旅とエッセイ 胡蝶の夢

横浜在住。世界、50ヵ国以上は行った。最近は、日本の南の島々に興味がある。

壁に耳あり、障子に目あり

2015年10月11日 19時49分58秒 | エッセイ
壁に耳あり、障子に目あり

 古来、戦上手の武将は情報を重視する。北条早雲、武田信玄、上杉謙信、真田幸村、彼らは忍者の優れた使い手である。豊臣秀吉は、敵方の不満分子を見つけ寝返りを誘うのが得意だった。徳川家康には伊賀衆、服部半蔵がいる。家康自身が関ヶ原の合戦前に諸将に手紙を送りまくっているが、これは立派な情報戦だ。織田信長はスケールが大きく、ヨーロッパの宣教師を優遇して、海外の情報を大いに入手している。身近には黒人を置いていて、彼は本能寺で信長と共に死んだ。
 ジンギス汗のモンゴル軍団をただの蛮族と侮ってはいけない。ロシア、ポーランドと西方へ進出する際、侵攻の数年前から欧州の町に、東からやって来る奇妙な旅芸人の一行が度々現れるようになったという。ドイツの森の端でヨーロッパの重装備の騎士団と、モンゴルの軽騎兵軍団が激突した。モンゴル側は、敵情をつぶさに知っていた。ヨーロッパ側は、子犬のような馬に乗る東方から来た悪魔くらいにしか思っていず、何一つ情報を持たなかった。貧弱な体格の敵兵などは、鎧袖一触となめてかかっていたようだ。根拠のない自信は始末に困る。ノモンハンの日本軍のようだ。
 結果は一方的だった。モンゴル馬の三倍はありそうな馬に鎧をつけ、倒れたら一人では起き上がれないような重装備をつけた騎士が、槍を揃えて突撃すると、モンゴル軍はワッと散る。モンゴル騎兵は体の前面にしか防具をつけていないので身軽だ。振り向きざま短い弓で矢を射る。強力ではないが、速射に優れている。騎士団はモンゴル兵を全く捕捉出来ない。スピードで勝負にならない。モンゴル騎兵は、突撃を繰り返して疲れ、動けなくなった騎士を取り囲んで個別になぶり殺す。
 ヨーロッパがモンゴル帝国に侵略されなかったのは、ジンギス汗が死に息子達の間で内紛があったのと、ドイツの深い森が騎馬隊の活動に適さなかったからに過ぎない。またロシアとウクライナの広大な草原を手に入れた彼らの目に、欧州の石造りの街は魅力あるものに見えなかったのかもしれない。
 おっと、モンゴル話が長引いた。ライバルの情報が手に入れば商売は楽だ。単純に言えば、競合製品の売値が事前に分かれば、こっちはそれよりちょっと下げれば良い。疑心暗鬼になって採算分岐ぎりぎりまで売値を削らないで済む。たいした情報ではないが、電話をかけて自分を名乗らずに「ちょっとお聞きしたいんですが、」から始めて、延々と電話の先の女性と話していた男がいた。相手の女の子は話が弾み、誰と話しているのか失念している。まあちょっと頭のゆるい子かもしれない。しかし目の前で10分くらい電話で話している男を見て唖然とした。こいつは天性の詐欺師だ。
 新幹線の食堂車は、値段の割には大してうまい物もないが、座って飯を食いビールを飲めば格好の時間潰しになる。仕事で名古屋へ行き、東京へ戻る時に二人で食堂車に行ったそうだ。聞いた話しだ。ビールを飲み始めると、隣の席に勤め人風の二人連れがやってきて座った。技術者と新人の取り合わせだったらしい。最初は気にしていなかったが、話が耳に入る。ところが次の瞬間、耳がダンボになっちゃった。偶然同じ業界の連中だったのだ。最初の二人は営業職だが、後から来て隣に座った二人は、技術的な話を始めた。開発中の新製品のことだ。
 二人の内、新人の方がエンジニアに質問する。「お前、そんな事も分からないの、」と得意になってしゃべりまくるエンジニア。隣で心臓をバクバクいわせライバル社の新製品の秘密に聞き入る二人。バレないように二人で話しをしている振りをして、密かにメモをとるが手が震えている。しかしそんな振りをする必要は無かった。エンジニアは大きな声で話す、話す。人に教えるのが快感なんだな。また新人が初歩的な質問をするから分かりやすい。この講釈は一時間は続いた。営業の二人は翌日協同して秘密レポートを作成した。
 エンジニアの会社は、自社の情報が漏れたことを察し、社内を捜索するが犯人は見つからない。情報を漏らした事に気が付いていないのだから、後ろめたい態度を取る者はいない。
 話変わってサウジアラビア。この国の車の7割はトヨタのハイラックスかランドクルーザーだ。この四駆は故障が少ないのだ。何しろ目に見えないほど細かい砂が常に空中に舞っているので、太陽が霞んでいる。この微小な砂粒はどこからでも車内に入り込み、ブレーキオイルやエンジンオイルにも溶け込む。そのため他国の3~5倍の補修部品の需要がある。砂漠でエンコしたらミイラになっちゃう。
 こういった補修部品をアラブ商人、実際にはイエメン人が多く、ヨルダン人やイラク人もいる、に売るセールスの日本人は一人でやっていたり、数人の商社だったり、小さな会社の男達ばかりだ。大手商社やメーカーが手を出すような大きな商売ではないし、こういった商売はエリートには無理だろう。イスラム教の良い所は、人の価値を会社名や肩書きに置かない所だ。日本電装です。トヨタです。営業部長ですで、へへーとは全然ならない。しかし彼らは人間をシビアに見るから、数回商売に来ただけで消えていく男もいる。そんな日本人(関西人が多い。)の中にセコイ奴がいた。
 サウジでは一日五回のお祈りがあって、その時間はモスクのミザレット(尖塔)からアザーム(お祈りの告知)がスピーカーを通して流れる。するとバタバタと店を閉め、店主も従業員も奥に引っ込んで、お祈りを始める。だいたい一回が20分くらいだ。宗教警察が街を見回っているから、いい加減にやっているとひどい目に遭う。でそのセコい若者は、お祈りをしている間に店主の部屋に忍び込み、机の上に置いてあったライバルのプロフォーマ・インボイス(見積もり)をこっそり見て、商品名と単価、数量を写しとっていたんだ。
 知りたい気持ちは分かるが、この卑怯者。しかもお祈りの時間とは。こいつが何回かやったのかは分からないが、戻ってきた店主に見つかった。奴は一発で出入り禁止となり、中東では商売が出来なくなったのは言うまでもない。他の日本人も黙っていない。そしてこんな奴がいた、と伝説になった。



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