第漆話 覚醒?
「ねぇ、拳逸楼、運動会のリレーなんだけど、交代してよ、お願い、一組の女子には負けたくないの」
「えぇ、慈由无と巫那がいるクラスだよ、あっ、試しに明日の練習の日に入れ替わってみようよ、あの二人には直ぐ暴露ちゃうと思うけど」
釈亜真が拳逸楼に頼みごとをしていた。
『聞こえてますけどぉ、釈亜真、でも面白そう、拳逸楼やってみてよ』
二人の傍にはいないが、その会話に慈由无が入ってきた。慈由无自身は学校の図書館で図書委員の仕事をしていた。
『やってみてよ、面白そうじゃねぇか』
『えぇ、私もやってみたぁい』
剣侍狼と迦美亜は教室の掃除をしながら聞いていた。
「ほら、みんなに聞こえてるよ、釈亜真、慈由无と巫那とになんかあったの」
「いや、何もないよ、一組の女子は二人がいるから去年も一番で今年は私のクラスが一番になりたいだけよ」
翌日、リレーの練習時間が始まった。予定通り拳逸楼と釈亜真の魂が入れ替わった。
「ちょっと身体慣らさないとな」
拳逸楼はいつもの自分の身体の動きを試すように、腿上げやジャンプをした。
『拳逸楼、ちょっと、見える、何あれ』
『ほんとだ、何だあれは』
拳逸楼と釈亜真は、教頭先生の背後に大きな黒い影を目にした。
『あぁ、教頭先生、怪しいのよねぇ』
慈由无もその影を見ていた。
『僕は見えない』
『私も見えない』
『私も』
剣侍狼と巫那、迦美亜達は拳逸楼達が教頭先生を見ているのは分かるが、その影までは見えなかった。
『剣侍狼、巫那、迦美亜、私に入ってきて、一緒に見てみよう』
慈由无はその三人を誘った。
『うっ、これはやばそうだ』
『不気味』
『あらら、この人何か企んでる感じね』
慈由无の目を通して、見えなかった三人もその影を見えるようになった。
こうやってこの六人は、いわゆる、テレパシーで会話ができ、人が見えないものを見えるようにもなった。
一方、この日のリレーの練習では、案の定、釈亜真のクラスの三組が一位を取った。入れ替わった拳逸楼がアンカーの前の順番で三人を牛蒡抜きして、周囲を驚かせた。
「釈亜真、凄い凄い、自主練したの、姉弟がいるといいわね」
バトンを渡し終えると、拳逸楼と釈亜真は即座に元へ戻った。
「今日はとても調子良かったみたい、本番はどうなっちゃうかな」
クラスメイトに声をかけられてそう答えた。
「ねぇ、教頭先生のことどうしよう」
「あれは何なの、慈由无」
下校した六人は拳逸楼と迦美亜、巫那が住む愛優嶺の家に集まり、謎の影について話し合うことが始まり、迦美亜と釈亜真が初めに口を開いた。
「私だって何なのって感じよ」
慈由无も整理がつかないでいた。
「困ったなぁ、本当にどうしたらいいんだろう」
剣侍狼も手の打ちようがないでいた。
すると、
「こんにちは、みなさん、元気そうですね、お団子買って来ましたよ」
突然、紀子が現れた。
「うわーすげぇ、みたらし団子に草団子、きな粉だぁ、紀子ばあちゃんありがとう」
「嬉しい、おばあちゃんありがとう」
剣侍狼と迦美亜は燥ぎ出した。
「紀子ばあちゃん、あのね、拳逸楼と釈亜真が入れ替わったらね、運動会の練習の時なんだけどね、教頭先生の後ろに大きくて不気味な影が見えたの、で、みんなで嫌な予感がするってなって、どうしたらいいんだろうって話してたの」
慈由无は燥ぐふたりを無視して、開口一番に早口で喋った。
「そうなの、おばあちゃんは分からないわよ、ただいえることは、あなた達は、強く産まれたから弱い人を助けてあげないとね、どんな方法で助けてあげるかも自分達で考えないとね、頑張って頂戴ね」
紀子は哀しみを出さないようにした。
「うん、分かった、でも、考えていくヒントは教えて欲しいな。」
「人間は、強い面と弱い面をもちあわせてるの、それと、本人が強いだとか弱いとか思ってても、自分以外の人が同じようには捉えてないことだってある、それが殆どかしらね、だから、その時々で強さ弱さは変わってくる、その時の状況とも照らし合わさないといけないね」
慈由无が思いがけない返しをしてきたが、紀子は嬉しくもあった。
「じゃあさぁ、歴史を勉強していけば、戦国時代とか世界の戦争を調べて勝った国、負けた国の理由が分かれば、負けるために戦争してるわけじゃないから、どう慈由无」
迦美亜は得意げに提案してきた。
「面白そう」
他の五人は声を合わせた。
「じゃあさぁ、私が図書委員の仕事がない日は市民図書館に行かない、学校の図書館よりも沢山本があるからさ」
慈由无の提案にみんな賛成した。
「教頭先生はどうしようか、ほっとけないよね」
剣侍狼はどうしても気がかりでならなかった。
「一度、みんなで会ってみようよ、話したら何か分かるかもしれないし」
「素直に聞いてみるのもいいか」
拳逸楼と慈由无は覚悟を決めた表情に変わった。それにつられて迦美亜と釈亜真、巫那も覚悟を決めた。
その翌日から、六子達は学校の図書館で漫画になっている歴史の本を読み漁った。そして、市民図書館へ足を運んだ時は、第二次世界大戦やベトナム戦争に関する近代の戦争の書物を国語辞典やノートも使って勉強していった。
そうやって六子達が勉強を始めて二週間が過ぎようとしていた。ある土曜日に市民図書館で教頭先生とばったり出会したのだ。
