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K.H 24

好きな事を綴ります

重力 ルーラー①

2020-04-17 02:46:00 | 小説



①不思議なシャボン玉

 平和ないつも通りの日常だった。予兆なく銀行に三人組の強盗の襲撃が始まった。この銀行は住宅街の一角にある地方銀行のひとつの支店で、これまでに強盗に入られた経験は無く、地域住民とも揉める事も全く、仄々とした雰囲気の銀行である。流石に消火訓練は毎年実施されるものの、強盗対策に関しての訓練やレクチャーはだれもが必要無いと思える程の平穏な地域密着型の銀行だ。

 窓口業務終了時刻3分前からは、銀行正面の出入り口のフロアに設置されてるATMは稼働出来るようにし、行内への出入り口だけ重量グリルシャッターを降ろす準備が始まる。観葉植物の整理や各種商品パンフレットの棚を行内へ収めると言った作業だ。しかしながら、のんびりとした空気は、シャッターを降ろしても10分、20分くらい過ぎても窓口担当者は平気で丁寧にお客に対応している。

 そして、シャッターの昇降を操作するのは支店長補佐の役割だった。その補佐は定年間近で大した仕事を受け持たない昭和の時代では窓際族と言われる存在で、その人にとって唯一、承認欲求が満たされる瞬間でもあった。
「全員動くな!支店長補佐!お前はシャッターを降ろすの止めるなよ!」
 強盗のひとりが天井に一発発砲した。
「シャッターを降ろせ!」
 もう1人の男は非常ボタンがある窓口業務をしている女子行員に駆け寄りショットガンを向けた。更には、最初に天井に発砲した男は支店長のデスクにカウンターを乗り越え駆け寄った。
「まだ、非常ボタン押してないな!そこをどけ!」
 慌てずに指示した。そして、4台設置されてた監視カメラを打ち落とした。
「支店長さん、この鞄に入るだけの札束を入れろ!一億は入るはずだ!早くしろ!」
 また、その男は慌てず指示した。
 ショットガンの男とマシンガンを持った3人目の男は行員10人と客4人を真ん中に位置する3番窓口の前に集め結束バンドで両手を腰の後ろで拘束し、口にガムテープを巻き付けた。そして、両足はクロスさせ、ガムテープで足関節から膝蓋骨直下まで手慣れた感じでグルグル巻きにした。
 出入り口のシャッターが完全に降りて15分後には、行員と客の拘束は終えた。手慣れたと言うか特殊なトレーニングを積んで来たように感じられ、拘束された行員と客の中には尿失禁してしまう者もいた。

 そして、奥の金庫から1億円を入れた大きいスポーツバックを持った支店長と犯人のひとりが出て来た。支店長も他の行員や客と同じように身体を拘束された。
 その時だった。シャッターの外にあるATMから大学の教科書を買うお金を引き出した女子大生、神坂巫女代《かみざかみこよ》がシャッター越しからその様子を見ていた。
「銀行強盗かしょうがないなぁ。3人組ね。」
 巫女代が呟くと、身体を店内に向け、両脚は肩幅まで広げ、左右の掌も店内に向けて立ち、両眼を閉じた。
「こんなもんね。」
 巫女代は数秒程その姿勢をとった後、何も無かったような表情で銀行を立ち去った。
 すると、店内では銀行強盗達が宙に浮いていた。まるで、シャボン玉の中に入ってて、その中は水で満たされてるように踠き、呼吸は出来てるようだが狼狽えていた。
「どうなってんだ。これは。」
 ショットガンを持った男がシャボン玉のような膜を破ろうと引き金を引いた。悲惨である。その膜に弾き返され弾丸は自分に当たった。飛び散った血液もそのシャボン玉の中で浮いたままでいた。

 人質になった行員と客達は悲鳴を上げるもガムテープに押さえられた口からは声が出ずに目を瞑るしか無かった。
「なんなんだ全く。」
 支店長から金を受け取った男は銃口でシャボン玉を突くが何の変化も無い。マシンガンを持った男も同様だ。
「大丈夫ですか警察です。」
 ショットガンの男が死んで30分くらい過ぎで、近くをパトロールしてた交番勤務のお巡りが職員専用出入り口のドアノブを破壊して行内に入ってきた。血液と死体が浮かぶシャボン玉、2人の強盗がそれぞれ浮いている3つのシャボン玉を見て唖然とし、数秒間立ち竦んだ。そして、無線で応援を呼び、人質達を拘束している結束バンドやガムテープを解いた。女性行員と女性客の殆どが泣き出し、お互い抱き合った。中には男性に抱きつく者も居た。
「お、お巡りさん、こ、こいつら大丈夫ですかね?」
 支店長は不安を隠せずに吃ってしまった。
「取り敢えず応援を呼んだので皆さんは、外に出て安全な場所で待機して下さい。」
 お巡りは浮かんだ強盗達に銃口を向けた。
「おいおい、撃たないでくれ、もう俺達はお手上げだ。」
 金を持った強盗は言った。
「はいはい、またこれかぁ。お前ら出してやるから両手を挙げてろ。」
 ホッとした表情と呆れた表情が入り混じって顔を歪めた、捜査一課の益田絢子《ますだあやこ》が右手に拳銃、左手に使い捨てライターを持って現金を持っている男のシャボン玉に近づいた。
「加藤、そっち宜しく。それと鑑識さん、死んでる男宜しくお願いしますよ。」
 絢子は部下の加藤志水《かとうしみず》と鑑識官にお願いした。周りの武装したSATは89式5.56mm小銃の構えを納めて絢子と志水の行動を見守った。 

