◆ ◆
ずっと暗闇の中にいた者にとっては、
たとえ微かな光でも、それはあまりにも眩しく、
抗し難い憧れをかき立てられずにはいられない。
手の届いた光に恋焦がれ、
私は追いかけるようにすがりついた。
その光がどういうものか、確かめもせずに。
イアラの部屋には窓が無いに等しい。窓はあるのだが、それが部屋の中と外の世界とを光で結びつけることは稀である。一日中閉ざされたカーテンの陰影をささやかに変化させながら、その向こうで朝に日が登り、夕に日が沈む。イアラは部屋から殆ど出ることがない。だが、そんな彼女も時々散歩に行きたくなることはある。たしかにそれは、夕暮れに近いほんのわずかな時間、庭の中を歩くだけにすぎないにせよ、トレーネア家の館の恵まれた庭園は、閉じた部屋に籠る彼女にとっては広大な野山にも等しかった。
真昼の陽光はもちろん、今のような夕暮れの消えゆく残照のもとでさえも、それに当たり続けると溶けてしまうとでも言わんばかりに、庭を散策するイアラは物陰に隠れがちで、黒いヴェールをいつもより深めに被っている。しかし今日の彼女は、何かにそわそわする様子で、庭園の外れにある柵のところまで歩み出ている。それは彼女にとっては、小さくはない勇気の表れだ。
「今日も、会えましたね」
遠慮がちに、わずかにだがイアラの声が弾んだ。
「明日も、頑張って、外に、出てみようかな」
◆
なぜ私がいると皆の笑顔が凍り付くのか、
なぜ私だけを置いてそこから離れてゆくのか。
大人も子供も。父や母ですらも。
私は、嫌われるようなことも、悪いことも、
何もしていないのに。
とても幼い頃、私には分からなかった。
しかし、ほどなく理解した。
私の存在自体が忌まわしく、否定されるべきものなのだと。
私がどこに行こうとも、普通に生きようとしても、呪いは私自身に付いて回る。
私は最初から、鍵のない見えない牢獄に囚われて生まれ、その中で生きていたのだ。
この竜の左目が、醜い鱗が、私の人生も幸福も残らず喰らい尽くすのだろう。
いつもならまだ薄明りの残る時。今日は生憎の雨模様で、ひと足早く夜が降りてきた。だが、降り続く雨を気にもかけず、イアラは傘を差して立ち続けていた。まるで心地よい陽光の中にたたずむように。
「今日は会えないと思っていました」
喜びを抑えきれず、私は傘を投げ捨てて駆け出していた。
「本当ですか。こんな私でも、仲良くしてくれるのですか」
◆
最初は偶然のように、それからは次第に偶然が必然になり、
いつしか《彼》は、私に会いに来てくれるようになった。
永劫の檻に囚われた醜い竜の眠り姫を、
誰も助けようとせず、誰もがあざ笑い、
それどころか存在すら忘却しようとしていた中、
ただひとり、彼だけが呼び掛けを絶やさなかった。
そして私は、差し出された手を信じて箱庭から飛び出した。
何度か忍び会うたびに、初めて見る外の世界にふれるたびに
私は自身が赦されていくような気がした。
その幸せな時間が積み重ねられるほど、
やがて来る絶望がいっそう深くなるとは、思うはずもなく。
◆
「ここ、は……?」
頭が割れるように痛く、喉のあたりまで吐き気がよじ登ってきている。イアラは見知らぬ場所で目が覚めた。
薄暗い倉庫のような場所。冷たい石造りの床に無意識に手を這わせると、苔や泥や、それから、こびりついた血の跡のようなものが、指の先にぼんやりと見えた。考えたくないことだが、おそらく、誰かに薬を盛られたのだろうとイアラは思った。
意識がまだいくらか混濁していて、イアラは周りの様子をよく理解できない。足取りも定まらず、ふらふらと動いたとき、背中が鉄格子にぶつかった。掛けられた錠前が鈍く響き、絶望的な音がした。
「出してください! 誰か、誰か!!」
イアラが悲鳴を上げると、奥の暗がりの方から二人の男が現れ、こちらに近づいてきた。一人は、でっぷりと腹の出た、よく肥えた猪のような中年の男だ。揺れるランプの明かりに照らされて見える彼の衣装にせよ装飾品にせよ、とても身なりが良いことはすぐに分かった。そのいでたちや雰囲気からして、おそらく、かなり位の高い貴族だろう。男は片目を開き、イアラを値踏みするように眺めると、無遠慮に言った。
「これが、失われた人竜の血を色濃く現した娘か。もっと化け物のような顔をしているのかと思っていた。これはこれで、相当の美形ではないか」
