K.H 24

好きな事を綴ります

重力 ルーラー②

2020-04-19 13:13:00 | 小説



②出会いは確執を生むのか?

 絢子と志水は、巫女代に会うため鮎川工業大学を訪れた。そして、巫女代の母親から聞いた携帯電話の番号に電話をかけた。だが、留守電にもならず、電源を切ってる様子もない。何度かけても一向に電話に出る事はなかった。仕方なく、事務部に掛け合い、巫女代の居場所が分からないか尋ねた。すると、理工学部だから実験室に篭ってるのではとの事で、巫女代が居るはずの実験施設を教えてもらい、そこに足を運んだ。
「敷地は広いですけど、静かですね。女子が少ないからかな。あっ、向こうは結構カラフルですよ。女子大生居るのかな。」
 絢子は昨日、志水が興奮気味だったのが若い子目当てだと勘付いた。
「きっと工業デザイン科じゃないの?志水モテるかも知れないな、男の娘に。男の、娘よ。仕事なんだからスケベな期待は止めろ!私だって女なんだ。」
 志水に一喝した。
「バレちゃいました。自分、男子校を出で直ぐ警察学校に入ったから、正直、憧れですよ。サークル、キャンパスライフ。鮎の字が付くし、神坂さんも可愛らしかったから。いやいや、絢子さん、仕事に対してのモチベーションを高めるためですよ。それと普段、道場で林田先輩に鍛えられてるから自分筋肉質でしょ。たまには、胸張って歩いてて若い子に大人の男性って感じで見られたいですよ。」
 志水はここぞとばかりに肉食系の自分を出して来た。
「分からないでもないけど、もう少し謙虚に、遠慮もしなさい。二郎君に可愛がられてるのは知ってるよ、お前の逮捕術のスキルが上がってるのも分かる。そっか、男は、モテたいとか、そんな気持ちがあった方が良いわね。非番の時に頑張んなさい。今は、神坂さんと会う事が最優先事項だ!」

 絢子みたいな男前の集まりの中で過ごしてると志水が盛り付くのも納得は出来なくはない。実際に、志水の1つ先輩にあたる林田二郎は、柔道は勿論、柔術、沖縄古武術の達人と言っても過言ではない。しかし、絢子は林田に合気道で引けを取らない程の実力者である。志水がこの2人と渡り合えるのは10年必要だと周囲からは言われているのだ。
「ここね、実験施設。」
 絢子が言うと、携帯電話に着信が入った。
「すみません、神坂です。今、宜しいですか?」

 巫女代の母親からの電話だった。絢子は理工学部の実験施設の前に居るのを伝えた。
「あら、行き違いになったみたいですね。うちの子、今、家に戻りました。益田さん、うちに来られますか?巫女代待たせてますので。」
 巫女代の母親はそう言うと電話を切った。
 絢子は不思議に感じた。あまりにも早すぎる。巫女代が自宅に着くのが。絢子達でさえ車で10分かかる距離で、巫女代は路線バスでしか大学には通えないはずだ。自宅からバス停まで歩き、バスに乗り、それぞれのバス停留所に停まるから片道20分くらいはかかる事になる。絢子達が神坂宅を出たのが巫女代が自宅を出で15分くらいたってからだった。
「志水、神坂さんが家に着くの早過ぎないか。神坂さんは大学に来てなかったのかも知れないぞ。」
 絢子が覆面パトカーのマークXの助手席に乗りシートベルトをしながらエンジンをかける志水に言った。
「何か忘れ物でもしたんですかね。途中で家に引き返したのかな。」
 志水は絢子よりは驚いていない様子で車を走らせた。

