[書籍紹介]
2012年、オール讀物新人賞を受賞し、
2015年、受賞作を含む短編集「宇喜多の捨て嫁」で
直木賞候補になった木下昌輝の
4度目の直木賞候補作。
徳島蜂須賀藩二十五万七千石は、
後継者問題を抱えていた。
先代藩主が子をもうけずに病死し、
末期養子を迎えないと、
藩が改易となってしまうからだ。
末期養子・・・武家の当主で嗣子のない者が
事故・急病などで死に瀕した場合に、
家の断絶を防ぐため緊急に縁組された養子。
藩の五家老の評定のやり方に不満を持った
物頭の柏木忠兵衛は、江戸に赴き、
秋田藩主の弟・佐竹岩五郎を次代の藩主に迎える。
第十代藩主となった岩五郎=蜂須賀重喜(しげよし)は、
儒学や囲碁、茶道、戯画などに通じていたが、
政(まつりごと)には興味がないと宣言する。
しかし、忠兵衛や林藤九郎、樋口内蔵助、寺沢式部たち中堅家臣団は、
家老たちの専横に抗して、
藩主の直仕置(直接政治)による藩政改革をめざした。
それを成し遂げるには、
五家老を退けねばならぬだけでなく、
ようやく腰を上げた蜂須賀重喜の改革案は、
斬新すぎて、身分制度を根底からくつがえすもので、
藩を二分しかねず、
忠兵衛たちは、早すぎると戸惑う。
須賀藩は三十万両もの借金を抱えていた。
藩を存続するには、
特産品の藍の流通形態を変えなければならず、
それは、商人との軋轢を伴うものだった。
藍の流通は大阪商人ににぎられていて、
利益は薄く、藍玉の生産農家は
苦しい生活を強いられていた。
藩改革は藍の問題と密接につながる。
それまでの藩主は、
家老たちに政治を任せっきり。
家格に縛られている藩は改革しがたい。
忠兵衛たちの目指す藩改革は成し遂げられるか、
藍流通の改革は成功するか、
二つの改革を巡って、
藩主、五家老、若手たちの確執は続く。
重喜は言う。
「改革で大切なのは、人の心よ。
どんなに正しい法度であっても、
人の心がついてこなければ意味がない」と。
なにやら、現代日本の政治改革につながるような内容で、
示唆するところは大きい。
改革には、守旧派の抵抗が必定。
今の体制で利を得ている者は反対する。
「今のままが一番いい」のだからだ。
現状の日本の政治を見ても、
利権を守ろうとする人々との闘争がどうしても必要になる。
しかも当時は藩と家を守ることが最優先される社会構造で、
家格によって藩の役職も世襲されていた時代だ。
下級武士の能力が発揮されるには、
明治維新まで待たねばならない。
政治には関わらないと行っていた重喜が
次第に改革に目覚め、
若手たちよりも先に行ってしまうなど、
面白い展開もある。
当時、「主君押し込め」というものがあった。
主君が家臣たちと対立した結果、
座敷牢に押し込められ、
新藩主と交代させられる。
その危険もある。
副題に「阿波宝暦明和の変」とあるように、
江戸中期、宝歴3年(1753年)から、
明和6年(1769年)に起こった、
徳島県蜂須賀藩を舞台に、
藩政改革に挑む若い家臣たちと、
彼らとともに闘った藩主となった養子の物語。
現代的である。
題名の「秘色(ひそく)の契り」とは、
柏木忠兵衛たちが
藍で染めた手拭いで誓いを結んだこと。
何だか誤解を生みそうな題名だが。