カトリック社会学者のぼやき

カトリシズムと社会学という二つの思想背景から時の流れにそって愚痴をつぶやいていく

『社会学史』(大沢真幸)を読んで

2019-06-05 12:14:33 | 社会学


 2019年刊行の『社会学史』(講談社現代新書)を読む。力作である。
学説史を書いているうちはその学問はまだ自立していないと言われる。だが、われわれはまだ定番の社会学史の教科書を持っていないのだから、これは価値ある試みである。氏は、現在、学説史を書く理由を、学問には「直進する学問」と「反復する学問」があり、物理学は前者、社会学は後者とする。言わずもがなの弁解で、これはすぐに批判の対象とされたようだ。

 大沢氏は社会学を「近代社会の自己意識」と定義する。その通りである。これだと社会学を政治学や法学と区別する理屈が必要だが、どうも「全体分析」(全体は部分の総和以上)に特徴を求めているようだ。分析の対象や方法に特徴を求めているわけではなさそうだ。

 社会学の基本的問いを、「社会秩序はいかにして可能か」に求め、具体的には「個人と個人」の関係の分析と、「個人と社会」の関係の分析という2つの部分問題に分かれるという。行為論と構造論ということのようだ。答えは「偶有性」(contingency)だという。偶有的とは、必然ではないが、不可能ではないこと、「他でもあり得たこと」という意味だ。社会秩序は偶有的だという。その通りだが、ではなぜ今こうなっているのか、他ではないのか、の説明としては弱いように思える。どうも氏は思想としてポストモダンや社会構成主義への批判・克服の拠点を探しているようだ。

 社会学を学ぶとは、「通常のものの不確実性の感覚」を持つことだという。この辺は氏が実際に社会学を教室やゼミで教えていて身につまされたのであろう。またはもっと個人的な出来事から学んだ感覚なのかもしれない。

 社会学史には3つの山があるという。1つは19世紀の誕生前後。フランス革命の前後の社会契約論(ホッブスとルソー)、および、サン・シモン、コント、スペンサーだ。二つ目は19世紀から20世紀への世紀の転換期。マルクス・フロイト・デュルケーム・ジンメル・ヴェーバーの時代。第三の山は1960年代から現代まで。パーソンスの構造機能分析、意味の社会学(ミード、シュッツ、ゴフマン)、意味構成的システム論(ルーマンとフーコー)、だという。現代社会学では、ベックのリスク社会論、バウマンのリキッド・モダニティー論、ネグリ・ハートの帝国論に言及している。時代の区分は普通だが、社会学の誕生をアリストテレスから説き起こすのには驚いた。ルーマンとフーコーの評価が高いのが印象的だ。

 本書は、マルクス・フロイト・デュルケーム・ジンメル・ヴェーバー(ウエーバーとはいわない)までの説明は力が入っていて読み応えがある。整理の仕方が明解だ。パーソンス(パーソンズと呼んでいる)からは疲れが出たのか、話につながりがなくなり、簡単になる。頁数としてみるとこの第三部以降の方が量が多い。

 最後は、ご自分の主張が展開される。今後の社会学理論発展への提案ということであろう。相関主義から実在論の復活へ、つまり、構成主義から存在論へという主張がなされる。偶有性論は社会学にとっては、「神の存在の存在論的証明」になるという。偶有性だけが相関主義からの脱却の途だという。興味深い主張で、現在の理論社会学者の多くが社会学を「規範論」として作り替えようとしているのとは別の途を考えているようである。現在の社会学界は「理論派と実証派」の分裂・対立が深まっているように思えるが、どちらも新しい発展の方向を模索している段階なのであろう。ヴェーバーやパーソンのような大きなブレイクスルーが起きることを期待したい。

 本書の特徴はやはりマルクスとフロイトを社会学者として扱っていることだろう。特にフロイトを取り上げるのはパーソンスの『社会的行為の構造』に倣っているようだ。私は一番興味深く読んだが、やはり社会学とどうつながるのかははっきりしなかった。「社会の無意識」とはデュルケームの「社会的事実」のことなのだろうか。

 社会契約論の説明は明解だが、自然法思想をとると社会学的な問い(秩序はいかにして可能か)は生まれ得ないと唐突に断定するところから話を始める。氏の別の著作で論じられているとはいえ、社会学誕生の背景としては、やはり啓蒙思想の展開について論じて欲しかった。

 大沢氏はゲーム理論の専門家で、キリスト教神学にも造詣が深く、いわゆる「秀才肌」の社会学者のようだ。1958年生まれと言うからまだ若い。これからどういう方向に進むのか興味深い。
 本書は社会学史と銘打っているが、著者独自の視点が明解なので、社会学理論の教科書としても使えるだろう。社会学の専門課程で広く用いられるだろう。
 氏の説明に学ぶことは多かったが、疑問に思う点も少なからずある。改めて読み直して検討し、整理してみたい。

コメント
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