 絢子が使い捨てライターに火をつけてシャボン玉の底に当てると、数秒後にそれは消えて現金を持っていた男は床にうつ伏せになって落ちて来た。尽かさず銃口を背中に当て、使い捨てライターを志水に投げ渡し、男に両腕を腰に回させ手錠をかけた。使い捨てライターを受け取った志水もマシンガンを持った男も同様に火を当て、その男もうつ伏せで落ちた。鑑識館達は3人で死んでる男のシャボン玉をブルーシートで囲い火を近づけた。死体も同じようにうつ伏せで落ちた、血液は瞬間的に凝固しブルーシートにさえ返り血は僅かしかかからなかった。
「益田さん、不思議ですね。何なんでしょうかね。こんな現象は、科捜研も未だ解明出来ず、ですよ。」
 鑑識官の1人が言った。
「人的被害は無いから良いと言えば。でも、解明しないとですね。人質になった方々に協力してもらって聞き取りしますよ。また、時間かかるなぁ。」
 絢子は愚痴っぽく答えた。
「SATのみなさんも完全武装で駆けつけてくれるんですが、こんなパターンが増えましたね。でも、こいつら、こんなにゴツイ武器持ってますからね。」
 志水は一度、絢子に目をやり、やりきれなさや不気味さ、不安感を目で訴え、ポロッと口にした。

 事実、最近になってこのような事件が増えてるのである。警察はそれに振り回されてはいないものの、謎の現象であるため対処しきれないでいた。時には、高層マンションから転落した小学生がシャボン玉に助けられたり、ブレーキとアクセルを踏み間違えた高齢ドライバーがコンビニに突っ込む瞬間に車ごとシャボン玉に包まれる等、そのシャボン玉は多くの大惨事を、ここ一、二年未然に防いでくれてるのだ。
 このような現象をマスコミにも発表したものの、目ぼしい手がかりになる情報は得られず、嘘の情報を送ってくる者やこれをきっかけに新たなカルト的宗教団体も設立された。これらも悪戯に騒ぎ立てるだけで、一般市民への被害が出てはいない。しかし、警察は悪用される懸念が拭えず、また、国民は不安を抱く事態に陥ってしまった。

 絢子達が強盗の容疑者達を連行し、生活安全課の職員がマイクロバスで人質になった者達を警察署へ送迎してる頃、巫女代は本屋で本を買った後、大学生協に立ち寄り、自作パソコンのハードディスクとメモリーを拡張するために、それらを購入した。何ら変哲も無い女子大生、強いて言えば、根っからのリケジョだ。今のご時世、珍しい事ではない。しかしながら、誰もが知り得ない能力を巫女代は淡々活用してたのだ。
 拡張するためのハードディスクとメモリーを買い終えた後、生協がある棟の屋上に上がり、周囲に人が居ないのを確認すると10数km離れた自宅へ向かって飛び立った。空を飛んで帰宅するのだ。音速を超える速さで。

 署に戻った絢子達は、人質になった銀行員と客から事件の状況を聞き取ったが、強盗に入った3人組が何故シャボン玉に捕らえられたのか、理由となる証言は得られなかった。同じように強盗犯からも手がかりは無かった。一点だけ気になる証言があり、それは、シャッターを降ろすボタンを押して、独りの男が拳銃を発砲してもATMを使ってた女性が居たと言う事だ。
「あんな状況なら逃げますよね。お金なんて他のATMでも下せますから。全くこちらの状況を無視してるようでした。」
 特に、仕事が無い窓際族の支店長補佐はよく見てた。何の責任も背負ってない身だけに、他の行員や客達よりも少しは心に余裕があったのだろう。ただの役立たずではなかったようだ。
「志水、ATMで撮った画像を取って来なさい。」
 絢子は迷わず指示を出した。
 志水が戻り、画像を確認すると銃声が聞こえながらもお金を下ろす女性が映ってた。そして、行内に身体を向けるとその画像にノイズが入り何も見えなくなった。数秒後、ノイズは晴れ、その女性がそこから出て行くのがチラッと背中だけ見えた。
「絢子さん、この女を探しましょう。銀行に彼女の個人情報あるはずですから。怪しい表情でしたよ。て言うか、ポーカーフェイスでしたね。」
 志水は興奮した。
「志水、あの女性は犯罪者じゃないんだからね。シャボン玉の秘密を知ってる重要な人物かも知れないだけよ。冷静になりなさい。」
 絢子は志水を注意したが、興奮冷めやらぬ勢いで身支度を始めた。
「おい、志水、明日にするよ。明日、銀行で情報をもらってからよ。」
 絢子は志水の頭を小突いた。
 翌日、銀行に向かった2人はその女性の名前、神坂巫女代と自宅住所、電話番号、物理学で有名な鮎川工業大学の理工学部の学生である事が分かった。絢子が自宅に電話を入れると、母親が出て大学に居る事が分かり、2人は鮎工大へ向かった。

つづく。