K.H 24

好きな事を綴ります

重力 ルーラー③

2020-04-24 00:29:00 | 小説



③神坂家の力の覚醒

「橙子さん、女の子を産んだのかい。母子共に健康なんだなのかい?名前は決めたのかい?」
 巫女代が誕生した時に、父親が実家に電話をかけて巫女代の祖父となった将嗣(まさつぐ)がその知らせを聞いて将臣に直ぐにした問いかけだった。
「まだ、名前は考えてないんだ。親父、一緒に考えて欲しいんだ。どうやらあるんだ。痣が。」
 将臣は不安を隠せずに将嗣に答えた。

 神坂家は遡る事、鎌倉時代より神社の巫女になる女性を教育する職を担っていた。偶然的に止むを得ず、その職に着く事になったのだ。
 そもそも、巫女の教育は宮司の職務であるが、宮司は複数以上の神社を掛け持ち、神事を執り行うのが常である。だから、独りの宮司がそれを全うするのに限界が生じる。従って、宮司の人数を増やさなくてはならない。しかしながら、宮司の成り手は少なく、巫女が宮司の代行を可能にする流れが認められていった。
 だが、この流れは明治以降、国の統治制度の変化で消滅し、現代のように、巫女は宮司の補佐役に落ち着く事になった。
 つまり、明治以降に活発になった国際交流が日本古来の宗教である神道から他宗教への分散が派生したのだ。その結果、神道に対する信仰心や仕来たり等は個々人の意識から薄れてしまい時代の流れに都合良い形に変遷したと言う訳である。

 さて、神坂家の経緯であるが、この一家が暮らしてた地域には、多くの神社が建てられ、神道への信仰が強かった。だから、とにかく宮司は多忙で多忙で疲弊していた。そこで、その宮司が拠点とする神社のいちばん近くに暮らしていた神坂家の人間に助けを求めた。初めはその宮司の付き人から始めたものの、時が経つに連れ、周囲の人達から宮司の弟子とか新たな神職者等に勘違いされた。そこに目をつけた宮司は、農家だった神坂家から付き人に来た者に、読み書き計算は勿論、神道自体をも学ばせ、着る物もそれらしい出で立ちにさせた。そして、その付き人へ自分の仕事を少し分け、自身の仕事量を減らす事が出来た。これは、神坂家から派遣された者が素直に、真面目に宮司の教えを身に付けられる人の良さも相乗効果となった。
 そうなると人は調子に乗ってしまう者が現れるもので、神坂家の男達数人は、農作業に適した体力があるにせよ、我も我もと宮司の付き人になっていった。神社は活気づき、この宮司の仕事範囲は宮司自身が手を付けずとも広がって行った。しかし、一方の農家の仕事は、線の細い女性陣が駆り出される事になり、作業効率が悪く作物の収穫量までも減っていった。加えて、綺麗に使ってた畑も減り、荒れ地が増え、世間から中傷される声がチラホラ上がりだした。農家としての神坂家にとって、死活問題になりかねない事態となってしまったのだ。
 そこで、神坂家は一族が集まり会議を開いた。最初に付き人になった者が指揮をとり、農家としての側面もちゃんとやらなければ、宮司に迷惑をかける、若いては、神道を信仰する一般庶民からも村八分にされる恐れがあると諭した。したがって、この問題を宮司と相談する事にした。
 多少、時間を費やす事になったが、先ず、苗字を持つ事、宮司の付き人に巫女1人、女児を巫女として教育する。その子が巫女としての神事を覚えたら、その者に対しても付き人を一人付ける事、体力がある男性は農作業に従事する規則が出来上がった。
 神坂家から神社へ働きに行く人数をまとめると、宮司に巫女として就く女性が1人別途に巫女になる女性を2人、この2人の付き人をする男性を2人合計で5人を神社の職に就かす事になった。そして、苗字は神社のいちばん近くに暮らしていて、神社は丘の上に建てられている。そこへ登り下りする坂道の途中に家がある事から神坂とした。宮司に着く巫女は14歳の女性。巫女として教育を受けるのは10歳と7歳の女児が選ばれた。
 この5人の者達は、4家族から選出された者で、最初に宮司の付き人となった神坂将十郎(まさじゅうろう)が3年間、神道の基礎を教え込んだ。そして4年目からは巫女と付き人が1組づづ、3ヶ月間宮司に付き実際の現場で仕事を学んで行った。
 このように神坂家は、神社の仕事に就く者、農業に就く者に分かれ暮らし始めた。その結果、農作物も豊作が続き、周囲の庶民から敬われ、神の野菜として、作物の売れ行きまでも良くなった。また、庶民達の信仰心は一層高まり、神社の鳥居や神殿をも新しくへ作り直される等もあり、家内安全と健康にご利益がある神社として評判が上がった。

