K.H 24

好きな事を綴ります

長編小説 分かれ身 ④

2021-10-21 13:42:00 | 小説
第肆話 暇乞(いとまご)い
 
「はい、河井です、はい、はい、それで、本人の具合は、はい、はい、分かりました、では、これから向かいます」
「どうだって」
 美佐江のスマートフォンに病院から連絡があった。その内容は、後二人の子を帝王切開で取り上げるとのことで、その手術は一時間では終わるということだった。しかしながら、睦美の容態はナースステーションで夜勤にあたってる看護師だったため、詳しくは把握しておらず、手術室のナースから美佐江に連絡するよう依頼が来たとのことだった。
 
「もしもし、愛優嶺です、夜分遅くにすみません、睦美は四人の子を自然分娩で産んだようなのですが残りの二人を帝王切開で取り上げるようです、それが終わるのが一時間後くらいということです、私達はこれから向かいますね」
「連絡ありがとうね、私もタクシーで向かいますよ」
 愛優嶺が睦美の母の紀子に、電話で状況を説明した。
 
「お疲れ様です河井さん、四人までは六田さん頑張ったのですが、気を失ったしまってですね、手術室で町田先生が対応なさってます、そろそろ二人の子が取り上げられるはずですので、ではまた後ほど」
 美佐江と愛優嶺がナースステーションに隣接された新生児室のカーテンで覆われた、ガラスの前で落ち着きがなく立ち竦んでいると、助産師の里美が来てくれた。
「ああ、はい」
 美佐江と愛優嶺は唖然とするばかりで、愛優嶺が一言、二言しか言葉を発せられなかった。
「どうですか」
 その後、一〇分も経たないうちに、駐車場に車を収めた獏之氶も駆けつけた。
 丁度この時に二人の子の産声が聞こえた。
「おお、この子達よね、二人っていってたもんね、やったじゃないむっちゃん、とうとうお母さんだ」
「めでたいですね」
「はあ、ほっとしたんですけど、睦美さんは無事なんでしょうかね」
 愛優嶺は両手の拳を握りしめて小さなガッツポーズをし、獏之氶は両手を前で合わせて立っており、そのポーズを笑顔で見ていた。
 美佐江だけはナースステーションのカウンターに身体をもたれて力が抜けた表情をしていた。
 すると今度は、手術室から微かに大人の叫び声が聞こえて来た。最初ははっきりと聞こえてこなかったが、最後は『六田さん戻って来るんだぞお』と、はっきりと聞こえて来た。
 愛優嶺と獏之氶は口をポカンと半開きで腕組みをし、美佐江は握り合わせた両手を額に押し当てて目を瞑っていた。
 一瞬静まりかえったが、エレベーターの到着を知らせるチャイムの音が聞こえてきて、扉が開いた。紀子が降りてきたのだった。
「こんばんは、みなさんありがとうございます」
 紀子は至って冷静である。この三人の表情や姿勢を見れば、思わむ事態を迎えているのは一目瞭然だか、それでも紀子はこんな状況であることを予想していたかのようだった。
「お疲れ様ですお母さん、私達もどうなってるんだか分からないです、最後の二人の子達は産まれたみたいなんですか、当の本人がどうなってるか分からない状態なんです」
「大丈夫ですよ、みなさん気を楽になさって、六子ちゃん達はどうなってるのかしらね、元気に産まれたとは思うけど」
 愛優嶺達は紀子の動じない心とまだ見ぬ孫へ意識が向いていることに呆気に捉えてた。
「お母さん、やっぱり、六田家には何か秘密があるの、実の娘が生きるか死ぬかの瀬戸際なのかもしれないのに」
「睦美から聞いたのですか、六田家なこと」
「いえ、聞いてないんですが、特別な家系のようなことを思ってしまう感じは、あっ、それで、封筒を預かったんです、もしもの時は開封するようにって頼まれて」
 美佐江は幾分、冷静さを取り戻していた。
「手紙にしたんですね、まだ、読まれてないですね」
 一度、紀子がその封筒を手にすると、手術室から博子と里美が出てきた。紀子はその封筒を美佐江に返した。
 
「先生、六田睦美の母親です、この度はお世話になりました、睦美が出した要望書通りに私は先生を責める気持ちは毛頭ございません、逆に、最後まで一生懸命なさって頂いてありがとうございました。」
「本当に申し訳ございませんでした、私どもの力は出し尽くしました、残念でなりません」
 博子は紀子の言葉に救われた思いを抱きながらも、悔しさを滲ませていた。
「それで、これから大学病院の法医学教室で死因を明らかにさせて頂きます、恐らく、臓器提供を勧められるはずですから、こんな夜更けなのですか、ご同行お願いしたいのですが」
「はい、分かりました、宜しくお願い致します。」
 紀子の返事を聞いて博子は医師控え室へ下がっていった。
「六田さん、河井さん達も頑張った睦美さんの最後のお別れをしてくださいますか、睦美さんは、最後まで頑張りました、どうぞこちらです」
 里美の後をついていったのは紀子独りだった。
 
「愛優嶺さん、美佐江さん、お察ししますが、行きましょう、仲間が命をかけた結果です、私達の脳裏に焼きつけてあげましょうよ」
 獏之氶は二人を諭すように優しい声をかけた。
 愛優嶺と美佐江は鉄砲水のように流れ落ちる涙をハンカチで拭きながら睦美の元へ向かった。
「ありがとうございます、この子、嬉しさも持ってたと思いますよ、私には充実した表情に見えます、六人の子達は大事にしないとですね」
 紀子の両目には、こぼれ落ちそうな涙が溜まっていた。
「六田さん、女性は凄いですね、ここまで力を使い果たせるんですから、私は睦美さんのためになることをやって行きたいです」
 獏之氶は数本の涙の筋を垂らしてた。
 愛優嶺と美佐江は、更に、流れ落ちる涙の量が増し、立っていられずにいて抱き合いながら座り込んでしまった。声だけは噛み殺して。
 
 そんな二人を俯瞰的に博子は見つめていた。どう声をかけようかと。
「お二人も法医学教室に行きますか」
 博子は、睦美の死因を直接伝えたくなった。
「美佐、むっちゃんを最後まで見届けてようよ」
「はい、はい」
 二人は鼻声のままだった。
 
 そして、睦美と遺体を運ぶ車には、博子と紀子が同乗し、獏之氶の車に愛優嶺と美佐江は乗り込み、その車と追走した。
 
 続