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(アリアーヌ) 病気の一時的な鎮静状態にすぎないと私は思います。何日か前から、再びある種の徴候を自分で確認しています…
(ヴィオレット) ええっ?
(アリアーヌ) それはもう大きな問題ではありません。
(ヴィオレット) ロニーの空気、山地の陽光が、多分、症状を治してくれるでしょう…
(アリアーヌ) 多分… でも、今の時代で、私たちが触れないわけにはゆかない、とても深刻な問題があります。財政的な将来のことです。ジェロームは、ご存じのように、個人財産を全然持っていません。そして、私たちは皆、現在、芸術家の人生がどのくらい不安定なものか、知っています。そして、彼ほど、何か不安があることに甘んじることが困難な人を、私は知りません。ほかの人々は、反対に、もっと手堅く、もっと順応して、無雑作に我慢しているのに。私のほうから、それほど大した財産ではありませんが、融通できるかも知れません…
(ヴィオレット) あなたの仰ろうとすることは、分かりませんが、でも、おねがいいたします… そういうお金の問題は、悪夢ですわ。
(アリアーヌ) その問題からあなたが逃げようとするのならば、ですね。(つづく)
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(つづき)その問題から、そのように視線を逸らせることは、この惨めな財政上の雑事を、かえって法外に重大視させることになります。反対に、この雑事を正面から熟慮せねばなりません。そしてこのことこそ、私があなたに、私と一緒に為すことを求めたいと思っていることなのです、ヴィオレット。解決を見いださなければなりません。もしジェロームがあなたと不安定な悩まされる生活をする破目に陥るなら、それは破滅というものだと、私は確信します。ですから、私があなたたちの生計を助けることができる方法を考案しなければならないのです。ジェロームが、私が助けていることは全く知らないようなやり方で。
(ヴィオレット) そんなこと不可能ですわ!
(アリアーヌ) あなたは、実際上は、と言いたいの?
(ヴィオレット) さしあたりは…
(アリアーヌ) 私はそうは思いませんよ。見いだそうと欲すれば、見いだすのです。
(ヴィオレット) 実際上の面だけではありません。
(アリアーヌ) 気をつけてよ、ヴィオレット、ここで路は危険なものになるかもしれないのよ。どんな代価を払っても、間違った自尊心がここで横断しに来るようにさせてはならないわ。
(ヴィオレット) わたしがそれを呼ぶなら… 尊厳ですわ。
(アリアーヌ) それは同じことよ。
(ヴィオレット) それから、けっきょく… もういちど嘘をわたしたちの生活の中心そのものに据え付けること、ジェロームを騙すこと… それは恐ろしいことですわ。
(アリアーヌ) あなた、ずっと前から私が至っている(つづく)
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(つづき)確信は、知恵というものは、強調点を置く術だ、ということです。
(ヴィオレット) わたしはそれは承服できません。強調点を置くのはわたしたちではありません。わたしはこれまで、余りにも嘘を言ってきました。
(アリアーヌ) 良心のためらいを、もっと高くて、もっと公正な目的のために犠牲にしなければならない場合があるのではありませんか?
(ヴィオレット) その犠牲というものは、裏切りに似ています。
(アリアーヌ) 何かを決定することは、いまの場合、問題ではありません。でも、私は、恐怖せずに、あなたがその重大さを測らずに危険に走るのを見ることができません。
(ヴィオレット) あなたは、何と、彼の弱さを、彼の臆病さを、確信していることでしょう! 何と、あなたは彼を軽蔑していることでしょう! そんな権利はあなたにはありません。誰かが彼を駄目にしたとすれば、それはあなたではありませんか?
