鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

不壊の大楯で奇跡開く守護者、アダマス・モードを先行公開!

連載小説『アルフェリオン』、昨日6/28公開の第53話(その4)はいかがだったでしょうか。ここのところ、小説本編ではルキアン視点での物語が進展しておりますが(彼は主人公なので当然といえば当然ですね。笑)、その一方で大局的にみると、「レンゲイルの壁」をめぐる決戦が気になるところです。


本日は、この決戦にて初登場するアルフェリオンの新形態、アダマス・モードの画像を先行初公開です! 例によって、まずAIのHolaraさんが元絵を生成し、その元絵を鏡海が加筆・修正するというタッグを組んで作られました。


あれ? アルフェリオンにしては普通……の騎士型っぽい姿ですね。先日公開されたテュラヌス・モードのアルフェリオンは、狂暴さ・邪悪さに満ちた(笑)、ラスボス的な印象でしたが。ルキアンの怒りが形になったような、ただ憎しみをぶつけて戦うために生まれたようなテュラヌスに対し、アダマスは、むしろ冷静に自身の役目をみすえたルキアンが呼び起こした形態です。

アダマスは防御に特化しています。アルフェリオンの様々な形態の中でも(ただし、アルファ・アポリオンは当然除く)、防御力は随一です。RPGでいうところのタンク、楯役というのか、そういう感じですね。分厚い甲冑と、何より巨大な楯を有する見た目から、防御力が高いことは容易に想像できますが、実は結界・バリアを張って防御することにも長けています。上掲のスライドにもある「メタ霊子結界」はその代表的なものです。

反面、アダマスには派手な武器はありません。特に飛び道具はゼロに等しいです。強いていえば、唯一、ランブリウス(アルマ・ヴィオで呪文を使うための空中魔法陣描画ユニット)を飛ばして、攻撃魔法を使うことはできると思いますが……。肝心のルキアンが攻撃魔法を知らないんですよね。

それでも、アダマスは大型のMTソードを持っており、機体のパワーもあるため、近接物理戦闘の攻撃力は地味に高いです(アルフェリオンの全モード中、テュラヌスに次ぐパワーがあります)。何より、とにかく硬いですし。

いや、それよりも、エレオノーアが、アダマスのPR画像で目立ちまくっています!(笑) なんだか、彼女がアダマスを覚醒させ、メタ霊子結界を展開しているようにも思える書きぶりですね。

そもそも、それはどういうシチュエーションなのでしょうか……。ルキアンがアダマスに乗って戦っており、そこにエレオノーアが一緒にいるような。いま、ルキアンはシェフィーアさんに会うためにミルファーンの王都に向かっており、もうすぐ議会軍・ギルドと反乱軍の間で起こる「レンゲイルの壁」での決戦とはまったく違う動きをしています。ルキアン、どういう経緯かは分からないにせよ、いずれ決戦に戻ってくるのでしょうか。そのときにエレオノーアが同行してくるのでしょうか!? すると、エレオノーアは、常に主人公と行動を共にするパーティーの仲間ということになります。もう、ヒロインはエレオノーアで確定?(苦笑)なのでしょうか。

先日公開の第53話(その4)でも、エレオノーアがぐいぐいと前に出て来ましたね(笑)。ルキアンとエレオノーアの初めての出会い、の回でした。エレオノーア(ルキアンの前ではまだエレオンと名乗っていましたが)の突拍子もない発言のために、ルキアンがお茶を吹いたシーンは、シリアスなこの小説にしては珍しい感じでしたね。

ちなみに第53話(その4)は、シェフィーアさん本人は出てこない回なのですが、でも彼女を中心に置いた内容です。シェフィーアさん、色んな意味で衝撃の過去!でした(詳しくは本編で)。もっとも、彼女が危ない人であることは、以前にレイシアと砂州を散歩しながら会話していた場面に出てきましたが。ただの人殺しではなく、騎士という名のそれに踏みとどまる云々と言っていたあたりですね。地面に槍を突き刺して。

しかし、そのシェフィーアさんのエピソードも……割り込んできたエレオノーアが目立ちすぎて、途中から彼女に全部持っていかれましたね。思ったより積極的な子なんですね。いや、あの積極さは、運命の「おにいさん」(笑)、真の闇の御子であるルキアン限定です。誰にでもあんなふうな、ルキアンいわく「距離感の変わった子」であるわけではありません。

アダマスの話をしていたのが、途中からエレオノーアの話に変わってしまいましたが、いずれにしても今後に目が離せません。第53話(その5)も引き続き執筆中です。お楽しみに! 二人で川に釣りに出かけた後(出かけたというより、ルキアンはエレオノーアに強引に引っ張っていかれたのですが)、どうなるのか、面白いですね。あるいは、ルキアン視点の展開はあそこでいったんストップして、他のキャラの動向が描かれるかもしれないですね。

本日も鏡海亭にお越しいただき、ありがとうございました。
読者様方からの応援にも感謝です! おかげさまで、復活後の小説更新も、第53話が「その4」まで進んだように、何とか軌道に乗ってきたところです。

ではまた。

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第53話(その4) 道を踏み外した姫様のこと

目次これまでのあらすじ | 登場人物 鏡海亭について
物語の前史プロローグ

  --- 第53話に関する画像と特集記事 ---

第53話PR登場キャラ緊急座談会? | 中盤のカギを握る美少女?

 


第53話 その4


 
「やぁ、久しぶり……。レオーネおばさん」
 気恥しそうに頭をかきながら、ブレンネルが挨拶をした。背は高めだが華奢であり、隠れ場所としては必ずしも適当ではない、彼の背中に――それでもルキアンが身体をできる限り隠そうとして、右に左に、もじもじと足踏みをしている。
 彼らの間の抜けた姿に、取り立てて何か感ずるところもなさそうに、一人の老婦人が黙々と編み物をしていた。ブレンネルの声が聞こえていなかったわけでも、耳が遠いわけでもないようだが、彼女、レオーネ・デン・ヘルマレイアからは、しばらく何の反応も帰ってこない。
 ブレンネルが困った様子でルキアンと顔を見合わせ、二人して微妙な苦笑いを浮かべている。やがてレオーネは、針仕事をする自らの手元を見続けながら、ほとんど背を向けたまま返事をした。
「ブレンネル坊やも大きくなった、いや、すっかり一人前のおじさんになったね。前に会ったのは、いつだった?」
 すぐには思い出せないのか、わざとらしく首を上げ下げしては考え込むブレンネル。
「お茶でも飲みながら、話を聞こうかね。何しろ……」
 顔を上げ、レオーネがルキアンに送った視線。
「アルマ・ヴィオで乗りつけるなんて、ただ事じゃないだろうし」
 見るものを射すくめるような鋭利な光が、彼女の目に宿った。それに呼応するかのごとく、ルキアンは、自身の胸がひときわ大きく鼓動を打ったのを感じ、同時に後ろに押し戻されたような気分にもなった。
「す、すいません」
 ルキアンが思わず頭を下げる。目の前の老女が、かつてミルファーン屈指の機装騎士と恐れられた人物であるとは信じられなかったところ、彼は一瞬にして、見方を改めるのだった。
 もっとも、歴戦の勇士の気でもってルキアンを瞬時に威圧したレオーネは、その直後に彼と再び目を合わせたときには、落ち着いた老婦人に戻っていた。
「いいんだよ。まだ若いのにエクターなんて、因果な商売を。見た感じ、軍人でも傭兵でもないようだけど」
「ご挨拶が遅れました。エクター・ギルドのルキアン・ディ・シーマーと申します。御無礼をお詫びします」
「ふぅん、やっぱり貴族なんだね。で、ギルドのエクター。私はレオーネ・デン・ヘルマレイア。レオーネでいいよ」
 ――あの人と同じだ。ミルファーンの貴族。
 ルキアンは、デン・フレデリキアのことを、すなわちシェフィーアのことを反射的に思い浮かべた。レオーネも本来はミルファーン人であるという点を意識すると、彼女のいくつかの言葉に自分たちとは違ったアクセントや発音が混じっていることに、ルキアンは改めて気づくのだった。だが全体としてみれば、生粋のオーリウム人と何ら変わらない話しぶりからは、レオーネのオーリウムでの暮らしが相当長きにわたっていることがうかがえた。
「長旅、疲れたろ。まず座っておくれ」
 レオーネに促され、ルキアンとブレンネルは、部屋の隅に半ば転がすように置かれている椅子をそれぞれ起こし、床のきしむ音をさせながら腰を落ち着けた。
 一息ついたルキアンがふと顔を上げると、向こうからお茶とお菓子を運んでくる少年と視線がぶつかった。少し年下だろうか、あるいは同じくらいの年でも見た目が若干幼いのだろうかと、ルキアンは他愛のないことを思いつつ、自らと似た銀色の髪をもつ少年に親しみを覚える。
 そんなルキアンに、にっこり笑いかけ、銀髪の少年は思ったより高い声で言った。
「こんにちは、おにいさん。僕、エレオン・デン・ヘルマレイアです」
 彼の名前を聞いて頷いたルキアン。その表情を見て、エレオン少年は首を振った。
「あ、ヘルマレイアといっても、僕、レオーネ先生の本当の子供じゃないですよ。先生の弟子です。でも僕は、先生をお母さんだと思っています」
 師と呼ぶ者と共に暮らす銀髪の少年――ルキアンは、胸の奥で何か遠くのものが呼び起こされるような、不思議に懐かしい気分になって少年の顔をしげしげと眺めた。まず惹きつけられたのは、不自然なほどに鮮やかな、澄んだ青い瞳。それは天空を象徴する宝石を、たとえば選りすぐりのサファイアを想起させつつ、そういった高雅な一面と同時に、彼の眼差しには愛嬌や親しみやすさもあり、好奇心の赴くままによく動く。そして、ふっくらと柔らかそうな唇は薄桃の色、さらに薄桜の花さながらに、ほのかに色づいた頬。
 
「おにいさん」
「あの。おにい、さん」
 エレオンが仕方なさそうな笑みを浮かべ、何度もルキアンのことを呼んでいる。
「あ、ごめんなさい。ちょっと……」
 ルキアンは我に返った。また得意の妄想が顔を出していたようだ。
 ――あ、あれ? いま、男の子に、見とれてしまった、ような……。何やってるんだろ。でも、さっきからずっと僕の方ばかり見ているような。いや、そうだったとしても、それは別に……。
 小声で何かぶつぶつと言い、ひとりで顔を赤くしているルキアン。彼のそんな様子をエレオンは微笑ましく感じたらしく、細めた横目でルキアンの方を曖昧に見続けながら、お茶を入れている。二人暮らしには幾分大きめの白磁のポットは、花や葉を記号化したような紺色の紋様でシンプルに彩られている。そういえばミルファーンの王立の大規模な陶磁器工房が、この種の白と紺の器で知られていることを、ルキアンはどこかで聞いたような気がした。
 レオーネがわざとらしく大きな咳払いをした。初対面にしては奇妙な、ぎこちなくも、変にお互いを意識したルキアンとエレオンのやり取りに、呆れたような表情をしている。
「若いお二人は、話したいことがあれば、あとで沢山語り合ってくれたまえ。それより、何か頼みごとがあって、あたしのところに来たんだろ、ブレンネル?」
 
