きな女性が久美子であることは、山下からも話を聞いていて察していた。ただ、彼女の献身的な姿をみるとかわいそうで言葉にならなかった。処置室のドアが開き、当直医がでてきた。

 「本当に発見が早くてよかった。大丈夫ですよ。心臓の強い男です。大丈夫」といって久美子の肩を叩いた。久美子は、美智子にすがって全身でうれしさを表した。

 「良かったね。久美ちゃん。将来の旦那様がこんなに早く死んじゃっては困るよね」

 美智子が精一杯のうれしさを伝えると、涙でぐしゃぐしゃになった顔から真っ白な歯が見えた。

 「山下です」

 「はい。小川です」

 「公介君が事故でけがをし、病院に運ばれましたが、安心して下さいだいじょうぶです」

 「どのような具合ですか」父親の声に変わっている。

 「出血がひどかったのですが、心配いらないとのことです」山下は家内が病院で付き添っている旨を伝えた。

 「迷惑ばかりかけて申し訳ありません」

 「彼も疲れていたのでしょう。とりあえず連絡まで」

 山下は、病院名と電話番号を伝えると電話を切った。

 シャワーを浴びて、着替えて観測室に戻った後藤は、なれない手つきで計測データの監視を行った。旨のポケットに手をやってタバコをとろうとしたとき、真っ赤になった作業服と一緒に洗濯機にほりこんだことを思い出した。

 「ごとさん」といって肩越しに山下がタバコを差し出した。頭を下げ一本とると山下がつけたオイルライターの香りの方向にタバコをむけた。大きく吸い込むと、しばらくして監視機械の前は煙が漂った。

 「所長。良かったですね」

 「ああ。彼には悪いことをした。彼はこの問題を事前に把握できなかったことに責任を感じてしまったんだ。彼は被害者なんだよ。本当の罪人は、我々とエゴで出来たこのダムさ」

 「そうかも知れませんね。でもダムは誰かが作らなければなりません。こんなことで誰もが臆病になってしまったら、二度とダムなんて出来ません。私はもう少しで定年です。でも所長や斉藤さんとダムを作ってきたことに誇りがあります」

 「そうですね。我々の青春や人生そのものですね。こんな断層の一つぐらいで、我々の軌跡が消されるはずはない。公介やこれからの技術者が育つには、試練がいるがね。ただ二度と年寄りのエゴの後始末だけは彼らにさせたくない」

 「はい。こんなことは二度とないことを祈ります。しかし本当によかった」

 木曽谷の南駒ヶ岳の方向がうっすら明るくなった。机の灰皿はハイライトのフィルターが山のように盛り上がっている。山下は恵子に連絡を入れた。マイクからはダム放流の水の音が聞こえる。

 「放流は順調です。あなたのおかげで危機は脱しました。ありがとう」

 「所長さん。熱いコーヒーでもお持ちしましょうか」

 「ありがとう」

 ステンレスのポットをもって、恵子が現れた。使い捨てのコップにコーヒーを注ぐと、表を見ている山下に差し出した。

 「山根さん。あなたは明日から渡米するんですね。そんな忙しいときにいろいろ申し訳ありませんでした」

 「いいえ。私たちはすべての人を守るために働いていると思っているのです。ですから今回はいい仕事ができたと思っています」

 「そうですか。ただ私はあなたに謝らなければなりません」

 「どうしてですか」

 「今回の件はすべて私たちが書いた筋書きにそって物事が進められたんです。もちろんダムが危険であることは嘘ではありません。ただ、我々一人の人間の力は限界があります。むかし斉藤がダムの高さを低くする提案をしたときは、私も小川も反対できなかった。斉藤の意見は正しかったんだ。でも我々には反対できなかった。今回の異常に気がついたのも斉藤が設置した高感度地震計が発端だ。今時ならすべてデジタルなのに、彼はアナログの出力を備えたものをあえて選択した。アナログは感性なんだよ。生き物はすべてアナログだから。ただ、単に危険ですといっても、お役所仕事では、一人の上申はどこかにすべて消えてしまうんですよ。そこで、あなた方の力を借りた。おいしい餌をまけばと思ってね。案の定くわえてくれた。あなた達の力をこちらの筋書きの上に走らしたのさ。悪いとは思ったが、小さな力を大きくするにはアンプが必要だった。でも、あなたは想像以上にすばらしかった。あなたでなければここまでにならなかっただろう」