「はい。この間の出し物に飽き飽きしておられたお偉方やご婦人方も、次の秘密の夜会にはさぞや満足なさることでしょう」
二人目の男がそう告げたとき、イアラは己の耳を疑った。いや、疑うというよりも、信じたくなかった。イアラが今の今まで愛しく思っていた、あの心地よい響き。その声の主である、小ざっぱりとした短い金髪の青年が、明らかに邪悪な笑みを浮かべている。見事に仕立てられた黒いフロックをまとって、いかにも貴公子然とした様子で立つ《彼》の姿ではあるが、身にまとう空気感が普段とは異なり――いや、これが本来の姿なのだろうが――世に疎い娘を惑わし、魂を魔界に引きずり込む妖魔の化身のようであった。
「なぜ……。なぜ、あなたが、ここにいるのですか!? どうして……」
いまにも狂乱が溢れ出しそうな、目を剝き、青白く歪んだ表情で、イアラは何度も唇を震わせた。
そんな彼女を《彼》は鼻で笑って、軽薄に気取った声で答える。
「なぜって、最初から君をここに連れてくるためにだよ。それにしても楽に騙せたな。いや、騙すためのあれこれも、ほとんど何もせずに済んだ。大体、君みたいな半魔や半獣の者は、心の奥で誰かに受け入れられることを切望しているから、上っ面だけの優しい言葉にも簡単に引っかかる」
「なぜ、こんなことを。お金の……ため、なのですか」
イアラは、自身への慰めのようにそう言った。金のために、一時の迷いで《彼》の心がよこしまな方に流れたのであれば、まだあきらめがつくかもしれないと。《彼》が最初から悪しき人間ではなかったのだと。だが、《彼》は呆れたように大声で笑い、手を振って全否定する。
「金? 金なんか、もう飽き飽きするほど手にしている。僕はもっと高尚なのさ。君の今の顔が、その何もかも失ったような絶望の表情が見たかったんだよ!」
この男は、どこぞの貴族の放蕩息子あたりだろうか、世俗にまみれた小悪党よりも遥かに厄介な、本質的にずっと悪魔に近い人間なのだろう。イアラはようやく理解した。否、直感したことを、とうとう受け入れた。これまで彼女に微笑みかけ、優しく扱い、温かい言葉をかけてきたのは、すべて偽りで、すべてが彼女という獲物を狩るためだったのだと。何か別の利益や別の快楽のためではなく、うら若い女性を地獄に堕とすそのような行い自体が、《彼》にとっては最高の遊戯であり、悦楽であるのだと。
その間、もう一方の男が、恥も外聞も貴族の誇りすらも感じられない、どす黒い欲を露わにした顔つきでイアラを見つめている。
「生まれつき竜の血を色濃く現していなければ、今頃は幸せに過ごしていたであろうに、気の毒なことよ。それにしても《普通の人間》とはまた違う美しさも、時には良いものだな。この娘が亜人の魔物どもに弄ばれてどんな声で泣くのか、今から楽しみだ」
「《人間》であればたしかに気の毒です。でも《これ》は、しょせんは人の皮を被った《トカゲ》ですからね。それを襲うのが不潔なオークやゴブリンあたりですか。そんな魔物同士が交わる醜悪な様子をわざわざ大金を払って見物するなど、正直、何がよいのか理解できません。まぁ、僕には関係のない話ですが」
イアラの人間性を全否定する《彼》の言葉が、彼女を奈落の底に突き落とした。もはや恐怖や嫌悪の情すらもほぼ浮かばないほどに、彼女の心は、その深奥に至るまで、ことごとく壊れてしまった。その後、イアラは間一髪のところでアムニスに救われたにせよ、彼女の心が元に戻ることはなかった。
◆ ◆
「イアラ、しっかりしろ、わが主イアラよ」
本人の意思によらず、悪夢のようにこうして時折思い起こされる残酷な回想を、アムニスの力強い声が破った。虚ろな目をしたイアラを両腕で抱え、アムニスはかなり感情的になって彼女の肩を揺さぶっている。彼の長い髪の向こう、それでも呆然と宙を見つめる無反応なマスターに対し、とうとうアムニスは彼女の頬を張った。
「目を覚ませ!! 君が見るべきは、そんな過去じゃない。彼らとの未来だ。手を伸ばすんだ、イアラ」
アムニスの精一杯の呼びかけに、イアラが突然に目を見開き、彼の名を呼んだ。
「アムニス!」
彼の名を口にすると同時に、イアラの目から無意識に涙があふれ出た。
――届いてください! みんなが待っています、イアラさん。聞こえていますか、エレオノーアです。もしもし!!
