以前、映画「ラヴソング 甜蜜蜜」を鑑賞したときに、主人公シウグァンの叔母ロージーが若い時に、「慕情」の撮影で香港に来ていたウィリアム・ホールデンとの一夜だけの交流の思い出を何より宝物にして一生を過ごしたエピソードが心に残り、いつかこの映画を見てみたいと思ってました。
ヘンリー・キング監督作 1955年公開
中国人とベルギー人のハーフであるハン・スーイェン(韓素音・・本名ではなくペンネームだそうです)さんの自伝を元に脚色して映画化されたそうです。
映画では主人公のハン・スーイェンは中国人の父とイギリス人の母から生まれたハーフとして描かれてます。演じるのはジェニファー・ジョーンズというアメリカ人で、ブルネットの髪のスタイルの良い背のスラリとした女優さんです。仕立ての美しい旗袍(チャイナドレス)を着こなしていて、そのファッションを見るのも楽しい。
また、当時の香港の町並みや自然が映し出され、画面の端々に暮らす人々の様子も見れます。
1949年の香港
山の中腹にある病院で住み込みで研修医をしているハン・スーイェン。患者はひっきりなしに運ばれ仕事は忙しいが患者に優しく接している。そんな彼女に上司のドクター・キースは気晴らしに理事長のパーティに行くよう勧める。
そこで新聞社の特派員でアメリカ人のマーク・エリオットと出会う。
一目見てスーイェンに心奪われたマークはスーイェンを月祭りの日に食事に誘う。
スーイェンは未亡人で夫は国民軍の将官で共産党軍に殺されたこと、以来医学にしか興味を持たないようにしていると言う。
それには、スーイェンがハーフであることも関係していて、中国社会では偏見の対象でもあり、ハーフでいるだけではしたないと言われてしまう。そのためにも自分を律して生きているようでした。
それを聞いたマークは「君は塔の中に逃げ込んだ。でも、象牙の塔では稲妻の光を待ち焦がれている。」と言う。
そう、マークの言葉がとても美しいんです。
マークは最初にデートした日に実は妻がいることを告白します。
いくらもう冷え切って何年も会ってないとはいえ奥さんがいるのに女性に言い寄るなんて・・・、と思ったのですが、だんだんとマークの本気さと人柄がわかってくると応援する気になってきました。
恋愛に慎重だったスーイェンは会うごとにマークに惹かれてゆき、恋仲となった二人は病院の裏の丘の上にある木の下で会うようになります。勤務が終わり急いで丘を登るスーイェンが、木の下にマークがいるのを見ると喜びで輝く笑顔になる。そして丘から眺める景色を見て言う
「香港、宝石泥棒の宝庫」
いずれ中国本土に戻るつもりだったスーイェンは香港に残ることを考え始め、重慶の実家の一族に会いに行く。豪邸に住む一族は、後から追っかけてきたマークとも会い、二人の結婚を了承。一族一人ひとりが二人に自分の分身のような翡翠の石を一つずつプレゼントします。これは本当に中国もしくは重慶にあった習慣なのかな?幸福を祈る気持ちを込めた素敵なプレゼントだなと思い好きなシーンです。
重慶ではスーイェンは実の妹スーチェンにも会うのだけど、彼女はハーフの自分がいずれ共産党に殺されるとおびえていました。
マークは妻と正式に離婚するために話し合いにゆきます。が・・・・
二人の気持ちはますます慕いあっていてマークがマカオに出張に行くと、誘われてスーイェンもあとからマカオに行きます。マークは言います
「ゆうべ、トンプソンの詩を考えていた。”汝のそのよそよそしい顔が 光り輝くもの(sprenndored things)を失わせる”」
スーイェンは幸せそうに言います
「神は不公平だわ、私たちに与えすぎてる」
マークはそれに対して諭すように言います。
「何が起ころうと忘れるな。神に公平も不公平もない」
さて、この物語には地味だけど気になる人物がいます。中国本土から来たドクター・セン。彼はスーイェンをほめそやし「あなたを見てるだけで光栄だ」と言うのです。だけど、スーイェンが診ている中国本土からの難民で親とはぐれて大けがした幼い女の子を見て、フンというかんじで
「この子だって骨が治れば通りで飢えるだけだ。この香港で誰がこんな子の面倒を見る」と目の前で平気で言ってしまうのです。スーイェンがこの女の子を引き取ったので良かったですが。
