国連特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏が安倍政権に対してプライバシー権の侵害を懸念する書簡を送ったことに対して、菅官房長官が5月18日、「日本政府見解」として稚拙で悪質な反論を行いました。これに対して、ケナタッチ氏が再反論を行いました。
※国連特別報告者の書簡に関する記者会見
http://ourplanet-tv.org/?q=node/2129#b
ケナタッチ氏の言うプライバシー権の侵害についての懸念は以下です。共謀罪法の罪状規定が極めてあいまい・抽象的で、国家権力による恣意的運用が懸念されること、テロ対策と言いながらテロとは無関係の犯罪を多く含むこと、対象となる法律が多すぎてどれだけの範囲に共謀罪が適用されるのか把握するのが困難なこと、逮捕・起訴のために、通信傍受など厳しい監視活動が予想されること、捜査機関の裁量や行き過ぎに対する歯止めが備わっていないこと、などなど。メディアが問題にし国会でも野党が追及したものの与党がはぐらかし続けてきた内容です。
ケナタッチ氏は、日本政府の反論が全く論理的でなく怒りを述べたに過ぎないと批判しました。そして同氏の書簡や国内の反対の声にも拘わらず強行採決を行ったことを厳しく批判し、「私は、安倍晋三内閣総理大臣に向けて書いた書簡における、すべての単語、ピリオド、コンマに至るまで維持し続けます。日本政府がこのような手段で行動し、これだけ拙速に深刻な欠陥のある法律を押し通すことを正当化することは絶対に出来ません」と最大限とも言える表現で日本政府の対応を糾弾しています。
自らの政権に都合の悪い事実については、相手を見下したり、罵詈雑言を浴びせて開く直るというのが安倍政権の常套手段なっています。国連人権理事会から任命され特定の国の人権状況についての調査報告を任務とする「国連特別報告者」という権威ある人物に対して、真摯に耳を傾けるのではなく、怒りの感情だけの反論を返すというのは常軌を逸しているというしかありません。
日本政府の見解に対するケナタッチ氏のコメント
私の書簡は、特に日本政府が、提案された諸施策を十分に検討することができるように十分な期間の公的議論を減ることなく、法案を早急に成立させることを愚かにも決定したという状況のおいては、完全に適切なものです。
私が日本政府から受け取った「強い抗議」は、ただ怒りの言葉が並べられているだけで、全く中身のあるものではありませんでした。その抗議は、私の書簡の実質的内容について、一つの点においても反論するものではありませんでした。この抗議は、プライバシー権に関する私が指摘した多くの懸念またはその他の法案の欠陥について、ただの一つも向き合ったものではありません。
私はその抗議を受けて、5月19日(金)の朝、次のような要望を提出しました。
「もし日本政府が、法案の公式英語訳を提供し、当該法案のどこに、あるいは既存の他の法律又は付随する措置のどの部分に、新しい法律が、私の書簡で示唆しているものと同等のプライバシー権の保護措置と救済を含んでいるかを示すことを望むのであれば、私は、私の書簡の内容について不正確であると証明された部分について、公開の場で喜んで撤回致します。」
日本政府は、これまでの間、実質的な反論や訂正を含むものを何一つ送付して来ることが出来ませんでした。いずれかの事実について訂正を余儀なくされるまで、私は、安倍晋三内閣総理大臣に向けて書いた書簡における、すべての単語、ピリオド、コンマに至るまで維持し続けます。日本政府がこのような手段で行動し、これだけ拙速に深刻な欠陥のある法律を押し通すことを正当化することは絶対に出来ません。
日本政府は、その抗議において、2020年の東京オリンピックに向けて国連越境組織犯罪防止条約を批准するためにこの法律が必要だという、政府が多用している主張を繰り返しました。
しかし、このことは、プライパジシーの権利に対する十分な保護措置のない法律を成立させようとすることを何ら正当化するものではありません。日本が国連条約を批准することを可能にし、同時に、日本がプライバシー権及び他の基本的人権の保護分野でリーダーとなることを可能にする法案(それらの保護措置が欠如していることが明らかな法案でなく)を寄贈することは確実に可能でした。
