④巫女代の決意
巫女代は独りで考えていた。絢子と志水にこの力の事を話すべきか否か。母親の橙子は、話す事を勧めて来たものの、巫女代は自分自身の身に降りかかる災難を気にしているのではなく、両親の事が心配でたまらなかった。自分の身は自分で守れるが、両親にはそんな力がない事を不安に感じてたのである。
物心ついた頃から父親の将臣や祖父の将嗣から少しずつ神坂家の話しを聞いていて、高校生になった時、あの古い時代に起きた惨劇を聞かされた。そして、将来、社会人になる時は、その力を理解してくれるパートナーを探すべきだと言われてた。もしも、絢子達をサポートしてくれる存在に選ぶと、警察に協力しなくてはならないだろうと思っており、そんな犯罪者が近くに居るような環境に身を置きたくなかった。あの惨劇のように予測出来ない時に、両親や祖父母に災いが降りかかる可能性を懸念してた。そこで、この力の正体を調べる事にした。
先ずは、神坂家が携わってた神社に行き、そこの宮司に神坂家との歴史的な関係性を聞いてみた。しかし、その宮司は何も知らなかった。その神社が建立された経緯の歴史的資料さえ残ってなかった。
次に、祖父母の家に行き祖父の将嗣からもう一度、『信子』の話しを聞いてみた。
「神坂家で初めて力を宿した信子は、巫女代のように2つの痣があったそうだ。そして、目の前で強い光が広がった後にひとすじだけ、その光から2つの痣に入って来た光があったそうだ。その翌日から何でも自由自在に動かせる力が発揮で来るようになったと言う言伝えだ。」
将嗣が巫女代にこの話しをするのは3回目くらいだった。巫女代は初めて真剣に聞いた。
「強い光からひとすじだけ、この痣に、なんだね。じゃあ、その光の力が身についたんだ。その光はなんなんだろうね。」
巫女代はその光に秘密があるように感じた。
「なんだろうな、その光は。わしが知る由もないよ。光には熱が伴ったり、生き物に欠かせない物だったり、我々の目を発達させた物ではあるはずじゃよな。我々に恩恵をもたらした物に違いないとは思うがのう。」
将嗣は、申し訳なさそうに巫女代に答えた。
「そうか、光の特性を考えれば良いかも知れないね。お爺ちゃんありがとう。今まで、ちゃんと話しを聞かなくてごめんなさいね。」
自分の力に関する話しで将嗣にお礼が言えて、これまで真剣に話しを聞かなかった事を悪く思ったのはこれが初めてだった。
巫女代は自宅の縁側に座り、庭に転がってる小石を1粒、触れずに右手の人差し指を動かし、宙に浮かせてみた。そして、その指をグルグル回転させ、小石を地面に落とした。光との関連が思いつかない。ふと、空を見上げた。空を動かした事がないのに気がついた。いや、空は動かない物、地球自体が自転して、太陽の周りを回ってる。空に手を翳して空ではなく地球を動かそうと試みた。すると、太陽が西から東へ動いた。時計を見ると、3時間ばかり戻ってる。そして、元に戻した。時計の針も元に戻った。
「巫女代さん気がついたようですね。私達の力。私の事、分かりますよね。」
突然、信子が姿を表し話しかけて来た。
「は、はい。はい。信子さんですね。私達の力、重力を操られるんですね。引力ですね。あの地平線のように伸びて広がった眩しくて強い光はビックバン、宇宙の始まりの力。その力を使ってるんですね。」
巫女代は驚いたが、自分の力が何なのか漸く納得出来、信子が表れたのも驚かずに答えた。
「ええ、そうなんです。始まりと終わりの力です。私も理解するのに苦労しました。巫女代さんが困り果ててたのが感じ取れました。私は不老不死ではありませんが、この力を使って過去や未来を行き来してます。巫女代さん、もう迷いはないですね。後は、ご自分で決断して下さい。どう使いこなすか、あなた次第です。では、またいつかお会いしましょう。」
信子は、階段を降りて行くように地面に沈み、消えていった。
巫女代は安心したものの、この力を操る難しさも感じた。同時に信子の偉大さをも感じてた。鎌倉時代からのタイムスリップ、未来の私を感じ取ってた。恐らく、何度か私を見に来てたのか、時空を超えて感じ取ってたのか、末恐ろしくなった。だが、信子さんは祖先であり、見守ってる筈だと自分に言い聞かせ、今、やるべき事を考え始めた。