 ◇
 
 ルキアンの抱えるひと通りの事情を、ブレンネルから聞いたレオーネ。その都度、彼女は頷きながら、比較的好意のある様子で受け止めていたようだった。それにもかかわらず、ブレンネルが喋り終わった後、しばらく彼女は一言も発しようとはしなかった。
 必要以上に長く感じられる沈黙を気まずく思ったのか、ブレンネルは、ルキアンに昨晩語った話を繰り返す。
「昨日も言ったように、俺の親父は、ミルファーンの王都でカフェをやってたんだ。レオーネおばさんは、そのときの常連さ。都の市壁内と郊外との間、中途半端な場所にあるいまいち売れない店に、いつの頃から機装騎士が一人、立ち寄るようになった」
「その中途半端な場所が、あたしには穴場というのか、いわば隠れ家として都合良かったんだよ。王宮の連中ともあまり顔を合わさずに済んだし、街から遠く離れた街道沿いの店よりは多少なりとも洗練……いや、少なくとも酔って暴れる冒険者やら、女が一人とみれば無作法に絡んでくるゴロツキなんかは、あまりみなかったしね」
 レオーネがようやく口を開き、言葉を継いだ。懐かしそうに相槌を打つブレンネル。
「でも結局、都での商売は上手くいかなくて、親父の故郷のオーリウム王国に戻り、ノルスハファーンで店をやり直すことになった。で、二代目店主が俺ってわけだ」
「あの頃は、あたしも殺伐とした仕事に手を染めていたけど、まだ人生に多少の先が、夢があって、何かと楽しかったよ。でも、思い出話に花を咲かせるために来たわけじゃないんだろ。それでルキアン、ケンゲリックハヴンに行きたいんだって?」
 昔語りを楽しむ流れを断ち切るように、レオーネがルキアンに話を振った。
「はい。会いたい人が、います」
「会いたい人、ねぇ……」
 レオーネは深く長く、これ見よがしに溜息をついた。
「あんたは、あの子のことを、どのくらい知っているんだい? あの《鏡のシェフィーア》、シェフィーア・リルガ・デン・フレデリキアのことを」
 シェフィーアの名を聞いた途端、これまでには無かった想いの輝きがルキアンの目に浮かんだことを、レオーネは見逃さなかった。そして彼女の予想通り、少年の口数がにわかに増えていく。
「いえ、ほとんど、どういう人かは知りません。でも、あのときシェフィーアさんがいなかったら、僕は、今ここにいなかったと思います。はっきり言うと、敵に殺されていたでしょう。シェフィーアさんは、僕の孤独な居場所を、空想の世界を、それでいいって……向き合って、手を差し伸べてくれた。すべて肯定してくれた人です。その、僕の中の、暗くて、醜くて、気持ち悪いところまで、全部」
 己の神を讃える信者を連想させる、滔々と紡がれていくルキアンの言葉に対し、レオーネは僅かに顔をしかめ、途中からはむしろ笑いをこらえるような様子で聞いていた。
「あのね、ルキアン。あんたはシェフィーアのことを、魂の師か、聖女様か何かのように言うけれど、あれはそんな人間じゃない。あれは……」
 レオーネの声が一段、低くなった。
「あの子は《化け物》です、と。そう言わざるを得ない」
 シェフィーアのことを化け物呼ばわりされ、露骨に納得しかねるという顔になったルキアンを前にして、レオーネは淡々と語り続ける。
「もし何度生まれ変わったとしても、不老不死になって修行を何百年続けたとしても、あたしには、あの子に届く気がしない」
 そう言ってレオーネは立ち上がると、ゆっくりと窓際に向かい、濁りのある分厚くて小さめの硝子窓のところで、レースのカーテンを無造作に降ろした。老いてなお筋の一本通った彼女の背中を見つめながら、ルキアンは言葉に聞き入った。
「むかし、互いにアルマ・ヴィオに乗って、まだ小娘だったあの子と初めて向かい合ったとき、あたしは抗い難い恐怖を感じた。こう、体の芯から、理屈じゃなく、ただ怖かったのさ。仮にも《灰の旅団》随一、《剛壁》と呼ばれていた機装騎士がね。おかしいだろ。だけど、あれは違う。あの子とひとつになったアルマ・ヴィオは、もう、あたしたち人間の扱うものとは……絶望的なまでに、次元が違うんだよ」
 ミト―ニア市街でシェフィーアの操る重装型のティグラーと対峙したときのことを、ルキアンは思い出した。ほんの些細な挙動ひとつをとっても、獣同様に驚くほど自然で、事前の気配すら悟らせない動きを。あのときは、ただ驚嘆するばかりであった。しかしそれは、単なる驚きの域を出るものではない。優れた繰士と戦った経験のまだ少ないルキアンは、シェフィーアの強さを正しく測れる段階にさえ至っていないのだ。
「もう、あたしが、いい年をして敢えて機装騎士を続けている意味など、無いんじゃないかって。このあたりが引き際かと考えるようになったのは、あの子と出会ったことがきっかけさ」
 レオーネは、若干の自嘲を感じさせる語り口で、力なく笑った。だが、続く彼女の言葉は、一転して暗く、淀んでいた。
「あの子は強い。国造りの英雄やおとぎ話の勇者、いや、それ以上かもしれない。だったらミルファーンは安泰? いいえ、違う。あれは、この世で平凡な民と共に生きるには、人としての何かが欠けている、本質が違い過ぎる……。だから《化け物》なんだよ」
 レオーネはルキアンに歩み寄り、左右の手で、彼の肩をしっかり掴んだ。その感覚に、ルキアンはなぜか師のカルバのことを想い出す。もはや記憶していないはずの、ワールトーアの礼拝堂での出来事を。そんなルキアンのことなど気にする様子もなく、老婦人は長い独り言のようにいう。
「昔、ミルファーンの王族に一人の娘が生まれた。当時はまだ適切な世継ぎの無かった国王は、ひとまず安堵して喜んだ。ところが、その姫は美しく成長するも、次第に理解し難い面を露わにしていった。彼女は狩りに異様な執着をもち、野獣どころか巨大な魔物にさえも、嬉々として、執拗に、手槍一本で襲いかかった。顔も体も獲物の血まみれになって、周囲が寒気を催すような恍惚の表情を浮かべて……。そうかと思えば、お気に入りの女官たちの血を、特に美しい生娘の血を好んで差し出させ、夜な夜なすすっているという噂も出始めた」
 ――何で急にそんな変な話を。いや、それって、まさかあの人の……。
 「姫」という言葉にルキアンは反応する。シェフィーアのまとった飄々として得体の知れない雰囲気の中に、ときおり近寄り難いほどの気品も感じられたことは、その王家の血筋ゆえであるとすれば合点がいく。
 ――だけど、まるで戦闘狂や、吸血鬼みたいじゃないか。
 ルキアンが心の中で驚いたことを読み取ったかのように、レオーネが頷いた。
「いや、それどころか、あの様子じゃ、実際に人の命さえ奪っていたかもしれない。機装騎士として戦場で敵を倒した結果ではなく、ただの人殺しとして、自らの快楽のためだけに。いや、それだけは無かっただろうと思いたいが、どうだかね」
 信じ難い内容であったにせよ、レオーネの話が概ね真実であることは彼女の目が確かに語っている。ルキアンの方も、彼女の言ったことを何故か否定できなかった。目を見開いたまま何も言えなくなったルキアンに、レオーネは口調を若干やわらげ、道を踏み外したお姫様の物語について、その結末を付け加えた。
「やがて王家も、姫の倒錯した姿をもはや隠しきれなくなった。王は仕方なく、彼女をその高貴な血から切り離し、今後、王位継承とは一切かかわりの無い存在として、臣下であるデン・フレデリキアの家に、つまりは《灰の旅団》の団長のところに預けた。とても厄介だが無双の切れ味の剣として、勿体ぶって押し付けたんだよ。あの団なら、そんな危ない連中、居たって別に構わないからね」
 レオーネは、諦念を有り有りと浮かべた、それでいて悔しそうな涙をほんのわずか、その目に溜めて、一言ひとこと絞り出すようにルキアンに告げる。
「あんたのような、そんな信じ切った目で、あの子が他人から頼られるなんてね。ねぇ、ルキアン君、あの子のことを、シェフィーアを、頼みます……。あの子には、あれ自身が認めた仲間が必要なんだよ。人らしい暖かな想いを知ることのできるような。それが、できるかどうかは、とても疑わしいけどね。でも、あんたは何かを変える。一目見たときから、そんな気がする」
 レオーネからの思いもよらぬ言葉に、ルキアンは何といってよいのか分からず、恥ずかしそうに下を向いて口ごもっている。
 
「大丈夫、おにいさんならできます!」
 自身は部外者であるといわんばかりに今まで会話に加わっていなかったエレオンが、急に割って入ってきた。そして一言。
「だって、おにいさんは《御子》ですから」
 思わずルキアンは、飲みかけていた茶を口から吹いてしまった。高価な白磁のカップも無意識に手放してしまい、床に落ちていくぎりぎりのところで、彼は慌てて受け止めることができた。だが、手元も膝も床も、水浸しならぬお茶浸しの様相である。
 詳しい事情については理解していないにせよ、ルキアンの突然の動揺があまりにも本気のものだったので、ブレンネルが笑い転げている。いや、笑いの声さえ出ず、苦しそうに腹を抱えているのだが。
「な、な、何を……。エレオン? 《御子》って、君は、なぜそれを。いや、すみません、品の無いことを」
 レオーネに平謝りしつつ、ルキアンは懐からチーフを取り出して、こぼれた茶を拭こうとしている。だが、彼はすっかり上の空で、ただ床をこすり続けながらも、まったく拭き取れていない。
 右往左往するルキアンのことなど意に介さない調子で、エレオンがさらに言った。
「僕は、すべて知っているのです。おにいさん」
 エレオンがいつの間にか隣に座っており、ルキアンとの間で互いの二の腕をすり合わせ、無邪気に頬まで寄せてこようとしている。
 ――エ、エレオン、ちょっと変わった距離感の子だな。近い、近いよ、何これ!?
 ルキアンは、音が出そうなほど首を振って、目を閉じ、エレオンを押し戻した。
 それでもエレオンは笑みを崩さず、逆にルキアンの手首を掴むのだった。
「あ、レオーネ先生、そういえば今日はお客さんが来たので、お魚をまだ獲りに出かけていなかったです。今から二人で川に行ってきます。おにいさんにも手伝ってもらいますね。いいですよね?」
 何とも突飛な話のようだが、その言葉を待っていたかのようにレオーネは即座に答えた。
「あぁ、行っておいで。沢山釣ってきてよ。あたしはブレンネル坊と大事な話があるから。今晩は、久々に賑やかな、立派な食事にしたいね」
「はい、先生。それではご案内しますね。おにい……さん!」
 訳が分からないまま、ルキアンはエレオンに腕を取られて引き立てられていく。ひょっとすると、エレオンはレオーネから捕り手向きの体術でも習っているのだろうか、それともルキアンの頭の中が真っ白になっているだけなのだろうか、いずれにせよルキアンはまったく抵抗できないままに。
 庵から出ていく二人の後ろ姿を見ながら、何度か頷くレオーネ。
 そして、レオーネの横顔とルキアンたちの背中との間で視線を行ったり来たりさせている、怪訝そうな表情のブレンネルであった。
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テュラヌス・モード、荒れ狂う炎を宿した戦慄の戦士!

連載小説『アルフェリオン』、先日アップしたアルフェリオンのゼフィロス・モードの画像に続いて、本日はテュラヌス・モードの画像を初公開です!

今回も、画像生成AIのHolaraさんと鏡海の合作(!)です。
テュラヌス・モードを画像化することは、アルフェリオンの各モードの中でも最も難しいかと思っていたのですが・・・Holaraさんの生成のおかげ、かつ、鏡海もいくらかの加筆をして、何とかイメージ通りに画像を導着できました。正直、自分でも驚いています。AI恐るべしですね。


小説本編にて第48話・49話の前後編となった「逆同調(バーサーカー)」の回、そこでのテュラヌスに対する読者様方の印象は、上掲の画像に近いものだったでしょうか。仮に、そうであるとすれば嬉しいです。


ただ、ゼフィロス・モードが比較的優等生な感じで、主人公ルキアンの想いをくんで動いてくれていたようであったのに対し、テュラヌス・モードは乗り手を無視した暴走というのか、その暴れ馬っぷりには大変なものがありました。おかげで「逃亡」あるいは「失踪」せざるを得なくなったルキアン君です。

でも、その「失踪」が巡り巡って、マスター・ネリウスやシェフィーアさんとの再会(後者は予定)、エレオノーアとの出会いなど、ルキアンにとっては、当初は最悪であった結果がむしろ常に良い方向に転んでいっているのですよね(笑)。これも、もしかして、「対なる力」の因果のなせる業でしょうか。

しかし、何だか悪そうな(笑)機体ですね。ラスボスって感じかも。
でも、いかにも「怒りの権化」といった雰囲気は好きです。まぁ実際、ルキアンがブチ切れた結果が形をとって現れたのが、このテュラヌスと言えなくもないですし。

主人公ルキアンが、ヒロイン(=カセリナ)にもはや殺意のレベルで憎まれて、しかしそんなヒロインをルキアンがテュラヌスに乗ってフルボッコにするという、「それでいいのか!?」感満載の第48・49話でした。

いや、これまでは「腐ってもヒロイン」的なカセリナでしたが(別に腐ってはおりませんが)、ここにきてエレオノーアが登場し、ヒロインの座が根底から揺らいできましたからね。もはや、ヒロインとは言い難く、主人公からみて、手強い宿敵(!)といった役回りになっています。

ともあれ、『アルフェリオン』の今後の展開から目が離せません。
週明け以降には、小説本編の更新も進めていきたいと考えております。
引き続きよろしくお願い申し上げます。
本日も鏡海亭をご訪問いただき、応援くださいましたこと、感謝申し上げます。

ではまた!

 

 

 

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ゼフィロス・モード、風の力を宿した飛燕の騎士!

連載小説『アルフェリオン』、第53話(その3)を先日更新しました。
物語は、いよいよ新たな局面に向かって動き出しています。
さらなる執筆のための景気づけに、本日は、なんと、アルフェリオンのゼフィロス・モードの画像を公開です!!
 
 
AIと人間の合作(笑)、Holaraさんと鏡海のタッグで、ゼフィロスをイメージ通りに導着することができました。
そしてゼフィロスときたら、やはり先日も話題になった、第35話における主人公ルキアンの超覚醒ですね! ということで・・・子供ルキアンとリューヌの出てくる鬱回想シーンと、ルキアンを覚醒させたシェフィーアさんの一喝のシーンを入れ込み、さらにゼフィロスの「縛竜の鎖」のイメージイラストも付加して、上掲のスライドができました。
 
ゼフィロスの姿、フィニウス・モード(=基本状態のアルフェリオン・ノヴィーア)やアルファ・アポリオンと比べると、とてもすっきりした姿です。これはこれで格好いいですね。設定通り、ちょっと華奢めで軽装ですが、とても素早そうです。
 
さすがのHolaraさんといえども、翼と顔については何度やっても厳密にイメージ通りにはならなかったので(苦笑)、かなり手を入れました。特にゼフィロスの特徴的な部分は羽根です。
 
今回のゼフィロス・モードに続いて、そのうちテュラヌス・モードも画像化したいと思っていますが、テュラヌスはかなり難しそうですね。トゲトゲした複雑なデザインなので。
 
 ◇
 
なお本日、この前に完結した第52話を読みやすくまとめ、小説本編の「目次」ともリンクさせました。
 
それから、『アルフェリオン』に関する一部画像やニュースについては、twitter での発信の方が早い場合があります。twitter 独自の雑談(?)などもあったりしますので、もしよろしければ、こちらも時々ご覧いただけましたら幸いです。下記のURLです。
 
本日も鏡海亭にお越しいただき、感謝です!
いつも応援ありがとうございます。
第53話の続きがとても楽しみなところです。
引き続き、御期待下さいませ。

それでは。
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『アルフェリオン』まとめ読み!―第52話・後編

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物語の前史 | プロローグ |


5.御子の使命と「聖体降喚(ロード)」


 ◆ ◆

「ひとつ尋ねる。君は何のために戦う?」
 カルバはルキアンを正面から見つめ、厳かに問い掛けた。
 何のために戦うのか――それは、今までに何度となくルキアンが自問自答してきたことだ。逃げて、迷って、立ち止まって、考えるたびに彼の《答え》は揺れ動いてきた。
「僕は……。ただ戦いに巻き込まれ、必要とされるままに戦い、自分や仲間が生き残るために戦わざるを得ませんでした。本当は争いなんかに関わりたくなかったのに」
 おずおずと口を開いてルキアンが語り出す。ここまでは、いかにも、カルバがよく知っているあのルキアンの答えだった。だが次の一言に、これまでのルキアンには無かった決意めいたものを、彼の師は感じ取る。
「でも今は違います。僕は《反乱軍》と《帝国軍》から、この国を守りたいんです」
 ルキアンは一息に言い切った。もっともそれは、祖国を愛する若い戦士なら普通に口にしそうな台詞だ。カルバは特に反応を見せなかった。
「あの、別に、愛国心だとか、正義感だとか、そういう気持ちにだけ動かされて戦っているのではないのだと、最近、自分でも分かりました。もともと、国のために命をかけるとか、正義を守って戦うとか、そんな気持ちで戦場に行けるほど僕は強くないし、志が高いわけでも、素直でもないみたいです。そういう僕のこと、先生もよくご存じでしょう」
 後ろで黙って聞いているブレンネルは、つい頷いてしまい、独りで苦笑いする。
 ――そうだろうよ、そうだろうよ……って、いや、それはルキアンに失礼か。でも、むしろ素直だ、キミのそういうところ。
 自分以外の三人を極力刺激しないよう、ブレンネルはそっと首を動かし、周囲を見渡した。相変わらず気楽に構えているようにみえても、実際のところ、緊張のあまり彼の喉や舌は渇き切っている。
 ――それにしても、ヤバいどころの話じゃないな。ルキアンの師匠のイカレた魔法使い。それに、そこのスウェールとかいう、裏で何人も殺ってそうな凄みのある坊さん。駄目だ、あいつらの目は完全にぶっ飛んでる。どうする……俺? ここから生きて帰してくれないかもな。
 ブレンネルの心配をよそに、ルキアンは言葉にいっそう力を込めた。
「他の何かや誰かのためという以前に、自分自身の問題として、反乱軍や帝国軍の思い通りにさせたくないから、こんな僕でも戦うようになったのだと思います。話し合いを無視して自分たちの主張を力ずくで押し通そうとする反乱軍。一方的に戦争によって世界を意のままにしようとする帝国軍、それを率いる《神帝》ゼノフォス。言葉で理解し合おうとせず、譲り合うことなどなく、相手の力や立場が自分より強いか弱いかという物差しに応じてしか行動しない人たち。そういう人たちのやり方がまかり通るような国に、オーリウムを変えさせたくないんです。イリュシオーネを、そんな生き辛い世界にしたくもありません。僕が夢見ている世界は……」
 自らの言葉に酔っているのか、普段よりも甲高い声になってルキアンは語り続けた。立ち上る熱気に眼鏡を少し曇らせ、彼は付け加える。
「そう、僕にも夢ができました。前に向かって進んでゆくための行き先ができました。別にそれが夢物語でもいい、実現なんてしそうもない、でもとにかく、僕が戦うのは《優しい人が優しいままで笑っていられる世界》のためなんです。だから……」

