旅とエッセイ 胡蝶の夢

横浜在住。世界、50ヵ国以上は行った。最近は、日本の南の島々に興味がある。

うつろ舟の異人美女

2015年11月04日 18時56分59秒 | エッセイ
うつろ舟の異人美女

 時は享保3年(西暦1,803年)、所は常陸国、原舎り濱(現在の神栖市波崎舎利浜=鹿島沖)。滝沢馬琴の江戸の怪異を記した『兎園小説』に出てくる「うつろ舟の蛮女」が気にかかる。他にも瓦版とか約10件の史料が残っているが、惜しむらく公文書には記載が残っていない。
 浜に直径6mもある円盤状の、どんぶりを重ね合わせたような乗り物に乗って、異国の美女が漂着した。乗り物の上部はガラス張りで、底は鉄板を重ねて張った頑丈な造り。少々岩に当っても壊れない。乗り物を覗くと飲み物と食料らしき物が見える。乗り物に入っていたのは、眉と髪が赤く顔色は桃色、白く長い付け髪。不思議な異国の服装の女。
 「姿はじんぜう二して器量至てよろしく、日本二テも容顔美麗といふ方にて」。大変な美人だ。大きな木箱を大切そうに持っていて触れさせない。舟には解読不能な文字が記されている。この美女、浜人に微笑みかけ南の方を指さして話すが、全く分からない異国の言葉だ。浜の古老は言う。「前にもこのような事があったと聞いている。この女はたぶん異国の姫君だ。嫁いだが、以前から密かに付き合っていた男がいることが発覚し、男は打ち首になった。女は王女なので殺す訳にはいかない。そこで運を天に任せて沖から流したのだろう。その箱の中には間男の首が入っていると見た。」すごいな、このジジイ。
 浜人は延々と話しあうが、お役人に届けたらどんな賦役を被るか分からない。この少し後には異国船打払令 (文政8年=1,825年) が出ている。結局女を舟に戻して沖に流してしまった。せつない話なのだ。ただ一つの史料では、女を保護し食物を与えたがどうしても食べず、5日後に衰弱して死んでしまったので葬った、という。
 この話、昔から気にかかる。話の信ぴょう性については疑ってはいない。真実だと思う。馬琴は何かの一次史料を基にして『兎園小説』を書いている。馬琴の創作ではない。創作にしては異様にリアルで、異国的な要素が強すぎる。またうつろ舟の形状が奇抜過ぎる。UFO、宇宙人というのはくそくらえ。これを言ったら人間の創造性を全て潰すことになる。全滅だ。何でも宇宙人でハイ、オシマイ。
 異人女を見た時の浜人の反応は、化け物に会った時の物ではない。彼女の美しさを認めている。舟に戻して沖に流す、という非情な仕打ちは情けない。だが一抹の正しさを感じざるをえない。心情的には許せないが。新大陸とか言ってスペイン人が入り込んだカリブ海の島々の住民は、スペイン人が旧大陸から持ち込んだ天然痘とチフスによってほぼ死に絶えた。アステカ帝国でもインカ帝国でも大流行して、人口の半分は死んだ。北アメリカのネイティブインディアンも同じだ。時代は少々後になるが英米軍の対インディアン戦争では、天然痘患者の寝ていた毛布をインディアンに送りつけた。日本でも欧州との交易によって、天然痘(こちらは遣唐使のころ)、梅毒、コレラ等が流行し多くの死者を出している。異文化との交流には大きなリスクがある。
 それにしても君は誰?どこから来たの?写し取った文字の一つは、オランダ東印度会社のマークに似ている。ただしOVCではなく、OVOだ。オランダ人なのかな。オランダ船としたら、航路は外れるがこの時代に不自然ではない。彼女は総督の娘で船の中で伝染病に感染し、蔓延を防ぐために仕方なく流したのかもしれない。しかしそうだとしたらあのカプセルは用意が良すぎる。総督の妻で不貞に怒った総統が部下に命じて、わざわざ江戸の近くで流させた?妻の不貞くらいで新教徒のオランダ総督がそれほど怒るかな?マハラジャじゃああるまいに。うーん、君は誰?
 ともあれこの漂着譚にはとても心が引かれる。新しい資料が出てこないかな。



 


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