JR東海の企画「さわやかウォーキング」に参加しました。
関ヶ原駅から陣屋跡を訪ねる約9.3kmのハイキングです。
この日は町あげての関ヶ原合戦祭りです。駅を降りるとオレンジのジャンパーを着たスタッフの方が大勢おられました。地図を頂きスタートです。が、駅前の案内図も確認します。
司馬遼太郎の「関ヶ原」を読んで合戦の概略は知っているので現地で距離感などつかもう、とk.hさんと歩きました。
想像以上に小高い山が多く、なるほど戦況を見るには高いところが有利と実感しました。
地図とにらめっこで順路を追うことになると磁石もGPSも持ってきましたが、大勢の参加者の流れがあり、また要所要所にコース案内の矢印が今日のために設置してあるので道に迷うことはありません。
古戦場跡の散策といっても現在は住宅や農地になっていて局所的に碑などが立っているところを訪ねます。
はじめに、家康の信頼厚い本多忠勝の陣跡を訪ねますが民家と公民館の隙間のような所に碑がありました。
次は約1.8km東の家康が最初に陣を置いたところを訪ねます。おお!さすがに小高い山の上を陣にしています。桃配山へ登ります。
街道を見渡せるよい位置だが、さらに東の南宮山に毛利の大軍がいるのになんでこんなところに陣を・・・
家康が経営する駐車場?
つぎは2km北西に陣を構えた黒田長政・竹中重門を訪ねます。軍師のかれらは開戦のノロシを上げる役目をもっていました。なので結構高い位置をキープしたようです。のぼりがきつくなります。
史跡には大きな幟が立っていて雰囲気があります。
昼には早いですが見晴らしがよくベンチもあるので一息ついているひとが大勢います。
すこし山間のハイキング道を矢印に従がってすすみます。
途中、現在の重要ポイントのコンビニで昼食を調達し決戦地に到着。三成陣営のすぐ近くです。
近くの広場で、k.hさんのコンロでおでんを温めて昼食していると、突然開戦!?大筒の音が関ヶ原に響き渡りました。
島左近の陣跡で撃っておられるようです。これもイベントの一つなのでしょう、面白い企画です。
西軍で本当に戦ったのは、三成、島左近、大谷刑部、小西行長、宇喜多秀家ら少数。
柵を築き掘りをめぐらし決死の応戦だったそうです
三成の陣跡
小説では「三成のような忠義の士が何人いるか」と家康が言った。家康側へ裏切った大名の多くは後に家康に滅ぼされる。
三成陣地から家康陣地を望む
敵中突破し退却した島津義弘・豊久の陣跡。1500から80名になって伊勢街道へ決死の脱出戦を成功させた。
開戦の地。宇喜多隊と井伊隊・福島隊の間で戦端が開かれた。これをみて黒田隊が開戦の烽火をあげ、西軍の烽火を上げた。
小西行長の陣跡 お疲れ様です
家康の最終陣跡 ここで首実検を行った
近くの歴史民俗博物館を見学 駅でもらった地図を見せると団体扱いで安くなった。
市役所前は屋台やフリーマーケットが出て賑わっていた。
好天に恵まれ歴史の勉強とよいトレーニングになった一日だった。k.hさんには大変お世話になりありがとう御座いました。
関ヶ原駅から陣屋跡を訪ねる約9.3kmのハイキングです。
この日は町あげての関ヶ原合戦祭りです。駅を降りるとオレンジのジャンパーを着たスタッフの方が大勢おられました。地図を頂きスタートです。が、駅前の案内図も確認します。
司馬遼太郎の「関ヶ原」を読んで合戦の概略は知っているので現地で距離感などつかもう、とk.hさんと歩きました。
想像以上に小高い山が多く、なるほど戦況を見るには高いところが有利と実感しました。
地図とにらめっこで順路を追うことになると磁石もGPSも持ってきましたが、大勢の参加者の流れがあり、また要所要所にコース案内の矢印が今日のために設置してあるので道に迷うことはありません。
古戦場跡の散策といっても現在は住宅や農地になっていて局所的に碑などが立っているところを訪ねます。
はじめに、家康の信頼厚い本多忠勝の陣跡を訪ねますが民家と公民館の隙間のような所に碑がありました。
次は約1.8km東の家康が最初に陣を置いたところを訪ねます。おお!さすがに小高い山の上を陣にしています。桃配山へ登ります。
街道を見渡せるよい位置だが、さらに東の南宮山に毛利の大軍がいるのになんでこんなところに陣を・・・
家康が経営する駐車場?
つぎは2km北西に陣を構えた黒田長政・竹中重門を訪ねます。軍師のかれらは開戦のノロシを上げる役目をもっていました。なので結構高い位置をキープしたようです。のぼりがきつくなります。
史跡には大きな幟が立っていて雰囲気があります。
昼には早いですが見晴らしがよくベンチもあるので一息ついているひとが大勢います。
すこし山間のハイキング道を矢印に従がってすすみます。
途中、現在の重要ポイントのコンビニで昼食を調達し決戦地に到着。三成陣営のすぐ近くです。
近くの広場で、k.hさんのコンロでおでんを温めて昼食していると、突然開戦!?大筒の音が関ヶ原に響き渡りました。
島左近の陣跡で撃っておられるようです。これもイベントの一つなのでしょう、面白い企画です。
西軍で本当に戦ったのは、三成、島左近、大谷刑部、小西行長、宇喜多秀家ら少数。
柵を築き掘りをめぐらし決死の応戦だったそうです
三成の陣跡
小説では「三成のような忠義の士が何人いるか」と家康が言った。家康側へ裏切った大名の多くは後に家康に滅ぼされる。
三成陣地から家康陣地を望む
敵中突破し退却した島津義弘・豊久の陣跡。1500から80名になって伊勢街道へ決死の脱出戦を成功させた。
開戦の地。宇喜多隊と井伊隊・福島隊の間で戦端が開かれた。これをみて黒田隊が開戦の烽火をあげ、西軍の烽火を上げた。
小西行長の陣跡 お疲れ様です
家康の最終陣跡 ここで首実検を行った
近くの歴史民俗博物館を見学 駅でもらった地図を見せると団体扱いで安くなった。
市役所前は屋台やフリーマーケットが出て賑わっていた。
好天に恵まれ歴史の勉強とよいトレーニングになった一日だった。k.hさんには大変お世話になりありがとう御座いました。