鏡海亭 Kagami-Tei ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石? | ||||
孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン) |
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第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29
拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、 ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら! |
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小説目次 | 最新(第59)話| あらすじ | 登場人物 | 15分で分かるアルフェリオン | ||||
第58話(その4)最強の盾
| 目次 | これまでのあらすじ | 登場人物 | 鏡海亭について |
|物語の前史 | プロローグ |
4.最強の盾
「このような時、このような場であることに鑑み、包み隠さずに本心を申し上げると……ここ数日における、ガノリス連合軍に対するエスカリア帝国軍の圧勝は、我々の予測を完全に超えていました。今後の戦略の前提が一気に激変してしまったと、認めざるを得ません」
数名での会合に適した小ぶりな円卓からはみ出るほどに広げられた地図を、厳しい目で睨みつつ、議会軍の情報将校マクスロウ・ジューラは吐露するのだった。彼の隣には腹心の部下エレイン・コーサイス、彼女の対面にはエクター・ギルドの飛空艦クレドールの副長クレヴィス・マックスビューラー、その隣でマクスロウと向き合うのは、今次のギルド遠征部隊の指揮官にしてクレドール艦長、カルダイン・バーシュという面々である。場所は勿論、クレドールの艦内だった。目立った装飾もない単調な色・形状のいわゆる《旧世界風》の様式である内装に、議会軍の二人も慣れてきたようだ。この会議室内も、例に漏れず《旧世界風》の簡素な造形に統一されている。
彼らの目の前の地図には、等高線に類する技法は使われていないにせよ、絵図でもって地形や土地の高低も一定程度は把握可能なよう、細部に至るまで緻密な描写があり、さらに数値や記号の書き込みが隅々にまで施されている。羊皮紙を想起させる素材で作られた、強度や耐水性にも配慮した目の前の地図は、立ち入りが厳格に禁止されている要塞線《レンゲイルの壁》一帯の念入りな測量に基づいて作成されたものだ。
淡々とした口調の裏に、意外にも時として迸りそうになる情熱を敢えて押さえつけているような、独特の風情のもとでマクスロウはさらに続けた。
「我々の方にも判断の甘さが無かったとは言えません。王国を長年脅かしてきた宿敵ガノリスの強さに過剰な期待をして、ガノリスがエスカリア帝国に対する壁となって時を稼いでくれると、あわよくば互いに潰し合ってくれると都合よく思い込んでいた面がなかったといえば嘘になります。しかし、それ以上に、帝国軍の力を読み誤っていました。浮遊城塞《エレオヴィンス》によって、瞬く間にガノリスの飛空艦隊の主力が壊滅させられ、続いてガノリス王都も一瞬で消滅させられるなどとは……。そして敵方ながら、まさに戦えば全戦全勝、アポロニア・ド・ランキア率いる《帝国先鋒隊》の鬼神のごとき進撃ぶりも」
マクスロウが忌々しげに言葉を呑み込むと、それまで黙って頷いていたクレヴィスが、物静かな心地良い声で尋ねる。
「浮遊城塞《エレオヴィンス》がガノリス王都バンネスクに放った大火力の攻撃、ギルドの方でもまだ詳細は把握していないのですが、軍の方でつかんでいる情報があれば教えていただけませんか」