 恵子は、一口コーヒーを飲むなり口を開いた。

 「気がついていたわ。話がうますぎるもの。でもあなた達は嘘をついていないと思った。正しいことをしたと思っている。あなたとは早く知り合いになりたかった。いい思い出になったわ。それより、さっき連絡で、小川局長が今回の責任を建設大臣から言及されたらしく、もうすぐ記者会見が本省であるようだわ」

 恵子は立ち上がると、テレビのスイッチをつけた。いくつかのチャンネルを回すと会見場が写し出されている。

 しばらくすると、悲痛な顔立ちをした次官がしゃべりだした。

 「今回の問題は、技術者の良心にてらして問題がある。実現可能なダムの高さをねつ造し、問題を指摘した技術者を排除し、さも問題ないとしてダムを運用してきたことは、河川管理の長たる者は譴責に値する。建設大臣は今回の問題を適正に処理するため、独自の学識経験者による調査プロジェクトチームを編成した。今後ダムの健全性を徹底的に検討し、ダムの改修も含めた検討に着手する」つぎに小川がたった。

 「今回のダムにおける問題について、これまでの監督不行き届きに責任を痛感し、先ほど辞任の意向を次官に説明し了解を得ました」簡単な挨拶であった。マスコミから幾人かの質問があった。

 「インター問題について、大桑村村長との疑惑が取りざたされていますが」

 「いえ。一昨日付けで決済されていますが、インターは南木曽町に決定しています。林野庁とも協議をかさね、国有林を広く観光客に解放し、今後の森林事業にも貢献できることで合意されています」

 「お忍びで大桑村から招待を受けているとのことですが」

 「知事からは特別な要請はあがってきておりませんし、来週は、学会出席が急遽きまっていますので、そのようなことはないでしょう」次官と関係者は手短に会見をすますと退席した。

 「本当に、嘘の塊なのね。人間が信じられない」

 「小川にはすまんことをした」

 「所長。あなたはこれからどうするの」

 「この処理が終わったら、退職する予定だよ。営林署の植林作業員の募集があったので、そんなことをしながら妻と二人でね」

 「あなたのような技術者ないなくなると不安だわね」

 「いや、けがをした小川君などいっぱい優秀な人材はいるよ。われわれより遙かに優秀な人間がね。彼らが嘘だけはつかないでいてくれたら、そして他人の意見を真剣に聞いてくれたら、バラ色さ」

 


露草(2)

2013年06月23日 | 毎日の話

iPadやiphoneのカメラもそれなりに写るが、あの小さなレンズでは記録ならともかく艶が伝わらない。先ほどの露草も咲いているのは解るが、どんな花かわからない。やはり写真機の登場となる。絞りを開放して、接写レンズを使わなくてもそれなりの雰囲気がでる。
0623


露草と蝶

2013年06月23日 | 毎日の話
露草と蝶
いつになく遅咲きの露草。 露草は色々な呼び名がある。蛍草、帽子花、青(藍)花、鴨跖草、着草、そして万葉集では月草とも呼ばれる。可憐な花だが、これも雑草扱い。露草の花言葉は、尊敬という人が多い。誰が決めたのかな? 私なら carino,graziosoの様な可憐なとか愛くるしいとするな。そうすれば、草取りしない理由になる。 そして、左にはベニシジミがチョコンととまっていた。ベニシジミだと思う。


無窮 第十一章

2013年06月23日 | 腰折れ文

 ()この物語の登場人物、場所はすべて架空です。

 十一

 「山下を頼む」

 「失礼ですがどちら様ですか」

 「本省の小川です」

 「ご苦労様です。お待ち下さい」後藤からのとりつぎで緊急専用の受話器をとった。

 「山下です。いろいろご迷惑をかけます」

 「状況は、テレビでみた。大臣官房からもひっきりなしの問い合わせだよ。ところで本当はいつ気がついた」小川に嘘をついてもしかたない。本音を話すことは前からきめていた。