エレオノーアの心の声が再び響いてきた。それは騒々しいほどだったが、アマリアが仲間すべての想いをエレオノーアに委ね、支配結界の中から彼女とイアラとをつないでいるのだ。大きな賭けだった。しかし《紅の魔女》アマリアの直感は、その賭けが最善の方に転がると見抜いていた。
――この手を取ってください。あなたの居場所は、きっと、ここなのです。
思い描いた幻影の中で、イアラは、エレオノーアの手がいま、そこまで届いたような気がした。その感覚通り、エレオノーアの声が胸の奥に浸透してくる。
――やりました! イアラさん、つかまえたのです。もう離しませんよ。
――エレオノーア……。
互いに精神を一部共有し、幻視し合う中、イアラとエレオノーアが手を取り合い、空に舞い上がるイメージが浮かんだ。そして彼女たちの想いに応ずるかのように魔力の激流が迸り、空間を超えて二人の間をつなぐ。時を同じくして、イアラの背後に《ダアスの目》が悠然と姿を現し、彼女を見おろすようにゆっくりと瞼が開いた。
そのときイアラの視界は《ダアスの目》とひとつになった。そして彼女の瞳に映ったものは。
――私には分かる。これが《深淵》。遠い昔にも見たことがある。魂の一番深いところに刻まれた記憶。何度か、この目に焼き付けたことがある。
そのことを思い出したとき、イアラの中に多くの異なる人間の記憶が、想いが、次々と溢れた。見知らぬはずの、しかし知っている者たちの姿が次第に鮮明になっていく。
乙姫のような衣装の、あるいは仙女を思わせる衣をまとった背の高い女性が、細長いショールのような布をなびかせて立っている。彼女は空色の髪を頭上で二つの輪に結い、さらに左右にふんわりと下ろし、思慮深くも厳しい眼差しでイアラの方を見ていた。その背後には、濃紺のフードと長衣をまとった、どことなく呪術師や祈祷師を思わせる一団が付き従っている。だが、奇妙な違和感があって、彼らには生きているものの気配がなぜか感じられなかった。
続いて見えてきたのは、ルキアンと同じくらいの年頃の、黒髪の少年だった。彼は、その年には不似合いなほど何かを悟ったような表情をしており、そのくせ、いたずらっ子のような「悪ガキ」感も、その眼にときおり浮かべる。簡素な灰色のローブをまとい、手には杖を握っている姿から見て、おそらく魔道士か何かだろうか。ただ、よく見ると彼の周囲に三つ、四つ、ほのかに明滅する光が浮かんでおり、それらは明らかに意思をもった動きで遊んでいた。そう、彼は精霊使いだ。
ほかにも数名の影が浮かんだものの、姿かたちが曖昧でよく分からなかった。
――困ったな。御子の魂の記憶、あなたたちの想いを真っすぐに継げるほど、私は、強くないもん。でも、分かるよ。辛いのは、私ひとりじゃ、なかったって。
紋章を浮かべたイアラの右目、そして左の《竜眼》からも、はからずも涙が流れた。
――当たり前のことだよね。でも、苦しすぎて、そんな簡単なことも、分からなかったんだもん。だけど、私は……。
イアラの背中から、何匹もの大蛇のようにうねる青いオーラが立ち昇り、彼女の体を覆い隠すほどに力強く、濃く、そして渦を巻いて広がっていく。
私は水の御子。
大海を統べ、凍った山々を眠りにいざない、恵みの雨を呼び地を満たす者。
世を潤す大河から小さなせせらぎまで、見守り、導き、
緑を支え、花を咲かせ、万物の命の源となる水を司る者。
水は優しく、穏やかに、あらゆるものの形に寄り添って流れる。
――けれど、怒れる水の力は、すべてのものを吞み込み、打ち砕く。見るがいい。《あれ》の御使いよ。
イアラの右目に澄んだ青い光が浮かび、遠い古の文字や記号で埋め尽くされた魔法円、《水の紋章》を瞳に描き、目映く輝かせる。
