K.H 24

好きな事を綴ります

螺子職人とピアニスト.-1

2021-11-17 03:20:00 | 小説
第壱話 螺子職人の男
 
 他界した両親から受け継いだ螺子(ねじ)工場の経営が安定するまで走り抜け、年号が替わることへ特に、興味を持たない男がいた。
 時折見かける仕事人間で、彼が何故、そこまで仕事にのめり込むのか、真意を知る者は身近な者以外、誰もいなかった。
 更には、趣味も持たず、孤独であることを無意識に楽な生き方だと、若しくは、それが自分自身であると感じていた。
 
 その工場の事務方は、亡くなった父親の妹にあたる伯母とその娘が担い、昼と晩飯は、伯母らが作ってくれていた。
 お得意さんからの急な発注をお願いされない限り、日曜日だけが唯一の休みで、その休日は、昼前に目を覚まし、缶ビールで喉を潤し、テレビを見ながら晩飯時までチビリチビリと酒を呑み、風呂に入って床に着く、といった過ごし方が殆どだった。月に一度くらいはパチ屋に二、三万円捨てにいき、三ヶ月に一度くらいは近くのショッピングモールで、日常的な消耗品を買い揃えたりした。
 しかしながら、年に一、二度はパチ屋で大金を手にする事があった。そんな時は女性の身体の温もりを目当てに風俗店へ出向いたりもした。
 つまり、仕事はとても熱心で、取り引き先からの品質的評判は良いが、無趣味の上、無口で、プライベートで何か真新しい事を探そうとかを一切しない面白味の無い人間だった。
 
「影親(かげちか)、昨日は呑み過ぎたの?顔色が良くないよ」
 事務全般を担う伯母の睦美(むつみ)がある月曜の朝にそう聞いて来た。
「うん、呑み過ぎたかも」
 景親は面倒臭そうに答えた。
「景親兄さん、そんな生活ばかりだと、一気に老け込むよ。こないだ、折角、紫織(しおり)さんを紹介してあげたのに、あれっきりでしょ、LINE交換したのに、私に興味ないみたいって、紫織さんに怒られちゃったんだから、いい加減、婚活したら」
 睦美の娘で、影親の従兄妹にあたる夏菜子(かなこ)が嘆いた。
「ごめん、紫織さん、俺には勿体無いよ」
 夏菜子に顔も向けずに無表情で影親は棒読み口調だった。
 この男、三六歳にして独身、珍しくも何ともないが、父親を肺癌で亡くし、その二年後には、母親が膵臓癌で他界した。その両親が残した小さな町工場、笹山螺子(ささやまねじ)工場を継いでいた。
 その両親から相続したのは工場とその土地、保険金が入って来た。それを全て工場の設備投資に使った。そして、ただの手伝いで来ていた夏菜子にも給料が払えるようになった。
 そして、その地域の中学校の職場体験を引き受ける事も始めた。螺子職人を育てたいことが理由だった。
 
「睦美さん、夏菜ちゃん、社長は頑固だよ。先代とそっくりだ。俺と金(かね)さんの後釜を探さないと、自分の事は何もしやしねぇと思うよ、だから、社長の嫁さんより、働き手から探してやんないと」
 影親が物心ついた頃から、この工場に勤めて、影親の師匠的な立場でもある湯浅卓造(ゆあさたくぞう)が睦美親子にそういった
「それは分かってるけど、ねぇ、夏菜子」
 睦美は渋い表情を見せた。
「でも、卓さん達は、あと一〇年くらいはイケるでしょ。景親兄さんはもう直ぐ四〇で、あっという間に五〇になっちゃうよ、急がなくちゃ」
 夏菜子は景親の今後を心配してた。
 それは、夏菜子が若くしてシングルマザーになってしまったことを影親が思慮して、給与が入るようにした事に恩を感じていたからだった。
「大丈夫だよ、あんなに気配りが出来る人だ。ボーッとしてるように見えてもな、取引先とは上手くやってるからな、時期に良い人が見つかるさ、それとも、夏菜ちゃんが嫁になるか」
 卓造の話しの中に出て来た〝金さん〟こと、金子良光(かねこよしみつ)が夏菜子を揶揄った。
「何言ってんですか、金さん、冗談はよして下さい。」
 夏菜子は頬を紅潮させた。
 
 その頃、影親はトイレの個室で腹痛を冷や汗をかきながら耐えていた。〝俺も癌になっちまったのかよ〟と思い、身体の変調を誰にも気づかれないようにしてた。
 影親は、半年前辺りから徐々に腹痛が強くなっていた。そろそろ隠す事に限界を感じてた。何とかこの日は仕事に影響なく過ごす事が出来た。だが、翌日、昼前に腹を抱えて蹲(うずくま)ってしまった。
「社長、どうした、大丈夫か」
 それを見た卓造は工場の機械音に負けないくらいの大声を出した。そして、事務所から夏菜子が飛び出して来た。事務所のドアが勢いよく閉まると、工場内の機械音がゆっくり静まっていった。
「多分、親父かお袋と一緒じゃないかな。坂本先生に体調気をつけるように言われてたから、二人とも似た病気で死んだからさ、そこら辺、遺伝するかもとかだろうよ」
 卓造と夏菜子に抱えられ、事務所の中へ入り、来客用のソファーの肘掛けと背もたれの間の隅に頭を突っ込んで、痛みに堪え、五分ばかり動けないで居て、顔が挙げれるくらいまで治って口にした影親の言葉だった。
「社長、じゃあ病院に行った方がいいよ、救急車呼ぶぞ」
 その言葉を聞いて良光が言った。
「影親、お水飲んで」
 ほぼ同時に、お茶碗の六分目くらい水を入れて来て睦美が差し出した。
「睦美伯母さんありがとう。救急車はいいですよ金さん、明日、坂本先生のとこ行ってきますね、だいぶ楽になりました」
 影親は楽そうではないが、みんなの気遣いが嬉しくて身体を起こし、ソファーに背をもたれ、お茶碗の水を少しだけ口に含んだ。落ち着くと、両親の主治医だった坂本(さかもと)医師が勤務する北山(きたやま)病院に予約を入れようと電話をかけた。
 