 すると、ルキアンの熱弁の途中でカルバが諭すように遮った。
「君の理想を否定する気はない。反乱軍や帝国軍をこのままにしておいてはいけないことも確かだ。だが、ルキアン……。いま必要であるのは、そういう話ではないのだよ。目の前の戦いの中で、君は《御子》として為すべきことを忘れている。いや、忘れているのではなく、おそらくまだ知らないのであろう」
 ルキアンは師の言葉の意味が分からず、返答に困って口ごもった。そんなルキアンを見てカルバは溜息をつくと、声の調子を若干やわらげて告げる。その声の響きは、つい先日までルキアンが身近に接してきた師匠カルバ・ディ・ラシィエンを思い起こさせた。
「無理もあるまい。そうであろうと思って私は君に伝えに来たのだ。今のままでは、連合軍が勝とうが帝国軍が勝とうが関係なく、どのみち世界は滅びを迎えるだろう。御子よ、君の敵を知り、果たすべき使命を知るのだ」
「果たすべき、使命……」
 ぼんやりと言葉を繰り返したルキアンに、カルバは重々しく頷いた。
「先ほども言った通り、《あれ》の《御使い》は――すなわち《時の司》と呼ばれる存在は、この戦争によって現在の世界が自滅へと向かうよう、背後で糸を引いている。《失敗作》となった我々人類を《削除》し、もはや《培養器》としてはふさわしくなくなったこの世界を《初期化》し、《世界の摂理(システム)》を原初から《再起動(リセット)》するために」
 カルバは銀の杖を打ち鳴らし、白の長衣の裾を揺らめかせてルキアンの方にまた一歩近づいた。鎖状の飾りの付いた杖の先をルキアンに向け、静かな気迫をにじませた形相で語り続けるカルバ。
「君は、ゼノフォスのことを愚かな暴君であると思っているかもしれない。だが彼は、むしろエスカリア始まって以来の名君として民の期待を一身に背負っていたのだ。そんな皇帝ゼノフォスが、突如、何者かに取り憑かれたかのように《神帝》と名乗り、イリュシオーネ全土を支配しようと他国を侵略し始めた。奇妙だとは思わないか……。しかも帝国軍は、《浮遊城塞エレオヴィンス》をはじめ、現世界の技術を遙かに超えた兵器を多数、なぜ急激に投入できたのか。そんなことがどうして可能なのだ?」
 返答をしないルキアンに、カルバは畳み掛けるように言う。
「いや、帝国軍ばかりではない。ガノリスが敗れ、帝国軍が間近に迫り、オーリウムでは反乱が起こった。皆、それに気を取られてばかりいるが、内乱の背後で恐るべき計画が着々と進められていることにほとんどの者は気づいていない」

「《大地の巨人 パルサス・オメガ》が覚醒しようとしていることに」

 その名を耳にしたとき、無意識のうちに、ルキアンの胸に何とも言えない感覚が込み上げてきた。一方では嘔吐感に近い気持ちの悪さ、他方で血が熱くなり、沸騰して体中をめぐっているような、武者震いにも似た感覚。
「我が物顔で王国を牛耳るメリギオス大師は、《大地の巨人》をすでに手に入れ、これを今後の帝国との交渉を上手く進めるための切り札とでも考えているようだ。しかし、ひとたび目覚めた《大地の巨人》は、いずれは人間に背き、自らの意志で、オーリウムはおろか見境なしに世界の文明すべてを破壊しようとするであろう。旧世界の狂気の天才科学者ダイディオス・ルウム教授が造り上げた、最強のアルマ・マキーナ。いや、機械でありながら己の意志を持ち、自己進化機能によって成長し続ける、破壊と殺戮の権化。旧世界の当時、《天上界》の軍隊ですら手も足も出なかったパルサス・オメガの力を想像するに、我々の世界・イリュシオーネなど、ほんの数日間もあれば滅ぼされる可能性が高い」
 遠いどこかを見つめる素振りをした後、カルバは忌まわしげに言った。
「おそらく、それが《時の司》の狙いなのだ。そもそも現世界の人間だけでは、パルサス・オメガを入手し覚醒させる方法など分かるわけがない。その背後で、間違いなく《時の司》が暗躍しているはずだ。奴らは《大地の巨人》を覚醒させるための情報をメリギオスに与え、まんまと騙して《巨人》を復活させるつもりなのだろう」
 カルバはついにルキアンの目の前まで歩んできた。突然、甲高い金属音が足元で鳴り響く。手にした杖を離し、カルバは左右の手で、ルキアンの細い両肩をいきなり掴んだのだった。
「だが、この世界のからくりをここまで知っていて、自分たちの世界が滅びに近づいていると知りながら、私にはどうすることもできない。悔しいが、我々《人の子》の力など《御使い》の前では、無力だ……」
 カルバは薄笑いを口元に浮かべた。自嘲、だったのだろうか。いずれにせよ、その鬼気迫る表情にルキアンは思わず後ずさっていた。
「この気持ちが分かってもらえるか、ルキアン! だから御子の力が必要なのだ。頼む、未来を、この世界を救ってほしい。真の闇の御子よ」
 涙声にも似た調子でそう語ったカルバの目には、しかし、涙はなかった。いや、感情の光さえ再び消えていた。

 しばらく、沈黙が聖堂内を支配する。緊迫した師弟のやりとりを、ネリウスは先ほどから醒めた横目で見ていた。
 ――肝心のことは語らずじまいとは、カルバ、そなたらしいな。いや、それとも「弟子」にせめてもの心遣いをしたつもりか。
 再び、カルバの声とルキアンの声が発せられ、両者は何事かを言い交わしている。だが2人の言葉は、ネリウスの中で次第に小さくなってゆく。
 ――世界のからくり、そんなものなど知りたくなかった。人は《あれ》のことなど意識しなくても生きていける。多くの場合、何も知らなくても――いや、知らない方が――幸せにすら生きて死んでいける。だが、《あれ》や《時の司》のことを、さらに《鍵の石板》に記された御子の真実を、理解してしまったとしたら……。
 ネリウスの瞳に、師と必死に渡り合うルキアンの姿が映る。その姿が少し滲んでいたのは気のせいだろうか。

 ――何故、過去のいかなる御子も、自分たちの世界を守ることができなかったのか。

 ――その《本当の理由》に、闇の御子にかかわるあの秘密に、我らは気づいてしまった。失われた第7編の《石板》を得て、我らは禁断の《聖体降喚(ロード)》に手を出し、幾度にも渡る失敗を重ね、繰り返すたびに犠牲者を増やし、そして辿り着いた。

  無辜の者たちの命と絶望を糧に生まれた、
  たったひとつの血塗られた希望に。
  あのときワールトーアで……
  光の名を持つ真の闇が《受肉(インストール)》されたのだ。

 


6.思い出、儚く。再び閉じられる記憶の扉!


「だから、ルキアン、真の闇の御子よ。私と共に来てほしい」
 これまで見知っている姿とは異質な、鬼気迫る様相で呼びかける師を前にして、ルキアンは後ずさる。カルバはすかさず詰め寄り、乾いた口調でさらに告げる。
「この世界を《あれ》の思い通りにさせないために、君の力が必要だ」
 彼の口調は、単に告げるというよりも、ルキアンの「師」として彼に命ずるような、物静かだが威厳のあるものだった。
 だが言葉よりも早く、ルキアンの本能的な感覚が彼の体を衝き動かした。先日までの師を押し返し、困惑でしどろもどろになりながらも答える。
「待ってください! 僕は、あの、何と言ったらいいのか、先生のことを嫌いになりたくありません。それは確かです。なのに、先生のおっしゃったこと、僕が御子であると最初から知っていて……。何が何だか、もう訳が分かりません。今の僕には、先生のことが信じられないです。だからここで、先生と一緒に行ってはいけない気がします」
「落ち着くのだ、ルキアン。私の話をよく聞いてくれないか」
 そう言いながらも、カルバはルキアンを半ば無理やりにでも連れて行こうとする。その手を掴んで止めたのは、今まで黙って見ていたネリウス・スヴァンである。
「ネリウス、何をする!?」

 そのときだった。カルバが怒りの形相でネリウスの名を呼んだとき、その言葉のもつ特別な響きに、懐かしい名前に――ルキアンの中で何かが蘇った。
「ネリウス……。ネ・リ・ウ・ス?」
 突然、少年の唇が、彼自身の意識とはかかわりが無いかのように震え、わななき、言葉をかたちづくる。頬に、涙が溢れた。ルキアンは力なく屈み込み、敷き詰められた冷たい青磁調のタイルに掌を付いて、ただただ、落涙に身を任せている。

「マスター、ネリウス……」

 ◆

 幼年時代の幸せなひとときの記憶。
 傷つき、濁ったレンズの向こう側を垣間見るように、ぼんやりと、緑の中に溶け込んだ三つの人影が、ルキアンの心の目に映った。
 荒削りの木材でできた粗末な野外用の食卓につき、黒い衣をまとった体格の良い僧が、おそらくは礼拝時よりも省略されているのであろう、簡易な作法で祈りを捧げている。
「いただきます、神様、師父様!」
 そう言った幼子の頭を、大きな手が撫でた。

 ◆

「不用意な! このままでは記憶の封印が解けるぞ」
 ネリウスが声を荒らげる。だが、そう言い終わるが早いか、彼は、非難とも驚愕とも、そしてある種の安堵感ともとれるような、なんとも言えない気色を浮かべてルキアンを見た。
 ――私の名前が引き金となったか。たとえ封印されても、今まで手放すことなく……。
 その間にも、ルキアンの中で目覚め始めた何かは、もはやとどまるところを知らず、記憶の渦が堰を切って流れ出す。彼の顔つきや物言いが、まるで幼い子供のように変わった。
 「師父様(マスター)。僕、寝坊しちゃったのかな。ごめんなさい。起きなくちゃ。悪い夢、ずっと……見ていたのかな」
 ルキアンは、ふと何かに気が付いたような仕草の後、焦点の定まらない半開きの目で、周囲をきょろきょろと見回す。
「おねえ、ちゃん?」
 あのときの少女がルキアンの心の奥で振り返った。

「まだ、思い出さないの?」

 《盾なるソルミナ》の生み出した幻影の底、果て無き精神の牢獄、その深淵において浮かび上がった、あの娘の姿だ。懐かしい、しかし思い出せない、あるいは思い出してはいけない、その大切な人。
 あのとき。おびただしい数の子供たちの遺骸が、呪われた人形の群れと化してルキアンに襲い掛かったとき。完全な幻の世界の中で、《人の子》には決して抗えないという旧世界の超兵器ソルミナが、狙い澄まして生成した悪夢の像、それが、あの少女の似姿に他ならない。ただ、ルキアンの心を殺すためだけに。
 しかし、人の手で改竄された彼の記憶が、それを無意味なものにさせた。人間としての生を、《私》としての尊い同一性を弄ぶ悪魔のような所業が、皮肉にも彼の心を護ったのである。ソルミナが最後に語った言葉を、ルキアンは思い起こす。

 封印された記憶のことを知るまい。
 もし《封印》さえ無ければ、
 汝は最後の部屋で終わりを迎えていたはず。

 汝は、いつか知るだろう。
 召喚……一組の……適合……犠牲……。

 だが、なおも流れ続ける涙の量に呼応するかのごとく、ルキアンの瞳を、次第に狂気の色が塗りつぶしていく。
「どうして? 僕たち、もうとっくに、いなくなってるよね」
 一瞬にして、ルキアンの心象は暗闇と血しぶきにまみれる。
「エ……おねぇ、ちゃん?」
 ルキアンは、かすれた小さな声で、絞り出すかのように、姉の名を口にした。そのあと、もはや正気の光を失った目で、己の過去の苦痛を声にして再現するとでもいうのだろうか、何かが切れたかのようにわめき出した。
「怖いよ、怖い!! 何かが入ってくる……。僕が、僕じゃなくなっていく!」
 そして唐突に沈黙した後、彼は歪んだ口元に、絶望を帯びた笑みを浮かべ、荒い吐息と共につぶやくのだった。
「僕はもう死んでいる。僕も、お姉ちゃんも、死んでるんだよ」

《警告。執行体の起動条件は満たされていません。表域擬態層に大規模なノイズ発生。警告します。このままでは、プロジェクト・ノクティルカの遂行に致命的なエラーが生じます》

「待って。僕? 《僕》……って、誰……」
「お姉ちゃんは、僕の、お姉ちゃんなの? 僕って、《僕》なの?」

《接続可能な範囲に、アーカイブが存在しません。執行体のみでの起動は非推奨です。実行可能領域を強制的に表域擬態層に固定します》。

「あ、あぁ、ああ……あ゛、あ゛、アァアあアァああああ゛!!」
 ルキアンが白目を剥いて叫んだ。魂の基層にまで刻み込まれた痛みを、歪みを、いまここで彼がすべて吐き出そうとしているようにも思われた。操る糸が途切れた人形さながらに、ルキアンは、力なく、細い手を伸ばした。おそらく、最後のよりどころを求めて。

「師父様(マスター)、助けて……」

 悶えるルキアンを凝視し、黙り込んだままのネリウス。
「たとえ僕が誰であろうと。あの頃、マスターは、僕のマスターでしたね」
 ルキアンの頬につたう涙。
 何者にも止めることは叶わない。
 ただ、流れよ、その涙。
 自身の震える身体すら重そうに、ルキアンは俯せに倒れた。
「それだけは、確かなこと……」
 気を失っていくルキアンの脳裏に、かつての日々が、断片的に浮かび上がっては消える。

 ◆

「すごい、大きいの釣れたね、師父様!!」
 苔むした岩壁と木々に囲まれた谷川で、竿を握り、丸々とした立派な渓魚を釣り上げたネリウスに、目を輝かせて銀髪の幼子が駆け寄った。その後ろから、同じく銀色の髪の少女が、彼が足を滑らせないかと心配そうに見ている。

 男の子が無邪気に笑う。
「師父様! えへへ。一回だけ、その・・・今だけ、《パパ》って呼んでも、いい?」
 隣で微笑んでいるのは、彼よりも背の高い、おそらく姉のような女の子。

 流行り病か何かにかかったのか、顔を赤く染めてベッドに横たわっている銀髪の幼い少年。苦しそうな吐息。そのか細い手をしっかりと握るネリウス。例の女の子が、水を入れた桶と手拭いを運んでくる。

