[書籍紹介]
林真理子が、実在の人物の恋愛物語、
しかも不倫の話を、実名で書いた、
というので、話題になった作品。
実名とは言うが、
本当に実名なのは、国際的に高名な写真家の田原桂一と
その相手の博子だけ。
博子は田原と結婚して、田原博子となるが、
旧姓さえ明らかにしていない。
というのは、博子の立場が梨園の妻で、
息子が将来歌舞伎役者になる宿命にあるという
大変微妙な立場にいるからだ。
有名役者の家の梨園の妻が、不倫の上、
家を飛び出して、
他の男のもとに走る、ということは、
婚家の名前に傷がつく、ということだろう。
夫や舅の名前は匿名、
関係ないはずの中村勘三郎まで萬三郎と変えられている。
プロローグで、その経緯が語られる。
主人公の田原博子は、
自分たち二人のことを何かの形で残したいという思いはあるが、
梨園の妻だったことで、明かしてはならない話が沢山あるから、不可能と思っていた。
しかし、「女として生を受け、これほどまでに愛された自分は本当に幸せ」で、
この世に、「本当に愛し合ってそれを持続させている男女」がいるとすれば、
「もしかしたら、私たちがそれを全うした男と女かも」と言う。
しかし、梨園が背景にあるため、
スキャンダルになる怖れがあり、
自分を可愛がってくれた舅(高名な歌舞伎俳優)や姑に迷惑はかけられない、
息子の立場もある、と自重していた。
しかし、2020年、コロナで沢山の人が亡くなっており、
自分の命もいつどうなるか分からない、
だったら、全てのことを話すから、自分と田原のことを書いてくれないか、
「覚悟を決めました。
私たちのように愛し合った男と女のことを、
やはり真理子さんに書き残してもらいたいんです」
と林真理子にもちかけ、
林は自分で書いたらどうかと提案するが、
書いてくれるのは真理子さんしかいない、
と説得されて、書くことになった。
予想される妨害を防ぐため、出版までは秘密にし、
連載ではなく、書き下ろしとして出版することにしたという。
ちなみに、博子と真理子は、ママ友である。
しかし、迷惑をかけないために、
夫や舅、姑、息子の名前は隠す。
まず、その不徹底が不思議な色彩をこの本に与える。
題名は、この恋愛が「奇跡」と思えるからだという。
田原桂一は、生前、博子にこう言った。
「僕たちは出会ってしまったんだ」
林真理子は、こう書く。
私は「出会ってしまった」男と女の物語を書いて
世に問うてみようと思う。
私は博子から託された“奇跡の物語”を
これから綴っていこうと思う。
こうして、桂一と博子の出会いから
不倫、離婚、結婚、桂一の死への物語が展開される。
二人が男女の関係になったのは、
桂一53歳、博子34歳の時。
博子の手記や手紙、
周囲の人間の観察などを交えながら、
二人の関係を綴る記述は、
小説ではなく、ノンフィクションの手法だ。
本人以外は匿名、と言っても、
読者の関心は周辺の人物が誰か、ということに向けられるし、
それは覚悟の上だろう。
ネットには既に情報がさらされているので、
書いてもいいとと思うが、
夫の歌舞伎俳優とは、片岡孝太郎、
舅とは、片岡仁左衛門(片岡孝夫)、
息子とは、片岡千之助のことだ。
歌舞伎界の重鎮、人間国宝の家である。
林真理子が忖度するのは当然だが、
そんなことなら、実名に拘らず、
全て架空の名前の創作小説にした方がよほど潔かったのではないか。
実名ということが、どれほど読む邪魔になったか分からない。
二人が出会った時、桂一は妻と離婚協議中、
夫はよそに女性を作って、事実上家庭は崩壊していた。
しかし、博子は婚家を守り、
息子が一人前の歌舞伎俳優にするために家に留まり、
息子の“元服”を機に、入籍する。
感心したのは、
桂一と博子は事実婚の中、
息子も一緒に生活しており、
桂一を父親のように慕った、ということ。
この息子は、大変賢く大人だ。
やがて、桂一は肺に癌が発見され、
闘病の末、2017年、65歳で命を落とす。
林真理子がこの題材に魅かれた理由はよく分かる。
世界的に高名な写真家と
有名な歌舞伎俳優の梨園の妻の不倫、
つまり、セレブの恋愛だからだ。
しかし、一般庶民の中にだって、
「出会ってしまい」、
その愛を美しく全うした男女は星の数ほどいる。
目を向ければ、世界には、無名の人々の愛の「奇跡」だらけだ。
「もしかしたら、私たちがそれを全うした男と女かも」
と博子が思うのは、思い上がりというものだろう。
思うのは勝手だ。
だが、それを口にしてしまっては、批判を覚悟しなければならない。
写真を見れば分かるように、
二人は美男、美女。
しかも、才能あふれる芸術家だ。
しかし、だからといって、
その恋愛だけが「奇跡」と呼べるようなものだとは言えまい。
世の中には、美しくない容貌の人でも、
また、貧しい人々でも、
夫婦の愛を全うした人は沢山いるからだ。
田原博子という人は、
美しい人であり、聡明で賢い人であると思うが、
たった一つ間違いをしたのは、
愛する人との関係を至上のものとして、
後世に残そう、
そのために小説家の力を借りようなどと思ってしまったことだ。
私は、ある人が「私ほど苦労した人はいない」
と言うのを聞いて、驚いたことがある。
そんなことを言える苦労をどれだけしたというのか。
いや、心の中で思うことは勝手だ。
しかし、それを口にした時、自分の無知と傲慢をさらすことになる。
博子も、桂一との恋愛は、自分自身の大切な思い出として、
心の中にしまっておけばいいのに。
林真理子がその話に関心を持って、
小説に仕立て直すのは勝手だ。
だが、自分から「書いてくれ」などと言ってはいけない。
また、その提案にやすやすと乗った林真理子の見識も疑う。
文章も重複が多く、
十分な推敲をしたようには思えない。
林真理子としては、出来が悪い。
しかも、最後に、
「本書は、取材に基づいたフィクションです」だと。
何だ、これ。
読者のレビューはかなり厳しい。
○なんだかんだ美化して書いてたけど、
要はただの不倫。
そのタイトルが奇跡って大袈裟すぎませんか?
○もっと純愛的なものを想像していたが、
実際読んでみたら、
セレブのお二人のノロケ話を聞かされているようで、
清々しさよりイライラの方がまさってしまった感じ?
○不倫だけど運命的で奇跡的な素敵な恋の話。…
と、主人公本人は言いたいのだろうなぁ。
私は共感も感動もなかったけれど。
○あまりにも淡々と書かれていて、
出会うべくして出会った二人とか、
高潔な二人、という様な感情はもてなかった。
始終のろけ話を聞かされたような読後感でした。
○何だかなあ…。
「僕たちは出会ってしまったんだ」かあ。
梨園の妻で母親の博子と世界的な写真家桂一。
うん、私には全く理解が及ばない遠い世界の方々の恋愛物語。
才能あるこの奥さまご自身で自伝小説として書かれたほうが良いのでは?
と言うのが正直な感想。
○こ、これは林さんの作品にしてはって前置きつきだけどつまらなかった…。
最初に「博子さん自身が書いたらどうかしら」って言ってるけど、
ほんとにその程度で十分だと思っちゃいました。
林さん独特のイジワルな視線が見られない。
夫に対する気持ちや舅姑にもきれいごとではない思いをもっと書いてほしかった。
ママ友から「私の人生っておもしろいのー。
林さんかいてくんなーい?」
って言われて断りきれなかったのかしらとか邪推しちゃう。