AAO(臼蓋内転骨切り術)
術後一年一か月で年齢を重ねる
自骨手術をしたのは、47才11か月
退院したのは、48才二十日
さて、変形股関節症や形成不全に対し
手術や今後を考えるのに
「年齢」は、大きい。
札幌のRAOの先生は、年齢的に半年入院といった。
両脚で1年じゃん。。うっそぉぉぉぉぉ。
と、「人工THA」がいいです!!といった私に
今が自骨手術の最後のチャンスだと。。。
う、うーん。
いいよ。今そんなに痛くないし。
ここから、筋肉でも鍛えて、
ダメになったら、人工にしよう。と思った。
手術したら、はいっ全快ではない。
手術してもthaはあり得る。
ので、股関節の手術は考えた。
腰は、「麻痺しますよ」というこれが決定打。
そして、股関節と腰は連動しているということで
しぶしぶと股関節の手術をしたといいますか。
するなら短期で両脚と考えてAAOだったのに、
片足になった。
片足なら札幌の前方進入式RAOで退院まで
2週間がよかったのに。。。
でも、いろいろと巡り合わせというか、
運命論的な私がいる。
このパソコン環境も偶然。
もともとパソコン歴30年だぁぁぁぁ。
けど、途中、パソコン無しという生活を2回。
いろいろと考えるところがあって。
で2回目のパソコン復帰は、
ただでパソコンをくれるっていうキャンペーン。
うーん、とおもいながら、まあいいかっと。
と、いろいろ使う場面に遭遇して。
すごくつかったのは、股関節の情報を得ること。
甥っ子の就活。
パソコン仕事も増えたな。。。
いままでは、学校時間のみでパソコン仕事もこなしてた。
実は、10数年前、形成不全は知らなかったけれど
人工股関節や変形股関節症のドキュメンタリーを
テレビで偶然見て、ああ、私これかもなぁ。。。
将来人口になるかなぁって思っていた。
漠然とそうおもっていて母親にも言ったんだった。
ああ、このころから、よく、
病気系のドキュメンタリーなんかで
親と話していたのは、
がんとかなんでも告知する と
延命しない と
ペインクリニック、痛みだけとるという
このことで、みんな同意見だったこと。
だから、母のがんのときは、この時からの考えで
介護をしていった。
と、なんとなく暗示があるというか、
運命的というか。。。
これを書く気ではなかったんだ。
そうそう、年齢と状況で手術をどうするか
悩んでしまう股関節という病気だなって。
正解とかまったくわからないし、術後1年で
よかったかどうかすらわからない。
今、手術を検討している方々にきかれても
答えに窮する。
いろいろと決断した方に何をいうこともできない。
これが現実か。
だから、ただただ、自分はこうでしたを書きとめているだけ。
自分の体験しか語れない。
受け取り方はそれぞれ。だろう。
でも、一番自分にとっていい情報に
なることを願い思うこととなるだろう。。。
母のがんの時もそうだったな。
パソコンなし時代だから、携帯を駆使したんだ。
「余命半年といわれても、すごく長く生きている方」がいて
母親にそれを重ねてみたり。。。
でも、母はきっちりと半年でした。
40代後半の手術は考え方が難しいなぁと思う。
30代で痛いならするだろうか。
30代なら30代で悩むかな。
腰は手術しなかったら、どうなってたのかなぁ。
麻痺につながったのかなあ。
同じ病院にかよっていた同僚の若い先生は
激痛で救急車で運ばれてたけど
手術ではなかった。
私は腰もたいして痛くなかった。。。のです。
49才になって体力や細胞や筋肉が
良くなるとか発達するはないのだ。
さて、悪くないっいいながらまだ少し
この感じでいけたらいいなぁって思っている。
雪かき
今日も雪かきとは。。。
そろそろお疲れモード。
排雪業者さんは二月までの契約だったかな。
きょねんは、この時期すごくふった1日があった。
甥っ子の就活の何かの日で
私は私ででかける用事で
杖をついてJRにのったのだ。
この日太ももくらいまで降り続けたはず。。
よくよく雨毛たな。JR乗れたな。
1年でこんなにいいんだな。
雪かきが腰と脚の術後経過によくない
影をおとしていると思うのです。
雪国の宿命なんだろな。
2、3日前のぽかぽかの日は
溶けてかたまって氷のツルツル路面だし。
まだまだ、歩くのに気が抜けない。
と、「ヨガのくつ」というのを発見。
ちょっと時間がなくって通りすがりだけれど、
腰痛がやわらぐという
うたい文句があった。
10,000円ちょっとだ。
