378『自然と人間の歴史・世界篇』ケインズ(古典派の第二公準)
(2)ケインズの名付けた古典派の第二公準(実質賃金の効用は労働の限界負効用に等しい)について。ついで、労働供給曲線の導出について考えてみましょう。
この第二公準は、労働者が賃金の効用と労働の負効用との差である余剰効用を極大にするように労働供給量を決定するときの条件を示したものです。
ここで、前提条件となるのはつぎのとおりです。
1.資本設備が一定であること。つまり短期を仮定していること、ということはその間は技術の変化はないことになります。
2.それに投じられる労働が等質性をもっていること。つまり、労働は同質であること。
3.市場は独占のない完全(純粋)競走の状態にあること。したがって個別企業によって市場価格は所与として与えられています。言い換えれば、一企業にとつては市場で決まるところの価格は予見として与えられるものであり、自分からは動かすことができないものであること。この状況下では、一労働者にとって貨幣賃金率w(ダブリュー)も価格pも所与として与えられています。
4.貨幣の限界効用一定。
5.労働の限界負効用逓増の法則を仮定。これは、労働時間が増すにつれて、労働による苦痛の量は同じ1時間でもだんだんと増していくことになります。だから、横軸に労働量l(テル)を、縦軸に労働の限界負効用をとると、その限界負効用曲線(最後の単位時間あたりの労働者の苦痛を示す限界負効用)は右上がりになることでしょう。
そこでいま、実質賃金(w/P)が上がると実質賃金の効用も上昇しますから、これまでの限界苦痛が大きくなっても労働者が働こうとする労働時間は長くなる、と「古典派」は考えるわけです。つまり、余剰効用が発生する実質賃金の効用が労働の限界負効用を上回っている範囲においては労働供給量を増加させることになるでしょう。そして、所与の賃金水準と限界負効用曲線との交点において余剰効用は極大となるとき、その点において労働供給量が決定されると考えるわけです。
以上を式にすると、つぎのように表すことができるでしょう。
w(ダブリュー)を貨幣賃金率で一定、Pを消費者物価水準で一定、実質賃金率(w/P)の効用をμ(ミュウ)(w/P)で一定、l(エル)を労働時間、Tを全部負効用、Sを余剰効用とすると、次の式が導かれます。
S=μ(ミュウ)(w/P)l(エル)ーT・・・・・・(3)
ここでSを最大にするような労働時間は、
ds/dl=0とおくと、μ(ミュウ)(w/P)l(エル)=dt/dl・・・・・・(4)
この式は、実質賃金の効用と労働の限界負効用とが等しいとき、余剰効用が極大であることを示しています。そこでPを消費者物価水準で一定のままでおき、貨幣賃金率(w)が上がると、労働の限界苦痛(dt/dl)がある程度大きくなってもよい、と「古典派」では考えるわけです。そしてケインズによれば、この「古典派の第二公準」は誤っています。これを言い換えると、古典派が賃金を収縮的なものとしたのに対し、ケインズは貨幣賃金率(名目賃金)の下方硬直性を主張したのです。
(続く)
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377『自然と人間の歴史・世界篇』ケインズ(古典派の第一公準)
ケインズの名付けた「古典派の第一公準」」(労働需要曲線を決定するものであり、利潤極大を追究する企業家は、貨幣賃金の水準が労働の限界生産力の純価値に等しいような水準に雇用量を決定するという考え方)について。まずは、労働需要曲線の導出について考えてみましょう。
第一公準は企業が収入と費用の差である利潤を極大化するように労働需要量を決定する際の条件を示すものです。このことは、「第一の公準は労働雇用に対する需要に関するもので、労働雇用に対する需要は労働の限界生産が実質賃金に等しくなるような水準に決まってくる」(宇沢弘文)というのと同じことです。
1.資本設備が一定であること。つまり短期を仮定していること、ということはその間は技術の変化はないことになります。
2.それに投じられる労働が等質性をもっていること。つまり、労働は同質であること。
3.市場は独占のない完全(純粋)競走の状態にあること。したがって個別企業によって市場価格は所与として与えられています。言い換えれば、一企業にとつては市場で決まるところの価格は予見として与えられるものであり、自分からは動かすことができないものであること。この状況下では、一労働者にとって貨幣賃金率wも価格pも所与として与えられています。
4.企業は極大利潤を追求すること。
5.収穫逓減の法則が働いていること。具体的にいうと、生産に投入される労働投入1単位あたりの生産量が、その労働投入の増加につれて次第に低下することがいえること。
いまpを製品の価格、qを生産数量、vを固定費、uを製品1単位当たりの原材料費
uqを比例費、wl((ダブリュー・エル)を賃金費用、π(パイ)を利潤とすれば、その利潤πとは売り上げ金額、pqと総費用(v+uq+wl)との差で求められます。
π=pqと総費用(v+uq+wl)・・・・・・(1)