このドクター・センはスーイェンに君はハーフだからこの病院にはいられない、中国に一緒に戻るべきだと何度も誘います。しまいには本当にスーイェンは解雇されてしまうのですが、それを伝えたのはドクター・セン。そして彼女の部屋まで押しかけて一緒に中国に戻るべきだと言ってくるのです。香港に残るというスーイェンに
「じぶんの国を犠牲にするのか、彼の事は忘れて強くなりなさい。今の世に弱さは不要だ」と言い、「中国は生まれ変わった。自由になったのだ」と説く。
それに対し、スーイェンは「医者なら弱さへの思いやりも必要です」と反論、中国から香港に日に3000人もの難民が押し寄せる現実を言い、「新しい社会を信じるなら、何故その自由から逃げてくると?」と言い返す。
ドクター・センは怒りのあまり「君は中国人じゃない、鏡を見ろ」とまで言ってしまう。
それに対してスーイェンはひるまない。「あなたは鏡が真実を写すと思ってるの?でもそれは幻よ。鏡の中は右は左、左は右」
ドクター・センは部屋を出ていきます。
ドクター・センはスーイェンが好きだったのだろうね。でも、そもそもスーイェンの夫は共産党に殺されたのだから心情的にあり得なかったでしょう。病院もあとであっさり復職できたことを見るとこの人の仕業だったのだろうね。
共産党におびえる妹や嫌味な人として描かれるドクター・セン、映画の中のさりげない会話の中に当時のアメリカもしくはハリウッドの人々が当時の中国に対して不穏な予感を持っているのが感じられました。そしてスーイェンの言葉を通して痛烈な批判をしています。
この映画の時代背景は1949年。映画が発表されたのは1955年。映画のスタッフもキャストも知らなかった未来を21世紀に住む私たちは知ってます。
1966年から文化大革命が起きて、お金持ちのスーイェンの家族はどうなったのだろう。インテリは迫害の対象になったけどドクター・センはお医者さんだから生き延びれたのだろうか。
21世紀に入って香港も厳しい状況になってます。
でも、マークとスーイェンを引き裂いたのはアメリカの戦争でした。
アメリカが朝鮮戦争に参戦し、特派員のマークは最前線でレポートする任務に就きます。
スーイェンは聞きます「朝鮮ではどんな記事を書くの?」
マークは答えます
「アフリカやインドネシアと同じさ。
戦争の冷たい事実、さらに人々の恐怖、苦しみ。ただ巻き込まれていく人々。」
マークは映画の中で一貫して人を見下す行為をしていませんでした。弱者への思いやりを持つ温かな人柄にもスーイェンは共鳴したのだろうね。
二人は頻繁に手紙でやり取りします。映画ではマークの手紙が紹介されますが、戦場にいても時にユーモアを交え温かい文章なんです。
映画の最後もマークの手紙の文章が現れます。「神は公平も不公平もない、神は僕たちに優しい」と再び諭して、人の痛みを感じ取り、人々を癒す医師であるスーイェンを誇りに思うと書き、最後に
僕たちは失わない、二人の輝くものを(We'll not miss the sprendored thing)
恋愛をあきらめてた女性が包まれるように愛され愛した。お互いの慕う気持ちが深まってゆく物語で、美しい画面としみじみとした情感を持つ映画でした。
「ラヴソング」のロージー叔母さんがマークを演じたウィリアム・ホールデンを一生恋したのもわかる気がしました。中国からの難民だった叔母さんは苦労を重ねた人生だったに違いなく、ほんの一時でも一緒にいて映画と同じ優しい言葉を言ってくれたら心に染みるほどうれしくて慕わしくなったでしょう。(もちろんこれは映画の中のお話ですが)
また映画「花様年華」でトニー・レオン演じる主人公の周慕雲(チャウ・モーワン)が新聞記者であるのも、ヒロインの蘇麗珍(スー・リーチェン)をすらりと背の高いマギー・チャンが演じ美しい旗袍を見事に着こなしているのも、名前が少し似ているのも、この「慕情」の影響を感じました。
ウィリアム・ホールデンが撮影で香港に滞在した時にレスリー・チャンのご両親が経営するテーラーでスーツを仕立てたこともレスリーファンとしては忘れられないエピソードです。
