LAPIS 学習内容と宿題

高校受験のLAPIS鎌ヶ谷で行われた授業と宿題をみなさまにお知らせします。

11月22日(火)本日の授業と宿題

2022-11-22 | 本日の授業と宿題
【小5】【音読・算数・英語】【田中】
<学習内容>
1.宿題チェック&質問
2.分数のたし算ひき算7分5問テスト コアp84の3
3.面積 何倍か式で考える 解説&もう一度やる コアp114の4
4.割合 割合とは/割合を求める
5.英語ジュニアパル Lesson13&14-1週目
ビーチで/乗り物
<宿題>
1.コアp51の1 図形の角
2.コアp114の4再び 面積
3.コアp116の1~3の残り 割合
4.ジュニアパル 1日2回CD聴く×5日/週
5.ジュニアパル 赤ドリル1日1ページ×5日/週
6.ジュニアパル 青フォニックス 1日1ページ×7日/週

【中3】【1組】【理科】【近藤】
<学習内容>
1.覚えなきゃ物理No8「運動」
2.徹底生物No1「植物と動物の分類ー細胞」例題
3. 徹底生物No2「植物と動物の分類ー植物の分類」例題
4. 徹底生物No3「植物と動物の分類ー動物の分類」例題
5.V模擬復習プリント20221120
6.授業の振り返り
<宿題>11/26(土)まで
1.覚えなきゃ物理No9「仕事」
2.徹底生物No1「植物と動物の分類ー細胞」類題
3. 徹底生物No2「植物と動物の分類ー植物の分類」類題
4. 徹底生物No3「植物と動物の分類ー動物の分類」類題
5.過去問・全国進め

【中3】【1組】【数学】【高橋】
<授業内容>
 ・三角形の面積と三平方(三平方 テキスト編P.8)
 ・正方形、長方形の対角線(三平方 テキスト編P.9)
 ・台形、平行四辺形の面積、対角線(三平方 テキスト編P.9)
 ・ひし形のいろいろ(三平方 テキスト編P.10)
<宿題>11月28日(月)まで
 1.三平方の定理 問題編P.27~32
 2.2021年12月そっくり 5科
   時間計る、点数出す、直し完璧
 3.私立過去問すすめ

【中3】【2組】【数学】【高橋】
<授業内容>
 ・直角三角形のコラボ(三平方 テキスト編P.6の1・2)
 ・2辺とその間の角が分かっている三角形(三平方 テキスト編P.6の3・4)
 ・1辺とその両端の角が分かっている三角形(三平方 テキスト編P.6の5)
<宿題>
 1.三平方の定理 問題編P.15~19(11月24日木曜日まで)
 2.2021年12月そっくり 5科
   時間計る、点数出す、直し完璧(11月29日火曜日まで)
 3.私立、県立過去問すすめ
 4.11月20日そっくりもぎ直し LAPISノートを出そう

【中3】【2組】【理科】【金納】
<学習内容>
1. 覚えなきゃ 物理 NO.8
2. 徹底生物No.1「植物と動物の分類ー細胞」例題
3. 徹底生物No.2「植物と動物の分類ー植物の分類」例題
4. 徹底生物No.3「植物と動物の分類ー動物の分類」例題
<宿題>※11月26日(土)までの宿題
1. 覚えなきゃ 物理 NO.9
2. 徹底生物 P18まで 類題 解き・答え合わせまで
3. V模擬 直しテスト

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【資料】年表「日中戦争は、なぜどのように起きたのか」

2022-11-22 | 気になる文書
年表「日中戦争は、なぜどのように起きたのか」

昭和12(1937)年
◎7/7午後10:40/日本の駐屯軍(5600 名)が対岸から2度にわたって10 数発の銃撃を受けた「盧溝橋事件」。わが軍は「暗号書なし、鉄帽なし、空包使用の演習中だった」。
(注)これは中国共産党軍による「日中戦争を起こすための工作」だったとされる。日本の駐屯軍がいたのは、当時の中国に各国の大使館を守る能力がなく、中国政府から各国が大使館の護衛は各国自身でやってくださいとお願いされたから。日本だけが特別ではなく、どの国も駐屯軍を置いていた。