ここで(1)式からは、p(価格)とu(製品当たりの原材料費)とv(固定費)が一定とされます。また(2)の仮定からは、技術が変化しないのですから、(1)式中にて、生産量q(単位は何個とか、何キログラムとか、何トンとか)と労働量lとの間には一義的な関係があります。だから、生産量が決まればそのために要する労働量も決まります。また逆に、労働量が決まると生産量も決まるという関係が成り立っているわけです。
これを式で表すと、(1)を労働量lについて微分すると、次のようになるでしょう。
π=pdq/dlーu(/dq/dl)ーw=0
これから、(Pーu)dq/dl)=w・・・・・・(2)となり、貨幣賃金率w(ダブリュー)が労働の限界生産物の純価値(Pーu)dq/dl)に等しいとき、その時の雇用量がその企業にとっての利潤極大であることを示唆しており、これは(4)と関係しています。
しかも、5.の収穫逓減の法則が働いているとの仮定から、その労働量と生産量の間には収穫逓減の関係、つまり労働量の増加につれて生産量の増加が低減していくことになるでしょう。
また同じことですが、ここに図1を書いて、前提5.を確かめてみましょう。横軸に投下労働量、縦軸に限界生産物の大きさ(追加的労働1単位あたりの生産量の大きさ=dq/dl)、すなわち労働の限界生産力の純価値で表される)をとってみると、その限界生産物の大きさ(追加的労働1単位あたりの生産量の大きさ=dq/dl)、すなわち労働の限界生産力の純価値は、投下労働量の増加につれて逓減(段々と減っていく)ことになるでしょう(その労働の限界生産物とは追加的労働1単位あたりの生産量のことで、では生産関数上の各点における接線の傾き(Δq/Δl)として表されます。)。
そこでは、労働量をわずかに増やして増える費用といえば、uqとwlとなってvは増えない。あるいは(pqーuq)とwlの増加を比べて、(pqーuq)の方が大きいのであれば、労働需要の側にいる人としては労働者をさらに雇った方が利潤が増えることとなり、もう雇わないということであれば、それはその両者の差がなくなった時だということになるでしょう。
次に、図2を書いて、式(2)の様子を確かめてみることにしましょう。すなわち、横軸に労働量l(エル)をとり、また縦軸にはw1(賃金1)とw2(賃金2)をとり、横軸の目盛りは左から0、l1(エルイチ)、l2(エルニ)とし、縦軸は0から出発してw、w1の点を設けましょう。その上で、w1とl2(エルニ)との交点をd、次いでw1とl1(エルイチ)との交点をcとする。すると、左上のlの投入ゼロの点での賃金の水準w3をaとおき、労働の限界生産物の純価値(Pーu)dq/dl)の曲線を引くと、0に対応するのはa、l1に対応するのはb、l2に対応するのはcということになります。
この図において、l1(エルイチ)の労働量によりつくりだされた純価値生産物総量とはabl10である一方、これだけの付加価値を得るために支払われた賃金額ははというと、総額では単位当たりのw1(ダブリユーイチ)になるとして、w×l1(ダブリュー×エルイチ)、図では0w1dl1(ゼロ・ダブリユーイチ・デイ・エルイチ)となり、この場合の企業の利潤はw1abd(ダブリューイチ・エイ・ビー・デイ)となるでしょう。
ところが今度は、賃金の水準がw1からw2へと上昇するとどうなるのでしょうか。企業は利潤の極大を追求しつづけるわけですから、労働量をl1(エルイチ)からl2(エルニ)へと減少させることで、利潤極大点がcからbへと移動することに備えようとするわけですね。
まとめると、企業者は労働需要量を決定する際、プラス面での労働者が作り出した価値と、マイナス面での貨幣(名目)賃金費用とを比較考慮しつつ、市場の競争に向うことになります。ここで労働者が作り出した価値は、その労働の限界生産物の大きさ(追加的労働1単位あたりの生産量の大きさ)、すなわち労働の限界生産力の純価値で表される。その結果、利潤極大を追究する企業と資本家にとっては、貨幣賃金の水準が労働の限界生産力の純価値に等しいような水準に雇用量を決定することになるでしょう。
以上考察してきたことは個別企業についてのものですが、ケインズのいう「古典派」は社会全体の労働需要は個別企業のそれを単純に合計したらよろしいので、曲線の形は同じになります。
ここに<注>として、貨幣賃金率とは、労働者の賃金をある単位(年、時間、日など)で表した賃金指標。実質賃金率とは、貨幣賃金率を物価水準で割ることによって求められた、実際の購買力を示す賃金指標のことをいいます。
これの評価については、宇沢弘文が「第一公準すら現代の法人資本主義体制のもとでは成立しない」(宇沢弘文「経済と人間の旅」日本経済新聞社、2014)と述べているところです。
(続く)
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316『自然と人間の歴史・世界篇』マルクスの基本定理