この映画は音楽もよくて、バックミュージックはオーケストラで少し中国風のメロディが流れ、印象深いシーンではこの映画の原題でマークの言葉からタイトルをつけた”Love is a many-sprendored thing(愛は輝きあふれるもの)"のメロディが流れます。
劇中ではメロディだけですが、歌にもなっていて多くの歌手が歌っています。(後で気づきましたが、映画の最後に女声コーラスで歌ってました)
その中で、マット・モンローが歌う”Love is a many-sprendored thing”を日本語訳付きの動画を見つけたので載せます。
動画の中に映画のシーンも入っていて、スーイェンの旗袍や香港の風景も楽しめます
慕情 [日本語訳付き] マット・モンロー
感想を読んでくださりありがとうございます♪
この映画、確かに数日前にもテレビ放映されてましたね。
主題曲はもう誰もが聞いたことがある曲で、この映画のテーマ曲だったのか、と私も驚きました。
せっかくだから私もナット・キング・コールの歌う動画を探して聞いてみます(最初何を勘違いしたかフランク・シナトラと読み違いしてました)
映画で主人公のスーイェンは普通にアメリカ人女優さんが演じていて最初はちょっと違和感を感じたのですが、ジェニファー・ジョーンズの演技が良くて途中から気にならなくなりました。
原作の自伝は、古い本ですから確かに入手は難しそうですね。
私はマークの言葉がとても美しいのがいいなと思い、もう一度DVDを見る時になるべくマークの言葉を聞くようにしていました。
それで原題にも入ってるsprendored thingsという言葉をマークが2度使ってるのに気づきました。必ず神様の事を言うときに使ってるので、トンプソンの詩の引用とマークは言ってたけど、その言葉はもしかしたら聖書の中に使われる言葉なのかな?
だから日本では聖書の言葉を使わず二人が会うほどにお互いがひかれあって行く、そして最後にスーイェンが泣きながら想う愛情を題名にしたのかな?とこれまた勝手に考えました。この邦題もいいですよね!
二人が「タワーリングインフェルノ」でも共演されてるのですか。この映画とはずいぶん違う雰囲気になってるのかな?それともすぐわかるかな?今度見てみます♪
そしてスーイェンがドクター・ハンに最後に言った言葉「あなたは鏡が真実を写すと思ってるの?でもそれは幻よ。鏡の中は右は左、左は右」は痛烈な社会批判だと感じました。
私は映画を沢山は見てなくて、評価の基準がなくて、この映画はさすが名画だと感激して見てました。それでいつも公平な目線のごみつさんの指摘に、そうなんだと驚き、そういえば香港人や中国人の表現が定型的であることや、夫の医者代のために子供を売ろうとする母親がいたり香港の人にちょっと失礼な表現があるのに気づきました。
この表現に香港の方々はどう感じられているのだろう・・・。
それでも、「ラヴソング」ではこの映画を肯定的にとらえていたり、香港映画への影響は大きい映画のように思えました
そしてオープニングの映像をありがとうございます。飛行機から香港を俯瞰して写した町並みは、今のような高層ビルが林立してなくてちょっと雑然として、今となっては当時の香港を写した貴重な資料にもなってるのではと思いました。
大人になってからこのころの香港に行ってみたかったです。
「慕情」は昔はけっこう頻繁にテレビ放映されてたので何度か見ました。
決して名作とは言えない映画だけれど、様々なシーンが心に残りますよね。
それととにかく主題歌が名曲なので、その効果も絶大だと思います。
ナット・キング・コールのバージョンを何度も聴いたせいで、今でもそらで歌えます。
それにしても成長してから見直してみると、歴史背景や、ハン・スーイェンさんの自伝もとっても気になりますが、今邦訳は入手は難しそうなんですよね。
私、香港の空撮からはじまる映画のオープニングが大好きで、ここだけよく動画見てます。香港の歴史を感じます。
https://www.youtube.com/watch?v=PCIMYgMI1Hw
ジェニファー・ジョーンズとウィリアム・ホールデンはその後「タワーリング・インフェルノ」で再共演してますよ。(からみはない)
「タワーリング・インフェルノ」もしも未見なら超絶面白いのでこちらも是非是非。