K.H 24

好きな事を綴ります

短編小説集 GuWa

2021-11-23 07:19:00 | 小説
第弍什陸話 Psychopath
 
「こんにちは、ようこそ、当店の面接に来て下さってありがとうございます、キノシタです、宜しくお願い致します」
 デリヘル店々長のキャスト希望者を面接する時のマニュアル通りの台詞である。
 
 昼間、印刷会社の経理をしてるナギサは、真面目に仕事へ取り組んでいて、それに関しての評判は良いが職場での催し、例えば、歓送迎会や大口契約の納期を無事に終えた時の打ち上げ、忘年会等では目立たない存在だった。
 顔立ちは良いが、他の女性社員より、化粧や服装が地味で、そういった場ではイジられることすら皆無だった。
 何故、ナギサがそんな振る舞いをするのか、誰にもいえない理由があった。
 
 小学五年生の頃に一回り以上歳上の従兄妹のハルオとその友人マサキに性的虐待を受けた。それを心の深層に閉じ込めて意識上で回想させないようにする防御反応が発動したのだ。
 性被害を与えたハルオとマサキが『この事を誰かにいうと、お前自身が白い目で見られるし、俺はお前の未来を消し去ってやるかな、俺達の傍から離れられないようにしてやる』と、脅されたからだ。

 その後、ナギサは必要最低限のこと以外、両親でさえ積極的に話しを交わすことがなくなった。思春期に入り大人しくなったと両親は捉えていた。
 更には、その事件後、母が指導する体操教室へ通うことを徐々に減らしていき、三ヶ月後には辞めてしまった。
 ナギサの体操の実力は同じ年齢の子らに比べ、抜きんでたものだった。各種大会では表彰台に立つ事が少なくなかったのだ。
 しかしながら、体操を辞めるといった後に、躊躇なくナギサは、柔術の道場に通いたいと両親に訴えた。
「お母さん、いいでしょ、将来はレイナさんみたいに世界でも通用する格好いい女性になりたいの」
「何故、格闘技なの、場違いが過ぎない、続けられるかしら」
「そうだよ、ナギサが殴り合いをするなんて想像できないけど」
 両親はナギサの真剣さに全否定することができないものの、体操を辞めて欲しくない気持ちが先行した。
「このまま体操を続けても世界では勝てないでしょ、だから、先ずは柔術を始めて、レスリングもやって、シュートボクシングだって興味あるし、なんていってもレイナさんが世界で活躍してるんだから」
 ナギサの目は両親が困惑することさえ圧倒した。
「分かった、今は格闘に強い興味を持ってるみたいだな、やってみたらいい、それも良い経験になるさ、また、体操に戻りたいって思うことがあったら、父さんたちは喜んで受け入れるし、格闘技で素晴らしい人物になった暁には、素直に喜ぶよ、ずっとお前の味方だ、ずっと応援するさ」
 父親はナギサの気持ちを受け入れた。
「母さん、ナギサは強い意志を持ってるんだ、二人で応援してやろうよ、見守ってやろうよ」
 母親は焦燥感を完全に拭えなかったが、娘の意志を信じることにした。
 両親とそのように真剣に話し合い、体操の道から格闘技への道へ乗り換えたのだった。しかしそれが、将来、復讐するための第一歩であることを露呈しないように凛とした姿勢を見せた。
 
 体操で身につけた基礎体力と心に秘めた復讐心とが相まったのか、格闘技での各種大会でも表彰台に立ち続けられるようになった。
 また、学校では多くの児童が運動場で球技や遊具で遊ぶ昼休みには、独り図書館に篭り小学生向けの解剖学の本や自家用車やオートバイ、飛行機等の作りを見ることができる本、花火の作り方の本等、女子児童が好まない本を読みあさっていた。
 
 ナギサが六年生に進級する春、ハルオは大学を卒業し、遠方の会社へ就職が決まった。
「マサキ、これが俺の相棒だ、CBRさ、じゃあ、盆と正月は帰ってくるから、その時は一緒に呑もうぜ」
 マサキに自分のバイクを自慢して、就職先の社員寮を目指し、二輪にまたがり出発した。
 しかし、その途中、突然ガソリンタンクが爆発した。これは、ガソリンタンクとキャブレターを繋ぐパイプとエンジンのシリンダーの吸気弁側とキャブレーターを繋ぐパイプに針程の穴が無数も開けられ、バイクのエンジンをかけてスロットルを開く度に、その小さな無数の穴から少しづつガソリンが漏れ出した。動き続け熱を帯びたエンジンにまで達すると、漏れ出したガソリンに引火し、キャブレターを通して火の手が燃料タンクまで達し爆発したのだ。ナギサの計画通りに事は運んだ。益々、復讐心にも火がつき、マサキを殺めようとしたが、この街を出ていて、ナギサが追いかける術はなかった。
 警察はこの爆発の仕組みを明らかにしたものの、エンジンとキャブレターを繋ぐパイプ類が整備不良によって、ガソリンが漏れる程、そのパイプ類が劣化し、引火した事故と判断した。
 実際に、四〇〇シーシーの排気量があるバイクは車検が必要だ。しかし、そのバイクの車検証には、パイプ類の劣化の記録はなかった。すなわち、警察は誤った判断をしていたのだ。
 