 だが、幼年時代の眩いばかりの記憶に、次第に濃い霧がかかる。大切な思い出を暗闇が呑み込んでいく。そして最後に残されたひとこまは、《あの日》の夜のことだった。

 青みを帯びた墨を平板に広げただけのような、月の無い夜のもと、茫漠とした空と枯れ野。あちらこちらに、黒く点々と、寒村のみすぼらしい家々の影が見え、その真ん中に、ただ規模は大きいにせよ古ぼけて荒れた館が、置き去りにされている。
 門の前に立つ二人は、この館の主人とその妻であろう。彼らと向き合っているのは、頭巾から長衣を経て足首まで、すべて白ずくめの、闇夜に漂う亡霊のごとき、あるいはどこか邪教の神官を想起させる、異様な装いの三人である。
 真ん中の一人が、僧衣には似つかぬ逞しい腕を伸ばして言った。
「《ルキアン》、ここが君の家で、こちらが君のお父さんとお母さんだ」
 その手の先をぼんやり見上げながら、幼い銀髪の少年が、何か別のものに憑かれ、言葉を口にさせられているかのように、遠く虚ろな目でつぶやいた。
「はい。僕は《ルキアン・ディ・シーマー》、この家の子です。さようなら、師父様(マスター)」
 およそ意志の力を感じられない、抑揚を伴わない声で。

 ◆

 うつ伏せに倒れ、唇の間から僅かに血を流しているルキアン。崩れ落ちる前、かろうじて床に手はついていたようだ。眼鏡も側に転がっていたものの、割れたり歪んだりはしていないとみえる。
 おもむろに、ルキアンのもとに歩み寄ろうとするカルバ。だが彼の意図を察したのか、ネリウスが、毅然とした様子で首を振った。哀しみの色を帯びた、それでいて獣をも思わせる鋭い視線が、カルバに向けられる。
「御子が大いなる選択を迫られたとき、代わりに我らが道を選ぶことは避けるべきはず。これ以上、そなたの意思を御子に強いてはならない。《ザングノ》の我らが、《僧院》の掟を自ら破るか?」
 カルバ・ディ・ラシィエンは、しばらく無言でネリウスを睨むと、いつもより低い調子の声で同意した。
「分かっている。あくまで我らは道を整える者。選び、行く者ではない。しかしな……時は迫っているのだ。滅びの日は近い」
 冷めた笑みを、ほんのわずかに口元に浮かべると、カルバは手にした銀の錫杖を鳴らした。それまで硬く凍り付いていた聖堂内の空気が揺らぐ。銀と銀の奏でる涼しげな音が、緊迫した雰囲気を溶かしていくかのようだ。
「私は引き上げるとしよう。ネリウス、後のことはいつものように任せる。《失われたワールトーア》は、もはや伝説の中にしか存在しない。おそらく森の精が紡ぎ出したのであろう、遠き日の幻にすぎないのだと」 
 カルバの人差し指が中空で何度か弧を描くと、彼の足元が青白く光り、たちまち輝きがあふれ出して魔法円を描いた。僧院の中でも、《ザングノ》の位階を持つ最上位の者たちが使う、強力な《転送陣》だ。靄のような、羽衣を思わせる光に包まれ、カルバの姿が消えた。

 ネリウスは黙礼すると、カルバと同じように銀の錫杖を揺らした。伏したままのルキアンを一瞥すると、彼は深く息を吸い、膨大な魔力が体中を巡るのを感じつつ、両手で杖を真っすぐ持ち上げた。

「見ひらけ、針を戻せ……《絶界のエテアーニア》」

 彼が口にしたのは、旧世界のある種の至宝を起動させるときに一様に似たような語調で唱えられる、例の力の言葉だ。同時に心の中では、このように自分に言い聞かせながら。
 ――これで良い。あの日々を再び失うのは辛いであろう。だが、私のことなど……《あの子たち》のことも……そして、お前の《姉》のことも、元のように記憶の海に、深い深い海に沈む。

 ――ただ、再び我が名を、そしてまた師と呼んでくれたことは……。

 ネリウスの銀の杖が、床を鋭く突いた。その清冽な響きとともに、得体の知れない力が、それも途方もない魔力のうねりが、聖堂を飲み込み、さらにはワールトーアの失われた村を覆って、寄せる波のごとく、一面の緑濃い木々の間をも騒がせ、流れ去った。この聖堂の地下に何かがある、あるいは何か巨大なものがいる。
「さらばだ、ルキアン。かつて幼かった弟子(わが子)よ」
 ほんのわずか、瞬く間のみ、遠き想いに浸る言葉。
 それだけを残すと、《転送陣》を描いたネリウスの姿も虚空に消えた。

 ◇

「あ、あれ? ここは?」
 どのくらい気を失っていたのか、それとも眠っていたのか、密生した木々の作り出す緑の天井の隙間から、ぼんやりと開いたルキアンの目に、落日近づく緩い陽光が差し込んでくる。
「森の……中、かな。それにしても深い森だな」
 ルキアンは、胸や背中に残った、覚えのない痛みを感じながら、ゆっくりと上半身を起こした。ふと指先に、地面に埋め込まれた冷たく滑らかな石製の人工物の存在を感じる。
「ここに建物の跡が、いや、あちらにも。こんな森の奥に。昔、猟師の人でも住んでいたのかな」

 ◇

「《絶界のエテアーニア》、旧世界の結界兵器の中でも、《盾なるソルミナ》と並んで最も畏怖されたそれ。どちらも同じ者による創造物であったがな。人の心を玩具にする、あの男が……」
 大洋からよどみなく打ち寄せる波の音を、向こうに聞きながら、老賢者あるいは老いた術士のような姿をまとったパラディーヴァ、フォリオムが言った。レマール海に突き出した岬、その上に立つ、《大地の御子》アマリアの居館と庭園だ。
「わが主よ。今は昔の、おとぎ話として、現世界にまで遺っておるじゃろう? 一方は、一度入ったら二度と戻れない城の話。他方は、夢のような一夜を過ごしたら、朝には消えていた都の話。しかも、あったはずの都が消えていたどころか、そこに街があったということまで、もはや誰も覚えていなかったと。分かるかの? つまり、一度入った者は、そこから出れば、中で起こったことをすべて忘れる……そのような結界が、ソルミナと同じく《人の子》には決して乗り越えることのできない心の壁、エテアーニアなのじゃよ」
 わざと、子供に昔話でも読み聞かせるかのような口ぶりで、フォリオムは彼の主(マスター)に告げる。その隣では、赤いケープを羽織った神秘的な女性が、静かに目を閉じ、老友の声に耳を傾けている。

 ◇

「僕、何してたんだろう? 見えない……眼鏡、眼鏡!?」
 ルキアンは、今更のように慌てて眼鏡を探した。
「良かった。壊れてないな。そういえば、なんだか、ずっとここにいたような気がする」
 このような深い森に迷い込むと、彼らのいうところの《遊び》を求める妖精たちにたぶらかされて、良くてせいぜい不思議な体験をするか、悪くすると命まで持っていかれかねないという話は、現世界の今でも噂されることだ。人の手の届きにくい、自然の力の大きい場所、たとえば森の奥や海の沖合などにおいては、かつて《現実界(ファイノーミア)》から分かたれた《夢影界(パラミシオン)》との境界が、比較的曖昧になっているからだと。
 大切な眼鏡を傍らに探り当てたルキアンは、レンズの埃を丁寧に拭い、再び掛けようとする。そのとき。
「どうしたのかな? 本当に、僕、ここで何を」
 何の前触れもなく、激しい感情が体の奥底から湧き上がってくる。ルキアンは呆然と天を仰いだ。
「分からない。けど、どうして……。どうして、こんなに」
 ルキアンは震える声で言った、いや、むしろ、咽び泣いた。
「こんなに、涙が……止まらないのかな!?」
 自分でも理解できないまま、ルキアンは空っぽの胸を、両手で抱きしめた。膝立ちのまま、彼は独りで涙を流し続けた。

 ◇

「わが主よ。闇の御子がせっかく手にした記憶であったのに。扉は再び閉じたぞ」
 フォリオムのその言葉に応えたのか、だが独り言のような、預言者じみた様子でアマリアがささやく。彼女が見開いた目は、その心はいまだ夢うつつの世界に留まるようでいて、しかし見る者の魂までも引き込みそうな、常闇の宝玉を思わせた。
「フォリオム、一度空いた扉は、それ以前よりも軽くなるものだ。いずれ、しかるべき時が来れば……。しかし、彼自身が失った大切なものを、のぞき見していた者の方だけが、つまり私が、今も覚えているというのはいただけない」
「仕方があるまいよ。闇の御子の《紋章回路(クライス)》が開いた今、そなたらは《通廊》でつながっているのじゃから。《対なる存在》を介してな。それとも、よもや覗き見が趣味ではあるまいの?」
 悪戯っぽく笑うフォリオムは、このようなときだけは好々爺の表情を浮かべる。パラディーヴァの冷徹な本性に反して。
「失礼だな。私はそんなに趣味の悪い女ではない。御老体のいうところの、可愛げはない女であることは否定しないが」
 そう言いつつも何故か機嫌よさげに、アマリアは彼方に目を向け、想いの翼を潮風に乗せた。この大海原、遠くレマール海を挟んだ向こうの地に、ルキアンたちのいるオーリウム王国へと。

 ◇

 この空虚な胸の内は何だろうか。
 まだ涙の乾かない目を閉じ、黙って、子供のように鼻をすすったルキアン。

 そのとき、背後で下草を踏む音がして、誰かの声が聞こえた。
「お、おい、そこの君。大丈夫か?」
 膝立ちのまま、振り返ったルキアンの前に、濃い深緑色のくたびれたコートが見えた。その下の方には、ラクダ色の大きな革ブーツ。
「珍しいな。まさか同業の人?」
 尖った顎髭が特徴的な、短い金髪の男が、ひきつった笑みを浮かべて手を振っている。おそらく30代か40代くらいだろうか。
「わ、若いな。すまん、頼むから腰の物は抜かないでくれ。俺は山賊でも魔物でもない。真っ当な、いや、ちょっと胡散臭いネタも書くが、一応の物書きだ」
 気の抜けたような、それでもどこか安心したような様子で、男はルキアンに名乗る。ただ、こんなに弱々しげで無害にみえる少年ではあっても、腰に剣と銃を帯びているため、万一のことも考えて彼は警戒しているらしいが。
「俺はパウリ。パウリ・ブレンネル。ノルスハファーンのカフェの主人、いや、そっちは妻に任せっぱなしで、まぁよくある三文文士ってやつさ」
 ルキアンは、こうして他人と話せることが、どういうわけか無性に嬉しく感じられて、この初対面の相手に対して珍しく口数が多くなった。
 聞くところによると、ブレンネルという男は、この森の伝説「失われたワールトーア村」のことを調べるために、王国北部の中心都市ノルスハファーンからわざわざやってきたらしい。疑わしい雑文の種にして、新聞屋や書籍商にでも話を持っていく企みだ。あるいは冒険者のギルドあたりも、話を売りつける先としては適当だろうか。だが、そんなとき、ブレンネルはなぜか森で気を失ったらしく、ルキアンと同様、今しがたまでそこに倒れていたそうである。
「ワールトーア? 本当に、そんな村があったのですか。ここって、とても人が簡単に来られるような場所ではないですけど……」
 初めて出会ったにしては、珍しく調子の合いそうなブレンネルと、ルキアンは楽しげにさえ語らっている。いま、彼がどうしてこの状況にあるのか、ここに来るまでに、あるいは今までに何があったのかを思い返すことを、敢えて避けようとするかのように。か弱い若者の妙な屈託のなさが、かえって痛ましくもみえる。
「あぁ。その村に迷い込んだ者が神隠しに遭ったとか、幽霊を見て命からがら逃げ出してきたとか、そういう噂が絶えない。《ワールトーアの帰らずの森》と言ってだな」
 自慢げに語るブレンネル。ルキアンは、森の切れ目から見える空を見やると、心配そうに告げる。
「あ、あの……もう少し経ったら、日が暮れるのでは? あといくらか、時間はありそうですが」
「そうだな、今晩は野宿と洒落込むか。これでも俺はカフェの主人って言ったろ。料理の腕はそれなりに悪くないんだぜ? 一緒に食うかい」

 ルキアンは――笑ってみた。頷いて、涙を拭いて。

 少年の率直な反応に気を良くしたのか、ブレンネルの与太話は続く。
「あ、そうそう。昔、狼狩りの男というのがいて、だ、それで……」
 病に侵された体を押して、その魔奏術でもって恐狼(ダイアウルフ)の群れを凍った湖に吞み込ませた男。だが彼の怒りの呪歌は、やがて裏切り者の村人たちに向かい、ワールトーアからは一切の住人がいなくなったという。ある日消え失せた村の件がもし本当なのだとしたら、その理由を無理やりにでも想像するための材料として、今のルキアンやブレンネルは、狼狩りの哀しいおとぎ話くらいしか持ち合わせていない。
「それは、《音魂使い》ですね」
「ん? ルキアン君は妙なことに詳しいな!」
「いや、僕は……」
 付近一帯、見渡す限りの範囲に彼ら以外の人間はおそらくいないであろう、先の見通せない深い森の中で、二人の笑い声が気ままに飛び交う。いや、彼らはそんな不用心な様子だが、本来はもっと野獣や魔物、あるいはさらに出遭いたくない存在に、気を配った方がよさそうだ。周囲には、もう夜の足音が近づいてきている。

 それは、ルキアンが絶望の先に、ほんのひとときだけ寄り添うことのできた、短いが尊い、憩いの時間だった。

 だが、そのような刹那的な安逸は、この森にルキアンが置いてきたものと、引き換えに彼が得た結果である。ルキアンは大切なものと、知るべき真実と向き合い、だが再びそれを失ったのだから。ワールトーアの記憶、村を襲った惨劇、あまりにも早く散っていった銀の髪の姉弟のこと、そして幼き日のルキアンに穏やかな時間をくれた、たった一人の姉と、彼を見守った《師(マスター)》の思い出を。

 

【第53話に続く】

2013年11月~2023年5月に本ブログにて初公開

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『アルフェリオン』まとめ読み!―第52話・中編

| 目次 | これまでのあらすじ | 登場人物 | 鏡海亭について |
物語の前史 | プロローグ |


 3.「僕は……誰なんですか?」



「最初から私は知っていた。君が《闇の御子》であることを。今日のような日がいずれ来ることも分かっていた……いや、君が己の宿命に気づき、御子として私の前に現れるこの日を、むしろ待ち望んでいたというべきであろう」
 カルバは弁解する素振りすら見せず、表情にせよ声にせよ完全に平静なままで、言葉を付け加えた。
 ――ここは、せめて少しくらい躊躇してから答える場面じゃないのかね……。
 事情を知らないブレンネルですら、カルバの答えに唖然とした様子だった。場の雰囲気だけからみても――ルキアンがあれほど動揺して問いかけたにもかかわらず、彼の師であるカルバの方が平然と即答したのは、さすがに奇妙に思えてならなかったのだ。
 ましてやルキアンにとってみれば、何の迷いや後ろめたさもない確信に満ちた師の態度が、あまりに異様で、とにかく異様でならなかった。
「《最初》から? それって……いつからなんですか。まさか先生は、僕が《御子》であることを、僕自身よりも先に知っていて、弟子にしたということですか」
「無論だ。君が私のところに来ることも予め決まっていた」
「ちょっと、待って、ください……。それじゃぁ、僕は……」
 ルキアンが漠然と抱き始めていた不安、それが師の今の言葉によって、はっきりとした形を取りはじめた。言葉に詰まった後、ルキアンは、言いたくないことを敢えて口にした。
「僕は、《両親(あの人たち)》にとっては《いらない子》で、兄たちとは違って、僕一人だけがいつも虐げられ、罵られ、挙げ句の果てに《口減らし》のために家から都合よく追い出されました。そう思っていました」
 話が進むにつれ、唇が震え、少年はわななく。明かされ始めた答えへと、いま、一歩一歩近づきつつあることを恐れて。
「ただ、どうしても気にかかることがあったんです。何の愛情もないはずなのに、僕なんか居ない方がいいと思っていたくせに、なぜあの人たちが僕を引き取り、嫌々ながら10年間も養ったのか」
 ルキアンは改めて心の中で繰り返す。あの夜に密かに聞いてしまった養親の言葉。忘れてしまいたいのに、むしろ思い起こすたびに鮮明となり、心に刻み込まれる言葉。