◎7/8午前3:25/再び数発の銃声あり。午前5:30 中国軍の攻撃を受ける。「我が軍は7時間にわたって銃撃に耐えた」。日本政府は「不拡大方針」で派兵せず。
◎7/9 /現地で停戦のための話し合い。中国軍は協議に違反して撤退しなかった。
◎7/11/「現地停戦協定」が結ばれ平和がもどった。しかし、すぐに中国軍の日本に対する挑発行為が続いた。
◎7/13 /中国軍が北京で日本軍を襲撃し4 名を爆殺した。
◎7/14/ 北京近郊の通州で日本の近藤二等兵が惨殺された。
◎7/20/ 盧溝橋で日本軍が一斉射撃された
◎7/25/ 「廊坊事件」日本軍電信隊が襲撃された
◎7/26/ 「広安門事件」広安門の城壁上から日本軍が乱射を受けた。これらは日本でも報道され、中国側の挑発に国民の怒りが高まっていった。
◎7/28/ 日本政府はやむなく陸軍の派兵を決定。開戦を通告し攻撃開始。翌日、北京を攻撃し占領した「北支事変」。日本は治安を守ってこれ以上戦争を拡大しない方針を固めた。

◎7/29/ 「通州事件」が起きた。・・・通州の日本人居留民260名の虐殺事件!
北京東方の通州で中国軍保安隊が日本人居留民(一般市民)を襲撃した。日本守備隊が守ったが150名全員が戦死した。日本の民間人380名中260名が虐殺された。女性や子供や老人が中国人のあまりにもむごたらしいやり方(ここには書けません。調べてください)で殺されたので、日本国民の怒りは頂点に達した。不拡大方針で平和を守ろうとする日本政府と軍部を非難する声が全国にあふれた。

◎8/7/中国国民党の総統:蔣介石は「日本と全面的に戦う」と発表した。
◎8/9/日本は平和を求めて、「船津(辰一郎)和平案」にもとづき、平和会談を進めた。平和会談の最中に大山勇夫海軍中尉と部下が虐殺された。会談はつぶされてしまった。

◎8/13/ 「上海事変」が起きた。中国国民党軍(20万人)による上海包囲攻撃が始まった。日本側は約6000人(海軍陸戦隊)。
・蔣介石は、国際都市・上海に国民党軍を入れ無差別攻撃した。日本艦船、日本領事館、その他上海市街を空襲し、外国人・中国人を含め多数の死者が出た。
・ついにわが軍も派兵し、ここから本格的な日中軍の全面戦争になった。中国軍は完全に準備を整え、近代的なトーチカをつくって、進撃する日本軍を迎え撃った。(戦争の準備を前もってしていたということ)。激戦でわが軍の死傷者は4万3672名(戦死9150 名)。中国軍は首都南京に退却しわが軍はこれを追撃した。

◎12/13/ 日本軍、首都・南京(ナンキン)を占領。
・両軍あわせて10余万の戦死者を出す激戦だったが、蒋介石も南京防衛の大将も逃げてしまったので中国兵はやぶれかぶれの規律のない戦い方をした。20万の南京市民は全員市内の「安全区」に避難していた。日本軍は南京の一般市民を保護した。
蒋介石は首都を「重慶」に移し(重慶政府)、いつまでも降参しなかった。

(注)
「中国共産党」・・・盧溝橋事件から抗日戦争が始まった。(事実は、盧溝橋事件から様々な工作を進めて日中を戦争に引きずり込んだ。最後に中国を乗っ取った)
「中国国民党」・・・北支での戦闘が日本の侵略戦争の始まりで上海攻撃はその延長だ。
「日本」・・・・・・北京の治安が回復し日本は撤兵する予定だった。国民党の上海攻撃がなければ日中は本格戦争にはなっていない。戦争を始めたのは国民党軍。

以上です。

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