♦️536『自然と人間の歴史・世界篇』戦後のヨーロッパの出発(アイスランド)

2017-12-23 19:37:16 | Weblog

536『自然と人間の歴史・世界篇』戦後のヨーロッパの出発(アイスランド)

 アイスランドは、北ヨーロッパの北大西洋上に位置する。共和制を取る。首都はレイキャビク。人口は、2015年1月時点で約37万人。極寒の地ながら、火山がここうかしこにあって、地球が生きていると実感でき、地熱発電も行われる。
 825年、ディチル(アイルランドの修道士)がアイスランドに着く。9世紀後半から、ヨーロッパからの入植者が相次ぎ、アイスランドに村などができていく。930年、民主議会、アルシンギが創設される。982年、エリック・トヴァルソンがグリーンランドを発見する。930年、アルシンギ(立法・司法機関)設立される。1000年、オーディンを主神とする多神教に変えて、キリスト教に改宗する動きあり。
 1262年、ノルウエーの植民地になる。1397年、今度はデンマーク王の統治下に入る。1602年、デンマークがアイスランドとの通商交易を独占する。1707年、鼠蹊(そけい)腺ペストの流行で、人口の約4分の1のアイスランド人が死ぬ。
 1798年、デンマークの独占通商交易が終わり、自由通商交易が始まる。1880年頃からは寒冷化が進み、移民するアイスランド人が出る。アメリカに渡ったアイルランド人も、当面、そのほとんどは貧しい生活を強いられたのではないか。1916年、社会民主党と進歩党が発足する。1918年、主権国になる。独立には違いないものの、デンマーク王は引き続き国王として君臨する、これを「デンマークとの同君連合」と呼ぶ。
 1929年、アイスランド独立党が発足する。1930年、共産党も発足する。アイスランドラジオが放送を開始する。1940年、デンマークがナチス・ドイツに占領される状況の下、イギリス軍に占領される。1941年、アメリカ軍が防衛を肩代わりする。
 そして迎えた1944年、アイスランド共和国として独立する。1949年、NATO(北大西洋条約機構)に加盟する。1951年、米軍がケフラヴィークに駐屯する。1952年、漁業権が4マイルに延びる。1958年、漁業権が12マイルに延びる。
 1963年、スルトエイ噴火がある。1966年、アイスランドテレビが放送を開始する。1970年、EFTA(European Free Trade Association)に加盟する。1973年、ウエスマン諸島が噴火する。
 1980年、初の女性大統領、ヴィグディス・フィンボがドッティル氏が誕生する。1994年、EEA(European Economic Area、欧州経済領域)に加盟する。1980年代の半ばから、この国は教育投資を増やし、また海外からの投資を大胆に受け入れる。アメリカをはじめ多くのIT関連企業が流入する。金融業や保険業も、どんどん来て国は活気を呈する。グローバリゼーションの典型、脱工業化のスローガンが独り歩きする。
 2006年、アメリカ軍がこの地から撤退する。アメリカ軍の駐留は、55年にして終止符を打たれる。2008年、経済破綻となる。アメリカノリーマン・ブラザーズの経営破綻を契機に、世界恐慌が始まると、経済小国アイルランドはその縮小の渦に巻き込まれる。その前までの経済過熱、インフレ傾向から一転、株価も住宅価格も急落を呈する。2009年1月、ゲイル・ホルデ政権が退陣する。

(続く)

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