 「ねえ、あなた……あんな子なんてもらわなければ良かったわ」
 「声が高いぞ。あの子が聞いていたらどうするんだ」
 「大丈夫ですわ。もう寝てますよ」
 「まあ、やむを得まい。《金になる》んだ。わが家を守るためには……」
 「とにかく《16歳まで面倒を見れば》大金が手に入る。あとは、とっとと
  追っ払って」
 「えぇ、あんなどうしようもない子とも、あの《薄気味悪い連中》とも、
  早く縁を切ってしまいたいもの」
 「その話は出すな。《彼ら》のことは決して口にしないようにと言われた
  じゃないか」

 ルキアンの想像力は真実を射貫いた。悲しそうな目をして、彼はカルバに向き直る。
「先生、すべては最初から筋書き通りだったということですね。僕が御子で、いずれ先生のところに弟子入りすることを見越して、それまでシーマ-家が預かる、と。あの人たちは金に目がくらんでそれを受け入れた」
 頷きもせず、否定しようともせず、カルバは黙ってルキアンを見つめている。
「なぜ、あんな家に、あんな人たちのもとに、僕が預けられたのかは分かりません。知りたくもありません。ただ、僕が知りたいのは……。シーマ-家に引き取られる前、僕はどこで何をしていたのでしょうか。多分、先生はご存じなのでしょう」
 日ごろは内気で優柔不断な少年だが、ひとたび心に火が付いたならば、直感のもとに熱に浮かされたその饒舌はとどまるところを知らない。
「《僕は、ここに居た》のではないですか? 本当は。僕は、この村のことを覚えていました。ここには一度も来たことがなかったはずなのに」
 忌まわしき記憶の淀みを、魂の井戸の底をのぞき込むような暗い目をして、ルキアンは抑揚のない声でつぶやいた。
「肝心なことを……聞きたいんです。先生、ワールトーア村で13年前に何があったんですか。ねぇ、スウェールさんも、知っているのでしょう? 僕が一緒に手をつないでいたあの女の子は、誰なんですか」
 矢継ぎ早に問いかけた後、ルキアンは声を落とし、生気の凍り付いた陰惨な表情でつぶやく。

「あの……教えてください。僕は……誰なんですか?」

 


4.ワールトーアの惨劇、その真実


 ◆ ◆

  あたたかい。
  わたし、もうつかれちゃった。
  なんだか、きもちがよくなって、ねむくなってきた。
  ほんとうのおうちって、こんなのかな。
  かえりたいな。

 すべての願いを叶えたような、満足げな顔つきで目を閉じ、夢と現実(うつつ)との間で横たわる少女がいた。彼女の腕は、幼い男の子をしっかり抱きしめていた。決して離そうとしない力強さで、それでいて壊れ物をそっと護るように。
 男の子は、手足をちぢこめ、半ばうずくまった姿勢で少女にいだかれている。彼も、すやすやと、実に平和そうな表情で吐息をもらす。
 おそらく姉と弟だろうか。どちらも、銀色に輝く美しい髪の持ち主だ。
 優しさと安穏に満ちたふたりの姿。
 だが、その小さな幸せが本物でもなく永遠でもないことは、周囲の恐るべき状況をみれば明らかだった。二人はドーム状の光の中に閉じ込められている。揺らめく光の壁の表面を這い上がり、黒く輝くツタらしきものがみるみるうちに成長して、鋭い棘で覆われた結界を新たに作り上げてゆく。
 彼らが横たわる床には、異界や天上の存在を象徴するのであろうサインや、魔道の力を呼び覚ます複雑怪奇な図形、そして、この世界では使われていない文字がびっしりと書き込まれている。どうやらここは、城の広間や神殿の礼拝堂のような大きな空間らしい。床面全体を使って、幾重にも円陣が描かれており、幼き姉弟はその中心部に眠っている。

 ◆ ◆

「カルバ先生、13年前のワールトーア村のことは、僕が何者なのかということと、たぶん関係があるのでしょう。何となく分かります」
 おぼつかない口ぶりで、ルキアンは執拗に問いかける。
 沈黙の支配する中、ひとつの溜息が妙に大きく聞こえた。カルバは重い口を開く。
「それは、いずれ分かる……。だがその前に君に告げておかねばならないことがある。だから私は、こうして君に伝えに来た」
 今まで身じろぎもせず、彫像のように立っていたカルバがようやく動いた。彼はルキアンの方に一歩踏み出し、相変わらず顔色ひとつ変えずに語りかけた。
「これからの最後の使命を果たすために、カルバ・ディ・ラシィエンであることを捨て、家族を捨て、弟子を捨て、《月闇の僧院》の者として人の生を捨てた私が、敢えて再び君に会いに来た」
 カルバの目に、今までには無かった感情の炎が灯る。激しい情念があふれた。
「君の力が必要なのだ、ルキアン。この世界が《再起動(リセット)》されることなど許してはならない。これまで無数の世界がその運命を辿ってきたようには、断じてさせてはいけない。《あれ》によって……そう、すべてを支配する《絶対的機能》から生じる不可避の作用として、あるいは《因果律の自己展開》の一環として、《人の子》の歴史が密かに《修正》され続けることを、そして修正すら困難となった場合には、すべてが原初に還されることを……。そんな《歴史》はもうたくさんだ。だが、いま私たちの世界は、イリュシオーネの大乱を隠れ蓑にして、《あれ》の《御使い》たちによって確実に滅びへと導かれている」
 カルバは異様な眼光を浮かべてルキアンに歩み寄る。
「人は人として、たとえどれだけ取るに足りない存在であろうとも、自分たちのひ弱な足で世界に立ち、限りある命におびえながらも日々を歩み、たとえどれだけ愚かでも自分たちの手で歴史を紡ぐ。そうすべきだ」

 《そのためなら、私自身は悪魔にでもなる》

 師の突然の不可解な発言に、その熱気に押され、今度はルキアンの方が言葉を返せなくなる。しかも、断片的ではあれ、これまでに《御子》として知ったことをつなぎ合わせれば、カルバの言わんとするところについて、ルキアンには漠然とでも心当たりがある。そのためにルキアンはなおさら当惑した。
 ひとり、明らかに場違いなブレンネルにしてみれば、カルバは気でも狂ったのかと思われたかもしれない。何か言い出そうにも、呆れて、あるいは得体の知れない恐怖感に支配されて、ブレンネルは強ばったまま固唾を呑んで見守るしかなかった。
 そしてネリウスは、目を閉じ、何事かを思い起こそうとしているようにみえる。

 ◆ ◆

 それは北風を忘れた夜。静かな冬の夕べ。
 冷気が肌を刺す痛みは覚えても、寒さ自体は実際よりもかなり落ち着いて感じられる。
 時おり、目の前を漂うまばらな雪の向こう、村の家々の灯りが見える。鬱蒼とした森に囲まれ、一面の闇の中にぽつんと浮かぶ小さな村。
 その入口には簡単な門が立っている。たいまつの明かりに見え隠れするのは、門柱から門扉まで、決して華美ではないが精一杯はなやかにと、しつらえられた飾りの数々だ。場所柄のためか、木彫りの飾り物が特に目立つ。鹿、うさぎ、狼などに似た森の獣たち、太陽と月、そして翼を持った童子の人形など、村人たちが仕事の合間に彫り上げたのであろう素朴な木の玩具が、野花や木々の葉、リボンなどで着飾っている。
 イリュシオーネの冬を代表する祭日――大空の神アズアルの大祭日を間もなく迎えるため、オーリムの片隅にあるこの村も、ささやかな祝いの気持ちをこうして表していた。そして、さらに松明の光に浮かび上がるのは、村の名前を記した道標。

 《ワールトーア》

 この名を、ほのかな光で読み取ることができた。
 と、そのとき、不意に聞こえてきた何かが、たいまつの炎を微かに揺るがしたかのように思われた。凍てついた静寂の空気を伝わって、どこからともなく聞こえてくる声。あるいは歌?
 抑揚なく、それでいてよどみなく続く、声の響き。
 生気の無い、乾いた、人の喉を振るわせて発せられる音の並び。
 たとえ喜びの歌であれ、悲しみの歌であれ、恨みの歌ですらあっても、それが仮に音楽ならば、何らかの感情の動きがもう少し込められていてもよさそうなものだが。

 ◇

 《ロードを……開始する》

 村外れの薄暗がりでそうつぶやく者がいた。
 影がうごめく。村を囲む簡素な木の柵の向こう、闇に包まれた森に、木々の間から家々の様子をうかがう不気味な白装束の集団。
 住人は誰ひとりとして気づくことなく、《狂信者》の群れに村は取り囲まれていた。

 ◇

 闇夜の森の中、突然に赤い光が大地から漏れ出した。
 人為的な光など無い、夜の樹林の奥、木々とは異なる村の家々の影が浮かび上がった。
 ほぼ時を同じくして、激しい地響きと地割れを伴い、住居や塔、街路や広場を断ち切って、村を丸ごと呑み込む巨大な魔法陣が描き出されてゆく。
 村は赤い結界に包まれる。結界の表面に、さらに色濃い血のような紅の光があふれ、液体さながらにどくどくと流れ落ちる。おぞましいことに、その様子は、結界の中から血を搾り取っているかのように見えてならなかった。
 助けを求める若い男の声が響いた。その声に次々と被さるように、老いも若きも、女も男も、あらゆる人々の悲鳴と絶叫が耳を埋め尽くしてゆく。
 逃げ惑う村人たち。至る所で、人影が何かに締め付けられ、無残にちぎれて飛び散った。暗くてよく見えないが、現実のものとは思えない状況をそのまま描写するならば――地面から無数の蛇に似た、いや、イバラのツタを思わせる何かが現れ、人々を絡め取っている。荊(いばら)に絡みつかれた者は、血しぶきを上げながら、植物が枯れ果てるように崩れ落ち、みな、生気を失った老人のごとき姿で地に伏し、二度と起き上がらない。

 天空高きところから真一文字に雷光が走り、閃光が村をさらに包んだ。あたかも、村を閉ざす紅の結界に惹きつけられ、その匂いを辿ってきたかのように。血塗られた犠牲に呼び込まれるかのごとく。そう、この惨状は、ただの殺戮ではなく、何ものかへの《生け贄》のためではないかと感じられるのだった。
 人の時間ではない夜の世界に跋扈するあやかしの精を集めたような、異様なほどに濃い黒雲が森の上空を覆う。これを貫き、さらに空と大地を突き通して、巨大な光の柱が村を呑み込んだ。天と地をつなぐ閃光は、明らかに村をめがけて降り注いでいた。

 ◇

 銀髪の姉弟の姿はもはや見えない。彼らは荊の壁に覆い尽くされ、外界に対して牙をむく棘の結界の中で、いばらの《繭》の中で夢みて眠っている。
 その様子を見守りつつ、ただ独り立つネリウス・スヴァンの姿があった。黒い僧衣に身を包み、その上に白い長衣をまとい、深めに被ったフードの奥で彼の目が鋭い光を放つ。
 彼の右目には、ルキアンと同じ《闇の御子》のしるしが浮かんでいる。広間の床から今なお次々と伸びてくるくろがね色の《荊》のツタは、村人たちを襲ったのと同様にネリウスに絡みつくかと思われたものの、不思議なことに彼を避け、むしろネリウスの周囲を守っているかのようにすら見えた。
 黄金色の光でネリウスの瞳に刻まれた紋章。ただし、ルキアンの《完全》なものとは異なって、紋章を形成する光の線があちこちで途絶えている。だが代わりに彼自身の血で補われ、つまり血文字でところどころ上書きされた形状で紋章が現れているのだ。
 その右目を押さえ、痛みに耐える仕草をしながら、ネリウスは最後の言葉を唱え、先ほどから続く長大な詠唱の果てに呪文を完成させた。

 彼は祈りを捧げる。
 頭を垂れず、ただ手だけを合わせ、無表情に、同じ姿勢で居続けるネリウス。

 

【第52話・後編に続く】

2013年9~10月に本ブログにて初公開

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『アルフェリオン』まとめ読み!―第52話・前編

| 目次 | これまでのあらすじ | 登場人物 | 鏡海亭について |
物語の前史 | プロローグ |


 封印された記憶のことを知るまい。
 もし《封印》さえ無ければ、
 汝は最後の部屋で終わりを迎えていたはず。

 汝は、いつか知るだろう。
 召喚……一組の……適合……犠牲……。

 (盾なるソルミナの化身)


1.シーマー家の密約と幼きルキアン


 

 ◆ ◆

 その日、彼らはやってきた。

 月のない夜空のもと、寒々と静まりかえった庭園。なまじの広さが災いし、人の手が足りないのか、もはや手入れも諦められ、荒れるに任せてうち捨てられたような様相であった。

 かつて、賑やかで幸せな日々がここにあったのかもしれない。
 過去の栄光をしのばせる立派な噴水は、いまでは枯れ果てて、一見すると何であるのか分からないほど荒廃している。昔日には白磁色の肌を艶めかせていたのであろう、いわゆる白鳥石でできた噴水は、今では薄茶色に汚れ、泉の面影もない底面には、砂や枯れ草が溜まるばかりである。
 庭のあちこちで好き勝手に生い茂った植物たちの影は、夜の闇にうごめく魔物の群れを想起させた。ふと、庭園の端にある鉄柵に目をやると、木質化した巨大な薔薇が、乾ききった硬いツタを茂らせ、錆びだらけの柵に絡みついている。もはや生きているのかどうかも定かではなく、このまま石になって周囲と一体化してしまいそうにも見える。

 水はけの悪い、腐臭じみた匂いの漂う黒い土と、およそ使い道のない、湿って沼地のようになった原野に囲まれた、とある寒村がここであった。
 この庭園の背後に建つ屋敷は、規模からして、おそらく一帯の領主か誰かのものであろう。だが立派であるのは大きさだけで、貴族の屋敷とは名ばかりのみすぼらしく寂しい有様だ。いわんや領民たちの暮らしぶりは、想像を絶するほどの貧しさであろう。