私は日本及び文化に対して深い愛着を持っています。更に、私は日本におけるプライバシー権の性質および歴史についてこれまで調査してきており、30年以上にわたるプライバシー権とデータ保護に関する法律の発展を追跡してきたものです。私は、日本が高い基準を確立し、この地域における他の国々及び国際社会全体にとって良い前例を示していただけるものと期待しております。ですので、私が先の書簡を書かなければならなかったことは、私にとって大きなる悲しみであり、不本意なことでした。
現在の段階において、日本政府が私の書簡で触れたプライバシーの権利に着目した保護措置と救済の制度に注意を払い、法案の中に導入することを望むばかりです。私は書簡にて述べましたとおり、私は日本政府が私の支援の申し出を受け入れて下さるのであれば、日本政府が更に思慮深い地位への到達できるように喜んでお手伝いさせて頂きます。今こそ日本政府は、立ち止まって内省を深め、より良い方法で物事を為すことができることに気づくべき時なのです。私が書簡にてアウトラインをお示しした全ての保護措置を導入するために、必要な時間をかけて、世界基準の民主主義国家としての道に歩を進めるべき時です。日本がこの道へと進む時、私は全力を尽くして支援することと致しましょう。(訳 小川竜太郎弁護士)
「プライバシーの権利」特別報告者に対する日本政府見解
平成29年5月18日
1、貴特別報告者の懸念及び質問に関しては、日本政府として速やかに御説明する用意がある。しかしながら、そもそも我が国における今回の組織的犯罪処罰法の改正(テロ等準備罪の創設)は、既に187の国・地域が締結している国際組織犯罪防止条約(TOC条約)を締結するための国内担保法を整備するものであることを指摘したい。
2、TOC条約第5条は、締結国に対し、「重大な組織犯罪を行うことの合意」または「組織的な犯罪集団の活動への参加」の少なくとも一方を犯罪化することを義務づけている。しかし我が国は、現行法上、「参加罪」は存在しない上、「重大な犯罪の合意罪」に相当する罪も、ごく一部しか存在しない。つまり、我が国の現行の国内法では、TOC条約の義務を履行できないのである。
3、このように、我が国がTOC条約を締結するためには、新たな立法措置が必要である。しかしながら、TOC条約の国内担保法については、国民の内心を処罰することに繋がるのではないかといった懸念が示され、10年以上の長きにわたり議論が行われてきた背景がある。
4、今回、我が国が整備しようとしている「テロ等準備罪」の法案は、そのような国民の意見を十分に踏まえて策定されたものである。すなわち、同条約が規定する「長期4年以上の自由を剥奪する刑」を「重大な犯罪」とした上で、同条約が認めてる「組織的な犯罪集団が関与するもの」との要件を付し、対象犯罪を「組織的犯罪集団」が関与することが現実的に想定される「重大な犯罪」に限定している。さらに、同条約が認めている「合意の内容を推進するための行為を伴う」という要件も付している。
5、前述の通り、187の国地域が同条約を締結しているが、我が国が承知する限り、我が国が承知する限り、「テロ等準備罪」のように、国内法において2つの要件を付している国は殆どない。そして、殆どの国が「重大な犯罪の合意罪(いわゆる共謀罪)」 の対象犯罪を、「長期4年以上の自由を剥奪する刑」に限定せず、あらゆる犯罪としている。また、同条約の採択以前から、殆どの国には「重大な犯罪の合意罪」または「参加罪」が存在し、本庄役の締結に際し、新たな法整備が必要でなかったことも指摘したい。
6、これらのことからも、我が国の「テロ等準備罪」が187の国と・地域の国内法との比較において、極めて制限的な処罰法であることは明らかである。そして、仮に貴特別報告者の懸念が正しいものであるならば、それは、我が国の「テロ等準備罪」に向けられる前に、187の国と地域の国内法に向けられなければならないはずである。
7、本件について、我が国としては、貴特別報告者が国連の立場からこのような懸念を表明することは差し控えて頂きたかった。貴特別報告者が海外にて断片的に得た情報のみをもってこのような懸念を示すことは、日本の国内事情や「テロ等準備罪」の内容を全く踏まえておらず、明らかにバランスを欠いており、不適切であると言わざるを得ない。まずは、現在我が国で行われている議論の内容について、公開書簡ではなく、直接説明する機会を得られてしかるべきであり、貴特別報告者が我が国の説明も聞かずに一方的に公開書簡を発出したことに、我が国として強く抗議する。
(ハンマー)