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(召使) フランシャールさまが、奥さまに話したいと。
(クラリス) 私は席を外すわ、アリアーヌ。でも、きょうのあなたには、私、苦労したし、あなたの言うことがよく解らないということは、隠さずに言っておくわ。
(アリアーヌ) 残念だわ、クラリス… 私を恨まないで… 私… その方に、少ししたらお会いすると伝えてちょうだい。
(召使) かしこまりました、奥さま。(召使、出てゆく。)
(アリアーヌ) あなたは私に、心配事があったのかと言うのね… ええ、心配事どころじゃなくて、深刻な不安よ… ごめんなさい、今のところ、これ以上あなたには言えないのよ。
(クラリス) 私は、あなたに、自分のどんな悲しみも隠したことはないわよ、アリアーヌ。
(アリアーヌ) 分かっているわ、クラリス… だけど言えないのよ。話すことが私にはできない事柄なの。もっと後になったら、多分…
(クラリス) ではまた、アリアーヌ。(クラリス、出てゆく。)
(アリアーヌ、右側のドアを開けて。) お入りください、ムッシュー…
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第五場
アリアーヌ、セルジュ(彼はとても蒼ざめている。)
(アリアーヌ) 何があったのですか? 動顚したような雰囲気ですよ。
(セルジュ) そりゃそうでしょう… ヴィオレットがここに娘さんと一緒に…
(アリアーヌ) ここに?
(セルジュ) ロニーに。彼女は昨晩着いたのです。モニクの具合がよくないのです。咳をしています…
(アリアーヌ) 解りませんね。
(セルジュ) ここしばらく、ぼくは新しい知らせを得ていないことを、あなたはご存じです… あなた自身、彼女があなたに手紙を寄こしていないことを、ぼくに話していました。
(アリアーヌ) ええ、一行ももらっていません。
(セルジュ) 彼女は不意に訪れたのです。ぼくは彼女に今朝、ボーソレイユで会いました。
(アリアーヌ) 彼女たちはボーソレイユに居るの?
(セルジュ) ええ、そのことが(つづく)
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(つづき)ぼくにはまた、理解できないことの一つなのです… ヴィオレットはとても顔色がわるいのです。娘さんにはぼくはまだ会っていません。彼女は僅かのことしかぼくに言いませんでした… あなたに説明しなければならないのですが… ぼくはあなたに物語る勇気がありませんでした… ぼくたちは、グルノーブルの近くのサナトリウムのことで合意していたことを、あなたは記憶しておられます。ぼくは彼女に、ぼくの妻が行政会議の一員と知り合いだと言っていました。
(アリアーヌ) ええ、それで?
(セルジュ) 彼女がどういうふうに振舞ったのか、ぼくは知りません。思うに、シュザンヌがとても不器用だったのでしょう。ともかく、彼女は、それが作り事だったことを見破りました。そして、あなたがしたことだということを… 彼女はぼくを大変に恨みました。なぜかはぼくにはよく解りません。彼女はそれどころか凄惨な一場面すら見せました… そして当然、モニクをあそこへ送ることはもはや問題にならなくなりました。ぼくがさきほど知ったところによれば、彼女はパリ郊外の借家に居たようで、子供の容態は悪くなったようです。ヴィオレットはとうとう、パウルスとかいう医師に相談し、この医師はサナトリウムに入る必要があると言ったそうです。
(アリアーヌ) レントゲン写真ではっきりさせたのですか?…
(セルジュ) ぼくは知りませんが… そうだと思います。
(アリアーヌ) ひどい話だこと…
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(セルジュ) そして、いいですか、ぼくを狂わんばかりにぞっとさせることがあるんです。ヴィオレットはとても貧しい。どうして彼女が、ロニーでいちばん高いサナトリウムに泊るでしょうか? どのようにして工面するのでしょうか? ぼくがあなたに話したあの男、ほら、あの興行者… あいつが彼女の生活に入ったらと思うと、ぼくは恐怖です。もちろん、あいつには、ボーソレイユの費用を彼女に工面する方法があるんです。
(アリアーヌ) あなたには、そんな種類の想定をする権利はありません。いいこと、彼女は現在、多少の金額は融通することができるのです… 私があなたに言おうとすることは、完全に内密のことですよ。私は彼女のピアノを買いました。でも彼女は、自分がピアノを売った相手が私であることに気づいていません。
(セルジュ、グランド・ピアノを凝視して。) それにしてもほんとに、これは彼女のピアノだ。
(アリアーヌ) そして彼女は、買い手は私の一友人であると思っています。その名前は、私が彼女に教えたものです。彼女はとても疑い深く、彼女の感じやすさには配慮しなければなりません。
(セルジュ) 苦しい状況にあるひとが、こんなに面倒をかけるなんて、ぼくには解りません… あなたは、まったく良い方だったのですね、彼女にとっても、ぼくにとっても… それに、彼女がここに来れば、彼女はどうしたって気づきますよ…
(アリアーヌ、難儀そうに。) 私たち、ここまで来たら、こういうすべてにはもう大した(つづく)
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(つづき)意味はないわ… 彼女は私について、あなたに何か言った?
(セルジュ) いいえ。
(アリアーヌ) 彼女は私を… 私に解らないのは、どうして、まさにロニーに、彼女は小さな娘さんを連れてくるのにこだわったのか、ということ… あの病気を治療するのだったら、ほかの場所はたくさんあるでしょうに。
(セルジュ) 最も有名な医者たちがいるのは、ここだからですよ… それに、多分、あなたのためです。
(アリアーヌ) どうして私のために?
(セルジュ) あなたはとても良い方でいらしたから…
(アリアーヌ) 彼女はこの六週間、一行も私に書いて寄こさなかったわ。彼女、私を忌み嫌っていると、私は思うの。
(セルジュ) それはあり得ません… 彼女はいきなり分別を無くしたことはありません… それでしたら、それは… (言うのをやめる)。
(アリアーヌ) 言っていいですよ。
(セルジュ) やめます。
(アリアーヌ) 私は自分が何に甘んじているか分かっています。
(セルジュ) 何ですと?
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(アリアーヌ) 私がパリに着いてからというもの、私はすべてを理解していました…
(セルジュ、感銘を受けて。) すごいことですね。
(アリアーヌ) 私の夫からも便りがありませんでした… とても悲しいことです。
(セルジュ) え、彼が!…
(アリアーヌ) 私はあなたには、彼を判定する権利はまったく認めません… よく承知しておいてくださいね、彼の側では、あなたの行状について、最も厳しい評価を懐いています… こういったすべてには何の価値もありません。
(セルジュ、へりくだって。) おそらくあなたの仰るとおりです。あなたは卓越した女性でいらっしゃる。
(アリアーヌ) いいえ… 卓越した女性などいません — 卓越した男性がいないように。私たちはみんな、片輪で… 身体障害者です。私の夫が戻ってくる気が私はしています。あなたは彼とは会わないほうがよいです。
(セルジュ) ぼくは、彼は怖くありません、ご存じでしょう。
(アリアーヌ) 私のために、あなたに頼んでいるのです。
(セルジュ) お好きなように… ぼくに一日くださいますか?… あなたに打ち明けることが、ぼくには沢山あるのです… (つづく)