高田博厚の思想と芸術

芸術家の示してくれる哲学について書きます。

マルセル「稜線の路」27

2022-10-01 18:48:00 | 翻訳
94頁

(シュザンヌ、感情が炸裂して。) それでいて、あなたは、私に慎みが欠けていると、わざわざ非難するのね! まるで、ルプリユールさんを自分の偏執的な思いでうんざりさせに行くことのほうは、ろくでなしの行為ではないみたいに。あなたみたいにヴィオレットのことを話しに行くよりもぶしつけなことをする人間は、多分この世に誰もいないわ。

(アリアーヌ、しっかりした口調で。) 何を思ってらっしゃるのか分かりませんが、重ねておねがいしたいのは、多分はっきり言葉にすることはできないことのほのめかしは、やめていただきたい、ということです。

(シュザンヌ、セルジュに。) ともかく、あなたが、彼女はもうあなたには帰って来ないだろうと想像しているのなら、それは間違いだと請け合うことはできるわ。彼女はあなたのことはほとんど思っていないし、以前だって、あなたは一度も重きをなしたことはなかったでしょうね。そうでなければ、彼女が私たちの結婚をこうあっさりと受け入れることはなかったでしょう。ほんとうのところは… 

(アリアーヌ) あなたは、言わないほうがよかったと思うことを口になさろうとしている。それよりも、モニクお嬢ちゃんのことを話していただきたいのですが。

(セルジュ) それもまた、きのどくな将来ですね、ほんとに。あの子はぼくの妹に似ている。五歳で亡くなった。

(アリアーヌ) 仰らないでくださいませんか? (つづく) 


95頁

(つづき)あの子を丈夫にするために何ができるかを考えることのほうが、ずっと大事でしょうに。

(セルジュ) フェルナンドはあの子を田舎に里子に出そうとしていました。ヴィオレットが拒否したんです。ヴィオレットは正しかった。田舎の女たちというのを、ぼくは、ペストのように警戒しています。

(シュザンヌ) それでも、それは、良い環境であの子を育てる唯一の方法でしたわ。

(アリアーヌ) 多分、それは違いますね。 

(セルジュ) それは、いつも、あの嫌な、お金の問題だ…

(アリアーヌ) お金の問題なら多分解決できないことはありません。グルノーブルの近くに、虚弱な子供たちのために働く男性がいらっしゃいまして、一種のサナトリウムで、スイスの施設をモデルにしています。私はたまたま、行政会議の一員なので、モニクちゃんをそこに入れてもらうことは、難しくないだろうと思っています。

(セルジュ) あの子は、結核の子供たちと一緒にいてもならないのですよ。 

(シュザンヌ) セルジュ! 

(アリアーヌ) ご安心ください。 

(シュザンヌ) なんと感謝してよいやら…


96頁

(セルジュ) ヴィオレットがどう言うかを見なければ… でも、これはすばらしい考えのような気がするな。

(シュザンヌ、考え込みながら。) たしかにヴィオレットは時々、かなり奇妙で… ずいぶん疑い深いことがあるわ… ずいぶん疑い深い… 

(アリアーヌ) 彼女が、この考えは私のものだということを知るのは、ぜひとも必要というわけではないわね。もしもの場合には… 彼女に、この事はあなた方の人脈の一つを介して成った、と仰ってはいただけませんでしょうか? 私としては、このような許される嘘に私を関わらせても、あなた方のお立場に少しも気懸かりなところは感じないと、率直に申し上げます。

(セルジュ、動揺して。) もちろんですとも…

(アリアーヌ) よく考えて、事を呑み込むつもりですわ。必要があれば、あなた方に、その方向で振舞っていただくよう、一言手紙を書きます。

(セルジュ) でも、ヴィオレットが詳細をもとめてきたら…、ぼくは作りごとを言うのはそれほど得意じゃない。

(シュザンヌ) 私たちふたりで、なんとか切り抜けましょう。心配しないで。

















マルセル「稜線の路」26

2022-10-01 15:45:14 | 翻訳
91頁

(セルジュ、内にこもって。) 確かなのは、ぼくはもう長くは我慢できないだろうということだ。

(シュザンヌ) 彼の言うことに耳を貸さないでください。彼は結婚前よりも具合が良いのです。冬の風邪を引きません。

(セルジュ) どうしてわざわざ抗うんだい? やめたほうがいいよ。 

(シュザンヌ) じゃあ、私はどうなるの? 私は、生きることを愛しています、奥さま。それがいけないことですか? 

