夜遅く会社から帰宅するためにいつものように通勤列車に東京都心部から乗り込む。時刻は既に1時を過ぎている。しかしこの日は自宅を千葉のとある場所に引っ越したばかりで、最寄りの駅が何という名前で、どの沿線にあるのかを覚えていないことに気がつく。車内は酔っ払いや得体のしれない連中で満ちている。座席は空いているのにながながと横になったりしているので座るのが容易ではない。他の車両に移ってみるとその車両座席はアイボリー色の硬質ビニールを型打した風で、ボートの船底のように見え、一人の男が長々と横になって座っている。
列車は進むが今走っている沿線と停車する駅が見覚えがなく、どこかまったく見当違いの方向を走っているようなのだが、思いだせないので焦りだす。列車のなかは不思議な空間で、プラスティックで出来た船底を思わせるような客席や、通常の列車だが座る余地のない混んだ状態の客席などで、そのうちこのまま乗っているととんでもないところに運ばれていく気がし出して慌て出し、見知らぬ駅で横に置いておいたコートを手に取り降りる。上着の携帯電話を取り出そうと内ポケットに手を入れるとその上着は他人のもので、間違えたことに気がつくが、既に乗ってきた列車は遠くに去っている。
内ポケットには携帯電話と厚めの革張り手帳が入っている。手帳をひらくと中部警察本部長と記され、パスポートの顔写真ページのような体裁になっている。どうやら警察トップの上着を間違えて持ってきたらしい。この携帯を使って自宅に電話して自宅の最寄りの沿線と駅名を聞こうと思い立ち、携帯電話を操作しているうちに、この携帯の持ち主の奥さんと思える声が慌てたような声を発している。突然にこの見知らぬ女性と繋がったのと、他人の携帯を利用しているといううしろめたさで応答もしないでそそくさと切る。手帳の持ち主がただならぬポジションにいるだけに、自分がなんだか容易ならぬ状況に追い込まれているのではないかと心配になってくる。この手帳には公表されると極めて都合の悪い極秘のメモが記してあり、警察組織を使って捕まえにくるのではないかとかすかな不安が芽生え、だんだん増大してくる。
見知らぬ駅に降りてみたものの、もう深夜2時をすぎていて駅構内は無人で、会社に帰る上り列車もなさそうだ。どこか泊まれる場所を尋ねるために駅近辺をうろつくと、何人かに出会うが宿泊施設を聞いてもさっぱり要領を得ない。途方にくれているうちに目が覚めた。