 その病院は、公立の総合病院であるため、近所の診療所で紹介状を書いてもらい来院するよういわれた。嘗て、両親も診てもらい、坂本医師に紹介してくれた西山(にしやま)内科クリニックに行くことにした。既に、正午近くまで経っていて、午後の診療開始時間の一四時に間に合わせて工場を出た。
 
 西山内科クリニックで診察を受けると、院長先生は直ぐ北山病院に電話を入れてくれて、明日の朝一で診察する手筈を調整してくれた。
「影親君、もう少し早く来ればいいのに、半年も我慢してたのかい、でも、明日は坂本君に診てもらえるからね、身体、大事にしてよ」
 西山院長は、影親が幼い頃から知っていて、かつ、坂本医師の先輩にあたり、鶴の一声的な効果を発揮させて、北山病院に有無をいわさず坂本医師の診察へねじ入れてくれた。とても患者想いの町医者である。
 
 翌朝、七時半には北山病院に着き、受付を済ませ、腫瘍内科の受付前の待合のソファーに腰掛けた。
 丁度、八時に看護師に名前を呼ばれて処置室へ連れられ採血された。その一五分後には、バリウムを飲み、胃X線撮影をし、ゲップを我慢するのにひと苦労した。
 その撮影が終わると放射線技師は、水分を多く取る事、下剤が出されるから医師の指示通りに飲む事を説明し、腫瘍内科までついて来てくれた。その技師は、影親の歩き具合や表情を観察しながら、変調はないかとかも聞いてくれ、彼ののペースに合わせて一緒に歩いてくれた。
 朝一に腰掛けた隣りのソファーに座り、三、四〇分程、胃が膨張した感じと不安を抱きながら、目を瞑ったり、軽くため息をついたりしていた。
 漸(ようや)く看護師に呼ばれ診察室に入った。
「お久し振りですね笹山さん、工場のお仕事頑張られてるようで、夕べ、西山先生から直にお電話頂きましたよ。相変わらず熱心でらっしゃいますね。」
 マスクをしてる坂本医師の表情は分からないが、声色は穏やかだった。両親へ話した時と何ら変わらない雰囲気だった。
「急遽、組み入れて下さったようで、お手数おかけします。宜しくお願いします。」
 あの頃と変わらない医師の声を聞くと、ホッとした影親は、少し涙を潤ませていた。
 
「では、血液検査の結果からですが、腫瘍マーカーが検出されてます、これは、良性であっても見られるものです、他の数値は大丈夫です、そして、上部消化管のX線写真を見ると、胃底部に少し気になる凹凸と十二指腸との境目にある幽門の手前で炎症がみられます、今日のところは、これが良性か悪性かが分からないので一度、検査入院をお勧めします、食道に異常はありませんので、酷い状態ではありませんが、ご両親の事を考えると、早めに検査した方が宜しいかと」
 坂本医師は優しく、分かりやすく、無駄なく説明してくれた。
「はい、分かりした、僕も早く検査して頂きたいです、覚悟は出来てますので」
 影親は、特に、戸惑う事なく検査入院を受け入れた。
 
 この日は、胃の鎮痛消炎剤を二週間分と激痛の時のための強力な鎮痛剤を頓服薬として三錠処方してもらい、二週間後に検査入院する事を決め、診察は終わった。
 坂本医師は、影親が診察室のドアから出て行くまで見守るように目線を向けていた。父親から影親の名前の由来、影の親分になって、縁の下の力持ちと周囲から呼ばれるようになって欲しいと言っていたのを思い出していた。
 会計待ちでソファーに腰掛けてると、覚悟は出来てるといっていたが、不安感が再び忍び寄ってきた。それと、工場を存続させるために、卓造や良光、自分自身の後継者を早く探さないといけないとも考えていた。
 世話になってる取引き先には迷惑をかけたくない。父親達が培った技術を絶やすわけにはいかないとも考えていた。だが、流石に疲れてしまい、思考は止まった。
 
