琉球王朝から重い年貢を取り立てられていて、とても
苦しい暮らしをしていました。
それを見ていた天の王様は、南の七つ星に
「お前が島を治めなさい」と、命令しましたが
「私にはとてもできません」と、返事をしました。
王様はお怒りになって、南の七つ星を南の空に追いやり、
舞い踊りをさせました。
次に天の王様は、北の七つ星に「お前が島を治めなさい」と、
命令しましたが北の七つ星も「私にはとてもできません」と、
返事をしました。
王様はお怒りになって、北の七つ星を北の空に追いやり、
組み踊りをさせました。
天の王様はたいそうお怒りで、星々は怖くて口も利けず、そばに
近寄るのも恐れていました。
そのとき、小さなむりかぶしが天の王様の前に進み出て、
「王様、その仕事を私にやらせてください」と、言いました。
驚いた王様は、「お前のような小さな星に島を治める
ことができるのか」と、聞きました。
むりかぶしは、大きな声で「はい、できます」と答えました。
王様はたいそうお喜びになり、
「お前はいつも島全体が見えるように、天の真ん中を通りなさい」と、
言いつけました。
それ以来、むりかぶしは、東の海から昇り、天の真ん中を通り、
西の海へ沈むようになりました。そして、島の人々に季節と
農作業の時期を知らせました。
島の人々は、星見石を使って毎晩かかさず、むりかぶしの位置を
見て、種まきや収穫の時期を決めるようになりました。
そうすると、麦は壁をふいたように、稲は数珠玉のように実る
ようになりました。
粟は棒石のように、黍は牛のしっぽのように、芋は牛の角のように
できました。島の人々は、年貢を納めても楽に暮らせる
ようになりました。
八重山の島々の農家では、畑からの帰り道で、いつも
「むりかぶしゆんた」を謡いながら、豊かになった我が村の
自慢をするようになりました。
コーラルウェイに「群星(むるぶし)」の事が載っていたので、
八重山に伝わる「むりかぶしユンタ」の話を引用させてもらった。
「群星」とは「昴」の事を言う。ユンタは唄の意。
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m.mitsui
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