K.H 24

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長編小説 分かれ身 ⑥

2021-11-01 09:38:00 | 小説
第陸話 成長
 
「いよいよ、一年生ですよ、拳逸楼に迦美亜、巫那、気分はどうですかな、ランドセルは重いですか」
 獏之氶は亡き睦美から誕生した六子の長男と次女、四女を愛優嶺と共に引き取り、育て、感慨深くその子らの小学校の入学式の朝を迎えた。
「ランドセルはまだ空っぽです」
 その三人の子は顔を見合わせて、声がシンクロした。
 とても元気で、笑顔で、流暢に答える子らを見る獏之氶は目頭を熱くした。
「どんどん涙脆くなるのね、獏さんは」
 それを見ていた愛優嶺は笑顔で獏之氶の肩を軽く叩いた。
 
「じゃあ、お姉ちゃん達のとこに行くよ」
 
 愛優嶺達はこの三人の子らを引き取って、乳幼児健診や予防接種、歯科検診といった幼な子に特化した行事があると、経験のある美佐江達、河井家を頼った。また、河井家は長女の慈由无と次男の剣侍狼、三女の釈亜真を引き取り育てた。このように、子供達の行事は六人姉弟で一緒になるようにしたため、習慣化となり、小学校の入学式もそれに則っていた。その方が、六子達の身内意識を育むといった暗黙の了解だった。そのため育てる側、愛優嶺と獏之氶、美佐江とその夫、七助達も姉妹、兄弟に似た関係性を築いていた。
 
「愛優嶺さん、この子達ね、一太と小二郎に比べると、成長がしっかりしてるのよ、首の座り方とか、寝返り、腹這いなんかはとても上手にできるようになっていったの、特に、うつ伏せになって、身体を反らして、頭や手足持ち上げて遊んでる時は、とても楽しそうに笑うのよ」
「そうなの、私には比較する素地が全くないからねぇ、でも、とても楽しそうにするわね、癒されるわぁ」
 生後半年頃の美佐江と愛優嶺の会話だった。
「私には、空でも飛んでるようにみえますよ」
「獏さんもそうですか、俺もそう感じるんですよ、この子達の表情最高ですよね」
 獏之氶と七助も首を突っ込んで来た。
「父ちゃん、僕は飛べるよ、とぉー」
 一太は七助に飛びかかった。
「僕だってね、獏さん行くよ」
 小二郎は獏之氶へ、四人の大人達は勿論、この六子達もきゃっきゃ、きゃっきゃと笑い声が沸き起こった。
 
 また、腹這いや四つ這いが出来るようになると、一般の乳幼児よりも早く、安定して移動すした。
「慈由无ちゃん、あら、剣侍狼と迦美亜も早いねぇ、おばあちゃん、おやつ下さーい、この子達もおやつあるのう」
 一太はこの子達の腹這い移動の速さに驚いた。
「なんだよう、重たいよう」
 小二郎がふざけて、四つ這いになって変顔してると、拳逸楼と釈亜真、巫那が小二郎を登り始めた、膝立ちくらいまで身体を起こし、小二郎にしがみついた。
「流石に小二郎は三人には敵わないはね、アハハハ」
 一太と小二郎の祖母ヨネは、二人のおやつを手に、小二郎の半泣きな表情を笑った。
 