 支払いを済ませ、外へ歩き出すと、病院の正面玄関の内側の自動ドアが開き、外側の自動ドアとの空間にある左右の壁に設置されてた左側にある掲示板に無意識に目を向けると、ピアノ演奏会のポスターが貼られていた。隣のショッピングモールで三時間後に始まるようだ。無意識にそこへ足が向かってた。
 ショッピングモールまでは、一〇分も歩かない。しかし、その時は一五分ばかり時間をかけて、頭を空っぽにしてゆっくり歩いてた。
 そこに着くと影親は我に返った。何で来てしまったのだろう、そそくさ工場に帰ればいいのにと。その冷静さとは裏腹に、今は知らない場所に居たかった。死ぬのが怖い自分を自覚した。
 空腹感なのか、胃の下辺りに違和感を感じた。余計に怖くなり、とりあえず、処方してもらった薬を早く飲もうと思った。一日三回、食前に飲む一包の胃薬を。
 周辺を見渡すと、フードコートがあった。近づいて行くと高齢の紳士淑女達がテーブルを囲んでた。夫婦らしいふたり組、女子会を開いてる元乙女達。でも、綺麗に並んだテーブルは半分も埋まってはいない。影親には落ち着ける雰囲気だった。
 無料の冷水機から傍にある紙コップ一杯の水を注ぎ、どこに座ろうかと、キョロキョロしてると、蕎麦屋のカウンターの直ぐ前の四人がけのテープルが空いていた。そこに水を注いだ紙コップを置き、カーキ色のジャケットを脱ぎ、椅子の背もたれにかけた。そして、かけ蕎麦を注文し椅子に座った。
 コップの水で、薬を飲み終えると、かけ蕎麦が運ばれて来た。口の中にはまだ薬の苦味が残っているが、そのまま蕎麦を啜った。空腹のようだった。薬の苦味はすぐに消え、蕎麦と小口切りされた葱の香り、歯応え、喉越しがこれまで以上に美味しく感じ、お汁まで飲み干した。影親は思わず微笑んでいた。
「ありがとうございます、こちらでお下げ致します」
 食べ終えた食器を返却棚へ運ぼうと景親が立ち上がると、女性店員が足早に近づき、優しくそういってくれた。
「とても美味しかったです、ご馳走様でした」
 影親も優しい声が出た。
 空腹が満たされると気分も良くなるものだなと、薬を飲む前の自分と比較し、あの不安感が馬鹿らしくなった。
 かけ蕎麦は美味かったし、店員さん、恐らく、パートで主婦で自分より若く見えた優しい笑顔も嬉しく思い、蕎麦屋のカウンターから遠ざかった。
 途中、一度だけ振り向き蕎麦屋に目をやり、優しい女性店員を探した。進行方向に身体を向け直す間で女性店員を見る事は出来ず、フードコートを後にした。


長編小説 分かれ身 ⑧

2021-11-15 05:06:00 | 小説
第捌話 自覚 ソノイチ
 
 慈由无ら六子が教頭先生の謎の影を無意識に光の攻撃を放った。六子達は、あの影が悪だったのか、自分らの行動は正解だったのか、疑問を持ちながら過ごしていた。
 
「こんにちは、変わらず勉強頑張ってますか、私は君達と話しをした後、体調が良くなりましてね、活力も漲って毎日充実した日々を過ごしてますよ」
 次の授業が音楽で、音楽室へ向かう剣侍狼と迦美亜に廊下で出会った教頭先生は明るい笑顔で二人へ声をかけてきた。
「良かったですね、他のみんなにも伝えますね」
 剣侍狼と迦美亜は声をシンクロさせた。
『剣侍狼、やっぱりあの影は悪いものだったんだろうね』
『うん、教頭先生、良かったとは思うけど、俺たち、また、あんなのと出会すのかな、トレーニングしとかないとな』
『えぇ、私も』
『みんなでやるの』
 音学室まで二人だけで会話し歩いてた。
 
『迦美亜、見えてる』
『うん、嫌な感じな影じゃないけど、影なのかなぁ、白いよね、何だか気持ち良くない』
『あれは影じゃないね、なんもいってこないな、うん、気持ち良いな』
『放課後にみんなでこよ、みんなにも見てもらおうよ』
 授業中、クラス全員で合唱の練習をしているが、モーツァルトの肖像画から白い雲のような煙のような物が沸き立つ物を見て、二人だけで会話した。
 
「聞こえてたよ、クラシックの音楽家の絵から出てきたんだよね」
 剣侍狼と迦美亜が直接声をかけていないが、放課後、他の四人も音楽室に向かっていて、一番早く着いた慈由无が後から来たみんなの顔を確認し、剣侍狼と迦美亜に話しかけた。
「うん、聞こえてたよ」
 他の三人も声を合わせた。
「じゃあ、入ろうか」
 剣侍狼が音楽室の扉を開けた。
 いつもの音楽室とは違い、静寂に包まれていた。流石に、この六人とも、音楽教師の手伝いで静かな音楽室に物を運んだ経験は一度はあるが、その時の雰囲気とは全然違っていた。
「この絵からだったんだ」
「モーツァルトね、この人が作った曲は癒し効果があるらしいわよ」
 剣侍狼がモーツァルトへ指を指すと、巫那は、間髪入れずにそういった。
 〝おう、来てくれたか君達、〟
 モーツァルトの肖像画は動いたり、表情を変えたりしなかったが、明らかにモーツァルトから発する言葉と六人全員が認識できた。
 〝君達に与えたい物がある、これは巫那に与えたいのだ、与えたいという物は癒しの光だ〟
『ちょっと待って、あなたは何者、名前はあるの、何故私なの、嫌とは思わないんだけど、とても、とても、不思議で、何が何だか分からないわ』
 巫那はその声の主の動きを止めて、困惑していることを伝えた。
 〝大丈夫だ、私を信じてくれ、先日は矢印の影を消滅させたではないか、おの影は悲しみの影だったんだ、慈由无に悲しみを癒す力を伝達したではないか〟
『そんなつもりでやったわけじゃないもん、自然に身体が動いただけだったの』
 〝大丈夫だ、その内分かるようになる、あの男は平穏を失わずに済んだではないか、強く産まれた者の役割なのだ〟
『紀子ばあちゃんと同じこといってる』
 慈由无が呟いた。
『わかったわ、役割りってことはわかった、多分、またあんなことがあれば、自然に身体が動いてくれるんでしょ、それ、ちょうだい』
 巫那は深くは納得できていないが、紀子と同じことをいってることを納得し、その光を受け入れることにした。
 すると、その白いモヤモヤは巫那の身体を包み込み、お臍の少し下辺りへ吸い込まれていった。そして、モーツァルトの肖像画は普段通りに戻った。
 