 
 ナギサが面接を受けたデリヘルの店長は単にナギサが金を稼ぎたい女性だと思い込んでいた。
「ええっと、ナギサさんは二七歳ですか、身分証明お持ちですか」
 ナギサは運転免許証を財布から出し店長のキノシタへ渡した。
「確かに、確かに。日中は会社にお勤めなんですね。ダブルワーク大歓迎です。で、ご結婚は」
「未婚です」
 ナギサには何の動揺もなかった
「はいはい、良いですね。見た目が大人しい献身的な人妻って感じで、それで売り出せますね、この業界、初めてですよね、いつから始めますか、とはいっても、初日は先ず、講習を受けて頂きます、勿論、女性が講師ですからね、講習を受けた日は、日当五千円差し上げますので、その後からは、あなたの頑張りで充分稼げると思いますよ」
 キノシタは、ほぼマニュアル通りに話した。
「はい、では明日からでお願いします」
 ナギサは余計なことはいわなかった。

 翌日、ナギサは昼間の仕事を終えると、直ぐにデリヘルの事務所へ向かった。女性講師の講習を受け、それが終わると、店長室に連れられた。
「あっ、イクイナ先生お疲れさんです、ナギサさん、源氏名はスミレ、ミサキスミレにするからね、じゃあ、講習の成果を見せて下さい、私を相手にね」
 講師のイクイナは素早く退室し、店長と二人きりになったナギサはこれを狙っていた。
 店長のデスクの前で服を脱ぎだした。ベージュのブラジャーとショーツ姿になって、店長に笑顔を向けた。
 それを見ると店長は気を良くして、椅子から立ち上がり、ナギサに近づいた。ナギサはそのままの姿で、ソファーにもたれ座り店長を誘うかのように両脚を広げ待ち構えた。
 店長は両手をナギサの顔に向けて伸ばしながら中腰になって向かって来た。
 ナギサの距離に入ると、素早く右手を取り、一気に三角絞めをかけて落とした。急いで店長を抱え、デスクの椅子に座らせ、傍にあるウイスキーのボトルの蓋を開け、口の中に注ぎボトルを突っ込んだ。
 ウイスキーが喉に落ちていくと、同時に意識が戻った。ナギサは尽かさず口からウイスキー瓶を抜き取り、チョークスリーパーで再び失神させ、瓶を口に突っ込み、ウイスキーを喉に流し込んだ。意識は戻るも、フラフラである。体内で吸収したアルコールは一気に血流に乗って全身にいき渡った。
 
 既に店長は動けない。ナギサは、自分のハンドバックから市販のタバコのフィルターとテキーラの小瓶を取り出した。店長のタバコにそのフィルターを嵌めて火を点け、フィルターを外し、一旦、灰皿に置いた。
 ナギサは服を着て、そのタバコを店長の指で摘み、タバコ自体のフィルターに店長の唾液をつけ、机の上にある紙の書類にそのタバコを落とした。その書類が燃えやすいようにアルコール度数が高い、鞄から取り出したテキーラを染み込ませた。

 その書類が燃え始めると、店長の袖からワイシャツ全体にテキーラをかけた。袖が燃え始めると、ナギサは店長室から出て行った。直ぐに火の粉は周り、店長室は煉獄と化した。
 
 程なくして、消防車、救急車、パトカーが事務所周辺を囲んだ。店長室は真っ黒に焼け焦げ、独りの焼死体が発見された。
 
「アオキナギサさん、あなたはキノシタマサキさんとどんな関係ですか」
 ナギサは警察の事情聴取を受けた。勿論、取調した刑事は女性だった。
「昨日、面接を受けて、今日は講習を受けました」
 ナギサはそれだけの質問で帰れることになった。
 
 キノシタマサキはナギサを虐待した従兄妹のハルオの友人、マサキだった。
 
 ナギサは復讐を果たした。
 
 ハルオのバイクに細工し、時間をかけてマサキをみつけ、復讐した。
 
 しかしながら、ナギサが会社で目立たないこと、必要以上に他人に打ち解けないのは変わることはなかった。
 
 終