高田博厚の思想と芸術

芸術家の示してくれる哲学について書きます。

マルセル「稜線の路」43

2022-10-10 14:03:45 | 翻訳
144頁

(つづき)あなたの計画が。サナトリウム、それはいいわ、解るわ。誰が出費するの?

(ヴィオレット) 何ですって?

(フェルナンド) あなたがモニクを、いわゆる博愛主義の施設に預けるつもりではないのなら。そんな処では、あの子は数週間後には、病気にかかってしまうわよ、あなたがあの子をそれから予防したがっている病気に…

(ヴィオレット) わたし、あの子を、絶対に安全な処にしか預けないわ。よく知っているでしょうに。

(フェルナンド) 口先だけよ。あなたの求める安全は、とても高い出費が要るのよ。あなたにそんな贅沢を提供するどんな処を、あなたは見いだすつもり? どんな善意への当てがあるの? 

(ヴィオレット) うまくゆくでしょう。そうでなくては。

(フェルナンド) うまくゆく、って、それ何? 

(ヴィオレット) セルジュはわたしたちのために何もできないわ。あなたも完全に理解しているように。

(フェルナンド) 私が考えていたのはセルジュのことじゃないわ。

(ヴィオレット、それには応じずに。) わたしには、あなたは少しあまりにも、(つづく)


145頁

(つづき)わたしの絶対受け入れられない、いやらしいゆすりの共犯者になる気でいるように思えるわ。

(フェルナンド) どんなゆすりなの?

(ヴィオレット) 絶対だめよ。どんな事情があっても。

(フェルナンド) あなたが当てこすっているのがバシニーのことなら、私は率直にこう応えましょう。あなたの置かれている状況は、あなたがそんなに気難しくしているのを許すようなものではないのよ。はっきりしているわ、もし、自分の子供を、自分の個人的な選り好みのために犠牲にすることが、あなたの気に入っているのなら。あなたの洗練された趣味のために…

(ヴィオレット、激しく。) わたしは自分を売らないわ。

(フェルナンド) むしろ、買い手を選択するのだと言い張っている、と言いなさいよ。誰かがお金を払わなければならないのよ。ジェロームが払うかどうかは怪しいわ。私には、彼は確かに、むしろぎりぎり、という感じがあるわ。

(ヴィオレット) あなたは卑しいひとだわ。

(フェルナンド) 自分を売ること、自分を養わせること、すべて同じことだわ。

(ヴィオレット) いつ、わたしが養わせている?

(フェルナンド) あなたは、いままでは、それから免れることができたわ。だけど、その免除は、断念しなければならなくなる贅沢よ。支払い期限がもう一度来て支払えば、私たちには千五百フラン残るだけなのよ。


146頁

(ヴィオレット) みていなさい、わたしは、あなたの計略には引っ掛からないから。あなたがアリアーヌ・ルプリユールに匿名の手紙を書いたことを、わたし、知っているわ。

(フェルナンド、びっくりして。) 私が?

(ヴィオレット) あなたが自分にとって不利だと見做していたひとつの繫がりを終わらせようと望んでね…

(フェルナンド) まあ、何という戯言を、おまえは! そのお話は何なの? アリアーヌが匿名の手紙を受け取った? 彼女はそれをあんたに言ったの?

(ヴィオレット) ことのついでにね。

(フェルナンド) 信じられないわ。彼女、あんたに、なにか質問した?

(ヴィオレット) いいえ。

(フェルナンド) 質問すらしなかったの?

(ヴィオレット) あなたに答える必要はないわ。

(フェルナンド) あなたは彼女を安心させる手だてを見つけたのね?… まあ、いいわ、そう、あなたがそれほど冷静さを持っているとは思わなかった… あなたを見直したわ… そして、つまり、彼女、問題にしていないのね。あるいは、そういうの、嫌いなわけじゃないんだ。楽しいとすら思っているのかも。病気のなかに落ち着いた女の病人たちは、九割が変質者なのよ。

















マルセル「稜線の路」42

2022-10-10 13:43:41 | 翻訳
139頁

(つづき)ちょっとの間だけ、仮定してください、私がジェロームに、私はすべてを知りぬいている、と言うとする、と。万が一にでも、彼がこの状況を受け入れ、そして、あなたたちの関係が続く、としましょう。それで、あなたの強く感じている混乱が雲散霧消するでしょうか?

(ヴィオレット) そうは思いませんわ。

(アリアーヌ) そうでしょうとも! あなたは罪悪感からご自分を解放するには至っていないのですからね。あなたに重くのしかかるその嘘は、私があなたに課す懲罰だということにしておきましょう — この過ちにたいする。もっとも、そんな過ちを認めることは、私は拒否しますけれども。

(ヴィオレット) 負けましたわ。(長い沈黙。



第十二場

同上の人物、ジェローム

(アリアーヌ) あなたの記事は書き終えたの? (少しわざとらしい快活さで。) ねえ、きょうは私たち、仕事しなかったわ。何が私たちを捉えたのか分からないの。ずっとおしゃべりしていたのよ。


140頁

(ジェローム、無理につくった様子で。) わかってるよ。

(アリアーヌ、ヴィオレットに。) もし本当にあなたがご自分のプレイエルを売らねばならないのでしたら、私があなたから、それを、ロニーのために買っていけない理由はないでしょう? (ジェロームの動揺。) 私のガヴォーはどうしちゃったのかしら。ほんとに音程が狂ってるわ。

(ジェローム) それが名案だという気はしないな。

(ヴィオレット) わたしも同感です。できません、ほんとうに…

(アリアーヌ、笑って。) あなたたちは二人とも、これが名案ではない理由をどう私に言ったものか、とても苦労しているようね。反対に、私が熟慮するほど、この考えは素晴らしいように私には思えるわ。

(ジェローム) あらためて言うけど、ぼくたちは賛成しないよ。

(アリアーヌ) なんということでしょう、どうして好き好んで生を自分たちにとって複雑なものにする必要があるのでしょう! すべてはとても単純にすることが出来るのに、とても単純に…


141頁




第三幕


第一幕と同じ舞台装置。











(142頁空白)


143頁


第一場

ヴィオレット、フェルナンド

(フェルナンド) 私に言わせれば、あなたは気管支炎の問題を深刻に考え過ぎなのよ。あの女医さんは警報屋だわ。最初の日から、私はそれをあなたに言っているでしょ。女たちというのはね、冷静さが全然ないのよ。

(ヴィオレット) わたしの決心はついているわ。あの子が落ち着いたらすぐに、わたし、あの子をサナトリウムへ入れるわ。

(フェルナンド) あなたがバシニーとあんな馬鹿馬鹿しい仲たがいをしていなければ、彼はもうパウルス医師を私たちのところへ寄越しているわ。

(ヴィオレット) 藪医者のひとりでしかありえないわ、彼の友だちのなかに入っているんだから。それから、おねがいだから、もうあの人物のことはわたしに話さないで。

(フェルナンド) 解る種類のものなの?(つづく)