「大丈夫みたい、帰ろうか」
 巫那は平気な表情だった。
 
 その後、六人で家路を歩んでいると、足場が組まれたマンションの建築現場に差しかかった。
 すると、現場職員が出入るするスペースから赤い光と黒い影が飛び出してきた。何やら争っているように六子達には見えた。
『なんだ今度は』
 拳逸楼が叫ぶと黒い影は建物の中に入っていった。
 再び、六人は無意識に身体が動いた。剣侍狼が先頭に立ち、その真後ろに拳逸楼が位置し、右掌を剣侍狼の背中、第八胸椎付近に当てた。そして、拳逸楼の右後方に慈由无が拳逸楼の肩に右手を当て、その右後方に巫那がいて慈由无の右肩に右手を置いた。一方、左後方に、釈亜真、迦美亜の順に位置し、釈亜真の左手は拳逸楼の左肩、迦美亜の左手は釈亜真の左肩に当てた。つまり、剣侍狼が先頭のV字型の陣営となった。
 そして、赤い光が拳逸楼の身体に入り込み、両手から真っ赤な光を放ち、剣侍狼の左手は建築中の建物の最上階より高い位置まで赤く輝く光の剣が立ち昇った。
 すると、剣侍狼はその建物へその剣を振りかざした。建物自体には何の影響はなく、黒い影が足場を覆う防御ネットな裾から飛び出してきた。
 剣侍狼は次に、その影に斬りつけるように剣を地面と平行に振った。その黒い影は、剣に吸収されていくよう消滅していった。
『何だよ、俺の中に赤い光が入り込んだぞ』
 拳逸楼は自分の左右の掌を数回瞬きしながら五人にいい放った。
 その声で全員が我に帰った。そして、拳逸楼から赤く輝く光の剣が姿を現した。
 〝丁度、皆が来てくれて取り逃さずに済んだぞ、あれは怒りの影だったのだ、ここで働く人達の身体を乗っ取ろうとしてたのだ〟
『えっ、あなたは何物』
 〝私は怒りを鎮める赤光だ、拳逸楼、今のように怒りの影が現れたら、消し去ってくれ、頼んだぞ〟
 赤光からそんな言葉が聞こえてくると、拳逸楼の身体に吸い込まれていき、消えた。
『巫那の次は俺か、後四回はこんなできごとに出会すのか、本当に俺たちってなんなんだ』
『私達の宿命なのね、弱い者を救わないといけないんだ、怒りって、人間にとって弱い心ってことかしら』
 拳逸楼が疑問を混乱すると、慈由无はぼそっと言葉を口に出した。
『まあ、まあ、俺たちは人の心の歪みを正すことをしていく役なんじゃないの、俺はとてもスッキリしたよ』
 赤く輝く剣を使った剣侍狼は充実した表情を見せた。
 
『そうだな、そうなんだろうな、身体は至って変わらないよ、大丈夫だ、帰ろうか』
 拳逸楼は六人だけの会話を収めて家路を進み出した。
 
 六人が家に近づくと、焦げ臭さを感じた。その臭いを追うと、一軒の定食屋から炎が立ち上がっていた。
「火事だあ、誰か、消防に電話してくれぇ」
 定食屋の店主はバケツで外にある水道から水を汲み、火を消そうと必死になっていた。
『ねぇ、よく見て、火の中に黒い影と青い光があるわ、分かる』
 釈亜真がみんなに確認させた。
『見えるよ釈亜真』
 五人の声がシンクロした。
 すると、炎の中から黒い影と青い光が飛び出してきた。同時に、釈亜真がそれの正面に身体を向けるように立ち、真後ろに迦美亜が立ち左右の掌を釈亜真の左右の肩に当てた。そして、釈亜真の右後ろに拳逸楼と剣侍狼が位置し、左後ろには巫那と慈由无が位置した。
 この四人は迦美亜の後ろで円を描いて並んだ。慈由无と剣侍狼が手を繋ぎ、慈由无と巫那が手を繋ぎ、巫那の左手は迦美亜左肩に当て、剣侍狼と拳逸楼が同じように手を繋ぎ、拳逸楼の右手は迦美亜の右肩に当てた。円の陣形を取った。青い光が迦美亜に吸い込まれると、釈亜真は両手を開き、天に突き上げた。その掌から青い閃光が立ち昇り、黒い影に物凄い速いスピードで飛んでいき包み込んだ。その影はその瞬間消えてなくなった。定食屋の炎も一気に消えた。
 
