と言う事で...小湊鐵道は牛久⇔里見⇔が通行許可証(スタフ)。
牛久でスタフを貰って発車したとしたら、対向は里見でスタフを待つ。
対向がスタフを持って牛久へ着いたら、牛久から里見へ許可が出る。
と前編で言ったと思います。
スタフはリング状のケースの中↑。昔はホームにフックを置き、そこにスタフを下げ、乗務員が窓から取っていた事も。
届ける際は、窓からフックへ輪投げもしたとか。
落ちたり逆にフックから取れなかったリもあったそう。
そしたら、撮り鉄達に取って貰ったりもしてたみたい。
その動画もあります。
と言う訳で、先日の小湊鐵道の窓の柵。(この写真にも見えてます。)
これは許可証が、フックから抜いたはずみでガラスに当たらない為の物。
その古き良き時代を、こう言う形で再現したのでしょう。
小湊鐵道は再現です。許可証はあるけど、係員に手渡ししてます。
既にガラス割られた車両が居ます。昔乗用車に体当たりされ、ガラスやドアが曲りました。
ガラスで負傷出るし 車は裏返ってたし、現場で救援やってて気分悪くなった。
乗用車でああにも成るのか...あれが窓の柵のある列車だったら。
もし割れたとしても、蜘蛛の巣で済んだのかな❔。
だとしたら、成り済ませば分からないとでも誰かに言われたのですかね。
他人であろうと何だろうと、その様なコメントをされる方は大体何か起こすのでご遠慮頂いてますが、書くなら掲載出来ない内容は許可しません。
恐らく判断力のある成人さんでしょうから、許可されなかったら理由は自分で考えて、いじめだとか差別だとかの苦情は止めて下さい。そう言う読者も居て迷惑してます。
JRは黄と青、青と肌色、赤色、水色と黄しか知らないわ。
オレンジ一色なら、中央線だったのかもね。
また、ブログの閲覧やコメントをしても大丈夫かしら?
市内郊外の、地元や観光の玄関口です。赤い列車は、JRからそのままの姿で譲渡されました。
最後のは色がほかのと違います。別の路線から直通してきたのでしょう。
ありがとう<(_ _)>
勝浦いちごライナーさん、ファイト。
地元の仲間がいなくなっちゃったんだねー。でも、かのんちゃんは仲間だよ。勝浦いちごライナーさんからいじめはあったけど、気にせず前を向いているよー。
あと、フルールさんは勝浦いちごライナーさんのこと嫌ってたからもう仲間じゃないねー。
当たったはずみとは言え、2メーターはあろう列車の窓まで、乗用車が破壊するとは。
ここは地元同好会の様なもので、始めた頃は仲間もいっぱいでした。
今は唯一残されて、仲間も読書になっちゃいました。だから私は頑張らないと。
その列車はドア負傷になると廃車になったんですか?
五井駅には、線路点検の車両もずっといます。あの車両は、地元民ですが動いているのを見たことありません。
間違い探しは好きです。
近代的な駅は色々な風景や味を醸し出して下さいます。
五井と光風台は元々近代で人工も多いし、バリアフリーや周辺渋滞の対策があっても。
牛久駅の駅名表は重宝し過ぎて腐り、同じのを新調したのでした。どう記事にしようか検討します。
柵は探してみるねー。なんかかのんちゃん、サイゼリアの間違い探しの気分になってきたよー。
勝浦いちごライナーさんは間違い探し得意なのかなー?
気動車と駅名標も良い絵になります。そして、エスカレーターの無い跨線橋も。
🍬や携帯パソコンや鉄道タブレットもそこから来るのでしょう。
鉄道タブレットは、小さな鉄の円盤が、リング状のケースに収まっています。
スタフは鉄道以外にも繋がりがあるのだろうか....と頂いたコメントで感じました。
木の駅名標は、近代的な五井と光風台以外だと思います。先日牛久で駅名標が壊れ、新しい木の駅名標が出来ました。
余談....利用者が特に嫌うのも光風台と五井。橋があるのにエスカレーターやエレベーターが無い。
電子機器のタブレットと列車のタブレット、きっと目的は全然違うのに同じ言葉になったのには何らかの語源があるのかな?と思いました。
駅名称も木で出来ているのですか?レトロで素敵です。
柵は探したりして見てみるのも。
最近はブログの投稿が多いねー。
小湊鉄道なのに、一色の色もいるんだね。柵は写真のどこにあるかわからなかったなあー。
昔は大らかだった様で😅💦。
小湊鐵道も、今は変わりましたが一昔前の雰囲気はイエネーゼ🙊でした。
写真でもわかる変化があると、また撮りたくそして乗りたくなります。
ただ、ガラスが割れるほどのやり取りはどうなの?と若かれし頃のわたしは国鉄に思ってました。
前記事やその前記事からの繋がりでした。
読書様が毎回読んで次を期待してるとも限らない。今ここから読んで下さった読書様も居る。と言う配慮が欠けてました。
なので、関連記事とリンクで結ぶなど 読み易くする編集や訂正を行いました。
また、すでにスタフを投げて小湊鉄道は窓を割っちゃったんですね。正直、地元民からすると良くも悪くも昭和の会社です。