 六子が歩き始めるのも珍しい事態が見られた。
 一般的には一歳前後で歩き始める。それに先んじて、生後一、二ヶ月の時には姿勢反射と考えられている、自律歩行が見られる。新生児の身体を持ち上げ、足を床につけて身体を前に傾けると、左右の足が足踏みする現象である。勿論、これは反射であるため、自らの意思で足を動かしているわけではなく合目的的ではないのは誰が見ても分かる程、支離滅裂な足踏みである。また、ヒトが直立二足歩行を獲得して、遺伝子に刻まれたものともいわれ、その時期が過ぎると見られなくなる。これは神経細胞のアポトーシスの結果とも考える。しかしながら、この反射の際に見られる筋活動は、歩き始めの時のそれと大差はない。つまり、ヒトは歩くという動作を遺伝的に引き継がれて誕生しているのだ。
 もう少し深く、歩行に対する運動発達を見ていくと、まだ、立ち上がることが出来ない時期は、腹這いで手足を動かして進んでいく。その時に顔を進行方向へ持ち上げているため、傍脊柱起立筋が発達し、同時に、支持基底の大半を占める床と接している腹直筋、進路変更や動きを止め、顔の位置を左右どちらかに振り向く、若しくは、より高い方向を見上げる等の時に見られる体幹を曲げる、捻る運動で、腹横筋や内・外腹斜筋が発達する。四つ這い、四足動物のような移動が可能になると、体幹筋群は、勿論、肩関節や股関節の近位関節の周囲の筋も発達していく。
 床面のサポートを利用して、移動をしていた幼児達は、手足の動きをスムーズにさせるよう、体幹筋群が体幹を動的に安定させる機能を高め、立ち上がり、歩き出す準備をしているのだ。
 
 六子達は、誕生から八ヶ月が過ぎた頃、掴まり立ちを覚えた。特に、四人の女児はそれから一月半後歩き出した。それは、両手でのハイガード飛び越えて、ミドルガードで歩き始めた。
 
 そもそも、一歳前後で歩き出す時は、一般的に、直立二足は支持基底が狭く、アンバランスな状態であるため、両手を上げバランスを取りながら歩き始める。これをハイガードといい、バランスを取るのが上手くなっていくと、両手を胸の高さまで上げるミドルガード、更に上達すると、骨盤の高さのローガードへと変遷していく。
 いうまでもない、四人の女児は歩き出す準備をしっかりやれていて、実際に歩けるようになると、一般的な幼児よりも安定性が高い歩行をしたということだ。
 一方、男児二人は、女児達よりも一ヶ月遅れて歩き始めた。それもローガードであった。
 
「紀子さん、この子達凄いですね、何だか歩きがしっかりしてる感じよ」
「そうですね、ヨネさんがしっかり面倒見てくれてるお陰ですよ、ありがとうございます」
 六子達の歩みを見てるときのヨネと紀子の会話だった。ふたりの笑顔には何の曇りがなく輝いていた。
 
「拳逸楼、ランドセルが重くなったようですね、辛くないですか」
「これくらい大丈夫だよ、お迎えに来てくれてありがとね」
「獏さんありがとう、一年生は四つのクラスしかないから、私と巫那が一組で二組には剣侍桜と迦美亜、釈亜真が三組で、拳逸楼は四組なの、バラバラになっちゃったけど、お友達がいーっぱいできそうなの、ワクワクしてきたわ」
 慈由无は楽しそうに獏之氶に笑顔を見せた。
「きっと、お友達が沢山になるでしょうね、良かったですね」
 獏之氶がワゴン車のハンドルを握り、正門から二〇メートル程離れた路肩で子供達と愛優嶺達を待っていて、拳逸楼と慈由无が真っ先に車内へ駆け込み会話が弾んだ。
「慈由无はさぁ、僕のクラスの鈴鹿先生がお話してるのに、話かけてくるんだ、美人な先生だねってさ」
「えっ、拳逸楼と慈由无は別のクラスでしょ、教室は離れてますよね、お話なんて出来ないはずですが」
「出来るよ、そっか、獏さんにも話かけたって答えてくれなかったからね、そっかそっか、僕達姉弟だけだったね」
 拳逸楼のその話を聞いた獏之氶は何もいえずにいた。
 
「獏さんありがとう、車出してくれて正解、今の小学生の教科書や教材は重いのね」
「愛優嶺さん、こんなもんですよ、寧ろ、軽くなってるとおもいますよ」
「そうを、七助さんもそう思う」
「姉さん、二人分持ってるじゃないですか、だからですよ」
 愛優嶺は自分の手が握るトートバッグを目にして舌を出して首を竦めた。
 そんな雰囲気で獏之氶以外は笑いが沸いた。
 
 愛優嶺と美佐江、七助は入学式が無事に終わり安堵を覚えていた。これからの六子達の奇異な変貌は更々、予想なぞできぬままに。
 
 続