 「ほぼ一ヶ月くらい前かな。高感度地震計のアナログ出力が波打っていたので、まさかと思った。でも監視装置には異常はみられない」

 「まずかったな、よりによって斉藤がいたのか」まだ小川は斉藤との関係を気にしていると山下は察した。

 「久しぶりにあったよ。元気だ。インタビューだって彼は間違ったことや、推論は一切述べていない。昔と全くかわっていない」

 技術者としては、理解しているものの溝は深い。

 「それはわかっている。ただ水位を下げる要求が出るとまずいな」

 「どうしてだ」

 「ああ、建設大臣と知事がお忍びで来週木曽に出向くことになっていた。大桑村の招待でね。高速道路の延長要請があったのだ。インターはダムの近傍、要は大桑村に」

 「また、あいつは裏の家業を始めたのか」

 「いずれにしても水位低下は難しいね。臨時の水位低下は地元の同意がいるし、観光の目玉として村長は主張しているからね」

 「小川。俺に考えがある。責任は俺がとる。任してくれ。ただ、お前のコメントがどうしても必要だ。ダムを助けるためには。東海テレビからコメントを求められたら、ダム地質技術者の権威としてコメントしてくれ」

 「ああ。本省は今後一切の問い合わせをしないように部下に指示する。そちらはまかせた。息子はどうかな」

 「良くやってくれている。気苦労かけるが、公介君がいるお陰で大変助かっている」

 「宜しく頼む。すまんな」

  テレビの特番は繰り返し、同じ画像を流しており、専門家という連中は相変わらず無責任な発言を繰り返し、流域外の視聴者の興味をさそい、下流住民の不安をあおっている。

 「所長。中部発電会社と連絡がつきました 」後藤がインターホン越しに連絡してきた。

 「山下です」

 「発電系統部長の榊原です」

 「大変恐縮ですが、ダム緊急点検のため、速やかな水位低下に協力願いたい。損失落差の補填については、第五十二条に基づいて、不特定用水分を充当します。最大取水を要請します」

 「正式要請と受けとめて良いですか」

 「はい。公式文書は、管理課長から電送します。本省局長の承認は先ほど受けています」

 「では、午後九時より最大取水を開始します」

 「宜しくお願いします」

 これで雨さえ降らなければ、これ以上の水位上昇はなくなった。電力会社も不特定用水の充当は美味しい話だし、水需要の低い時期だから大きな問題とはならない。ダムからの直接放水でないのでサイレンも鳴らないしマスコミの連中は気がつくはずはない。山下は恵子に連絡をとった。

 「方針が決まった。会見の前に貴方に概要を説明したい。他のマスコミも来ているようだね」

 「わかったわ。でもどうやってはいるの」

 「北側の燃料タンクの脇に、鋼製の扉がある。今から五分だけ解放するのでそこから入ってくれ」

 「カメラマンは」

 「だめだ。貴方一人だ」

 暫くすると、恵子は所長室のドアをノックし部屋に入った。

 「誰にもみられていませんか」

 「はい」

 「それはよかった。あそこだけは監視カメラもありません。鍵も遠隔操作だけです。今後はこのルートをつかって下さい」

 「そして、どの様な方針になりました」

 「貴方は、中央高速の延長工事計画を知っていますか。そして来週、建設大臣と知事が大桑村の招待で来村すること。インターの設置要望ですよ」

 「それが関係あるの」

 「このダムの規模もこのメンバーが決めたのさ。村長は地元で大手の建設会社をしており、ダムの建設でも莫大な利益を手にしているんだ。そしてインターの建設も上松にとられないために、女を世話して大桑に設置を決めさせようとしている。役場の脇の夕映えというクラブのママだ。取材で知っているだろ・・・」

 「そうだったの」恵子の目はさらに輝いた。

 「ところで下流住民の反応はどうですか」山下は冷静に話題を変えた。

 「ええ。でも避難についてかなり問い合わせが多いいわ。どうするの」

 「本省の局長の内諾はすでに得ているが、水位低下は下流住民の要望だけでは法律的に無理なんだよ、地元の村長の同意が必要なんだ。だから、会見には村長のコメントがほしい。そして、村長の裏の家業を伏せて、言わせるだけ言わせて、とどめをさす。これに手を貸してほしい。それと、斉藤さんと小川局長との対話を中継したい。そして、局長に水位低下と今後の対応を発言させたい。最後に大臣のコメントを取材してほしい。ただし、最後はすべて建設所長の私の責任として会見を纏めたい。九時半から会見したい。十五分後に、東海テレビの仕切りで会見会場の設定をお願いしたい」