 生気のない庭に、突然、澄んだ金属音が鳴り渡った。
 静寂の中、神秘的ながらも冷たく暖かみのない響きは、この世ならぬ死者の使いを思わせ、美しくも背筋を凍り付かせるものであった。規則的に打ち鳴らされる音は、次第にこちらに近づき、音の主たちの姿も暗がりの向こうから徐々に浮かび上がってくる。頭から足首まで白い長衣に包んだ得体の知れない者が三人。いずれも頭巾を深く被っており、顔つきはよく分からない。
 三人のうち、前を行く二人は従者であると思われる。やがて彼らは立ち止まり、後ろに立つ男が、銀色に輝く錫杖を静かに鳴らした。
 彼らと向き合っているのは、この館の主人であろう中年の貴族の男と、その妻であろう女だった。男の方が神経質そうな声で尋ねる。
「人払いは済んだ。約束通り、前金でいただけるのでしょうな」
 没落した暮らしが続き、貴族としての矜持を忘れて久しいのか、彼は今にも手を伸ばさんばかりの様子であった。後ろに立つ妻は、かつての贅沢を忘れられないような、強欲そうに肥え太った姿でうなずいている。
 銀の錫杖の男が従者たちに指図すると、両手のひらで抱えても余るような、ずっしりと金貨の詰まった革袋が、館の主人に手渡された。その重さに、思わず腕に力を精一杯込めつつ、彼はやたらに喉を渇かせて言った。
「わ、分かった。約束は必ず守る。その子をこちらへ」
 よく見ると、その場にもう一人いた。長衣の三人の背後、小さな子供が隠れるようにのぞいている。美しい銀色の髪をした、まだ5,6歳程度の幼い男の子だ。表情が無く、目は虚ろで、しかし口元にだけは、脈絡のない引きつった笑みを微かに浮かべているようにも見えた。
 銀の錫杖の男が口を開いた。不気味な出で立ちからは予想し難い、高貴で心地よく響く、低い声で。
「ディ・シーマー殿、この子が16歳になったとき、《ある者》から迎えが参ります。それまでは約束した通りに。もし、言葉を違えたときには……」
 物静かで、慇懃だが、有無を言わせない調子であった。仮に夫妻が金だけを手にして、あの子を捨てたりしようものなら、いったいどんな報復を受けるのか、想像するのも恐ろしいほど異様な相手である。
「《ルキアン》、ここが君の家で、こちらが君のお父さんとお母さんだ」
 杖の男は子供の頭を撫でた。精霊か異界の妖魔かとも思われた彼が、初めて見せた人間的な振る舞いだった。
 銀髪の男の子は彼の方を見上げると、ほとんど聞き取れないような、か細く抑揚のない声で言う。
「はい。僕は《ルキアン・ディ・シーマー》、この家の子です。さようなら、師父様(マスター)」
 焦点の定まらない、瞳孔の開いたような目でルキアンはつぶやいた。だが彼自身の意思が、その言葉からまったく感じられないのは何故だろうか。何かに憑依でもされているかのごとく、ルキアンはぼんやりと足を進め、「両親」たちの後についてふらふらと屋敷に向かっていった。

 その姿を見届けた三人。再び銀の杖が打ち鳴らされると、彼らは夜に紛れ、影の中に溶け込んでゆくかのように見えなくなった。
 闇の中で一人が言った。
「お手数をおかけいたしました。あなたが、ここにわざわざお越しになるまでも……。ネリウス師父(マスター・ネリウス)」
「見届けたかったのだよ。彼は我らと同じ……。いや、彼は我らとは違い、《真の闇の御子》となる者。そうであろう、ゼロワン」
 その言葉と共に、銀の杖が涼やかに鳴り響き、彼らの姿は再び何処へともなくかき消えるのだった。

 ◆ ◆

 ――大きくなったな、ルキアン。それに、こんなにも……。

 スウェールことネリウス・スヴァンは、いま目の前にいるルキアン・ディ・シーマーを見つめながら、心の奥でそっとつぶやいた。ブレンネルと何やら話しながら歩いてくるルキアンの姿が、瞳に映る。ネリウスは神殿の扉の鍵を開け、二人を呼んだ。
「もう、あたりは薄暗くなりましたね。村の近くに、ノルスハファーンの街やミルファーンとの国境の方面へと続く街道があります。そこまでお送りしましょうか。いや、ほんの少し、軽い夕食でもご一緒しますか。あいにく粗末な物しかありませんが。どうぞ」
 扉に手を掛けたネリウス。そのとき、彼の目が不意に鋭い光を帯びた。
 ――この気配は。誰かが《転送陣》を使って神殿の中に? いや、この感じは、《ザングノ》だけが使える……そうか、そういうことか。そなたも来たのだな。
 ひょっとすると事前に覚悟していたのであろうか、ネリウスは神妙な面持ちで、しかし長々と躊躇するようなことはせず、神殿に入っていく。彼に続いたルキアンとブレンネル。
 建物の質素な外観とは裏腹に、神話の諸場面を描いた巨大なフレスコ画が天井に広がり、天の御使いや聖獣たちの彫刻に彩られた柱がそびえ、黄金や漆喰の装飾を凝らした祭壇を中心に、壮麗な礼拝堂が彼らの前に広がる。
 上下左右、あちこち見回しながら、ブレンネルは息を呑んだ。
 その一方で、ルキアンは前方を凝視したまま動かない。礼拝堂の真ん中に一人の男が立っているのを彼は見た。
「これは? どうして……。よかった、生きていたのですね」
 ルキアンは思わず駆け寄る。

「カルバ先生!!」

 


2.豹変した師? ルキアンの動揺



 ルキアンが師の名を叫んで飛び出したとき、透き通った金属音が鳴り響き、聖堂を満たした。堂内全体に染み渡るように、音色は長い余韻を残して消えてゆく。その独特の響きを発したのは、スヴァンやコズマスのものと同じ銀の錫杖だった。これを手にした男――つまりは彼も《ザングノ》の一人なのであろうが――白い僧衣を身につけ、フードを深めに被ったカルバの姿は、ルキアンが見慣れた師のものとは大きく違って感じられた。
 いや、衣装以上に、彼のまとった雰囲気、空気感が、これまでとはまったく異なるように思われるのだ。穏やかで貴族的な優雅さを漂わせるいつものカルバとは違う、静かながらも威圧的で攻撃的ですらある威厳に包まれている。
 言葉にならない違和感を覚えながらも、ひとまずルキアンは、師が生きていたことを素直に喜んだ。
「カルバ先生、ご無事だったんですね!」
 彼がそう言ってもう一歩近づこうとすると、カルバは杖の石突きで床を打ち、銀の奏でる音を再び堂内に響き渡らせた。それはある種の警告に感じられる。しばらく無言でルキアンを見つめた後、カルバは直立不動のままで告げた。
「カルバ・ディ・ラシィエンは、先日、ガノリス王国の都バンネスクと共にこの世から消えた。帝国軍の浮遊城塞《エレオヴィンス》の《天帝の火》による攻撃から、あのとき逃れられた者は、ほとんどいない」
 ルキアンは思わず聞き返した。彼にはカルバの言葉の意図がまったく分からない。
「先生、何をおっしゃって……」
「いま君の前にいるのは、カルバ・ディ・ラシィエンではない」
「悪い冗談は止めてください。ご無事で安心しました」
 と、ルキアンは、カルバの研究所で起こった一件を思い出し、言葉を呑み込んだ。うつむき気味に彼が話を再開したのは、間もなくだったが。
「先生、研究所が……ソーナが……ヴィエリオ士兄が、その……」
「知っている」
「えっ?」
 カルバは、若干、声の具合を強めて繰り返した。
「だからすべて知っている」
「何をおっしゃるのです? 僕には何が何だか……」
 突然の再会と、それ以上に唐突に行われたカルバの不可解な言動を前に、ルキアンは頭の中がすっかり白くなってしまったような心持ちになった。眼鏡の下で目を大きく見開いたまま、彼は何か良くない事態を直感的に想定し始めた。
 そんなルキアンの気持ちなど意に介さないような様子で、カルバは淡々と語り続ける。どこか独り言にも似た口ぶりであった。
「カルバ・ディ・ラシィエンという居心地のよい殻を脱ぎ捨てようと決意するために、どれだけの時間がかかったことか。それにもかかわらず、バンネスクでの件を機に意を決したすぐそばから、こういう形で君と再会することになろうとはな。いや、もっとも、君とはいずれ会う必要があった」
「僕と? そんなことより、メルカちゃんが先生のことを……早く、一緒に帰りましょう!」
 そのとき、カルバが微かに失笑したかのようにみえ、ルキアンは目を疑って師の表情を見つめ直した。
「ルキアン、どこへ帰るというのだ。君が言っているのであろう、ディ・ラシィエンの家も研究所も失われ、彼の家族も離散した。いや、そもそも今の君自身にとって、帰るべき場所というのはどこなのだ」
「それは……」
 言葉に詰まるルキアン。たしかに、彼はたった今、ナッソス城の戦場から逃げるように飛び去ってきたところだった。もはやクレドールの仲間のところには居られないのだと。
 押し黙って、目に涙を浮かべ始めたルキアンを、ブレンネルとネリウスは黙って見守っている。特にブレンネルにとってはまったく訳が分からない状況なのだろうが、少なくとも他人が軽々に口を差し挟んではいけない事態なのだということは彼も理解していた。
 息苦しい沈黙が続く中、次にカルバの発した一言がルキアンを揺るがせた。
「《人の子》のところには戻れないと、君自身、内心では思い始めているのだろう、《闇の御子》よ」
「どうして、それを。先生は一体……」
 ルキアンが、もはや驚きの気持ち以上に不信の目を師に向け始めたそのとき、ネリウスは眉間に皺を寄せ、険しい表情でカルバを見た。

 

【第52話 中編 に続く】

※2013年8~9月に、本ブログにて初公開。

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第53話(その3) もう一人の御子!? 交錯する運命


目次これまでのあらすじ | 登場人物 鏡海亭について
物語の前史プロローグ

  --- 第53話に関する画像と特集記事 ---

第53話PR登場キャラ緊急座談会?中盤のカギを握る美少女?

 


第53話 その3


 

「な、な、何だ、こりゃ!?」
 突然、ブレンネルの素っ頓狂な声が森に響いた。人の気配の無い、深い緑の懐に、とぼけた叫びが反響する。これに続いた無音の間が数秒、何とも滑稽だったが、しばらくして思い出したかのように、数羽の小鳥が頭上の木の枝から逃げ去っていった。
 ブレンネルは地面にしりもちをついて、目の前を遮る白銀色の鋼の巨塊を見上げている。
「ルキアン君、本当に・・・エクターだったんだな。しかし、こんなアルマ・ヴィオ、見たことないぞ。翼が生えた、竜・・・それとも、鷲の・・・騎士?」
「す、すみません。驚かせてしまって」
 ルキアンは手を額に当て、眩しそうに日光を遮った。様々な樹木の織り成す緑の天井の間から、木漏れ日というには意外にも強過ぎる陽の幾筋かが、二人を射抜くように差し込んでくる。この様子だと、もう日は高い。すでに昼前だろうか。ルキアンは若干急いた様子で告げる。
「パウリさん、僕がアルフェリオンに乗ったら開けますから、下の乗用室に入ってください」
 昨夕、ブレンネルと出会い――それが実は初めてではなく、再会あるいは《二周目》の出会いであると彼らが覚えているはずもなかったが――結局、ルキアンは、この森に来るまでに自身に起こった出来事をブレンネルに話し、彼に助力を求めることにしたのだった。《初対面》の胡散臭げな文筆屋を彼が何故か信用できたのは、ひょっとすると、ワールトーアの廃村という閉じた虚ろな世界における、あの幻夢のごとき体験が、なおも二人の無意識の底に沈んでいるからかもしれない。
 ちなみに現時点では、ワールトーア村の痕跡は彼らの周囲にほぼ残っていなかった。そもそも、ルキアンとブレンネルが入り込んだあの廃村が現実のものだったのか、幻影だったのか、もはやそれすらはっきりしない。実際には、足元の茂みや入り組んだ木々の壁の向こうに、廃墟の名残くらいは隠れていても不思議ではないだろうが。しかし今のルキアンには、ただ戦場から逃げ去って気が付けばここにいたという記憶しかなく、ワールトーア村のことは、ブレンネルに聞いて《初めて》知ったにすぎない。ブレンネルにしても、《ワールトーアの帰らずの森》の噂話を調べにやって来たことは覚えているにせよ、そこまでである。一応、彼は昨晩から今朝にかけて周囲を歩き回ってみたものの、せいぜいの成果は、かつて街路に敷かれていた石畳らしきものが点々と顔を出しているのを何か所か見つけた程度であった。
 いや、それ以前にブレンネルの目の前には、存在すら怪しいワールトーアの廃村よりもずっと興味津々な素材、オーリウムの内戦に深くかかわる白銀の天使とその乗り手がいるのだから。昨晩、彼は、飛びつかんばかりの勢いでルキアンの願いを聞き入れ、ある助力をすることにした。
 地面に片膝をついて屈み込み、森に幾分埋もれるようにしてアルフェリオンが置かれている。どことなく危なっかしい動作ではあれ、予想外に手早く機体に乗り込んでいくルキアンを見て、ブレンネルは、戦いとは縁の無さそうな彼がエクターとしての経験を本当にもっていることを、実感させられるのだった。
 そうしている間にもアルフェリオンは、鈍い響きを伴って兜のバイザーを降ろし、奥のくらがりで目を青白く光らせた。乗り手を得て、その魂と融合し、かりそめの生命を再び吹き込まれたのだ。魔法合金の装甲面を光が縦横に走り、白銀色の輝きが一段と増したようにみえる。幾重にも結界が展開され、目には見えないにせよ、あまりにも強い魔法力の波動が伝わってくる。
「おいおいおいおい、すごいな! この肌を刺すみたいな感じって」
 思わず声をあげたブレンネル。さらにアルフェリオンの背で六枚の翼が開かれ、森を貫いて真昼の太陽を浴び、煌めく威容を目の前にして、彼は、ただただ息を呑むばかりだった。

 ◇

「あの、このあたりでしょうか。ハルス山系にさっき入って、この谷の上を飛んで、両側から迫る崖があって・・・。あ、もしかしてあれが、パウリさんが言っていた、滝ですか?」
 遥か上空に輝く一点の光。それは真昼の刻に迷い出た星などではなく、銀色の閃光となって、およそ現実味のない速さで飛ぶ何かだ。アルフェリオン・ノヴィーア――その翼を自身に重ねているルキアンは、アルフェリオンの魔法眼にも強めに意識を込め、視点を地表に寄せてみた。大写しになった視界の中、ほど近い場所にあると思われる源流から、険しい崖を経て流れ落ちる、いわゆる「魚止め」と呼ばれそうな滝が見える。
「そうだ。あそこだよ。どこか降りられるところがあれば頼む。近くにレオーネおばさんの庵がある。もし、今も引っ越してなかったら、だけどな」
 トランクの中を思わせる、お世辞にも乗り心地が良いとは言い難い乗用室にて、ブレンネルは身体の位置がうまく定まらず、窮屈そうに手足を動かしている。ルキアンの声は機体を通じて響いてくる。どうも妙な感じだが、声は多少こもったような音になりがちではあれ、それなりに明瞭に聞き取れた。
「しかし、このアルマ・ヴィオ、どんだけ速いんだよ。着くのは夕方か夜になるかと思っていたが。まだ、さっき乗ったばかりだろ・・・」
 いかに立派な翼があるとはいえ、所詮は人の姿をした汎用型らしきアルマ・ヴィオ、まともに「飛べる」のかも怪しいと疑っていたブレンネルだったが、そんなアルフェリオンが飛行型アルマ・ヴィオにさえ不可能な速さで飛び、その驚きも冷めないうちに王国北部のハルス山系に到達したことで、いったい何が起こったのかと戸惑っている様子だ。

