踏みつけながら船をすっ飛ばして行く。小型船舶を
操船するときは、少々波があったほうが走りやすい。
あまりベタナギだと、浅瀬やリーフが見えないので、
ドキッとするときがある。
小笠原から伊豆へ、進路を北にむけて大型クルザーを
回航したことがある。真っ暗でベタナギの海を自動操舵で
走らせていると、見張りをしていたクルーが
「船の周りに何かがいる」と騒ぎだした。
あわててデッキに出て海面を見るとイルカが青紫に光る
夜光虫の尾を引きながら、船と一緒に並んで泳いでいた。
あの幻想的な光景はこの世のものとは思えない美しい
もので、誰もが時間が止まったようにしばらく見つめて
声も出なかった。
夜中に起きてきた船長が「機関停止!消灯」の命令を
出す。夜中に沖で船の明かりを消すことは、非常に
危険なことで法令にも違反する。クルー全員が耳を
疑った。でも船長命令は船の上で絶対。
船の行き足は止まり、エンジンの音が消えて、そこに
見えたものは海面の夜光虫と海に映った満点の星空。
おそらく女の子なら、その美しさの感動で涙を流す
ことだろう。それほど美しかった。
十数分後「機関始動、ゴーアヘッド、」船は又北へ
向けて走りだした。翌日、気になって航海日誌を盗み見
すると、一行だけ「デッドカーム」と書いてあった。
あのときの船長はかっこよかったなぁ~
今でも健在でおられるだろうか?
ベタナギの海を走っていると、あの日の事を思い出す。