この定理は、資本主義社会においては、「正の利潤が存在するための必要条件は、剰余労働の搾取があること」を証明するものであり、「マルクスの基本定理」と呼ばれる。これをめぐっては、経済学を学ぶ者の中でも、無関心な人、正しいかどうかの議論を避けようとする人、否定する人、疑問視する人、そしてに賛成する人などが入り乱れて存在している。ここでは、その是非は別として、その内容を紹介する。
いまある最も簡単なモデルとしての資本主義社会を想定し、次の仮定を置く。
①この社会には資本家と労働者の2つの階級のみが存在し、所得は賃金と利潤に限定されるとしよう。したがって、この社会の含意として優等地に制限がなく地代は発生しない。
②労働は同質性をもち、賃金格差はないものとする。
④労働者は賃金所得をすべて消費にまわす。いわば「裸一貫」の状態に晒されている。労働者の消費パターンも同一性をもっているとしよう。
⑤資本の回転速度は全産業で同一とおく。
⑥固定資本の不在、全部が流動資本であること。
⑦規模に関する収穫不変の法則が働いている。
⑧結合生産の不在、つまり同じ原料を用いて複数の生産物が生まれることはない。
⑨対象は基礎部門としての生産財と消費財の2部門の商品生産を考える。
⑩個別資本の利潤率格差はないものとする。
⑪単純再生産で、資本家も利潤所得をすべて消費にまわすことになっている状態を想定する。
⑫貨幣は価値尺度、流通手段としてのみ機能すること。
これだけの仮定をおいた上で、次に記号の説明をさせてもらう。いま、生産財を1単位生産するには、生産財をa1単位と労働τ1(タウイチ)単位が必要である。また、消費財を1単位生産するには、生産財をa2単位と労働τ2(タウニ)単位が必要である。
このき、生産財、消費財をそれぞれ1単位 生産するために直接・間接に投下(投入)しなければならない労働量(投下労働量または投入労働量と呼ぶ)をl1()エルイチ、l2(エル二)とすると、次の式が成り立つ。
l1=a1l1+τ1:(1の1)
l2=a2l2+τ2 :(1の2)
この連立方程式を解くと、
l1(エルイチ)=τ1/(1-a1):(2の1)
l1(エルニ)=τ2+a2τ2/(1-a1):(2の2)
一方、この社会での生産財1単位の価格をp1、消費財1単位の価格をp2、それから労働者が1日の労働力を資本家に雇用されて、つまり販売して受け取る賃金で購入できる消費財の量をBとしよう。そして1日の労働時間の長さをT、時間当たりの貨幣賃金率をwとおくと、次式が導かれる。
wT=Bp2:(3の1)
生産財と消費財の生産部門のそれぞれにおいて利潤が存在するためには、次式が必要だ。
p1>a1p1+τ1w:(3の2)
p2>a2p1+τ2w:(3の3)
ここで諸商品の価格がその価値(その商品の生産のために直接・間接に投下された労働量)に比例し、等価交換が実現しているとすると、次の均衡式が成立する。
p1/p2=l1(エルイチ)/l2(エルニ):(3の4)
(3の2)式と(3の3)式に、(3の1)式と(3の4)式を代入して整理し、次式を導く。
l1(エルイチ)>a1l1(エルイチ)+τ1Bl2(エルニ)/T:(3の5)
l2(エルニ)>a1l1(エルニ)+τ2Bl2(エルニ)/T:(3の6)
ここで(1の1)式と(1の2)とを、それぞれ(3の5)式と(3の6)式に代入して整理すると、次式を得る。
τ1(1-Bl2(エルニ)/T)>0:(3の7)
τ1(1-Bl2(エルニ)/T)>0:(3の8)
したがって、利潤が存在するには、次のような関係とならねばならない。
T>Bl2(エルニ):(3の9)
この式は、労働者が自らの労働力の再生産分(家族の養育費も含める)以上に労働時間を延長して働くことで、剰余労働を搾取されていることを示す。
生産財と消費財の両方の生産部門で利潤が存在するためには、
p1>0、p2>0、w>0(:(3の10)式)の下で、
(3の1)、(3の2)、(3の3)の各式が成立していなくてはならない。
一方、(3の2)式と(3の10)式から、次式とならねばならない。
1>a1:(3の11)
それから、(3の1)式に(3の2)式を代入し、(3の10)式と(3の11)式を考慮すると、次式が成り立つ。
p1/p2>τ1B/T(1-a1):(3の12)
さらに(3の1)式を(3の3)式に代入して、(3の10)式を参照することで次式が導かれる。
p1/p2<(T-τ2B)/Ta2:(3の13)
(3の12)式と(3の13)式がともに成立するためには、
(T-τ2B)>a2τ1B/(1-a1)
これを整理すると、次式が導かれる。
T>B(τ2+a2τ1/(1-a1):(3の14)
ここで(2の2)式を考えると、(3の14)式は(3の9)式の意味するところに等しい。よって、マルクスのような等価交換を前提することなくして、利潤の源泉が労働者が働いて作り出した価値の剰余価値部分であることが証明された。これを導出したのは日本の経済学者の置塩信雄であり、今日では「マルクスの基本定理」と呼ばれ、資本主義がどのような基本構造を持つ階級社会であるかを、平易な形で教えている。
(続く)
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