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小説『まいまいつぶろ』

2024年04月03日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

徳川家重大岡忠光
友情を描く
村木嵐の時代小説。

徳川家重(とくがわいえしげ)↑は、
江戸幕府第9代将軍
8代将軍・徳川吉宗の長男として生れたが、
誕生時、へその緒が首に絡まったことから、
生まれつき脳に障害を持ち、
半身が麻痺、言葉も不明瞭、
頻尿で、歩いた後に小便の跡が残ったため、
まいまいつぶろ(かたつむり) と陰口をたかれ、
民衆からは小便将軍と揶揄された。
文武に長けた異母弟、次男の宗武と比べて
将軍の継嗣として不適格と見られることから
廃嫡(嫡子の権利を廃すること)の危機にさらされ、
父・吉宗を悩ませた。
結局、吉宗は家重を選び、
隠居して大御所となり、
家重は将軍職を譲られて第9代将軍に就任した。
能力から次男に家督を渡すことが
相続における長幼の順を乱すことになり、
徳川御三家などの親族や
家臣らによる後継者争いが権力の乱れを産む、
と吉宗が考えたから、とされている。
また、家重の子・家治が非常に聡明であったので、
次世代に期待ができると判断されたことも
背景にあったと言われている。
家重の不明瞭な言語は、
側近の大岡忠光↓のみが聞き分けることができたため


幼少時、小姓として取り立て、側に置いた。
この小説は、家重と忠光の関係を描く。

幼名兵庫と呼ばれた大岡忠光は、
長福丸と呼ばれた家重に謁見した際、
不明瞭な家重の言葉を理解し、答えたことから、
家重の言葉の通訳として小姓に任じられる。
鳥の声を聞き分けることが出来るなど、
特別な聴覚の持ち主だったらしい。
小姓登用の話を聞きつけた
遠縁の大岡忠助(大岡越前)は、
兵庫を呼び寄せ、
「長福丸様は、目も耳もお持ちである。
そなたはただ、長福丸様の御口代わりだけを務めねばならぬ」
という忠告を与える 。
兵庫が家重の近くにいて、
家重の発する明瞭な言葉を
代わって通訳することから、
それまで自分の言うことを誰も理解してくれなかった
苛立ちから解放された家重の精神は安定し、
同い年の二人は、仲睦まじい関係を築く。

しかし、幕閣の中に不安視する者もいた。
秀光が勝手なことを言っているのではないか、という疑い。
更に、もし家重が将軍になった場合、
秀光を通じてしか将軍の意志を確認できない、
つまり、側用人制度が復活してしまうのではないか、と。
側用人は、5代将軍家綱の時に始まり、
家宣、家継と3代続き、
老中といえども将軍と接見できず、
側用人が将軍の意志を代弁することで、
権勢が高まり、賄が横行するなどの悪癖を生み、
吉宗によって側用人が廃止されたばかりだったからだ。

その点、秀光は家重の口になることだけに徹し、
 学者・室鳩巣による
「これから先、洟紙一枚たりとも
人に貰うてはならぬ」
という教えを守り、
幕閣たちの批判をかわしていた。

そして、家重の京都公家の比宮との結婚生活、
妊娠、流産、死去などが描かれると共に、
家重を廃嫡して、次男・宗武擁立の画策
比宮の侍女だった幸の出産、
その子供(後の10代将軍・家治)の利発さ、
吉宗が大御所に退いての将軍職の継承、
秀光を遠ざけようとする動き、
家重の治世の諸問題への対処、
秀光の引退、別れなどが描かれる。

こうした話を大岡忠相を始め、
老中たちやお庭番など、
様々な人物の視点で語られる。

将軍家の長男として生れながら、
障害を持ち、将軍にふさわしくないという
周囲の視線の中での孤独、
体は不自由ながら、
中身は聡明であるための苦悩、
秀光という「口」を持っての歓び・・・

特に、家重と秀光の関係が
主従を越えた友情にまで発展する様は
感動を与える。

吉宗は言う。
「儂はな、家重があまりに孤独だろうと思うたのだ。
あれは、友を作れぬであろう。
それゆえ将軍に据えるのは不憫でならなかった。
将軍職は、友がおらねば務まらぬ」

一揆を起こし、直訴する百姓たちの心情を
言葉が通じぬ苦しみ、
誰にも思いを伝えられずにいた百姓の苦しみ、
と理解するのは、
幼い子頃から自分の言葉が通じない苦しみを味わった
家重ならでは、と思わせる。

秀光は、言う。
「不如意なお身体で、
まいまいつぶろの如く、
のろのろと、
ですが大きな殻を見事、背負いきって歩かれました」

別れの時、家重は秀光に言う。

「まいまいつぶろじゃと指をさされ、
口がきけずに幸いであった。
そのおかげで、私はそなたと会うことができた。
もう一度生れても、
私はこの身体でよい。
秀光に会えるのならば」

そして、家重は、大手門を開かせ、送り出す。
将軍が、家臣を門まで見送ったのだ。

秀光は家重に15歳の時から30年仕え、
岩槻藩主として、48歳で亡くなる。
その直後、家重は長男家治に将軍職を譲り、
その1年後、家重は49歳で亡くなった。
治世は15年間に及ぶ。

真偽はともかく、
江戸幕府に咲いた
麗しい友情物語として、
胸撃たれた。
泣けた。

第13回「本屋が選ぶ時代小説大賞」受賞
第12回「日本歴史時代作家協会賞作品賞」受賞

先の直木賞候補となったが、受賞は逃した。

同じ題材を扱った小説に
松本清張の「通訳」があるが、
本作とは、まるで違う着想。

 



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