「とある筋のガノリス軍関係者からの情報によれば、《エレオヴィンス》の下部に搭載された対地用の超大型の《マギオ・スクロープ》(呪文砲)か、それに類似した兵器であると思われます。発射前の魔力制御の状況や後に残った魔力の痕跡からみて、極大の無属性魔法による砲撃である可能性が高いということです。私は魔法については十分な知識をもっておりませんので、それ以上のことは、今後、専門家の報告を受けるまで分かりませんが」
マクスロウの口から《無属性魔法》という言葉が出た時点で、クレヴィスがツーポイントの眼鏡の下で瞳を光らせた。いつもの彼から感じられる飄々とした印象とは異なる、隠された知識を貪欲に求める魔道士の目だった。
「それほどの無属性魔法……おそらく《ステリア》の力ですね。《霊的対消滅反応》を利用した《旧世界》の失われた技術。これを火器に用いた場合は、そうですね、当時の断片的な資料から推測する限り、《大陸》ひとつを消し去るほどの、いや、《星の海》において《星(わくせい)》そのものを破壊するような攻撃さえ可能であったと思われます。ただ、《旧世界》の超魔法科学文明それ自体、この《ステリア》の力を使った戦争によって滅亡したといわれています。それは果たして人間が手にしてよい力であったのか……あるいは、救いようのない人間という種族を自滅させるために、神が敢えてお与えになった呪われた果実だったのか」
《ステリア》の力について告げたクレヴィスが、《アルフェリオン・ノヴィーア》の姿、そして《空の巨人》や《紅蓮の闇の翼アルファ・アポリオン》に関する伝説を意識していたのは当然である。その一方で、ギルド随一の魔道士として知られるクレヴィスの話を聞き漏らすまいと、エレインが几帳面にメモを取っている。彼女の真摯な様子を横目で見て微笑を浮かべながら、マクスロウは言った。
「帝国軍の強さを支えるもの、つまりは《旧世界の遺産》というのは、我々の常識では計り知れない力をもっているということですね。これまで我々は、いかに並外れた性能であったとしても、《旧世界》の技術を用いた兵器をひとつやふたつ投入したところで、所詮は局地における一時的な勝敗に影響するのがせいぜいであり、単体で戦争の大局を直接左右することなどあり得ないのだと基本的に考えてきました。しかし現実には、戦い全体の行方すら変えてしまうような一手さえ、旧世界の兵器は可能にします。それに対して凡庸な機体を何十体、いや、何百体差し向けたところで、おそらく結果は変えられないのでしょう」
マクスロウの言葉にクレヴィスは満足げに頷き、内心で彼を誉めている。
――戦術レベルではともかく、戦略レベルでの局面を単機が一変させることなど普通は有り得ないのだという、そんな思い込みにとらわれず、《旧世界》の兵器の恐ろしさをよく理解されているではありませんか。この点について適切な認識をもっていない相手とは、今回のような戦いで手を組むのは危険ですからね。さすがは、議会軍のドラード元帥の懐刀といわれる人物です。
彼のそのような様子を承け、マクスロウは話を元に戻した。
「帝国軍の圧勝により、《レンゲイルの壁》攻略の作戦も大幅に変更しなければならなくなりました。本来であれば、《壁》に籠もる反乱軍の消耗と補給線の不安定化や寸断、さらには士気の低下を狙う長期の包囲戦で進めることが望ましい。しかしながら、帝国軍がガノリス領内からオーリウム国境へと迫っている現在、そのような選択肢は絶たれました。とはいえ現状のまま、あの《壁》を短期決戦によって攻略しようとしたところで、成功の見込みは極めて低いでしょう。万が一、勝利したとしても、攻め手の我々も壊滅的な損害を被っていると考えられます。そのときには、もはや帝国軍に立ち向かえる力は残っていません」
一方で、整った知性的な横顔や怜悧な銀の長髪から想像されるような、いかにも高級貴族出身のエリート将校らしい雰囲気や、他方で、情報部門での彼の長年のキャリアから推測される慎重さや老獪さといった印象とは裏腹に、マクスロウは、ごく率直に語っている。ひょっとすると、彼のそのような態度自体が、ギルドの警戒心を解き信頼を深めるための演出かもしれないにせよ。
