
それから、お母さんは置屋さんをする覚悟を決めて借金し、準備に
とりかからはったそうです。
「衣装は『斉藤さん』でこしらえたんえ。」と少し誇らしげに私に
言わはりました。
京都で『斉藤さん』て言うたら京女の夢みたいなもんどす。
自分の衣装も中々作れへんのに舞妓さんの衣装となると夢のまた夢。
なんと言うても舞妓さんの衣裳は一着作るのに反物が二反いるのどす。
帯の長さは6mで特注どす。
京都弁で言う『目ムイテ鼻ムク』ほどお高おす。そこにお母さんの心意気と
決心を感じます。
でも、舞妓さんと言うのはそれだけではデビュー出来しまへん。
よーく思い出しておくれやす・・・・。
髪飾り(銀のビラ、髷を留める宝石を細工したもの、お店出し用の鼈甲の
飾り一式、珊瑚の赤玉、翡翠の青玉etc・・・)、ぽっちり(帯じめに付ける
宝石をちりばめた帯留め)その他諸々の小道具が要ります。
お母さんはそれを置屋を廃業しはった女将さんに頼んで分けてもらわ
はる事にしはったそうどす。
その、女将さんはお母さんに「〇〇はん、あんた置屋をしはる覚悟は
ホンマにあんのどすやろな?」お母さんがうなずくと女将さんは
「そしたら・・・」とお母さんの前に黒い箱を差し出して「この中には舞妓さんが
必要なモンが入ってます。〇〇さん、あんたこの箱、中身を見んと
あての言い値でお買いやすか?」と言わはったそうどす。
お母さんは「はい!分けておくれやす!」ナント男前なお母さん!。
舞妓さんのお飾りは置屋の財産と言います。
「そりゃ~高かったえ~」とお母さん。
そら、その通りやと思います。
家に帰って箱を開けたら期待通りの物が入っていたそうどす。
でも、その中に一つ普通の着物に付ける翡翠の帯留めが入っていたので
お母さんは返しに行かはったそうどす。「女将さん、私に必要な物は今、
舞妓はんのモンだけどす。私は何一ついらしまへん。」そう言うて帯留めを
返すと、女将さんは「ナント欲のない!惚れた! 」言うてぽっちりの
代わりに奥から丁寧に包んだ物を出して来てくれはったそうどす。
開けるとそれは『赤玉』で「これは家の家宝どす。私が信用できる人から
買い受けた高価なしなもんどす。これを帯留めの代わりにあんたに
譲りまひょ」とお家の家宝をお母さんに託してくれはったそうどす。
それが数日後、何かのきっかけでその赤玉がマガイモンと分かり
お母さんは悩んだ末に女将さんにその事を伝えに会いにいかっはたの
どすて。
女将さんは、泣き崩れ今まで自分が信用して家宝と大事にしていた
赤玉に対しての無念をお母さんに話さはった様です。
「それで、言い値の黒い箱は、驚くほど安うなったんえ。」とお母さん。
お母さんの運の強さと、女将さんとの切ないやり取りは色々な
思いで私の胸に響きました。
「あて、今でもその黒い箱を大事に持ってんねん」と言わはったお母さんも
又、苦労をして来はったんやろな~と思うのどした。