(セルジュ) 滑稽な趣味だ! 

(アリアーヌ、シュザンヌに。) どちらかと言えば、あなたの仰るとおりですわ。私たちの人生は… けっきょく、どういうものであれ、私たちに相応なものなのです。 

(セルジュ) ぼくは反対です。ぼくはこんな屈辱を受け入れるべきような人間ではなかった… 

(シュザンヌ) どんな屈辱的なことがあるの? 

(セルジュ) ヴィオレットはぼくを軽蔑している。

(シュザンヌ) それは正しくないわ。

(セルジュ) 確かだよ。もっともなんだ。

(シュザンヌ) でも、ねえ、私には思えるのだけれど、彼女自身のほうでは… 

(アリアーヌ、話を遮って。) すみませんが、(つづく)


92頁

(つづき)おやめになってください。ヴィオレット・マザルグさんには私は心底深い好意を抱いております。美しくて素晴らしい性質のひとです。(沈黙。

(セルジュ、打ちのめされて。) それはほんとうです。あのお方についてどうお思いなのですか? 

(アリアーヌ) お答えするのは難しいですね。私たちは一頃、たくさん手紙を書き合っていました。でも、彼女の手紙には、私に気に入られなければならないと思っているような、わざとらしい調子にいっしょうけんめいである印象を、私はいつも懐いていました。私には彼女の役に立つところが幾つかあるので、彼女は、私のものだと思っている次元に私を再び結びつけるのが、自分の義務だと信じていたのです。そうですね、こう言ってよろしければ、高い精神性の次元に、でしょうか。でも、彼女の言葉は、心底からの気持を感じさせるものではありませんでした。

(セルジュ) 高慢ちきだな。ぼくは一度もそれは感じることができなかった。

(アリアーヌ) 私がとりわけ思うのは、犠牲者なのだということです。犠牲者を裁かないようおねがいします。

(シュザンヌ) あなたはすばらしい方ですわ。

(セルジュ) 彼女はあなたに何のわるいこともしていませんよ。

(アリアーヌ、深い感情から。) そう確信しておいでですか?

(シュザンヌ) それについては、あなたは何も知らないわ。

(セルジュ) しかるに一方で、彼女はぼくを、(つづく)


93頁

(つづき)言外の意味や不快な暗示で絶えず中傷するんだ。

(シュザンヌ) あなたは敏感すぎるわ。それに、つまるところ、彼女があなたのことを恨んだのも無理はないと思うわ。

(セルジュ) 何で恨むんだい?
 
(シュザンヌ) あなたがいなければ、多分ヴィオレットは今頃、身を立てているわ。

(セルジュ) 立身! 嫁入り!

(シュザンヌ) 私たちのようなその他の女性には、安全であることが必要なのよ。当然じゃないかしら?

(セルジュ) 自分のために話しなよ。

(シュザンヌ) 彼女だって、ほかの女性たちと同様に…

(セルジュ) 誓って言うけど、ぼくは彼女を誘惑していないよ。そんなつもりはなかった。そんな権利はぼくにはないと思っていた… その後、ぼくは、誰にもできないような非難を自分にした。ぼくは死にたい。

(アリアーヌ、その逆を意味する調子で。) このような打ち明け話を聞く資格は私には全然ありませんわ。

(セルジュ) ぼくはあなたのお宅へ、彼女のことを話すためにしか来たことはありません。シュザンヌがしつこくぼくに同伴したのは、ぼくのせいでしょうか? こいつには予め言っておいたのですが…