対するギルド側のカルダイン艦長は、縮れた髪と濃い髭で覆われた、武骨だが内心の読めない面差しのもとで、マクスロウの言葉に悠然と耳を傾けていた。こちらはこちらで、海賊まがいの冒険商人から身を起こし、タロスの革命戦争の際に《ゼファイアの英雄》にまでのし上がった百戦錬磨の飛空艦乗りである。マクスロウの話が一息ついたところで、艦長はそれまでよりも目をやや大きく見開き、わずかな沈黙の後、冷淡にさえ聞こえる乾いた感じの声で言った。
「たしかに、今の御見解には十分な根拠がありますな。軍事力ではオーリウムを大きく上回るガノリス王国ですら、その度重なる侵攻の試みを、《軍神レンゲイル》の盾によってことごとく退けられてきたのだから。この50年近くの間……。世界屈指の要塞線《レンゲイルの壁》と、現在これを守備する王国きっての名将トラール・ディ・ギヨット、そしてガノリスとの戦いの経験により鍛え抜かれてきた《レンゲイル軍団》。これらの力は、《敵》として向き合った今、改めて痛感させられるものです。普通に攻めたところで、《最強の盾》を貫くことはできますまい」
「仰せの通りかと。それでも我々は、帝国軍の到達前に《レンゲイルの壁》を取り戻さなければいけません。そこでエクター・ギルドの力もぜひお借りしたいという次第です」
ギルド側の協力について改めて念押しするマクスロウに対し、カルダインが重々しく頷いた後、彼に代わってクレヴィスが尋ねた。
「では早速ですが、今後の戦いに向け、確認したい点がひとつあります。お尋ねするまでもないことかもしれませんが、あくまで、念のためです。議会軍として、ガノリス側から《壁》を攻める作戦は考えていないとみて、よろしいですか? ガノリス軍が混乱している現状なら、幾分の工夫や遠回りが必要にせよガノリス領に越境し、そちらから《壁》を奇襲させることも不可能ではないですからね。もっとも、背後のガノリス国境の側は……いや、元々、ガノリスの侵攻に対して設けられた要塞線ですから、本来はそちらが《正面》だというべきでしょうか……そのガノリス側は《壁》の防御力も火力もいっそう強力で、なおかつ、川幅も水深も圧倒的である大河ヴェダンを堀同様に伴っています。それでもなお、この正面突破のための奇策がおありなら、と」
マクスロウは即座に首を軽く振り、皮肉っぽく微笑んだ。
「あの《壁》を正面から攻略することを可能にするような、そんな妙手は残念ながら思いつきません」
そう、クレヴィスが確認したのは、反乱軍がほぼ想定していないであろう、ガノリス側からの奇襲・計略の可能性を議会軍が有しているかどうかだったのだ。
「確かに。それはギルドとしても同様です。では、オーリウム国内側から攻めるしかないわけですが、《レンゲイルの壁》付近一体には手付かずの湿原が広がっています。これが厄介ですね。《壁》を落とすためには、陸戦型を中心とするアルマ・ヴィオが何個師団か必要でしょうし、それも、大火力を備えた重アルマ・ヴィオを集中的に投入しなければ、多数の要塞砲や重アルマ・ヴィオを擁する《壁》側の火力にたちまち押し負けてしまいます。けれども、あの沼地をアルマ・ヴィオで進むという選択も、原則的には有り得ません。たちまち沼地に沈んで機体を放棄することになるか、移動できずに四苦八苦しているところを《壁》から狙い撃ちにされるのがせいぜいです」
クレヴィスの主張に、マクスロウもほぼ同感のようだ。ガノリス側からの攻め、そしてオーリウム側の《壁》周辺からの攻め、という二つの指し手は否定されたことになる。そのうえで、最後のひとつになりそうな選択肢をマクスロウは挙げ、地図上の大きな街道を指で辿った。
「湿原を避け、アルマ・ヴィオの大部隊が《壁》付近まで進軍できるという前提を満たすルートは、エルハインの都から《王の道》を経てガノリスに向かう街道のみです。しかし、それがぶつかる先は《ベレナの門》、すなわち《レンゲイルの壁》の正門と一体化した要塞都市ベレナの真正面……ガノリス側に向いた箇所の構えほどではありませんが、それでも、《壁》の防御力が最も高い箇所のひとつです。そこを攻めるとなれば……」
