米議会で演説する安倍首相(YouTube「FNNnewsCH」より)
「アメリカ様とこんなになかよくなれて幸せですぅ〜」「日本が今あるのはアメリカ様のおかげですぅ〜」「これからもアメリカ様にどこまでもついていきますぅ〜」
安倍晋三首相が米議会で語っていたのは結局、こういうことだろう。とにかくひたすら米国に媚びまくり、忠誠を誓い、あげくは国内での議論の一切ないまま、自衛隊が地球上のあらゆる場所で米軍の戦争に協力できるための安全保障法制整備をこの夏までに必ず実現すると約束してしまった。報道によれば、演説は米議会から大絶賛を浴びているらしい(映像を見た限りでは、ドヤ顔のわざとらしい称賛やサムいギャグに米議員は引き気味で、スタンディングオベーションもさほど多くなかったように思えるのだが……)。
もっとも、安倍首相の演説がこうした内容になるのは最初からみえていたことだ。「日経ビジネス」(日経BP社)や「フラッシュ」(光文社)も報じていたように、実は今回の演説前、首相のスピーチライターである谷口智彦・内閣官房参与が訪米して、議会関係者にヒアリング。米国側が求めている内容を草稿に反映させていた。また、谷内正太郎・国家安全保障局長も3月17日、ワシントンを急遽訪問し、スーザン・ライス大統領補佐官(国家安全保障担当)と緊密な協議をしている。
いや、たんなるスピーチの言葉だけではない。官邸と外務省はかなり早い段階から安倍首相の米議会での演説を実現するために根回しをしていたのだが、その際、米側から突きつけられたのが、集団的自衛権の容認、新ガイドラインの策定、そしてTPPの早期締結だった。
「安倍さんはとにかくおじいさんの岸信介さんを追いかけていますからね。岸さんもやっている米議会での演説をどうしてもやりたかった。そのために、集団的自衛権の容認、新ガイドラインの策定をあんなに焦っていたんですよ」(全国紙政治部記者)
ようは、安倍首相は個人的な野心を達成するために、自衛隊や日本の農業を拙速に米側に差し出したのである。
これでは、安倍首相こそ売国奴ではないかと言いたくなるが、この総理大臣がさらに悪質なのは、米国に受け入れられるために、歴史認識について非常に狡猾なごまかしをしていることだ。
今回、安倍首相は歴史認識について「先の大戦への痛切な反省」「みずからの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない」などの発言をして、米側から一定の評価を得た。だが、その一方で、謝罪や侵略への言及を一切しなかったことについて、日本国内の保守派・ネトウヨからは「よくやった、謝罪なし」「安倍ちゃん、グッジョブ!」などと喝采を浴びている。
実は安倍首相は訪米が決まってから、このダブルスタンダード、二枚舌作戦をしきりに用いるようになっているのだ。海外向けには反省のポーズを見せながら、国内向けには旧来の歴史修正主義的な解釈の余地を残す──。
訪米を前にした3月、安倍首相は米「ワシントン・ポスト」のインタビューを受けたのだが、この際、従軍慰安婦を「ヒューマン・トラフィッキング」(human trafficking=人身売買)と定義し、「人身売買によって酷い目に遭い、想像を絶する苦しみと言いようのない痛みを受けた人々を思うと胸が痛む」と語った。英語の「human trafficking」は“強制的な連行”を想起させ、米国務省が慰安婦問題に関する公式見解でも使用している言葉だ。
ところが、安倍官邸は一方の日本国内では同じ言葉を使いながら、この「強制性」とはまったく逆のことを喧伝しているのである。
象徴的だったのが産経新聞(3月28日付)の記事だ。記事では、安倍首相が前述のインタビューで「人身売買」という表現を使った理由について、政府高官からとってきた「特別な意味はない」「人身売買には日本語の意味として強制連行は含まれない」というコメントを用いて、〈旧日本軍や官憲による強制連行説とは一線を画す意図もあったとみられる〉と書いている。
ようは、安倍政権の情報操作を担う菅義偉官房長官みずからが、“「人身売買」には強制連行の意味はない”と産経記者に話して記事にさせているわけだ。
さらにこの産経の記事は、〈戦前・戦中の朝鮮半島では、新聞広告などで慰安婦が募集されていたが、貧困から親に売られたり、女衒や業者にだまされて意思に反して慰安所経営者に売られたりしたケースもあった。首相の発言は、こうした事例を指している〉と続いており、従軍慰安婦に強制性はなく、あくまで民間の業者によるものだったと強調して報じている。
その後も、安倍首相は今月27日の米ハーバード大学講演後の質疑応答や、29日のオバマ大統領との首脳会談後の共同記者会見でも、この“人身売買をhuman traffickingと訳す作戦”を駆使して国内外でのダブルスタンダードを貫いているわけだが、やはりというべきか、ネトウヨたちが「売ったのも買ったのも朝鮮人」などとツイッターで広めている。
さらにこうした文言は、ネトサポ(自民党ネットサポーターズクラブ)によりリツイートされるなどして、“安倍首相は近隣国に強気な態度を示し続けている”という印象が拡散されている始末だ。
これは、あきらかに意図的な翻訳のトリックであり、“二枚舌”というほかない。
さらに、今月22日に行われたバンドン会議の演説で使った「深い反省」や今回の米議会で用いられた「痛切な反省」という言葉も同様だ。どちらの言葉も英語では「deep remorse」と訳されているのだが、読売新聞によると、実はこの「remorce」は「自らの罪悪への深い後悔」「自責の念」という意味があり、“謝罪”を連想させる言葉だという。1989年9月、西ドイツのヘルムート・コール首相(当時)が先の大戦50年を踏まえてこの言葉を使った演説を行い、海外で高く評価されたこともある。
つまり、安倍首相は米国向けには謝罪のニュアンスを出しながら、日本では謝罪をしていないことを強調し、依然として歴史修正主義を貫く姿勢をアピールしているのだ。
もちろん、安倍首相の本心は歴史修正のほうにある。国際社会の顔色をうかがって今は抑えているが、一気に戦争肯定、戦前の価値観を復活させるチャンスを虎視眈々と狙っているはずだ。
米国はつい最近までこの安倍首相の姿勢を危険視していたが、ここにきて、その本音を承知で、この歴史修正主義思想をもつ首相を全面支持する方向に姿勢を切り替え始めた。それはもちろん、安倍首相が集団的自衛権容認、周辺事態法改正によって、地球の裏側にまで自衛隊を派兵し、米軍の戦争に協力する体制をつくりつつあるからだ。
戦争のできる国へひた走る安倍首相と米国の一体化。恐ろしい未来はもう目の前に迫っている。
(野尻民夫)