
昨年12月17日に鑑賞して、今年の1月14日にもう一度鑑賞しました。写真は三菱一号館美術館の入口
三菱一号館美術館開館5周年を記念した展覧会だそうです。
スペイン代々の王様のコレクションを所有しているプラド美術館の作品のなかでも、大きな作品も数点ありましたが、殆どは小型の絵画作品が選ばれてます。これらの小ぶりな作品は17世紀になるとキャビネット・ペインティングと呼ばれていて趣味の小部屋に飾る絵画を指すそうですが、その作品がみなとても魅力的で見応えがあり、19世紀の洋館を再現したこの建物の室内ともとても調和してました。
1点1点の作品がみな濃密な世界を包んでいて、画家の想いも感じられて凄く幸せな展覧会でした。
会場に入ってまずはルネッサンス時代の逸品

ハンス・メムリンク《聖母子と二人の天使》1480-90 年 油彩
ベルギーの街ブルージュの画家の美しい聖母子像。北部ルネッサンスの硬質な描写、色彩の美しさ、そして聖母子と天使の柔らかい表情が美しい

ヒエロニムス・ボス《愚者の石の除去》1500-10年頃
幻想の天国や地獄を描いたボスの作品。この作品も毒があります。エセ医者に頭を切開されている男。愚者の頭には石が入っていて石を取り除けば賢くなれるというとんでもない迷信で手術をされて、頭から現れたのは石ではなく、青い花だという。その青い花にもきっと意味があるのでしょうね。なんだかその切開された男の無垢な心を表しているように思えました。現存する作品はわずか20点というボスの作品1作を遠く離れたアジアの国で間近で鑑賞できたというだけでも貴重。色彩遠近法による風景の広がりもさすが
そして次はマニエルズム、さらにバロック絵画へと続きます

ティツィアーノ・ヴェチェリオ《十字架を担ぐキリスト》1565年頃
ベネツィアの画家ティツィアーノはスペイン王家からもその作品を愛されたそうです。
十字架を担いだキリストはちょっと肩と頭の繫がりが不自然です。額から血を滴らせ、目からは血の混じった涙をこぼして鑑賞する私たちを訴えるよう見ます。その姿は悲しみと痛みを感じさせます。
後ろから十字架を担ぐのを助けるのはキレネ人のシモン。弱った体で重い十字架を背負うキリストの負担をせめて少しでも軽減してあげたいという思いを感じます。
このシモンはティツィアーノの友人がモデルだそうで、親指の指輪ももしかしたらかれが普段からつけているものかもしれません。
その指輪ですが。実物の画面で見るとはめられた石は赤く、影の部分がほんのり紫色の陰影を持ってます。それでピンときたのです。この指輪の石はピジョンブラッドのルビーだと。
この時代にルビーの色合いに名前がついていたか実はわからないのですが、もし、画家が意識して描いたのなら、精霊の象徴である鳩から流れた血を意味し、シモンは神の意思を感じてキリストの十字架を一緒に担いだことになります。
素早いタッチで描かれながら、十字架とキリストとシモンの顏の並びを交差させた構図を一捻りした作品

ディエゴ・ベラスケス《フランシスコ・パチェーコ》1619-22年
スペインが誇る巨匠ベラスケスの20歳くらいに描いた絵の師匠の肖像。すでにとても高い技術を誇ってます
襟飾りの描写が見事!

ディエゴ・ベラスケス 《ローマ、ヴィラ・メディチの庭園》1629-30 年
イタリアのメディチ家に寄った際に野外でスケッチしたように描いた作品。でも何だかうらびれたところを描いたものだなんて思いました。板で封をしたアーチの中は材木を押し込んでるのかな?
樹木はよく見ると、まず全体に同じ色の緑を塗って、その上に陰影と明るい色をのせて見事に葉の茂った様子を表現しています。ササッと描きながら的確な表現をしていてさすが抜群な技術力を誇る画家

フランス不詳の画家《自らの十字架を引き受けるキリスト教徒の魂》1630年頃
作品の本来の意味と少し離れるかもしれないけど、人は皆それぞれ人生に重い十字架を背負っていて、そしてその十字架は人の助けを頼めず自らが重みをずっしり肩に感じて運ばなくてはならないという人生の教訓に見えたのです。たおやかな乙女でさえも重い十字架は平等に存在する。キリストは自らの十字架を担ぎながら、重さにへこたれそうになってる乙女に振り向いて、さあ、一緒に担いでゆこうと励ましているように見えます。