「教頭先生こんにちは、六年生の六田慈由无です」
「こんにちは、お一人ですか今日は、最近はよくみなさんが六人で通って勉強を楽しんでるって評判ですよ」
慈由无は勇気を出して声をかけた。
「みんなで来てますよ、歴史に興味があって、国語辞典も使いながら勉強しているんです」
慈由无の後ろに他の五人も揃った。
「関心、関心、最上級生でもここにある本は難しい漢字や難しい言葉が出てくる本がいっぱいですねからね、偉い偉い、私も歴史は好きなんですよ、よかったら、外のベンチでお話ししませんか」
『慈由无、まだ影がいるよ、みんなも見える』
拳逸楼は姉弟だけの会話を始めた。
『うん、見えてるよ』
五人の声が揃った。
『先生の話し聞いてみようよ、いい機会だ、大丈夫だよねみんな』
剣侍狼はみんなに問いかけた。
『うん、大丈夫』
シンクロした声が姉弟達に届いた。
「先生、お時間いいんですか、お願いします」
教頭先生はにこりと笑顔を見せ、六子達と図書館の外へ向かった。
外は初秋が漂い、日差しは柔らかく、通り抜ける風は冷んやりしていて人肌には心地良さを運んでくれていた。
少ないながらも木陰を作る広葉樹に囲まれたベンチに教頭先生が近づいていくと足取りが覚束ず両腕をバランスをとるように少し広げた。同時に、背中と首が交差する部分から影が立ち上がって来た。
「何でお前らは気づいたんだ、俺はこの身体を借りて生きながらえていたんだ、邪魔は許さんぞ」
その影は教頭先生がベンチに座ると、そう語りかけてきた。
「あなたは何なの、私達に何をしようとしてるの、それと教頭先生はどうなるの」
慈由无がそういうと、右手前に拳逸楼が位置し、左手前に剣侍狼、真後ろに巫那、その右後ろに釈亜真、左後ろには迦美亜が位置し陣形を取った。
「お前らは知らないのか、知らないほうがいいだろう、絶命させてやる」
その影は大きな矢印の形へ変わり、慈由无達を貫かんと突進してきた。すると、拳逸楼の右手は拳を握り光を発した。剣侍狼は左手が手刀の形を取り刃金のように輝いた。そして、釈亜真と迦美亜が片手で巫那の肩を支え、巫那は慈由无の背中を両手で支えた。
その影の尖端が鋭さを増すと、慈由无は大きく息を吸い込んで大声を出すように勢いをつけて口を大きく開いた。声ではなく美しい大きな閃光が飛び出した。同時に、拳逸楼の拳は矢印を叩きつけ、剣侍狼の手刀は矢印を斬りつけた。その瞬間、六子達が放った光に影は包み込まれ消えてなくなった。
「あっ、六田君達、私を助けてくれたのかい、ここ数年、急に意識がなくなるように倒れてしまうんだ、目眩ではないけど暗闇に包まれて耳鳴りではない低音が鳴り響いて、とにかく身体が止まってしまうんだ」
いつの間にかベンチに横になったいた教頭先生は起き上がり、慈由无達へ話しかけた。
「良かった先生、先生が急に千鳥足になって転んじゃいそうになったので、私達で先生をベンチに連れてって横になってもらって、息をしてるか、脈があるか確かめて大人を呼んでこようとしたんです」
巫那は咄嗟に答えた。
「先生、持病があるの」
「先生、私達とお話ししようとしたことは覚えてます」
「先生、いつからこうなるようになったの」
拳逸楼と釈亜真、迦美亜は不思議そうな表情で同時に質問した。
「拳逸楼、釈亜真、迦美亜、いっぺんに質問しても先生、こまるわよ」
慈由无は三人を宥めた。
「ありがとう、大丈夫だよ、定期的に病院で検査してるんだけど、異常はないんだ、薬も出でないしね、病気なのかも分からない状態なんだよ」
「ホッとした、でも辛いよね」
拳逸楼は安堵した表情を見せた。
「ありがとう、拳逸楼君だったよね、心配かけたね」
拳逸楼に優しい笑顔を向けた。
「君達と話しをしようってことは覚えてないんだ、ごめんね、こんなことが始まったのは、私が教頭になってからなんです、前の学校で勤務してた時かな、実は前の学校ではいじめがあったんですよ、それを私が隠さずに明るみに出したら、当時の校長先生と担任の先生は責任をとって学校を辞めることになってね、私は周りの先生から責められてね、体調を悪くして、休職っていってね、半年間、学校を休むことになった。半年後、学校に出でも新しく赴任してきた校長先生達に冷たくされてね、その学校から今の学校に転勤することになってね、校長先生になるための勇気もなくしてしまったんだよ」
勿論、教頭先生は涙ぐんでいた。
「先生、傷ついたんですね、でも、今は大丈夫ですよね、私達先生を応援しますからね」
「ありがとう、なんだか元気が湧いてきましたよ、みんなはどんな勉強をしてるのかな」
巫那の励ましに気を良くした教頭先生は、第二次世界大戦の話を聞かせた。原爆投下後や唯一の地上線が行われた沖縄線の悲惨さ等を話してくれた。
「僕らはさぁ、自然に身体が動いたよね、教頭先生に何かが取り憑いてたんだろうけど、いったい何だろうね」
「でも、紀子ばあちゃんがいってたみたいに、六人で協力してできたんだから、これからも勉強していって、体験して、分かるようになろうよ」
長女の慈由无をはじめ、この六子の姉弟は自分自身の秘めた力を体験した。この体験は、紀子がいった『強い者が弱い者を助ける』という意味の理解を深めるきっかけとなり、生きていく楽しみをみつけだしたのだった。
続