「すみません、お手数おかけして、どうぞお上がり下さい。」
 絢子と志水が神坂宅に着き玄関先で巫女代の母親、橙子と巫女代が会釈して2人を迎え入れた。巫女代は黙っていた。
 応接間に通され、絢子と志水が並んでソファーに座りセンターテーブルを挟んで橙子と巫女代もソファーに座り、そのテーブルを囲んだ。
「良かったです。今日、お会い出来て。私は、捜査一課の益田と言います。彼は、私の部下で加藤です。宜しくお願いします。先日の銀行強盗の事件の事で巫女代さんにお聞きしたい事がありまして。」
 早速、絢子は話を始めた。
 巫女代は若干、面倒臭そうな表情を見せたが背すじを伸ばし直し、絢子に目を合わせた。
 一方、志水はツインテールで毛先を鎖骨の前に下ろし、白いティーシャツにブルージーンズで胸が膨よかでノーメイクながらも目が大きくバッチリとした巫女代を男の目で見つめていた。
「えっと、巫女代さん、あの事件の時、銀行にいらしたと思うのですが。間違いないですか?」
 絢子は志水の下心に気が付き、一度、志水に顔を向けて、巫女代に確認した。
「はい、ATMでお金を下ろしてました。」
 巫女代も絢子に続き、志水に一瞬顔を向けて、無表情で答えた。
「良かったです。私達の間違いではなくて。それでですね、犯人の3人の男が宙に浮いたと思うのですが、それは見てましたか?」
 絢子はなるべく巫女代に嫌がられないように気を遣い、2つ目の質問をした。
「はぁ、私、防犯訓練なのかと思って、直ぐに銀行を出ました。」
 巫女代は答える前にほんの少しだけ戸惑い上下の唇を歪めたが、あっさり答えた。
「いいの、巫女代。益田さん達が来て下さったのをきっかけにすれば?後2年で大学、卒業でしょ。そろそろ社会に出る準備、始めたら。お母さん、このお2人、刑事さんだし、丁度良いと思うんだけど。」
 橙子は絢子と志水が期待するように巫女代を促した。でも、巫女代は表情を変えず橙子に顔を向けるだけだった。
「やっぱり、何か知ってるんですか?巫女代ちゃん、そう、遠慮しないでよ。僕達は、悪いようにはしないよ。大丈夫だよ。」
 志水は橙子に向かって喋り出し、巫女代との距離を縮めようと日常的な言葉遣いにした。
「巫女代さん、ごめんなさい。加藤が馴れ馴れしく言って。追い詰めたりなんかはしませんからね。」
 絢子は志水の言い方が巫女代に退かれないようにフォローした。
「いえ、特に、おじさんの言い方は気になりませんよ。母さんも余計な事言わないで。私は知らないんだから。」
 絢子を気遣ったが、巫女代はなかなか頑固なようだ。
「老けてるかなぁ。僕、まだ29なんだけど。いいか、おじさんで。そうだよ、お母さんは社会の厳しさを知ってるからそう言ってくれてるんだよ。このおじさんとおばさんは巫女代ちゃんの味方だよ。」
 志水は白々しく橙子と巫女代に笑顔を見せた。
「おい、志水。お前、いい加減にしろよ。謙虚になれ。あっ、ごめんなさい。巫女代さん、このおじさん、自信過剰なところがあってね。部下の教育は大変で。」
 絢子は苦笑いした。
「ほんと、何時も怒られるんだ。でも、笑顔が可愛らしいでしょ。絢子さん。」
 益々、志水は砕けて言った。
 橙子と巫女代は同じように左手を軽く握り、人差し指と親指で出来る拳の楕円形になった部分を口に当て、クスクス笑った。
「お2人はご兄弟みたいですね。すみません、笑ってしまって。巫女代、いずれは自分の事を明かさないといけない時期が来るのよ。お母さんはあなたのその一面の気持ちは分からないけど、お兄さん、お姉さんみたいにお2人を頼ってみたら。でも、決断は自分自身でね。」
 橙子は、絢子と志水のやり取りを微笑ましく思い、更に、信頼感が強まった。
「すみません、少し時間を下さい。決して悪い事はしてませんが、頭の中を整理させて下さい。」
 巫女代は凛とし、真剣な顔を見せた。
「分かりました。じゃあ、今日はこれくらいにしましょう。名刺、置いていきます。下のが私、個人の携帯番号なので、整理がついたら是非、連絡して下さいね。宜しくお願いします。」

 絢子は、巫女代が未知な力を持ってる事を確信し、今後に期待して神坂宅を志水とともに出て行った。
「志水、お前なぁ、相手は年頃の女の子で、まかり間違えればモンスターに成り兼ねない存在だぞ。もう少し気を遣え。」
 署に戻ろうと走り出したマークXの中で絢子は志水を叱った。
「はい、すみません。でも俺は、あの子の気持ち分からないですよ。無理して合わせようとするよりも俺自身がどんな人間か、ありのままが良いと思って。俺と比べて絶対的に絢子さんはあの子に近い筈ですから。まぁ、1歩前進したじゃないですか。」
 志水は自分の振る舞いが不味かったとは微塵も感じて無かった。
「いいわ、私が間で上手くやるわよ!」
 絢子はムッとしたが、志水なりの考えを認めた。
「お手数かけます。それにしても連絡はいつになりますかね。連絡、来ますかね?あの子、凄い事背負ってそうですね。益々、興味深くなりましたけどね。」
 志水はにやけた顔をした。
「調べたほうがいいわね、もっと巫女代さんの事。サオリにも手伝ってもらうわ。」
 絢子がいちばん可愛がってる大学の後輩で、少年課に居る武田サオリも協力してもらう事にした。
「いいですね。武田さん、直ぐに情報持って来そうですね。林田先輩にも手伝ってもらったらどうです?」
 志水は調子にのって林田の名前まで口にした。
「志水、馬鹿かお前、二郎君は忙しいだろうが!お前から話すんじゃないぞ!まだ黙ってろよ。」
 絢子はいずれ、後輩ではあるも、敏腕で常に多くの仕事を抱え、しかも、上司から新人まで幅広く好かれ、信頼され、尊敬されている二郎に何か頼む事になるとは考えていた。しかし、自分を一気に飛び越して、一課のエースになった存在に頼み辛さも感じてた。
 犯人を内定する本来の捜査ではなく、犯罪被害が抑えられている摩訶不思議な現象の調査な訳で、しかし、危険性が含まれるのは歴然な事で、絢子による勝手な単独捜査になっていて、デリケートに扱う必要があるとも感じてた。
 違った個性を持ち合わせた絢子と志水の2人は、巫女代と出会い、シャボン玉の謎が解明出来る可能性が高まり、期待感も高まったのは一致してた。しかしながら、絢子は今後のプランを頭の中で巡らせていたが、志水は巫女代を女性として想像を巡らし、他には晩飯の事とかも考えていた。

 犬猿の仲ではないものの、この2人の距離は絶妙なもので仕事を進めて行くには持って来いの関係だ。車中はFMラジオがBGMとなり、署に着くまで全く2人の会話は無くなっていた。そんな沈黙の時間があっても苦にならない2人であった。

つづく。