ここにきて、さすがに言葉を濁すマクスロウに対し、クレヴィスは即座に告げた。
「無理がありますね、それも。いや、見通しの良い街道で、正面から不用意に行列で攻め寄せたりすれば、先日、議会軍が大打撃を被ったときのように、反乱軍側についた例の《黒いアルフェリオン》の《ステリアン・グローバー》で一掃されてしまいます。これも《旧世界》の兵器の脅威というところです。困りましたね」
《黒いアルフェリオン》、それはルキアンの兄弟子ヴィエリオ・ベネティオールが操る《アルフェリオン・ドゥーオ》に他ならない。その存在もまた、この間に《壁》周辺の議会軍の動きが慎重になっている理由の一つである。とはいえ、何の考えもなしに、あらゆる攻め手の可能性をただ否定し尽くすことが、クレヴィスの狙いではないだろう。彼は意味ありげに目を細めた。
「いや、そういえば、いまの一連のおさらいの中で、どこかに見落としがありませんでしたか。これまで軍事大国ガノリスは、ありとあらゆる手を使って《壁》を落とそうとしましたが、確かに無駄でした。しかしそれは、あくまでガノリス側からの侵攻に限られていました。自国であるオーリウム側から《壁》が攻撃されることなど、一度もなかったわけです。そして《レンゲイルの壁》は、天然の要害である沼地に守られていますが、味方側の土地において、敢えて部隊の移動や物資の搬入の困難な場所を背にする必要などあったのでしょうか。むしろ、それまでの歴史的な経緯で、そこに要塞線を構築せざるを得なかったためではないでしょうか」
何か奥の手があるのだろうかと、黙って話に聞き入るマクスロウとエレインに対し、クレヴィスはさらに告げる。
「要塞線が造られるよりも遥か昔、前新陽暦時代の頃から、オーリウムの民はガノリスの民との境界に簡単な土塁を築き始めていました。その土塁が後に城壁となり、おそらく何百年もかけて強化され、我々の時代に至って、それを基礎にして現在の要塞線となるに至ります。では、かつてのオーリウムの人々が壁を設けたとき、それは湿原の中にあったのでしょうか? いや、敵の進軍を阻む湿原がもし広がっていたのなら、その中にさらに防壁を設けるという困難な工事など、わざわざ行う必要もないでしょう」
調査を事前に進めていたのか、それとも彼の博識ゆえなのか、いずれにせよ《壁》の起源にかかわる知識を、クレヴィスはすでにある程度有しているようだった。
「少なくとも、オーリウムもガノリスも《蛮族の地》としてレマリア帝国の支配下にあった時代には、レマリアがその版図全体に張り巡らせた《王の道》は、オーリウムとガノリスの境界など関係なく両者の地を貫いて伸びていたのです。ヴェダン川に橋を架けやすい、比較的浅い場所に面したところを、つまりは、今の《レンゲイルの壁》付近を通って。多くの旅人や馬車、それからアルマ・ヴィオも、そこを行き来していたのですよ。おそらく、その通行を遮るような湿原も、まだそれほど存在していませんでした」
「なるほど、もしや、我々が見落としていた点というのは……」
かの智謀の魔道士の思惑に、マクスロウが気づいたようだ。彼はクレヴィスに対して頷き、エレインにも何か問いかけるような顔つきをしている。マクスロウの直感に浮かんだ答えに、クレヴィスの言葉も近づいていく。おそらく双方は同じ結論に達するのだろう。
「長きにわたって整備されてきた防壁を活かすため、そして何よりも、湿地帯が広がってしまった今の時代となっては、その中に壁を作れるしっかりとした地面の残された場所は、かねてより防壁が置かれていたところにしか見いだせなかったため、現在の位置に《レンゲイルの壁》があるのではないでしょうか」
クレヴィスはそう言った。ちょうど同じ頃、ミトーニア神殿の文書館で《探し物》の最中であろうシャリオのことを、念頭に置きながら。
「しかし、《壁》の周囲がすべて湿地のように見えても、底なしの泥沼のように見えても、その下には、あるところにはあるのです。それは、かつての……」
【続く】
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