『良かったぁ、火が消えてくれて、火事の被害は少なそうよ』
 迦美亜は定食屋を安堵して眺めてた。
 迦美亜に吸い込まれた青い光が出てきた。
 〝良いタイミングできてくれたな、分かるか、あの影は不安の影だ、不安が積もり積もると、爆発するように火が立ち昇るのだ、青い光は水面の光、すなわち、水だ〟
 青い光が発すると、迦美亜に入り込んだ。
『不安って、弱い者なのね』
 迦美亜は力がない声で呟いた。
 
 流石に六人は家に着くと、疲れきって、居間で倒れ込むように横になって眠ってしまった。
 
 続

長編小説 分かれ身 ⑦

2021-11-08 23:17:00 | 小説
第漆話 覚醒?
 
「ねぇ、拳逸楼、運動会のリレーなんだけど、交代してよ、お願い、一組の女子には負けたくないの」
「えぇ、慈由无と巫那がいるクラスだよ、あっ、試しに明日の練習の日に入れ替わってみようよ、あの二人には直ぐ暴露ちゃうと思うけど」
 釈亜真が拳逸楼に頼みごとをしていた。
『聞こえてますけどぉ、釈亜真、でも面白そう、拳逸楼やってみてよ』
 二人の傍にはいないが、その会話に慈由无が入ってきた。慈由无自身は学校の図書館で図書委員の仕事をしていた。
『やってみてよ、面白そうじゃねぇか』
『えぇ、私もやってみたぁい』
 剣侍狼と迦美亜は教室の掃除をしながら聞いていた。
「ほら、みんなに聞こえてるよ、釈亜真、慈由无と巫那とになんかあったの」
「いや、何もないよ、一組の女子は二人がいるから去年も一番で今年は私のクラスが一番になりたいだけよ」
 
 翌日、リレーの練習時間が始まった。予定通り拳逸楼と釈亜真の魂が入れ替わった。
「ちょっと身体慣らさないとな」
 拳逸楼はいつもの自分の身体の動きを試すように、腿上げやジャンプをした。
『拳逸楼、ちょっと、見える、何あれ』
『ほんとだ、何だあれは』
 拳逸楼と釈亜真は、教頭先生の背後に大きな黒い影を目にした。
『あぁ、教頭先生、怪しいのよねぇ』
 慈由无もその影を見ていた。
『僕は見えない』
『私も見えない』
『私も』
 剣侍狼と巫那、迦美亜達は拳逸楼達が教頭先生を見ているのは分かるが、その影までは見えなかった。
『剣侍狼、巫那、迦美亜、私に入ってきて、一緒に見てみよう』
 慈由无はその三人を誘った。
『うっ、これはやばそうだ』
『不気味』
『あらら、この人何か企んでる感じね』
 慈由无の目を通して、見えなかった三人もその影を見えるようになった。
 
 こうやってこの六人は、いわゆる、テレパシーで会話ができ、人が見えないものを見えるようにもなった。
 
 一方、この日のリレーの練習では、案の定、釈亜真のクラスの三組が一位を取った。入れ替わった拳逸楼がアンカーの前の順番で三人を牛蒡抜きして、周囲を驚かせた。
「釈亜真、凄い凄い、自主練したの、姉弟がいるといいわね」
 バトンを渡し終えると、拳逸楼と釈亜真は即座に元へ戻った。
「今日はとても調子良かったみたい、本番はどうなっちゃうかな」
 クラスメイトに声をかけられてそう答えた。
 
「ねぇ、教頭先生のことどうしよう」
「あれは何なの、慈由无」
 下校した六人は拳逸楼と迦美亜、巫那が住む愛優嶺の家に集まり、謎の影について話し合うことが始まり、迦美亜と釈亜真が初めに口を開いた。
「私だって何なのって感じよ」
 慈由无も整理がつかないでいた。
「困ったなぁ、本当にどうしたらいいんだろう」
 剣侍狼も手の打ちようがないでいた。
 
