旅とエッセイ 胡蝶の夢

横浜在住。世界、50ヵ国以上は行った。最近は、日本の南の島々に興味がある。

ミノカサゴ

2015年04月16日 20時12分37秒 | エッセイ
ミノカサゴ

 梅雨が開けようかという時分、三浦半島の金田湾でボートを出した。平日なので釣りのボートは少なかった。ここは水深が浅くて、海底が砂地の所が多い。軽い重りをテンビンに付け、キス用2本針のきゃしゃな仕掛けにエサのジャリメを刺し、竿を振って仕掛けを遠くにビュっと飛ばし、着底したらゆっくり巻く探り釣りがよい。
 だいたいその日の好不調は最初の1,2投で分かる。いい日は最初からガツガツ当たりがあるもんだ。その日は良くなかった。投げた竿にはほとんど当たりがなく、置き竿に小さなメゴチがちらほら。10cm位の本当に小さい奴だ。
 以前ここで友人と2人で釣った時、20cm位のメゴチが立て続けに釣れた日があったが、それに比べて今日のメゴチは赤ちゃんか。メゴチは不細工で体がヌメヌメしていて、おまけに針を体の奥深くに飲みこんでしまうことが多く、引きもとろい。けれどもテンプラ、唐揚げにすると身が引き締まっていてキスよりもうまいから、これが釣れるのはいやではない。でもこうも小さくてはしょうがない。
 錘を引き上げてボートを移動し、右左様々な方向に仕掛けを投げるが、小メゴチ、小ギス、小ダコ、小ベラ、今日の獲物は何でも小さくて数が出ない。こんな時は一発逆転大物狙いだ、というわけで仕掛けを大きな1本針と太いハリスにした。ハリスを相当長めにして、針にバケツで生かしておいた小メゴチの口を、下から上に縫い刺しにしてボートの真下に下ろした。でっかいマゴチ狙いである。片手で扱う網も、釣りボート屋で借りてきたから使ってみたいものだ。
 その後大きなメゴチやキスが数匹釣れたり、小さなタコ(親指くらいのちっちゃな奴)が何匹か釣れたが、置き竿には変化がない。この作戦はよくやるのだが、実は当たったためしがないんだ。生き餌は移動の度に交換し、口の上下に穴の開いたメゴチは、海に放り込むとパッと身をひるがえして潜っていく。今度は5cmほどの一口サイズのダボハゼをつけてブっこんだ。このチビハゼが釣れた時は、笑って逃がそうかと思ったが、待てよこれは使える。ハゼは生命力が強い魚だ。
 しばらく釣って当たりが遠のき、サア場所代えだと置き竿を巻き始めると重いじゃないか。間違いなく何かが掛かって竿がしなっている。ヒトデじゃないだろうね。いや、ちょっと引いた。これは魚だ。おい、魚が掛かった。ハゼのエサに食いついたんだ。重い、引いた。けれどさほどの大物ではないな。この巻き上げてくる瞬間が釣りの醍醐味である。
 水面に魚の姿が見えてきた。えっ何てカラフル、なんだこれは!あっミノカサゴじゃないか。海の中からミノタウルスが出てきた位にビックリした。初めての獲物はうれしい。しかしこれは毒魚じゃないか。
 たぶん体長は17cmくらいだと思うが、背びれ胸びれを満艦飾のように広げているので、相当な迫力な上に色が何とも生々しい。オレンジをベースに虎縞模様の厚化粧。目がギョロっとしている。
 エサのダボハゼ君は深く飲み込まれて見えない。道糸が真っ直ぐ大きな口の奥から延びている。どないしよう。逃がすにしてもハリは外してやりたいな。それにこれはカサゴなんだからヒレを切って調理すれば食えるかも。小さいけどね。この迷いが命取りになった。
 魚をおさえようとつい手を近づけた途端、右手の人指し指の先に激痛が走った。背ビレの先が予想外の高さにあって、一瞬触れたらしい。指先の爪と皮膚の間辺りだ。ウオー、半端じゃない痛さに全身が縮こまった。その場で糸をかなり上で切り、魚を海に放り込んだ。
 こんな痛さは前代未聞。手を振り押さえ、海に浸けてもたまらない。ジンジンと痛さが脈を打って手から腕に、全身に広がる。その後とても続けられずに釣りを切り上げた。帰りの車を運転する最中も痛くて仕方がない。この痛みは翌日、翌々日と少しづつ弱まりながら続き、ペンをちゃんと持てるようになるまで一週間、押すと痛い状態は一ヶ月、皮膚が固くなった状態は三ヶ月はかかった。四ヶ月目に指先の皮膚が5mm径ほどむけて、やっと元通りになった。恐るべし、ミノカサゴ。今度会ったら即逃げる。


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