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まさおレポート

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紀野一義の研究35 正法眼蔵 森羅万象一切が心

2021-12-22 | 紀野一義 仏教研究含む

桜の枝を煮出す

見出し画像はhttps://tsugiiro.com/cherry-blossoms-extraction/からお借りしました。


紀野一義の正法眼蔵講義(youtube)から断片的なメモです。

矛盾をもって矛盾を超える。重大なことは矛盾を超えることだ。

たとえばある人が80歳で死ぬということも事実であり、永遠の生命を得ているというのも事実である。重大なことは矛盾を超えることだ。

森羅万象一切が心なのであり魂が心なのではない。


さくらの花びらをそのまま染めるとグリーンに染まる。のちの葉の色素を底に宿している。

桜の木を煮るとピンクができる。木の精のなかにピンクが入っている。

梅の枝を煮ると紅の色ができる。 

万葉集のころから紫は紫草を煮るとできることを古代日本人は知っていた。

藍は簡単に染まるかとおもっていたが全くでない。 

紺屋の白袴の意味は世間で言われている、紺屋が仕事に忙しくて袴を染める暇がないとの意味ではなく、紺屋は袴が紺に染まらないように仕事を慎重にやるという意味だとのこと。

眼に見える現象は目に見えないものに付着している。

仏法の面白さとは段々目が開いていくこと。

目に見えるものは見えないものに付着していることをノバリスの詩を引いて説明している。

ノバリス 箴言集断章 きこえるものは、きこえないものにさわっている

すべてのみえるものは、みえないものにさわっている
 きこえるものは、きこえないものにさわっている
 感じられるものは、感じられないものにさわっている
 おそらく、考えられるものは、考えられないものにさわっているのだろう。

ノヴァーリス (1772~1801)箴言集「断章」


馬鹿なことをいうな。だから素人は・・・という僧もいれば

凄いね、こういう人はあまりいないね、きたないことでもみんなすばらしいという僧もいる。


ある絵描きはガンの宣告され5年で40枚の素晴らしい絵を描いて死んだ。


大岡信の「うたげと孤心」

宴は手をたたく意味の「うちあげ(打ち上げ)」から詩歌が生まれる。連歌で挙句の果てとは発句の行く先をいう。


見出し画像はhttps://tsugiiro.com/cherry-blossoms-extraction/からお借りしました。

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