 すると、
 
「こんにちは、みなさん、元気そうですね、お団子買って来ましたよ」
 突然、紀子が現れた。
「うわーすげぇ、みたらし団子に草団子、きな粉だぁ、紀子ばあちゃんありがとう」
「嬉しい、おばあちゃんありがとう」
 剣侍狼と迦美亜は燥ぎ出した。
「紀子ばあちゃん、あのね、拳逸楼と釈亜真が入れ替わったらね、運動会の練習の時なんだけどね、教頭先生の後ろに大きくて不気味な影が見えたの、で、みんなで嫌な予感がするってなって、どうしたらいいんだろうって話してたの」
 慈由无は燥ぐふたりを無視して、開口一番に早口で喋った。
「そうなの、おばあちゃんは分からないわよ、ただいえることは、あなた達は、強く産まれたから弱い人を助けてあげないとね、どんな方法で助けてあげるかも自分達で考えないとね、頑張って頂戴ね」
 紀子は哀しみを出さないようにした。
「うん、分かった、でも、考えていくヒントは教えて欲しいな。」
「人間は、強い面と弱い面をもちあわせてるの、それと、本人が強いだとか弱いとか思ってても、自分以外の人が同じようには捉えてないことだってある、それが殆どかしらね、だから、その時々で強さ弱さは変わってくる、その時の状況とも照らし合わさないといけないね」
 慈由无が思いがけない返しをしてきたが、紀子は嬉しくもあった。
「じゃあさぁ、歴史を勉強していけば、戦国時代とか世界の戦争を調べて勝った国、負けた国の理由が分かれば、負けるために戦争してるわけじゃないから、どう慈由无」
 迦美亜は得意げに提案してきた。
「面白そう」
 他の五人は声を合わせた。
「じゃあさぁ、私が図書委員の仕事がない日は市民図書館に行かない、学校の図書館よりも沢山本があるからさ」
 慈由无の提案にみんな賛成した。
「教頭先生はどうしようか、ほっとけないよね」
 剣侍狼はどうしても気がかりでならなかった。
「一度、みんなで会ってみようよ、話したら何か分かるかもしれないし」
「素直に聞いてみるのもいいか」
 拳逸楼と慈由无は覚悟を決めた表情に変わった。それにつられて迦美亜と釈亜真、巫那も覚悟を決めた。
 
 その翌日から、六子達は学校の図書館で漫画になっている歴史の本を読み漁った。そして、市民図書館へ足を運んだ時は、第二次世界大戦やベトナム戦争に関する近代の戦争の書物を国語辞典やノートも使って勉強していった。
 
 そうやって六子達が勉強を始めて二週間が過ぎようとしていた。ある土曜日に市民図書館で教頭先生とばったり出会したのだ。
 
「教頭先生こんにちは、六年生の六田慈由无です」
「こんにちは、お一人ですか今日は、最近はよくみなさんが六人で通って勉強を楽しんでるって評判ですよ」
 慈由无は勇気を出して声をかけた。
「みんなで来てますよ、歴史に興味があって、国語辞典も使いながら勉強しているんです」
 慈由无の後ろに他の五人も揃った。
「関心、関心、最上級生でもここにある本は難しい漢字や難しい言葉が出てくる本がいっぱいですねからね、偉い偉い、私も歴史は好きなんですよ、よかったら、外のベンチでお話ししませんか」
 
『慈由无、まだ影がいるよ、みんなも見える』
 拳逸楼は姉弟だけの会話を始めた。
『うん、見えてるよ』
 五人の声が揃った。
『先生の話し聞いてみようよ、いい機会だ、大丈夫だよねみんな』
 剣侍狼はみんなに問いかけた。
『うん、大丈夫』
 シンクロした声が姉弟達に届いた。
 
「先生、お時間いいんですか、お願いします」
 
 教頭先生はにこりと笑顔を見せ、六子達と図書館の外へ向かった。
 
 外は初秋が漂い、日差しは柔らかく、通り抜ける風は冷んやりしていて人肌には心地良さを運んでくれていた。
 
 少ないながらも木陰を作る広葉樹に囲まれたベンチに教頭先生が近づいていくと足取りが覚束ず両腕をバランスをとるように少し広げた。同時に、背中と首が交差する部分から影が立ち上がって来た。
「何でお前らは気づいたんだ、俺はこの身体を借りて生きながらえていたんだ、邪魔は許さんぞ」
 その影は教頭先生がベンチに座ると、そう語りかけてきた。
「あなたは何なの、私達に何をしようとしてるの、それと教頭先生はどうなるの」
 慈由无がそういうと、右手前に拳逸楼が位置し、左手前に剣侍狼、真後ろに巫那、その右後ろに釈亜真、左後ろには迦美亜が位置し陣形を取った。
「お前らは知らないのか、知らないほうがいいだろう、絶命させてやる」
 
 その影は大きな矢印の形へ変わり、慈由无達を貫かんと突進してきた。すると、拳逸楼の右手は拳を握り光を発した。剣侍狼は左手が手刀の形を取り刃金のように輝いた。そして、釈亜真と迦美亜が片手で巫那の肩を支え、巫那は慈由无の背中を両手で支えた。
 その影の尖端が鋭さを増すと、慈由无は大きく息を吸い込んで大声を出すように勢いをつけて口を大きく開いた。声ではなく美しい大きな閃光が飛び出した。同時に、拳逸楼の拳は矢印を叩きつけ、剣侍狼の手刀は矢印を斬りつけた。その瞬間、六子達が放った光に影は包み込まれ消えてなくなった。
 