――よくやった、エレオノーア。本当に君は……毎回、私の予想を超えてくる。これでイアラの《紋章回路(クライス)》が起動し、《通廊》も開いたぞ。
アマリアが頷き、先ほどまでの戦いの中では聞かれなかった安堵の声を上げる。
――イアラとアムニスの思念体をここに召喚する。皆、それぞれの位置につけ。五柱が揃う。
彼女は紅色のケープを翻し、杖を高々と掲げた。これを合図に、既に描かれていた五芒星陣が改めて青白く輝き、いっそう輝きを増してゆく。そしてアマリアが強く念じると、残りひとつだけ空いていた五芒星の頂点に魔力が集まり始め、光となって、輝く扉の形を取り始めた。
光の扉、その向こうから感じられるあまりにも大きい魔力に、カリオスは思わず寒気を覚えた。
「この感じ、何かとてつもない力が近づいてくる」
御子たちの中でも、まだ魔法の世界に通じていない彼ですら、露骨に実感するほどの膨大な魔力だった。宙にふわりと浮き、カリオスの肩に乗るようにしてテュフォンが言う。
「来たね、マスター。最後の者たち、水の御子とパラディーヴァが。火を吐く竜相手に、《水》属性の彼らが来たのは心強いよ」
あどけない少年の顔つきで、テュフォンは微笑を浮かべている。一方、その眼は鋭い光を帯びて四頭竜をとらえていた。
「それは御使いの方もよく分かっているみたいだけど……何としてでも止めに来るかな?」
「いや、ルキアンが全力で放った《天轟(イーラ)》の直撃を受け、あの竜は、単純な再生能力では回復しきれないほどの深手を負っている。そんなふうに見えるが」
細長い目をさらに狭めて、カリオスが首を傾げた。御子としては未熟であるとはいえ、ギルド最強のエクターだ。いまだ経験したことのない、人知を超えた力がぶつかり合うこの戦いの中でも、カリオスは細部まで敵の様子を把握していた。そのつもりだったが、彼の表情が微妙に変化する。
「あんな状態でも攻撃に出ることを強いられるほど、《水》属性の御子の到来は、《炎》属性をもった火竜にとって脅威だということか」
「ご明察。そのくらい、相性が悪い」
テュフォンの気楽な口調は、この戦いをまるで他人事だと思っているようにも聞こえる。もちろん、そんなつもりはないのだろうが。
「かといって、《炎》属性ではなく御使い本来の《光》属性の力に頼っても、エレオノーアとこれまた相性が悪い。《光》属性は防御や回復に絶対的な強みがあっても、攻撃する側に立ったときに決め手になるような力には、いまいち欠けるからね。エレオノーアのように《闇》属性かつ防御や支援に長けた相手がいると、意外に攻めあぐねる。どっちにしても、ほら、魔法がくるよ」
緩やかに落下し始めていた神竜が再び浮き上がり、急激に魔力を集中させる。四頭竜の背後に火の玉が浮かび、時計回りにひとつ、ふたつ、と円を描くように増えていく。そしてひと回りするとすべての火球がつながり、後光のように眩く輝き、微かに目に映る灼熱の火炎が突風のごとき勢いで周囲に広がった。
「やばいって、どんどん桁が上がっていってる、あの温度!! マスター、とっとと後ろに隠れなさいよ。あたしも知らない超級火炎呪文、失われた竜の英知の一部。気を抜いていると、大火傷くらいじゃ済まないからね」
《炎》属性のパラディーヴァのフラメアすら慌てさせるほど、超高温の魔法を、御使いが放とうとしている。グレイルはあっさりとフラメアの背後に回っていた。逃げ足は素早い。
「わりぃな、そうさせてもらった。だが、この気味の悪い音、いや、声は何なんだ?」
幾重にも連なる枯れた声で、これまで聞いたことのない、未知の言葉らしき一連の音が轟く。それは詠唱、時の彼方に忘れられた竜の英知に属する言語体系。竜の胴体が立ち上がり、四つの頭が同時に口を開き、四本の首で猛火を絡め取り、握りしめるようにして巨大な火球を作り出していく。