うーん、興味はしんしん。
術後一年一か月で年齢を重ねる
自骨手術をしたのは、47才11か月
退院したのは、48才二十日
さて、変形股関節症や形成不全に対し
手術や今後を考えるのに
「年齢」は、大きい。
札幌のRAOの先生は、年齢的に半年入院といった。
両脚で1年じゃん。。うっそぉぉぉぉぉ。
と、「人工THA」がいいです!!といった私に
今が自骨手術の最後のチャンスだと。。。
う、うーん。
いいよ。今そんなに痛くないし。
ここから、筋肉でも鍛えて、
ダメになったら、人工にしよう。と思った。
手術したら、はいっ全快ではない。
手術してもthaはあり得る。
ので、股関節の手術は考えた。
腰は、「麻痺しますよ」というこれが決定打。
そして、股関節と腰は連動しているということで
しぶしぶと股関節の手術をしたといいますか。
するなら短期で両脚と考えてAAOだったのに、
片足になった。
片足なら札幌の前方進入式RAOで退院まで
2週間がよかったのに。。。
でも、いろいろと巡り合わせというか、
運命論的な私がいる。
このパソコン環境も偶然。
もともとパソコン歴30年だぁぁぁぁ。
けど、途中、パソコン無しという生活を2回。
いろいろと考えるところがあって。
で2回目のパソコン復帰は、
ただでパソコンをくれるっていうキャンペーン。
うーん、とおもいながら、まあいいかっと。
と、いろいろ使う場面に遭遇して。
すごくつかったのは、股関節の情報を得ること。
甥っ子の就活。
パソコン仕事も増えたな。。。
いままでは、学校時間のみでパソコン仕事もこなしてた。
実は、10数年前、形成不全は知らなかったけれど
人工股関節や変形股関節症のドキュメンタリーを
テレビで偶然見て、ああ、私これかもなぁ。。。
将来人口になるかなぁって思っていた。
漠然とそうおもっていて母親にも言ったんだった。
ああ、このころから、よく、
病気系のドキュメンタリーなんかで
親と話していたのは、
がんとかなんでも告知する と
延命しない と
ペインクリニック、痛みだけとるという
このことで、みんな同意見だったこと。
だから、母のがんのときは、この時からの考えで
介護をしていった。
と、なんとなく暗示があるというか、
運命的というか。。。
これを書く気ではなかったんだ。
そうそう、年齢と状況で手術をどうするか
悩んでしまう股関節という病気だなって。
正解とかまったくわからないし、術後1年で
よかったかどうかすらわからない。
今、手術を検討している方々にきかれても
答えに窮する。
いろいろと決断した方に何をいうこともできない。
これが現実か。
だから、ただただ、自分はこうでしたを書きとめているだけ。
自分の体験しか語れない。
受け取り方はそれぞれ。だろう。
でも、一番自分にとっていい情報に
なることを願い思うこととなるだろう。。。
母のがんの時もそうだったな。
パソコンなし時代だから、携帯を駆使したんだ。
「余命半年といわれても、すごく長く生きている方」がいて
母親にそれを重ねてみたり。。。
でも、母はきっちりと半年でした。
40代後半の手術は考え方が難しいなぁと思う。
30代で痛いならするだろうか。
30代なら30代で悩むかな。
腰は手術しなかったら、どうなってたのかなぁ。
麻痺につながったのかなあ。
同じ病院にかよっていた同僚の若い先生は
激痛で救急車で運ばれてたけど
手術ではなかった。
私は腰もたいして痛くなかった。。。のです。
49才になって体力や細胞や筋肉が
良くなるとか発達するはないのだ。
さて、悪くないっいいながらまだ少し
この感じでいけたらいいなぁって思っている。
雪かき
今日も雪かきとは。。。
そろそろお疲れモード。
排雪業者さんは二月までの契約だったかな。
きょねんは、この時期すごくふった1日があった。
甥っ子の就活の何かの日で
私は私ででかける用事で
杖をついてJRにのったのだ。
この日太ももくらいまで降り続けたはず。。
よくよく雨毛たな。JR乗れたな。
1年でこんなにいいんだな。
雪かきが腰と脚の術後経過によくない
影をおとしていると思うのです。
雪国の宿命なんだろな。
2、3日前のぽかぽかの日は
溶けてかたまって氷のツルツル路面だし。
まだまだ、歩くのに気が抜けない。
と、「ヨガのくつ」というのを発見。
ちょっと時間がなくって通りすがりだけれど、
腰痛がやわらぐという
うたい文句があった。
10,000円ちょっとだ。
うーん、興味はしんしん。