(アリアーヌ) 確かに、私が、あなたの前で、私だけのために保っておくべきだった不安を表明したのは、間違っていました… それで、実際、どう予見するの? 私たちの想像しない、ほかの状況が起こるかもしれないのよ… 出来事の無拘束な戯れからは、殆どいくらでも、何でも出て来るのよ。
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(ヴィオレット) あなたは、わたしを責めさいなんだ後では、甘言で和らげようとする… でも、あなたが、そういう忌まわしい取り決めを仄めかすことができたという事実そのものが、そういうすべては不可能であること、あってはならず、あることはないということを、証明するものです。そしてあなたはそのことを知っています… あなたは、ただもう、長い偽りの回り道を通って、わたしにそのことを確信させようとしたにすぎないのではないか、とわたしは考えているのです… わたしに、ただ率直に、「私は望まない、私は拒否する」、と仰れば、そのほうが、なんて良かったでしょう。そのほうが、なんて、もっと勇気があって、もっと真実だったでしょう!… それとも、ほんとうに、彼の言ったことは正しいのかしら? あなたは既に、わたしたちには無縁の世界に属していらっしゃるの? あなたは、わたしたちにはまだ見分けられない、なにか分からない光が輝くのを見ておられるの? 言ってください、あなたは、わたしたち他の者たちを超えて、その、理解できない前進を、わたしが羨むようにはならない前進を、してらっしゃるの? わたしはそうは思いません、そうは思えないのです。そのような受諾の中には、そのような誤った崇高さ、誤った清澄さの中には、名づけられない、なにか分からない混合したものが、欺瞞が、意志によらない嘘が、あるのではありませんか? あなたは、分かってはいらっしゃるのでしょうね? たとえもし、あなたの最も内奥の考えをあなたが言うように強制できたとしても、それは真実でしょうか? わたしは遂に真実を知ることになるでしょうか? (長い沈黙。)
(アリアーヌ) 私たちは未来というものを全然知りません。私が心の底から望むことは、あなたが、(つづく)
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(つづき)あなたの今言った言葉を後悔する必要がないように、ということです。何が起ころうとも、私はあなたの言葉を許していることを、あなたは覚えておかなければならないでしょう。
(ヴィオレット) 何が起ころうとも?
(アリアーヌ) たとえ私がもういなくなろうとも、永遠…
(ヴィオレット) わたしが後悔するだろうと、何があなたにはっきりさせているのですか?
(アリアーヌ) 私はそう確信していますし、あなたもそれは分かっています。
(ヴィオレット) それがほんとうだとしたら、あなたはその後悔がわたしには耐えられないものになる方法を見いだしているでしょう。
(アリアーヌ) 何を言ったらよいの?
(ヴィオレット) 何も。まさにそういうすべての言葉を、わたしはもう理解できないのです。
(アリアーヌ、優しく。) そうね… 気を取り直して。これは最後の言葉よ。私、明後日、発つの。
(ヴィオレット、小声で。) わたし、あなた無しでいられるかしら?
(アリアーヌ、まるで聞いていなかったかのように。) 出発前に、モニクを抱きたかった。とくに、あの子にこれをあげたかった。(つづく)
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(つづく)あの子のために持ってきたのよ… でも遅すぎるわ… あなたが、私の贈り物を手渡してちょうだい。
(ヴィオレット) ごしんせつに…
(アリアーヌ) とんでもない。私は陰険で、残忍なのよ。
(ヴィオレット、低い声で。) わたしは死んでいたいわ…
(アリアーヌ) ご自分をもっとよく理解なさい、あなた。あなたは生きることを情熱的に愛していると、私は、思っています — そう考えると、私は元気が出ます。私がジェロームから手紙を受け取ったら…
(ヴィオレット) 彼は手紙を書かないでしょう。
第十場
同上の人物、フェルナンド
(フェルナンド) あなたがいらっしゃるとは知りませんでしたわ。どうして私に前もって知らせておいてくれなかったの?
(アリアーヌ) 私、あなたがたお二人に、お別れを言いに来たのです。(フェルナンドに。)この六週間、めったにお会いすることがありませんでしたわね。