先ずは、手を動かさずに、頭の中でイメージして物を操れるか。自分自身を宙に浮かせる事が出来るか。この2つから試してみた。物を操る事は直ぐに出来た。自分が宙に浮く事も出来た。でも、自由に空を飛び回るのは時間をかけて練習が必要だった。1週間くらいで飛び回る事が出来た。
〝巫女代さん、遠隔操作、試してみて。〟
テレパシーなのか、不意に信子の声が聞こえて来た。
どういう意味だろう、遠隔操作って、目の前で見えてる物ではなく、見えない物を操作する事と理解し、自宅を囲う塀の外にある小石をイメージして、宙に浮かせてみた。数個の小石が視野に入るまで浮いて来た。西側で浮いた小石だけ留めて、他の小石は地面に戻した。近くにいる野良猫が浮かんだ小石を凝視している。巫女代は楽しくなって、その小石を猫じゃらしの様にして遊んでみた。楽しい、実に楽しい。
「お父さん、お母さん、私の力、分かったわ。どうやら重力を操る事が出来るのよ。あのシャボン玉は小さな宇宙よ。小さな宇宙。まだまだ、この力を応用すると色んな事が出来そうなの。」
ダイニングテーブルを囲んで家族3人で夕食を食べてた時、将臣と橙子を宙に浮かべながら話し出した。
「うわっ、うわっ。」
将臣は驚き、言葉が出ない。
「いやぁー、気持ち良いじゃない。」
橙子は喜んだ。
「巫女代、父さん腹減ってるんだ。晩飯食わしてくれよ。」
将臣も慣れて来て、巫女代にそう言った。
「明日、お爺ちゃんちに行ってくるね。お爺ちゃんとお婆ちゃんにも教えてあげなきゃね。」
巫女代は遠足前日の小学生の様に喜び、はしゃいでた。将臣と橙子は久し振りに見た、幼い頃のような我が子の自然な笑顔が嬉しくて、満面の笑みを浮かべていた。
「あっ、益田さんと加藤さんにはどうするの?教えてあげるの?」
橙子が尋ねた。
「あぁ、すっかり忘れてた。先ずは、お爺ちゃんとお婆ちゃんちに明日行ってからね。」
巫女代はそう言ったものの、信子に相談しようと考えた。
「あの刑事さん達は、巫女代に協力して欲しいのかなぁ。今までシャボン玉使ってたけど、もうそれは要らないんじゃないか。」
将臣は食事を終え、芋焼酎をロックで嗜みながら巫女代に言った。
「半ば、約束みたいになっちゃったから、一応、連絡してみる。お母さんが言ってた様な迷いはないわ。やっぱり捜査協力して欲しい筈だから、それは絢子さんと話してみて決めるわ。それよりも、もっと大事な事があるの。まだ内緒ですけどぉ。」
巫女代は言った。
「お2人さんにご迷惑かけない様にな。父さんも母さんもいつまでもお前の味方だからな。」
巫女代は将臣のその言葉に感動して目頭が熱くなったが、堪えた。
「ありがとうございます。」
身体が大人に成長して、今の巫女代として、見せた事がない様な笑顔を両親に見せた。
将臣は巫女代が単に物静かなリケジョとしか思ってなかったが、巫女代が持つ力を嫌に感じてたのかも知れないと思い、それが解決して、今までに無い明るい巫女代が見れて嬉しく感じたが、その反面、これから変わって行くだろう巫女代の行動が心配でもあった。そして、産まれたばかりの時に見た2つの痣が不安だった事を思い出していた。しかしながら、可愛い我が子を守ってやりたい気持ちだけは揺るぎ無いものだった。
一方、橙子は同性として誇らしく思い、期待感が湧き上がってた。その力を社会貢献に使わずも他人との交流が増えるだろうと言った期待感である。その中で恋愛や男性との肉体関係等を経験して、大人の女性になって行く様を目にしたいと考えていた。女性としての幸せを掴み取って欲しいと。
そんな両親の思いの違いが巫女代には想像出来ない事であるが、心配や不安がらせる事だけは避けたいと思う巫女代であった。だから、この力を早く使い熟せるようになりと思い、床に着き目を閉じた。
〝巫女代さん、遠隔操作が大切よ。焦らずに練習して下さいね。私達は時の狭間も行き来出来るから、その事を念頭に置いてね。〟
眠りに入ろうとした瞬間に信子の声が聞こえて来た。
〝難しそうですね。でも、頑張ります。ありがとうございます。信子さん、実践を多くした方が気づきは早いですかね?〟
巫女代は素直に信子に問うてみた。
〝はい。そうです。巫女代さんの時代は便利過ぎますから、これまで諦めた人達が多かったです。でも、それはしょうがない事で、私はその力、押しつけませんので。ご自分の意志を大事にして下さい。では、お休みなさい。〟
信子の声は、そよ風のように巫女代の頭から消えて行った。心地良い感覚を巫女代は感じ、眠りに入って行った。
つづく