 しかし、そんな神坂家の繁栄を妬む者が現れた。その者が一言、『アイツらは、宮司様を唆したに違いない。娘達に色仕掛けさせたんだ。』と言うと、一気に同じようにやっかむ者達が集まり、神坂家に嫌がらせを始めた。これに対し、毅然とした態度を取っていたが、その弯曲した羨望の勢いは大きくなるばかりであった。ある夜、100人くらいのならず者が襲撃にきた。金目の物は奪われ、火を点けられ、畑まであらされた。そして、最後には、殴り殺された。神坂家の敷地は一夜にして地獄絵図と化してしまったのである。
 将十郎は、このような事態に備え、宮司と相談し、1人の巫女、巫女の教育を受けてた2人の女児、付き人の男達を神社に寝泊りさせていた。翌朝、神社から下りてきたその者達はその光景を目にし、悲しみ、泣き崩れ、心を閉ざしてしまった。宮司は神坂家に神職をさせた事に責任を感じ、後悔し、塞ぎ込んでしまった。神社の境内も活気が無くなり、静まり返った。
 一方、周りの民衆は、神社に祀る神のお怒りだの、貧乏神まで呼び寄せてしまった等と、宮司や生き残った神坂家の面々にあたり触らずで、その悲劇を称し、自分達の神への感謝も足りなかったとも言い、神社で祈る事だけは止めなかった。米や野菜、魚の干物、果物等を供え続けた。宮司はこの行為にも涙が止まらないでいた。

 時は経ち、数年後、漸くあの悲劇から立ち直り、宮司と巫女、2人の巫女と2人の付き人がそれぞれ神事がこなせるようになった頃、宮司に着いてた巫女が子を宿した。父親は付き人の中の男だった。従兄弟同士の2人の子であった。可愛いらしい女の赤子で珍しく心臓の心尖部近くの皮膚に痣が有った。大きさが異なる丸い2つの痣である。小さい物は心尖部に向かうところが欠けていて、まるで、月の様だった。
 この子はみんなから可愛がられ、大切に、厳しく育てられ、五歳にして神道、神社の仕来たり、巫女の仕事を全て覚え、宮司の代行が出来るようになった。そして、この子が復讐を図る事になった。あの惨劇を犯した100人近くのならず者を殺していったのだ。

 拳を前に突き出し、ゆっくり開いていくと、1人のならず者はシャボン玉に包まれ宙に浮いた。そして、開いた手でシャボン玉をすくい上げるように拳を握ると包まれたならず者ごとシャボン玉が消えて無くなるのである。これは、この子と付き人で秘密裏に行っていた。他には、悪さする者にも制裁を下した。例えば、食い逃げしようと逃げる者をつまづかせたり、スリの着物を剥がし、スった財布を地面に落としたり、浮気がバレて喧嘩してる夫婦を1つのシャボン玉に閉じ込めたり等、超能力を使った。
「信子(しんこ)様、宮司様がお呼びです。恐らく勘付かれたと思います。まぁ、悪さをしてる訳ではないので、お怒りとは思いませんが。」
 付き人の将甚平(まさじんべい)が信子の耳元でさり気なく告げた。
「はい、分かりましたら。しょうがありませんね。こんな力を持ってしまったのですから。宮司様に洗いざらいお話しします。将甚平さん、いつもお気遣いありがとうございます。」
 信子は絶大な信頼を寄せてるのを表すために、感謝を込めて答えた。
「信子殿、神の力をお持ちになられたのですね。汝のこれまでの早急で、正確で、天才的な成長ぶりは、驚くばかりでしたが、いつからその力に気が付いたのですか?」
 宮司は、優しく、頼もしさを感じ信子に問いかけた。
「宮司様から神道をお教え頂き始めてからですね。ある夜、床に付き眠りに入りかけた時、将十郎爺が語りかけて来ました。宮司様の役に立つように、この世のならず者を許しはならないと。そう仰ると、この痣が青く光り出しました。すると、真っ暗になり、地平線のように光が伸びたと思ったら花火のように、でも、それの何倍も明るい光が広がりました。そして、一すじの光が私の痣に飛び込んできました。その翌朝からです。触れずともどんな物でも自由自在に動かせるようになりました。将甚平さんには、直ぐお話しして、先ずは2人だけの胸の中に留めておこうと結論づけました。」
 信子はスマートに答えた。
「将十郎殿がですか。無念だったのですね。あの事が。分かりましたら。信子殿、その力を使うのはお任せします。分かっていると思いますが、呉々もご自身の身を傷めたり、間違った使い方はなさらぬようお願い致しますね。」
 宮司は優しく諭した。
 神坂家に初めて未知の能力を持つ者が現れた。これは、人の妬みの犠牲になった怒りから生まれた怨念がもたらした力だった。信子はそれを承知していた。無闇に使う事を避け、世のため人のために使う事を誓っていた。

 この国が益々発展し、人々の都合に合わせた合理的な社会に変化していく中で、様々な信仰心が薄れて行った。それに追随するように、神坂家が神道に関わる事が減った。巫女代が生きてる時代に於いては、神坂家から誰1人とも神道に関わる者が居なくなった。だかしかし、信子や巫女代のように何10年、若しくは、何100年に1人心尖部に2つの痣を持つ女児が誕生するようになった。

つづく