これはライカM4と言うドイツ企業のカメラです。
根強い人気があり、マニアの中ではライカと言うカメラは半ば神格化されていますが、タイトル通り「モノはモノ」
カメラはカメラでしかない訳で、神様でもなんでもないのです。
自分の撮影スタイルに適合し、かつ自分の使い方に適合したなら買って使えばいいだけのこと。
「お布施」と呼ばれるお金の使い方。
新品ならまだしも中古で買って、メーカーに何の「お布施」になるのか。
あくまでも道具は道具、モノはモノ。
勿論気に入って大事に使うのは良いことだけれども、神様ではない。
こういう「モノ」を神格化させてしまうとココロが変な方向に向いてしまう。
別の例えで、オートバイ。
これもバイクはバイク。
神格化してしまって、「モノ以上」の存在にしてしまうと、ややこしくなってくる。
「コイツが死ぬ時は俺も死ぬ時」なんておかしな思想になってくる。
実際そういう人が何人もいた。
私には到底理解できない遠い世界にいるみたいだ。
挙句の果てに、コロッと事故って周りに迷惑をかけたりする人間になってしまう。
値段云々ではなくモノに愛着を抱き、大切に使うことは良いことだと思う。
しかしモノを「自分以上」にしてしまうと、自分は勝手だけれど人にまで迷惑をかけかねなくなる。
たかだかカメラで・・・と思っても、こんな物を買うために借金したり、挙句の果てには破産してみたりする場合だって無くはないと言うこと。
そしてモノは自分に益をもたらすがそれ以上のことはしてくれないと言うこと。
なぜかって?
モノは人が操作してやっと道具になるのだから。
モノは勝手に向こうから何かしてくれる事はないのです。
「ココロの支え」ならばいいけれども、「神様」にしてはいけません。
M4、前に持ってました。もう売りましたが。
理由の1.M2の方が合っている気がするから、2.貧乏だから(笑)。
飯が食えなくなるくらい、機械に執着するのは、ちょっとと思いますが、それに至らない範囲で、楽しむというのはよいと思いますよ。
M4の理由は、M4のが流通が多く選びやすくかつ安い。 でした。
まあ、執着度合でしょうね。
愛してやまないお人形さんが、火事の家に取り残されてしまった時に、(それが家族や子供ならなりふり構っていられませんが)「悲しいけれど、今までありがとう」と思うか火の中へ飛び込んでしまうか・・・の違いでしょうかね。
あまりに感情移入しすぎてしまうとちょっと危ないのではと思った次第であります。