 「あなたは、何を考えているの」

 「私はダムの病気をなくしたい。ダムの病気はダムだけではない。それに関わったハイエナたちも切開する必要があるのさ、わかってくれそして協力してくれ。たのむ」

 「わかったわ。でも十五分では対応が無理よ。四十五分からにしてくれない。スタッフにいまの件の調整をさせるから。やれるだけやってみる」

 「ありがとう。たのみます」

  山下は、後藤以下の主要職員を召集し、会見の予定を説明した。幾人かは、玄関を解放する前に、第一会議室までの通路に仕切りをした。すでに東海テレビのスタッフは玄関前に揃っていた。後藤は不思議だったが、玄関を開けると所長の会見があることを大声で伝えた。他のマスコミも慌てて玄関先に集まったが、既に東海テレビの独占的な仕切りのまえに、おこぼれを頂く程度の配置となった。

 「ただいまより、今回の障害について会見を行います。先に概要を説明してから、皆さんからの質問を受けたいと思います」

 所長からの概要説明があったあと、東海テレビをはじめとするマスコミ各社は、ダムの安全性と責任問題を繰り返し質問している。答える所長も同じ質問の繰り返しに飽きてきた。突然恵子が立ち上がって、質問を始めた。大きなテレビが持ち込まれており、スタジオも含めたメンバーも写し出されている。

 「ここで、本省の小川局長との中継ができましたので、幾つかの質問をします。小川さんよろしいですか」

後藤はおどろいた。通常本省のトップは取材を受けることはない。なのに局長がコメントするとは、この問題は非常に大きな事なんだとあらためて思った。

 「地質ご専門の立場で、今回の状態をどの様に考えていますか」

 小川は落ち着いてゆっくり話し始めた。

 「はじめに、ダム自体は健全であることをご理解ください。もし、この様な現象が起きたとしても急に変化が生じるものではありません。ゆっくりとした変化でしょう。したがって、いまどうこういう問題ではないのです。ただ、このダムには高感度地震計が設置されており、この様な現象が本当に生じたとしたら揺れも関知して管理報告にでてくるものです。報告にはなにもありませんので、これまでは問題なかったんでしょう」

 恵子は山下に質問した。

 「報告はデジタル処理されたものが発表されているだけで、生のアナログは公開されていませんね。もし、私たちが見た現象が正しいとすると、観測機器は反応しているはずです。ケーブルが故障していれば別ですが」

 山下はマイクを持ち、自ら説明にたった。

 「私から説明しましょう。高感度地震計は先月はじめから周期的揺れが観測されていました。しかし、値はごく小さく、基準に抵触しないので報告書にはきさいされていませんでした」

 会見会場はざわめきたった。

 「また、漏水観測計器のケーブルははやい段階から崩落岩でショートしていました。排水ポンプの積算電力計から判断すると、昨年の制限水位に達したころから、漏水は多くなってきていました。気づきませんでした」

 マスコミは一斉に、山下の責任問題に矛先をむけた。ただ恵子は前向きの質問をした。わかっていながら、恵子の質問のみに答えるタイミングをはかった。

 「いまの質問ですが、私は管理所長として、いやダム技術者として考えると、ダムの水位を低下させ、基礎を再度よく調査する必要があると考えています。勿論規程にそった関係箇所の了解が得られればですが」

 「小川局長の意見は」

 「ダム管理者の総責任者は規程上、山下所長です。したがってあくまでも決断者は所長でありますが、地元関係者のご理解が必要です」

 「下流住民は不安なのですよ。要望があがっています」

 会見中継が終了したころ、会見会場の入り口がざわめいた。格幅のいい男が入ってきた。一斉に照明が点灯してカメラはその男をおった。音声のマイクはふたたび音を拾っている。

「おい、勝手な会見を開いては困るね。本来村当局に最初に報告があってしかるべきだろう。所長あんたの責任だよ。紅葉観光はまだ後少しある。ボートの湖面利用も来月半ばまであるんだ。こんな悪評を勝手に放映してはこまるよ。知事からも先ほど電話があって、相当立腹している。あんたの責任や」

