ホワイトハウスで6月7日(日本時間の8日未明)に行われたトランプ大統領と安倍総理の記者会見。これを伝える日本メディアは安倍総理の「日米の立場は一致している」との言葉を最大限に使って、日米両国が共通の目標をもって北朝鮮に向き合うとの報道を繰り返している。その中心にあるのが、拉致問題であることは間違いない。
確かにトランプ大統領は拉致問題を米朝会談で議題にすると語った。しかし、これは記者に問われて応じた発言で、積極的に本人が言葉を発したものではない。
先ず、最初に安倍総理の今回の来訪に謝意を表している。ここで気になるのが、「(安倍)総理と私は様々な分野において協力できる範囲を拡大してきた」と語り、「防衛や通商など」と加え、更に、「きょう議論したのがまさにそれだ」とした点だ。つまり、今回の会談の重要な点はこの二つだと釘を刺したことになる。
その次に米朝会談について語るのだが、ここでは、韓国の文在寅大統領も挙げて、「安倍総理と文大統領がとても協力的であり、双方は何か(良いこと)が起きることを期待している」と言葉をつないでいる。
この次に、テレビ各社がトランプ大統領が拉致問題を米朝首脳会談で議題にすると語ったと報じた場面となる。これは実はそうではない。正確に訳そう。
「我々(日米)のパートナーシップはこの重要な瞬間を迎えるにあたり極めて重要であり、今後も緊密に連絡をとっていく」と語り、その連絡をとる内容として、「日本人の拉致問題も含めて」としている。
つまり、ここでは大統領は、米朝首脳会で拉致問題を議題にするとは語っていないのだ。説明するまでもなく、このぶみゃくでは、拉致問題を話し合う相手は日本政府となる。
また、この後も気になる発言が続く。拉致問題についてトランプ大統領は、「which I know is of great personal importance to Prime Minister Abe」と結んでいる。
「安倍総理にとって個人的に重要な事柄」という表現だ。この「personal」は日本のテレビでは敢えて訳されていないケースが多かったが、言葉通りに受け取るならば、拉致問題は安倍総理にとっての個人的な懸案事項という理解ということになる。
そしてこれを最後に北朝鮮問題についての言及は止まる。
この後に、その倍の時間を使って説明されたのは冒頭でトランプ大統領が触れた「防衛と通商」だった。この中では、「安倍総理は会談の直前に、日本がジェット戦闘機、ボーイング社の旅客機や農産物などあらゆる製品について新たに巨額な買い物を行うと語った。我々は日本ともっと多くのビジネスを行う。それは皆が求めていたことだ」と語っている。勿論、この「皆」とは米国人であることは言うまでもないだろう。
この後、安倍総理の発言があり、記者との質疑応答となる。そしてその最後の質疑で出たのが拉致問題を米朝会談で提起するとトランプ大統領が確約したとされる場面だ。
「彼(安倍総理)は拉致問題について多くを語った。それは群を抜いていた。彼は(拉致問題について)長く、真剣に、そして情熱をこめて語った。そして私は彼の願いを受けて、北朝鮮と必ず議論するだろう。必ず」
そして安倍総理の発言が終わった後、北朝鮮で身柄を拘束された後に帰国したものの死亡したオットー・ワームビア氏と、先に開放された3人の米国人について触れて、過去の政権の不作為を批判し、自らの政権の業績を誇る形で会見をしめている。
つまり、日本で報道されているほど、トランプ大統領が拉致問題を日本人全体の問題として重く受け止めたかどうかは疑問が残る内容だった。安倍総理が解決を求めている問題だという認識は表明されているが、日朝関係の極めて重要な問題だという認識はどうなのだろうか。
8日付の毎日新聞は、このトランプ大統領の拉致問題への言及について、「米国内の人権団体や議会から『北朝鮮の人権問題が置き去りにされるのでは』との懸念が上がっている」ためではないかと分析しているが、トランプ大統領の演説を見る限り、それが最も納得できる解説かもしれない。
立岩陽一郎
調査報道NPO「ニュースのタネ」(旧iAsia)編集長
調査報道を専門とする認定NPO運営「ニュースのタネ」編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクとして主に調査報道に従事。政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。以後、化学物質規制が強化される。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。公益法人「政治資金センター」理事として政治の透明化に取り組む。毎日放送「ちちんぷいぷい」のレギュラー・コメンテータ。