 ◇

「来ましたね」
 アルフェリオンが到着するよりも少し前、ハルスの谷を抱いた今日の気持ち良い蒼穹には、まだ何の影も映っていなかったとき、これから起こることにすでに気づいた者がいた。
 件の滝の前に置かれた小さな木製のベンチに、銀髪の少年らしき者、いや、エレオンことエレオノーアが腰掛けている。彼女は、ベレー帽を思わせる濃紺色の帽子を手で押さえながら、嬉しさが漏れ出しそうな弾んだ声でつぶやく。
「はい、待っていました」
 彼女は何の邪気も感じさせない澄んだ目を細め、そして再び開く。
「ずっと、待ってたのです」
一転、彼女の左目には、素朴な姿には似つかわしくない、ある種の魔術形象が浮かび上がっている。金色に輝く何重かの魔法円、その隅々にまで同じく黄金色の光で描き込まれているのは、現世界のいかなる国の言葉でもなく、旧世界のそれですらない得体の知れない文字と、見知らぬ記号や数式のような何かで記述された、極めて高度で複雑な術式。
「ふぅ・・・」
 彼女は深く息を吸い込み、小さな声とともに吐いた。
「やっと会えます」
 一瞬で左目の瞳が漆黒に染まり、金色の魔法円が白熱化したかのように、閃光のごとく輝きを増した。凄まじい魔力の高まりに、彼女の周囲の空間が歪み、靄さながらに二重三重に揺れている。それに呼応し、付近の山々や木、草、岩、すべてのものから色が失われ、灰色に凍り付いたかのように感じられた。

「おにい、さん」

 

【第53話(その4)に続く】

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実は女の子なのです・・・という展開

連載小説『アルフェリオン』、現在連載中の第53話にて初登場した期待の新人(?)、エレオノーア応援の画像を公開です。

Holaraさんの力で美少女度がアップしたエレオノーアです(笑)。
右側は男の子を演じているとき、左側は女の子ヴァージョンですね。
左右とも顔はあまり変わっていないのですが・・・服装で印象が全然違ってきます。左側はどう見ても女子、右側は中性的ですが男子と言われれば男子?に見えなくもありません。こういうキャラを注文通りに生成してくれたHolaraさん、さすがです。

顔のアップ。
ちょっと、実年齢より幼い感じの顔つきになってしまいました。
作成途中のイラストっぽい、下絵に色を塗っている途中のような雰囲気、出ているでしょうか。
ともかく、Holaraさんが、いつも以上に細部まで描き込んでくれていますね。AIでも、気に入ったキャラの生成には気合が入るのでしょうか。そんなことは無いですが(笑)。
ちなみに帽子は鏡海が手直ししました。生成された絵では、帽子がバンダナみたいになって、さらに髪の毛と一体化してしまっていたので・・・。



男の子版のエレオノーア、いや、エレオン君(!)ですね。
こうしてみると、一見、ルキアンの弟分っぽい感じもしますが・・・。

でも、実は女の子なんです!というベタな展開。

ルキアン、振り回されそうですね。エレオノーアはかなり天然なので。
昔の学園青春コミックみたいに、ルキアンがドキドキさせられてばっかりの展開になるのでしょうか。男の子のふりをしていると、それが女の子だと知りつつ見ている方は、逆に変に意識してしまうのがお約束・・・。
ストーリーの現状からいえば、そんなラブコメごっこしている場合か(笑)というところですが。

いや、エレオノーアもルキアンと同じく壮絶な過去を背負っているのですが、それを全然感じさせないです。レオーネさんの育て方が良かったのでしょうか。

ちなみに現時点における画像生成AI一般の弱点として、Holaraさんの場合も、全身画像の生成をお願いすると、掌(あるいは指)がとんでもないことになってしまいがちです。エレオノーア嬢の上掲画像の場合も、元々は指の本数が多かったり、指の形が崩れまくったりしていたので補正しました。左手は何とか元のままでいけましたが、右手は指がはっきり5本見えているので隠しようがなく、イマイチ下手なりに鏡海がすべて描き直しています。
同様に、足の指もおかしくなっていたので、サンダルを描き直して隠し、ごまかしました。上半身、脚、帽子も、一部描き直しています。
全身画像は修正が大変です。しかし、自分でゼロから描くよりは遥かに楽だろ、と怒られそうですが(誰にだ)。

また、全身画像を生成する場合(上半身とか首より上のアップの画像ではなく)、顔の細部が崩れがちになるという点や、そもそも論として、異なるイラスト間で同じキャラの顔つきを維持するのが難しいという点も、現時点での画像生成AIの弱点です。これに関しては、顔画像を別に用意しておいて、全身画像(の首から下)と合成するようにしています。
ちなみに上半身の画像あるいは顔のみの画像であれば、元絵をHolaraさんに読み込ませて表情を変化させても、キャラとしての顔の同一性(笑)を維持することは可能です。今回の男の子版の画像も、過去のものとは表情が違っています。

少しずつでも、こうして、Holaraさんとの共同作業にしていきたいですね。


本日も鏡海亭にお越しいただき、ありがとうござしました!
ご声援に応え、小説本編の更新も進めてまいります。
引き続き応援いただけますと大変うれしいです。

ではまた。

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その絆、力に変えて

連載小説『アルフェリオン』、新しいPR画像を公開です!


幼い頃のルキアンをリューヌが見守っていたときの場面です。
が・・・「一緒に本当のお家に帰ろう」って、こんな危なそうな人に連れていかれたら、ダメですよね!(笑)
何だか、かよわい少年を堕天使が誘惑しているシーンのようですが。
実際には、上掲の画像の場面は、小説本編の中では第35話で出てきました。

以下、そこから引用です。


 ルキアンの記憶の中、いや、現実の記憶と空想とが入り交じったイメージの中。薄暗い深緑につつまれた森の奥に向かい、一本の小道が伸びる。苔むした老木の根元に銀髪の子供がうずくまっていた。小さい身体、華奢な背中いっぱいに、あどけない男の子が背負うには重すぎる孤独が、影のように染みついている。
 弱々しい、かすれた声で、幼いルキアンはつぶやく。
 ――おうちに帰りたいよぅ……。
 いつの間にか、黒い衣装に身を包んだ女が彼の前に立っている。腰まで届く長い髪も同じく闇の色、彼女の背中には漆黒の翼があった。
  ――私と一緒に、本当の家に帰りましょうね。
 翼をもった黒衣の女は、そっと手をさしのべる。
 みじめな幼子は不意に顔を上げ、何かに気づいたかのように周囲を見回した。しかし、誰もいないことを知ると、再びうつむいてすすり泣き始める。
 黒衣の女は血の気のない真白い手を伸ばし、彼の頭をなでた。だが彼女の手はルキアンの身体を通り抜ける。指先は、むなしく宙をつかむ。
 ――もう泣かないで。私の大切な……。
 ルキアンの額に、彼女は届かない口づけをした。ガラス玉のような瞳に感情の光を見て取ることはできなかったが、その背中には一抹の寂しさが漂っているようにもみえる。黒き闇の天使は翼を開き、いずこへともなく消え去った。


以上です。切ないですね・・・。

第35話「パンタシア」のルキアンは、このような鬱回想と独白を延々と繰り返したうえで、シェフィーアさんの言葉に励まされ、御子のもつ「ダアスの目」を半ば開きつつ、超覚醒します! アルフェリオンもゼフィロス・モードに初変形し、そこからのルキアンの猛攻は、ゼフィロスの「超空間感応」と「縛竜の鎖」を使ったオールレンジ攻撃(!?)で、強敵「ナッソス四人衆」の一人・パリスを圧倒、撃破するのでした。
鬱回想から超覚醒・超展開、小説『アルフェリオン』の醍醐味(笑)が詰まった第35話ですね。

何しろ第35話のタイトルの「パンタシア」というのは、この物語に出てくるキャラたちの力の核心となるものです。これには期待してしまいます。本来なら、最終回直前に出てきてもおかしくないタイトル、いや、最終回のタイトルですらありそうな感じですね。

そういった扱いに見合うほど、第35話は序盤の山場となっています。でも、その重要な回において、事実上、ヒロインみたいな役割を果たしているのが(当時はまだ敵方のモブキャラみたいだった)シェフィーアさんですから、これはもう笑うしかありません。


何だ。私を呼んだか?

いいえ、お引き取り下さい(笑)。

 ◇

こんな調子で、ネット小説ならではの「そんなのありか?」の『アルフェリオン』、引き続きよろしくお願いします。本日も鏡海亭にお越しいただき、ご声援をいただき、ありがとうございました。
最新話の第53話についても、次の更新に向けて鋭意執筆中です。

ではまた。

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AIと手を取り合いながら・・・

連載小説『アルフェリオン』、現在、最新話(第53話)「光翠の谷を越えて」を連載中です。



この間に、第53話・その1、その2と更新を続けてきました。
今のところ主人公ルキアンはまだ登場していませんが、次回の「その3」では、いよいよ姿を見せるのでしょうか。

いずれにせよルキアンが向かおうとしているのは、北方の大国、ミルファーン王国でしょう。そしてミルファーンといえば、この人・・・。



私だが、呼んだか?

いや、今回はシェフィーアさんではなくて・・・。


レイシア嬢です。
いや、せっかく獲ってくれたのですが、これはちょっと食べたくない感じですか(笑)。もはや甲殻類って次元では・・・。

今回のレイシアの絵、まず生成AIのHolaraさんに下絵を出力してもらって、それに鏡海が加筆するという練習をしてみました。AIだけに生成させて希望のイラストが出てくるまでプロンプトを変えつつガチャを延々と引くのも、ゼロから自分だけで全部描くのも、中途半端な私にはどちらもあまり効率よくないです。AIに大枠で出力してもらって、修正したい部分に自分で手を入れるというのが、一番合理的なような・・・。

 ◇

今日も鏡海庵にお越しいただき、ありがとうございます。
ご声援にこたえて、小説『アルフェリオン』の本編の更新も、頑張って進めていきたいと思います。お楽しみに!

ではまた。

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歴代最強の闇の御子ルカ、人工の闇の御子ルキアン・・・

昨日・6月13日に第53話(その2)の更新が行われ、復活後の勢いがますます高まる、連載小説『アルフェリオン』です!

第53話(その2)は、ナッソス城の戦いの結末を示すものでした。地味な内容ではあれ、これまでの流れをこうしていったん整理しておくことが、次のストーリー展開に向けて必須なのです。

ただ、説明描写の文章ばかりが続くのも味気ないので、飛空艦クレドールのクルーたちの会話を通じて語らせるようにしています。
登場したのはベルセア、ヴェンデイル、ルティーニの3人です。何だか、対ナッソス戦であまり活躍の機会のなかったキャラたちを在庫一掃処分っぽく登場させ(苦笑)、出番を与えたような感もなくはありませんが・・・。

そういえば第53話(その2)の最後の部分、ルティーニがクレヴィスからの依頼をシャリオさんに伝えに行くようでしたね。ここ、大事です。《レンゲイルの壁》攻略に向けた秘策が、もう始まっています。しかし、レマリア帝国時代の街道図とか古地図とか、いったいそれが、レンゲイル攻略と何の関係があるのでしょうね。

「英雄」の護る鉄壁の要塞線を、帝国軍到着までのわずかな時間で取り戻せという、議会軍・ギルド側にとってはもはや無理ゲー(!)の様相を呈する「レンゲイルの壁」奪還作戦です。が、クレヴィスの次の一手は、その難局を覆すことができるのか!?

 

以上のように、「壁」をめぐる攻防が盛り上がり始めた第53話ではありますが、主人公ルキアンたちの方にも様々な変化が起こりそうですね。この間も、新キャラのエレオン(エレオノーア)が、本ブログにてヘビーローテーションで推されていましたが(笑)。エレオンはルキアン関係者らしいですが、今回はここで、ルキアン関係者をもう一人。

過去の闇の御子の一人、ルカ・イーヴィックです!
初公開の全身画像、できましたよ~。・・・って、少年のふりをした美少女の次は、ワイルドなおっさん!ですか。
このカオスな連打の感じがいいですね(笑)。

しかし、なぜ、ここでルカ?
それは今後の小説本編を経て理解されることでしょう。第53話にもかかわりがあるので、今回、彼がクローズアップされています。
同様に過去の闇の御子であっても、エインザールやルチアに比べると、このルカ・イーヴィックという人については、これまで本編での描写が圧倒的にわずかでした。でも「最強」の御子らしいですから。

何が最強かというと、ルカは、「あれ」の御使いたちと最もよく戦い続けることができたという意味で、御子の中で最強なのです。ただ、それは単にルカ個人の力量だけのおかげではなく、彼の代には、闇以外の他の御子たちも比較的多く覚醒していたのですね。これまで名前が出てきたキャラとしては、風の御子のレヴァン・タリューシンであるとか。いや、ルカの世代、御子は、ほぼ揃っていたのですよね。もう少しで世界の運命を変えられるところだったのかも。

ちなみに前新陽暦時代の光の御子アレウスは、当代の白の巫女レアの力を借り、「ノクティルカの匣」を顕現させて御使いたちをその「正体」をさらけ出すところまで追いつめたのでしたが・・・彼の場合、おそらく同時代に他の御子が生まれていなかったため、惜しくも力及ばなかったのです(あるいは、他の御子は、生まれていても「予め歪められた生」の呪いのために、自身が「御子」であることに気づけていなかった)。

では、「最強」のルカには何が足りなかったのか?
以前にマスター・ネリウスが言っていたように、なぜ歴代の御子の誰一人として自分たちの世界を救えなかったのか? ルカも、そしてあのエインザールさえも。
その理由をおそらく分かったうえで、ネリウスたち「月闇の僧院」は、あの恐るべき「ロード」を実施してきたのでしょう。
いわば「人工の闇の御子」を完全な形で生み出すことが、なぜ必要なのか。

その「完全」な「人工の闇の御子」というのが、今の世代の闇の御子であるルキアンらしいです。先代のエインザールや、ルカ、ルチア、彼らはみな、ルキアンとは違って生まれながらの(天然の?)闇の御子でしたが・・・。そう、闇の御子は自然に生まれてくるのに、なぜそれとは別に、わざわざ(しかも多くの犠牲者を出してまで!)「ロード」で人工的に闇の御子を生み出す必要があるのでしょうか?

謎は深まります。御期待下さい。

 

本日も鏡海亭をご訪問いただき、応援いただき感謝です!!
明日も(時間的に、もう「今日」ですが)皆さんにとってよき日でありますように。

それでは。

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第53話(その2) ナッソス城陥落、次なる戦いに向けて・・・

目次これまでのあらすじ | 登場人物 鏡海亭について
物語の前史プロローグ

  --- 第53話に関する画像と特集記事 ---

第53話PR登場キャラ緊急座談会? | 中盤のカギを握る美少女?