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《ロザリオの聖母》1650-55 年
この作品は一番大きな展示室の中心に展示されてました。作品としてもかなり大きいです。ロザリオは聖母が持っている数珠の事でもあり、聖母への祈りの言葉でもあるそうです。
ムリーリョは美しい聖母子像が評判となりしばしば「スペインのラファエロ」と称されるそうです。ラファエロの描く聖母が理想的な美しさと近寄りがたい気品があるのに対して、ムリーリョの描く聖母はグッと庶民的で街の若いお母さんとお子さんのような風情を感じ身近な存在に感じます。そしてやはり端正で気品をもち、圧倒的な存在感と暖かい愛情深さを感じます。祈りの場でこの聖母子像を見たら、思わず手を合わせたくなるでしょう。

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《聖王フェルナンド3世》1672年頃
ムリーリョの作品がもう1点展示されてました。こちらは小品。穏やかな表情の王様をとても端正に描かれていて、素敵な作品だと思いました。

ペーテル・パウル・ルーベンス《アポロンと大蛇ピュトン》1636-37年
バロックの作品は他にもルーベンス直筆の小品や大作の小さな見本下絵があり、技術の高さと表現の豊かさを認識させます。当時からルーベンス直筆の下絵は高く評価されてたそうです。
他にも静物画も見応えがあり、アジアの動物を想像を付け加えて描いた小品集も面白く、これぞ自分のプライベートな部屋で見て楽しむキャビネット・ペインティングの醍醐味と思いました。
時代は変わり、ハプスブルグ家最後の王カルロス2世が世継ぎを残さず没したので、フランスのルイ14世の孫がスペインの王フェリペ5世となったそうです。
ブルボン王朝が始まり、絵画もこれまでのダイナミックなバロック美術から軽やかなフランス風ロココ美術になります。

ジャン・ラン《フェリペ5世の家族》1723年頃
服装と言い、髪型と言い、もうすっかりおフランス!

ジャン・バッティスタ・ティエポロ《オリュンポス、あるいはウェヌスの勝利》1761-64年頃
教会や枢機卿の邸宅に壮大な天井画を描いたティエポロは晩年ロシアの貴族に熱望され天井画の原案の下絵を描きます。小作品ながらも邸宅の広い天井を想定した下絵は画面の小ささを感じず浮遊感と壮大な空を感じさせます。さすがの円熟の作品。そしてルドン(1840ー1916年)の「アポロンの戦車」の絵を思い起こします

アントン・ラファエル・メングス《マリア・ルイサ・デ・パルマ》 1765 年
美しい2点の花の絵に囲まれて展示されてました。
表情が溌剌として好奇心の強そうな生き生きとした目をした若い女性。肖像画家は多少美化して描くだろうから、美人かは微妙だし、気の強さも感じます。
そしてつくしんぼのような髪型が面白い。この女性はスペイン王フェリペ4世のお妃になったそうです。
後年ゴヤはフェリペ4世の家族の絵を描いて、中年女性になったマリア妃もいます。

ゴヤの筆は容赦しないのね(汗)

フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス 《トビアスと天使》1787 年頃
ゴヤの可愛い作品。遠い取引先のお金のやり取りのためにまだ幼さの残る息子を旅立たせなくてはいけない商人にとって、旅する少年を助けてくれる大天使ラファエルは安全を祈願してすがる存在だったそうです。
そして時代は19世紀。フランスでは印象派が台頭してきた時代。スペインもまた新しい絵画が起こり、そしてやはり日本趣味が流行したようです。

マリアノ・フォルトウーニ・イ・マルサル《日本式広間にいる画家の子供たち》1874 年
瑞々しい色合いが美しく画面構成もこれまでの絵画とは違い平面的です。
この作品は未完成の遺作だそうですが、むしろきっちり描きこまなかったからこその新鮮な美しさを感じます。

フランシスコ・ドミンゴ・マルケース《眠る猫の頭部》1885年頃
最後に、猫好きにはたまらないこの作品を載せます。作品もとても小さいもので、切なそうに眠る猫の表情やモフモフした毛ざわりが感じられる愛すべき作品です。
殆どが小品ですが、1点1点の質が高く、全部で102点の作品をじっくりと堪能でき濃密な時間を過ごすことが出来ました。
1月31日まで開催されてます。