「燃え尽きよ、愚かな人間ども……。《炎帝(イムペラートル・イグニス)》」
炎を司る神帝の鉄槌が、天に背いた人の子たちに振り下ろされようとしたそのとき、信じ難い光景が御子たちの前で繰り広げられた。
《海が落ちてきた》
そうとしか表現できない。突然に目の前で大海が波打ち、荒れ狂った。だがその莫大な水量は、何もない空から轟々となだれ落ちてきたのだ。嵐の海は、多数の巨大な水柱となって天空まで貫き、そして再び、地の果ての大滝を思わせる勢いで海面を叩きつける。この海原自体がひとつの生き物のようだ。想像を絶するその水量と水圧に阻まれ、御使いの竜の放った灼熱の大火球は、大洋をも干上がらせそうな勢いで周囲の水を爆発的に気化させながらも、次第に小さくなり、波に飲まれ、最後には跡形もなく消失した。
「今のは、ただの膨大な水。それを操っただけ。魔法ですらない」
無感情につぶやく声とともに、揺れる水の翼を広げた黒いドレスの人影が、御子たちの上空に姿を現した。
「来てくれたのですね、イアラさん!!」
イアラの思念体が支配結界の中に現れたことに、エレオノーアが思わず声を上げる。それが聞こえているのかいないのか、イアラは右目を見開き、水の紋章が輝きを強める。彼女の背中で水の翼が大きく広がり、霧を伴いながら逆巻く水流の尾を幾筋も従え、神々しく羽ばたき始めた。その間に一瞬で解放され、劇的に増大したイアラの底なしの霊気を前にして、エレオノーアは思わず退き、後ろにいたルキアンの足を踏みつけてしまった。
「ごめんなさい、おにいさん! でも、ちょっとこれは……イアラさん、怖いくらいの魔力量です」
「たしかに。あの《ディセマの海》の、深海の淵と向き合ったときみたいだ」
エレオノーアの背中を支えながら、ルキアンも息を吞んだ。
イアラは上空に浮かんだまま、隣にアムニスを従え、無言でアマリアを見つめる。アマリアも黙って頷いた。直後、うって変わってアマリアは、よく通る低めの声で告げる。
「五柱の御子たちよ、我らが同じ時代に揃うのは本来起こりえないこと。だが《聖体降喚(ロード)》によって……皆、言いたいことは色々あるだろうが……世界を統べる《あれ》の《節理》から外れた闇の御子が生まれ、《永劫の円環》の呪いは瓦解した。紡ぎ直された因果の糸を、確定した事実とするために、御使いの化身をここで必ず仕留める」
アマリアはルキアンと目を合わせ、彼に役割を引き渡した。
「今回の《星輪陣》では、君が《軸》となれ。ルキアン・ディ・シーマー。天に連なる《光》属性の御使いを倒すためには、《闇》属性の力が不可欠だ」
五芒星のそれぞれの頂点に各属性の御子とパラディーヴァが立ち、そして星型の真ん中、最上部の頂点に、ルキアンとエレオノーアが手をつないで立った。
「どこまでもお供します。わたしのおにいさん」
「一緒に、みんなで帰ろう。宿命を超えて」
全員の力が十分に高まり、心がひとつになっていくのをはっきりと感じつつ、ルキアンは口を開いた。彼に続いて、エレオノーア、そして残りの御子たちも言葉を継いでいく。
「我が名はルキアン、我が名はエレオノーア、共に闇を司る御子なり」
「我が名はグレイル、炎を司る御子なり」
「我が名はカリオス、風を司る御子なり」
「我が名はアマリア、地を司る御子なり」
最後に、自らに言い聞かせるように、彼女は覚悟を決めて言った。
「我が名はイアラ、水を司る御子なり」
五属性・六人の御子たちの声がひとつになる。
我ら、御子の名において《通廊》を懸け、
《対なる力》に至る《深淵》への扉を開かん。
根源の御柱(みはしら)のもとに、五つの星に導かれ、
予め記された終焉の一瞬に向けて、
回れ、刻め、
《五柱星輪陣(ペンタグランマ・アポストロールム)》!!
【続く】