「あっ、六田君達、私を助けてくれたのかい、ここ数年、急に意識がなくなるように倒れてしまうんだ、目眩ではないけど暗闇に包まれて耳鳴りではない低音が鳴り響いて、とにかく身体が止まってしまうんだ」
 いつの間にかベンチに横になったいた教頭先生は起き上がり、慈由无達へ話しかけた。
「良かった先生、先生が急に千鳥足になって転んじゃいそうになったので、私達で先生をベンチに連れてって横になってもらって、息をしてるか、脈があるか確かめて大人を呼んでこようとしたんです」
 巫那は咄嗟に答えた。
「先生、持病があるの」
「先生、私達とお話ししようとしたことは覚えてます」
「先生、いつからこうなるようになったの」
 拳逸楼と釈亜真、迦美亜は不思議そうな表情で同時に質問した。
「拳逸楼、釈亜真、迦美亜、いっぺんに質問しても先生、こまるわよ」
 慈由无は三人を宥めた。
「ありがとう、大丈夫だよ、定期的に病院で検査してるんだけど、異常はないんだ、薬も出でないしね、病気なのかも分からない状態なんだよ」
「ホッとした、でも辛いよね」
 拳逸楼は安堵した表情を見せた。
「ありがとう、拳逸楼君だったよね、心配かけたね」
 拳逸楼に優しい笑顔を向けた。
「君達と話しをしようってことは覚えてないんだ、ごめんね、こんなことが始まったのは、私が教頭になってからなんです、前の学校で勤務してた時かな、実は前の学校ではいじめがあったんですよ、それを私が隠さずに明るみに出したら、当時の校長先生と担任の先生は責任をとって学校を辞めることになってね、私は周りの先生から責められてね、体調を悪くして、休職っていってね、半年間、学校を休むことになった。半年後、学校に出でも新しく赴任してきた校長先生達に冷たくされてね、その学校から今の学校に転勤することになってね、校長先生になるための勇気もなくしてしまったんだよ」
 勿論、教頭先生は涙ぐんでいた。
「先生、傷ついたんですね、でも、今は大丈夫ですよね、私達先生を応援しますからね」
「ありがとう、なんだか元気が湧いてきましたよ、みんなはどんな勉強をしてるのかな」
 
 巫那の励ましに気を良くした教頭先生は、第二次世界大戦の話を聞かせた。原爆投下後や唯一の地上線が行われた沖縄線の悲惨さ等を話してくれた。
 
「僕らはさぁ、自然に身体が動いたよね、教頭先生に何かが取り憑いてたんだろうけど、いったい何だろうね」
「でも、紀子ばあちゃんがいってたみたいに、六人で協力してできたんだから、これからも勉強していって、体験して、分かるようになろうよ」
 
 長女の慈由无をはじめ、この六子の姉弟は自分自身の秘めた力を体験した。この体験は、紀子がいった『強い者が弱い者を助ける』という意味の理解を深めるきっかけとなり、生きていく楽しみをみつけだしたのだった。
 
 続


長編小説 分かれ身 ⑥

2021-11-01 09:38:00 | 小説
第陸話 成長
 
「いよいよ、一年生ですよ、拳逸楼に迦美亜、巫那、気分はどうですかな、ランドセルは重いですか」
 獏之氶は亡き睦美から誕生した六子の長男と次女、四女を愛優嶺と共に引き取り、育て、感慨深くその子らの小学校の入学式の朝を迎えた。
「ランドセルはまだ空っぽです」
 その三人の子は顔を見合わせて、声がシンクロした。
 とても元気で、笑顔で、流暢に答える子らを見る獏之氶は目頭を熱くした。
「どんどん涙脆くなるのね、獏さんは」
 それを見ていた愛優嶺は笑顔で獏之氶の肩を軽く叩いた。
 
「じゃあ、お姉ちゃん達のとこに行くよ」
 
 愛優嶺達はこの三人の子らを引き取って、乳幼児健診や予防接種、歯科検診といった幼な子に特化した行事があると、経験のある美佐江達、河井家を頼った。また、河井家は長女の慈由无と次男の剣侍狼、三女の釈亜真を引き取り育てた。このように、子供達の行事は六人姉弟で一緒になるようにしたため、習慣化となり、小学校の入学式もそれに則っていた。その方が、六子達の身内意識を育むといった暗黙の了解だった。そのため育てる側、愛優嶺と獏之氶、美佐江とその夫、七助達も姉妹、兄弟に似た関係性を築いていた。
 
「愛優嶺さん、この子達ね、一太と小二郎に比べると、成長がしっかりしてるのよ、首の座り方とか、寝返り、腹這いなんかはとても上手にできるようになっていったの、特に、うつ伏せになって、身体を反らして、頭や手足持ち上げて遊んでる時は、とても楽しそうに笑うのよ」
「そうなの、私には比較する素地が全くないからねぇ、でも、とても楽しそうにするわね、癒されるわぁ」
 生後半年頃の美佐江と愛優嶺の会話だった。
「私には、空でも飛んでるようにみえますよ」
「獏さんもそうですか、俺もそう感じるんですよ、この子達の表情最高ですよね」
 獏之氶と七助も首を突っ込んで来た。
「父ちゃん、僕は飛べるよ、とぉー」
 一太は七助に飛びかかった。
「僕だってね、獏さん行くよ」
 小二郎は獏之氶へ、四人の大人達は勿論、この六子達もきゃっきゃ、きゃっきゃと笑い声が沸き起こった。
 
 また、腹這いや四つ這いが出来るようになると、一般の乳幼児よりも早く、安定して移動すした。
「慈由无ちゃん、あら、剣侍狼と迦美亜も早いねぇ、おばあちゃん、おやつ下さーい、この子達もおやつあるのう」
 一太はこの子達の腹這い移動の速さに驚いた。
「なんだよう、重たいよう」
 小二郎がふざけて、四つ這いになって変顔してると、拳逸楼と釈亜真、巫那が小二郎を登り始めた、膝立ちくらいまで身体を起こし、小二郎にしがみついた。
「流石に小二郎は三人には敵わないはね、アハハハ」
 一太と小二郎の祖母ヨネは、二人のおやつを手に、小二郎の半泣きな表情を笑った。
 