 


 第53話 その2


 ナッソス城の激戦を経て一夜明け、緑の果ての地平から昇る朝日に中央平原が照らし出されたとき、その様相は、おそらく大方の予想とは異なるものであったろう。あれほど壮絶な戦いの翌日にしては、城の周囲に残されたその爪痕が思ったよりも少ないのだ。両軍ともに多数のアルマ・ヴィオが倒れ、魔法合金に覆われた巨躯の残骸が秒刻みで積み上げられていった戦の場には、奇妙なことに、大きめの遺物の影が点々としか見当たらない。不思議に思って四方八方に視線を走らせてみたところで、時折、アルマ・ヴィオのちぎれた手足や、散乱する外装の破片、折れて使えなくなった武器などが目に留まる程度であろう。
 わびしげに、思いのままに吹き抜ける風。その行く手を遮るものもほとんどなく、わずかに雑草が頭を揺らし、所々黒く焼けただれた赤茶色の地面。いま目の前にある隙間だらけの荒涼感は、辛い勝利の後の言いようのない気分がもたらす、いささか過敏化された人の感覚の産物などではなく、ありのままの現実にすぎない。

「やるねぇ、《ハンター・ギルド》の奴らも。もう、目ぼしい機体はほとんど転がってないな。ハゲタカって呼ばれたら、奴らもいい気持ちはしないだろうが、本当に、あっという間に集まってきて、見る見る運び去っていきやがった。まだ、あれから一晩だぜ?」
 朝晩には冷え込みもなお侮れない晩春の草原に立ち、ベルセア・ヨールは首をすくめた。金色の長い髪が風に煽られ、好き放題に踊っている。それを無造作に手でかきあげると、彼は感嘆とも解せる溜息をついた。
「持ち主の確認が取れる残骸については、可能な限りエクター・ギルドに返すって条件で、これだけ大規模な回収支援を引き受けてもらったそうだが。あちらさんもどこまで本気なんだか。まぁ、ハンターには胡散臭い奴も多いが、さすがにハンター・ギルドが組織立って動く場合、約束を破ることはないだろう」
 平時のハンターの仕事は、旧世界の遺跡の発掘や見つかった遺物の取引を中心に、人によってはいわゆる《運び屋》や《賞金稼ぎ》なども生業とするといったところである。だが彼らは、アルマ・ヴィオを用いた一定以上の規模の戦闘が発生すると――たとえば今回は内戦だが、その他にも領主間の紛争、軍やギルドによる山賊・海賊等の討伐、野武士や私兵集団同士の果し合い等にともなって――戦いの跡に放棄された兵器や破壊された兵器の残骸などから、使える部分をそれこそハゲタカのようにさらって回り、売り捌くのだった。こうした行為の多くは、本来なら王国の法に反するはずである。だが実際のところは、まだ生きている者から武器を奪ったり、戦いの行われている戦場で兵器を取得したりするのでない限り、ハンターたちによるそのような《回収》は、当局からも黙認されている。ちなみに同様のことは、ハンターの側でも、《戦士たちが去った後、そこに残されているものを》という表現でもって最低限のルールとして共有されているのだ。
 ベルセアの隣には、長身の彼に比べて小柄な青年が、湯気の立つ白いカップを手に立っている。飛空艦クレドールの《目》の役割を果たす《鏡手》、ヴェンデイル・ライゼスだ。上から下まで黒ずくめで、ギルドの関係者にしてはあか抜けた、猫のような雰囲気をもつ優男である。
「ほんと、軍が言いがかりをつけて残骸を接収しに来たり、野良のハンターやら盗賊やらが群がってきたりして面倒になる前に、ここら一帯をさっさと囲い込んで、使えるパーツは全部おいしくいただきました、って感じかい。で、ナッソス側の機体の残骸はほとんどハンターさんらの取り分になって、結局は、またこちらに売りつけられてくる・・・。現金な奴らだからな。ま、それで持ちつ持たれつだし、仕方がないけどね」
 ヴェンデイルは飄々とした笑みを湛えながらも、そこで言葉を一瞬飲み込んだ。
「それにしても・・・ルキアンも、あれだけ沢山やっちゃったのに、味方も含めた黒焦げの機体の山、もう、すっかり片付けられているな」
 あの戦いの最中、《鏡手》として戦場の動向を監視していたヴェンデイル自身が、正気を失ったアルフェリオン・テュラヌスの姿を誰よりもよく見据えていたのであり、また、そうせざるを得なかった。飲み物を喉に含ませた後、彼の声のトーンが少し低くなった。
「火を噴くドラゴンみたいに好き勝手に暴れやがって。ルキアン、どうしちまったんだよ・・・」
「そうだな。彼、どこに飛んでいったのやら」
 ベルセアは青空を望むと、指で前方へと弧を描くような仕草をして、その先に位置する地平を見つめた。二人の背後には、草原に停泊し翼を休めるクレドールの巨大な艦体がみえる。中央平原という場所柄、この規模の飛空艦の着陸できる場所が随所にあるのは有り難い。

 そのとき、実直そうな口調で挨拶しながら、柿色のフロックをまとった男が近づいてきた。目立って太めであるというほどではないにせよ、若干、肉付きが良いようにもみえる。
「おはよう。ベルセア、ヴェンデイル」
 金髪の下に広い額をもった男だ。見た目には三十代後半から四十代くらいに思われるが、ひょっとすると多少老けてみえるのかもしれない。
「やぁ、ルティーニ。いいのかい? 補給や何やらで大変なんじゃないの」
 ベルセアが彼を気遣う素振りをみせながらも、あまり深刻さがみられない。いま、こうしていた間にも、彼、財務長ルティーニ・ラインマイルがクレドールの裏方の厄介事全般を問題なくこなしてきたであろうことを、よく分かっており、信頼しているからだ。
「えぇ。ミトーニアのギルド支部が昨晩寝ずに頑張ってくれたこともあって、物資の補給には目処が立ちました。あとはアルマ・ヴィオですね。ルキアン君のアルフェリオンとバーンのアトレイオスが一度に欠けてしまい、汎用型が一体もない状況です。いま、本部に派遣を依頼しつつ、近隣の支部にも急募をかけてもらっています。依頼料も、私としては、かなり大盤振る舞いしましたよ」
「それだよ、それ。汎用型は居ないし、陸戦型を含めても、いま地上で戦えるのが基本的にオレのリュコスだけって状況、これでは《戦争》になんて行けないな。空も飛べるアルフェリオンのおかげで、昨日までは飛行型にも余裕があったんだが・・・。今回はサモンのファノミウルが一緒に来てくれているから、まだなんとかなってるけど、いつものままだったらヤバかったぜ」
 そういうとベルセアは大げさに頭を下げ、ルティーニにしがみついた。
「頼む、とても、とっても困ってる! 神様、ルティーニ様!!」
 にこりと笑ってルティーニが片目を閉じた。こうしてみると意外に愛嬌もある男だ。
「えぇ。任せてください。それで、これは耳寄りな話ですが、実はレーイに新しい機体が来るらしいですよ」
「本当? まさかのカヴァリアンまで壊されちゃって、これからどうなるのかと・・・」
 ヴェンデイルの目が輝いた。いかにナッソスの戦姫(いくさひめ)と旧世界の機体・イーヴァが相手であったとはいえ、ギルド最強の《あのレーイ》が戦闘不能まで追い込まれたということは、彼には今でも信じ難かった。
 ヴェンデイルに同意しつつ、ベルセアがいずれにともなく尋ねた。
「そうそう、レーイと戦ったナッソスの姫さん、どこ行ったの? あれからずっと行方不明だって聞いてるぜ。遺体が見つかったという噂もない。いや、遺体という線はないかもな。アルマ・ヴィオの損傷状況からみて《ケーラ》は無事らしいし、中のエクター自身が生きていてもおかしくないだろ」
「カセリナ姫ですか。まだ私も状況を把握していませんが、どうなされたのでしょうね。いずれにせよ、ナッソス方としては、切り札の《四人衆》が次々と倒され、あるいは戦線を離脱し、通常の兵力もギルドとの乱戦で削られ、そのうえに、制御を失ったアルフェリオンのブレスに焼き尽くされ・・・ルキアン君が去った時点では、もう戦える力も意志も残っていなかったようでした」
 昨日、激戦の果てに、その結果としてはあまりにも呆気なく、ナッソス城が明け渡されたことを思い起こしつつ、ルティーニが応じた。
 彼らの話を黙って聞いていたヴェンデイルが、立ち上がって遠くを眺めながら、あまり抑揚のない口調で付け加える。
「今回の戦い、こちらも、いまひとつ勝利感とかそういうのが足りない気もするんだけど・・・それでもさ、ナッソス軍が最後まで城に立て籠って、あれからみんな血みどろの白兵戦に入るような流れにならなくて、もっと沢山の人が死ぬことにならなくて、それは本当に良かったと思うよ」
「そうですね。私もそう思います。おや、来たようですよ?」
 ルティーニがナッソス城の方を手で指した。背中のマギオ・スクロープ1門のみ、つまりは最低限の火力しか備えていないティグラーと、MT(マギオ・テルマ―)で形成された光の武器や楯ではなく、実体型の槍と楯を持った「型落ち」感の否めないペゾンを中心に、およそ精強とは表現し難いアルマ・ヴィオの一隊が城に向かって進んでくる。
 その様子を見ると、ベルセアは額を押さえて苦笑いした。
「いま議会軍が《レンゲイルの壁》攻略に全力をつぎ込んでいるからって、あんなのを送ってくるしかないのか? あれじゃ山賊以下だろ・・・。それでも軍のお偉いさんたちには、《形》が大事なんだろうさ」
「えぇ、まったく。宮廷や保守的な人々に言わせれば、我々エクター・ギルドなど得体の知れない無頼集団にすぎず、そんなゴロツキのような者たちが公爵の城を奪って居座るなど、きっと許せないことなのでしょう。ただ、そんなところで揉めてしまうと、議会軍にとっても好ましくありません。それで、戦いの済んだ今さらになって、議会軍のあのような寄せ集め部隊がナッソス領に慌てて進駐してきた・・・と、いうわけですか。勿論、この城やナッソス領を放置しておくのは治安上も戦略上も好ましくないですし、一時的に統制下に置く目的で軍が部隊を送るのは当然でしょうが、あれではね」
 三人は顔を見合わせて溜息をついている。

 それからしばらくして、ルティーニはベルセアたちと別れ、クレドールに戻った。途中で会った仲間たちに手を挙げてひとこと交わしつつ、彼は薄暗い廊下を進んでいく。
 ――もうひとつ、クレヴィス副長から密かに頼まれていたことがありましたね。医務室に行かないと。
 彼はフロックの内側から一通の手紙を取り出した。怪訝そうな顔をして。
 ――しかし、ミトーニアの神殿書庫に至急向かうよう、シャリオさんにお願いするとはどういう意図でしょうね。こんな緊急時に。副長は、レマリア時代の古地図や街道図が残っていないか彼女に調べてほしいと言っていましたが、次の戦いのために何か考えがあるのでしょうか・・・。

 

【第53話(その3)に続く】

 

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エレオノーア修正版、美形悪役の無駄遣い、その他

連載小説『アルフェリオン』、今後の活躍が期待されるエレオノーアの画像を昨晩アップしました。本日、その改訂版です。

昨日の深夜、そろそろ寝ようと思っていたところ、ふと思い立って勢いで作ってアップしてしまったので(苦笑)、色々と暫定的な部分がありました。
エレオノーアの右足が変だった点や、魔法円の背景を透過にしてなかった点とか、他にもいくつか。

ちなみに左側の背景。天使のような像と宙を舞う本の画像、面白いです。私は、たくさんの本が空中を飛び回っている場面を想像して(なんだかポルターガイスト現象のようだ)、Holaraさんに生成をお願いしたのです。これに対し、本が鳥を思わせる姿で飛んでいくというHolaraさんの出したイメージは、天才ですね(!)。なんとファンタジックな。完全に鳥に変化しているのではなくて、開かれた本が鳥のようにも見えるという匙加減が最高です。

 ◇

また、この間、Holaraさんの力で若干のキャラクターを画像化してもらいました。まずは、ミシュアスです。


物語の第2話から登場し、一番最初の敵となったキャラですね。
主人公たちの好敵手となるかと思われたところ、その後、鳴かず飛ばずで(苦笑)現在に至ります。「美形悪役」の無駄遣い(!)と言われているとか、いないとか。

その原因として、彼は、自身の所属するギベリア強襲隊とともにレンゲイルの壁に移ったのですが・・・これまでのところ、ルキアンや飛空艦クレドールは、レンゲイルの壁方面ではまだ一度も戦っていないのですよね。第53話か54話あたりから、クレドールもやっと「壁」の戦いに動き出しそうですが。

ただ、レンゲイル方面でミシュアスが戦うシーンは小説本編にて時々出てきており、そのひとつでは、彼がいずれカリオスとライバル関係になりそうな雰囲気でした。これからの進展に期待です。ちなみにミシュアスは魔道士であり、彼の乗機のアートル・メランもマギウスタイプ(魔法戦仕様)なのでした。そういえば、カリオスと戦っていたときにも魔法を使っていましたね。

 ◇

続いては、セシエルです。


飛空艦クレドールの通信士のような人です。彼女も物語の最初期から出ていますね。クレドールの他のキャラが濃いのであまり目立たないのですが、ルキアンが思わず見とれるシーンがあったほど、奇麗な人だという設定でした。また、あのルティーニが自身よりも計算が早いとセシエルのことを褒めていたほど、頭の回転も速そうな人です。いずれ活躍する場面があるとよいですね。

 ◇

最後に、フィスカです。


え? この人は、別の作品に出てくるキャラでは?
いや、たしかにクレドールの看護助手、フィスカ・ネーレッドさんです。
フィスカの看護師の衣装、これはもう、これでよいのです(笑)。彼女の服装と、あとは(ルキアンも含め)眼鏡キャラのかけているメガネについては、いわば「記号」みたいなものなので、考証的な部分は無視しています。

フィスカは一見して天然キャラ、ネタキャラみたいでも、作者からみて、役に立つときには意外に役に立ってくれます。特にネレイからミト―ニアあたりのところでは、フィスカは、当時のルキアンの苦悩や成長を描くうえで、かなり良い働きをしています。フィスカとメイやシャリオさんとのからみも面白いですよね。

というところで、今回は、エレオノーアという最も新しい(最新話から登場の)キャラと、ミシュアスやセシエルのような最も古い(初期から登場の)キャラが共に掲載されるということになりました。いずれもしっかりと描いていきたいと思います。

いつも鏡海亭をご訪問いただきありがとうございます。
引き続き、ご声援いただけますと大変うれしいです。励みになります。

ではまた。

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運命の少女、本当の本当のヒロイン?

連載小説『アルフェリオン』、現在連載中の第53話から待ちに待った登場の新キャラ、エレオノーアのイチオシPR画像を作りました(笑)。

今回も、画像生成AIのHolaraさんと、人間の(笑)鏡海の合作です。

いや、先日終了したワールトーア編で「ロード」や「ヌーラス」の秘密がある程度明かされない限り、設定的にみてエレオノーアは出せなかったのですよね。第52話の最後の方で、「アーカイブ」のことも微妙に披露されていましたし。

詳しくは、じきに小説本編にて、ヌーラス・ゼロツーあたりが皮肉たっぷりに語ってくれると思うのですが・・・。


  皆様に幸あれ。祈りましょう。

今日はこんな感じであわただしかったのですが・・・
いつも鏡海亭をご訪問いただきありがとうございます。
ご声援を力に変えて、『アルフェリオン』をより優れた作品にしていきたいと思っております。引き続き、よろしくお願いします。

それでは。

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