 「村長。水位低下に協力なさいますか」

 「なんのことだ。ダムの定期報告では安全であるとのことなんだよ。昨年は渇水だったろ。下流の市町村はこの水瓶が必要なんだろ。困るんだよ」

 恵子はスタジオにホットラインを入れ、緊急中継に移行した。ここにいる者は誰もしらない。勿論一方的放映で、会見室のテレビは消した。

 「大林さん、水位低下を点検目的でお願いします」

 山下は深々頭を下げた。カメラは二人の関係を鮮明に移している。

 「冗談じゃないよ。死活問題だ。あんたじゃ役不足だよ。それなりの人間が頭をさげなけりゃ。下流の市長だって、ダムは反対だ。洪水を防げ。水をためろ。言いたいことをいっている。今度は不安だから水位を下げろだって。村の生活を誰が保証してくれるんだ。下流の市町村が生活費をみてくれるのか」

 「でも、いまダムの水位をさげないと」

 恵子が割って質問した。

 「あんたは誰だね」

 「東海テレビの山根です」

 「マスコミか。あんたらは、はじめこのダムの反対派に協力しただろ。自然破壊とか税金の無駄遣いといってな。そして、洪水の時は対応の遅れといって当局を避難したね。一体どっちがあんたらのスタンスや。あんたらに山村で生きるということはわかりはしない。どうせ視聴率だけの世界なんだろ」

 恵子は、痛いと思った。ただ山下からの情報で切り札をもっていた。

「村長。来週に建設大臣と長野県知事が来村すると聞きましたが、水位低下に同意しないということはこれに関係ないのですか。高速道路のインター誘致の裏工作との話もありますが」

 「失敬な」

 村長は言葉に窮した。顔はひきつっている。なぜこの話をしっているのか。だれが情報を流したのか。

 「君。憶測でものを言ってはいけない。私は渇水を今年は避けたいと思っているんだよ。下流の住民は渇水に耐えられるのかね。十二時間断水が一ヶ月も続いても我慢するのかね。本当にそれができるなら、下流の市町村の長の要請があるだろう」

 「ダムの安全を確保する必要が生じてでも」

 「ダムのどこが心配なの。毎月の報告は全く心配なく、故障一つ発生していない」

 「しかし、我々の取材でそれは明らかになったでしょ」

 「斉藤さんとかいうOBがコメントしているが、彼は地質の専門家かね。現役を離れ、かつ完成後の経過を観測している人間ではないでしょう。彼は昔から、村民の夢を砕き、誰の協力をもえられなかった所長だよ」

 「局長も水位を下げる必要があるとのコメントがありますが」

 「一介の役人が何を言っているのだ。そいつが全責任をとれるというのか。ましてや、その息子が観測をとりまとめているというじゃないか。息子のミスをかばっているんだよ。とにかく、長たるものの要請がなければ、お預かりしている水は下げれない。村に来てくれる観光客のための水でもあるんだ」

 「村長さん。貴方は知事さんと特別な関係と聞きますが。女性がらみでね」

 「なに」

 「あるクラブのママが我々の取材を受けてくれましてね。このダムの建設裏話や、今回のインター誘致に関してもいろいろ話してくれました。ごらんになります」

 「君たちは何者だ。そんなことはしらん。所長あんたの責任や、すべてな。勝手にしろ。我々の村は本件には関知しない」

 「しかし、村長の了解が手続き上必要なのでは」

 「一切、当村は関知しない。したがって、ダムに起因するすべての責任はそこの連中がとる」

 「では貴方には、拒否する気はないと」

 「とにかく、しらない」村長は、赤ら顔で肩を揺すってでていった。他のマスコミは、局長と息子の関係を指摘した。

 「担当者のコメントを求めます」

 「いや、全ての責任はこの私にある。したがって、一切の答弁はわたしが対応する」

 「なにか隠していないのか」

 「そんなことはない。これで会見を終わります」

 大きな声で、山下は言い切った。そして、書類を抱え席をたった。一斉にフラッシュが光り立腹した、開き直った山下を撮影した。