 六子が歩き始めるのも珍しい事態が見られた。
 一般的には一歳前後で歩き始める。それに先んじて、生後一、二ヶ月の時には姿勢反射と考えられている、自律歩行が見られる。新生児の身体を持ち上げ、足を床につけて身体を前に傾けると、左右の足が足踏みする現象である。勿論、これは反射であるため、自らの意思で足を動かしているわけではなく合目的的ではないのは誰が見ても分かる程、支離滅裂な足踏みである。また、ヒトが直立二足歩行を獲得して、遺伝子に刻まれたものともいわれ、その時期が過ぎると見られなくなる。これは神経細胞のアポトーシスの結果とも考える。しかしながら、この反射の際に見られる筋活動は、歩き始めの時のそれと大差はない。つまり、ヒトは歩くという動作を遺伝的に引き継がれて誕生しているのだ。
 もう少し深く、歩行に対する運動発達を見ていくと、まだ、立ち上がることが出来ない時期は、腹這いで手足を動かして進んでいく。その時に顔を進行方向へ持ち上げているため、傍脊柱起立筋が発達し、同時に、支持基底の大半を占める床と接している腹直筋、進路変更や動きを止め、顔の位置を左右どちらかに振り向く、若しくは、より高い方向を見上げる等の時に見られる体幹を曲げる、捻る運動で、腹横筋や内・外腹斜筋が発達する。四つ這い、四足動物のような移動が可能になると、体幹筋群は、勿論、肩関節や股関節の近位関節の周囲の筋も発達していく。
 床面のサポートを利用して、移動をしていた幼児達は、手足の動きをスムーズにさせるよう、体幹筋群が体幹を動的に安定させる機能を高め、立ち上がり、歩き出す準備をしているのだ。
 
 六子達は、誕生から八ヶ月が過ぎた頃、掴まり立ちを覚えた。特に、四人の女児はそれから一月半後歩き出した。それは、両手でのハイガード飛び越えて、ミドルガードで歩き始めた。
 
 そもそも、一歳前後で歩き出す時は、一般的に、直立二足は支持基底が狭く、アンバランスな状態であるため、両手を上げバランスを取りながら歩き始める。これをハイガードといい、バランスを取るのが上手くなっていくと、両手を胸の高さまで上げるミドルガード、更に上達すると、骨盤の高さのローガードへと変遷していく。
 いうまでもない、四人の女児は歩き出す準備をしっかりやれていて、実際に歩けるようになると、一般的な幼児よりも安定性が高い歩行をしたということだ。
 一方、男児二人は、女児達よりも一ヶ月遅れて歩き始めた。それもローガードであった。
 
「紀子さん、この子達凄いですね、何だか歩きがしっかりしてる感じよ」
「そうですね、ヨネさんがしっかり面倒見てくれてるお陰ですよ、ありがとうございます」
 六子達の歩みを見てるときのヨネと紀子の会話だった。ふたりの笑顔には何の曇りがなく輝いていた。
 
「拳逸楼、ランドセルが重くなったようですね、辛くないですか」
「これくらい大丈夫だよ、お迎えに来てくれてありがとね」
「獏さんありがとう、一年生は四つのクラスしかないから、私と巫那が一組で二組には剣侍桜と迦美亜、釈亜真が三組で、拳逸楼は四組なの、バラバラになっちゃったけど、お友達がいーっぱいできそうなの、ワクワクしてきたわ」
 慈由无は楽しそうに獏之氶に笑顔を見せた。
「きっと、お友達が沢山になるでしょうね、良かったですね」
 獏之氶がワゴン車のハンドルを握り、正門から二〇メートル程離れた路肩で子供達と愛優嶺達を待っていて、拳逸楼と慈由无が真っ先に車内へ駆け込み会話が弾んだ。
「慈由无はさぁ、僕のクラスの鈴鹿先生がお話してるのに、話かけてくるんだ、美人な先生だねってさ」
「えっ、拳逸楼と慈由无は別のクラスでしょ、教室は離れてますよね、お話なんて出来ないはずですが」
「出来るよ、そっか、獏さんにも話かけたって答えてくれなかったからね、そっかそっか、僕達姉弟だけだったね」
 拳逸楼のその話を聞いた獏之氶は何もいえずにいた。
 
「獏さんありがとう、車出してくれて正解、今の小学生の教科書や教材は重いのね」
「愛優嶺さん、こんなもんですよ、寧ろ、軽くなってるとおもいますよ」
「そうを、七助さんもそう思う」
「姉さん、二人分持ってるじゃないですか、だからですよ」
 愛優嶺は自分の手が握るトートバッグを目にして舌を出して首を竦めた。
 そんな雰囲気で獏之氶以外は笑いが沸いた。
 
 愛優嶺と美佐江、七助は入学式が無事に終わり安堵を覚えていた。これからの六子達の奇異な変貌は更々、予想なぞできぬままに。
 
 続