フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」は貴種流離譚に分類されるらしい。貴種流離譚を連想させるフレーズを集めてみた。
実のところギャツビーは、僕が「こんなものは絶対に我慢がならない」と考えるすべてを、そのまま具現したような存在だった。P11
ギャツビーは最後の最後に、彼が人としてまっすぐであったことを僕に示してくれた。P12
両親はうだつのあがらない貧しい農夫で、彼の想像力は断じてその二人を、自分の親としては認めはしなかった。ロング・アイランドのウェスト・エッグ在住のジェイ・ギャツビーは、彼自身のプラトン的純粋観念の中から生まれ出た像なのだ、というのが事の真相である。・・・そして彼は最後の最後まで、その観念に対して忠誠を貫いた。P181
それでも彼の心は常に激しい騒擾の中にあった。きわめてグロテスクで幻想的な様々の奇想が、ベッドの中の彼を夜半に見舞った。・・・言葉にできないほど俗悪なるものの宇宙が、彼の脳裏に際限なく紡ぎだされた。・・・そのような夢想が彼の想像力にあるところまではけ口を提供してくれた。現実というものの非現実について、それは納得のいく示唆を与えてくれた。P182
「過去を再現できないって!」・・・「できないわけないじゃないか!」・・・「すべてを昔のままにもどしてみせるさ」P202
「過去にあったことは変えられないのよ」P241
夜は冷ややかで、年に二度めぐってくる自然の変貌に伴う謎めいた高ぶりが、あたりに感じられた。家家々のひそやかな明かりが、かすかなうなりを立てて暗闇にこぼれ、夜空の星の間にはめまぐるしい動きが見受けられた。ギャツビーは目の端で、何ブロックもまっすぐに続く歩道が紛れもなく一本の梯子になって、樹木の頭上にある秘密の場所に届いていることをみて取った。もし一人だけそこに上がろうと思えば、上がることができる。そしていったんそこに上がってしまえば、生命の乳首に吸いつき、比類なき神秘の乳を心ゆくまで飲みくだすことができる。P203
「・・・恐ろしい何かが、お前の身辺にはある」P244
「いずれにせよ、デイジーはそのままスピードを上げた。・・・その後は私がかわって運転した」P261
彼は自分をさげすんでもいいところだった。というのは彼は疑いの余地なく、自分を別の誰かに見せかけることで、彼女を手に入れたからだ。P268
むろんちょっとの間くらい、あの男を愛したこともあったかもしれない。・・・そこで彼は不思議なセリフを口にした。「ともあれそれはただの私事にすぎない」と彼は言った。P274
そして彼はしみひとつない不朽の夢を胸の奥に秘めつつ、階段のてっぺんに立って・・・別れの挨拶をおくっていた。P278
かつての温もりを持った世界が既に失われてしまったことを、彼は悟っていたに違いない。たった一つの夢を胸に長く生きすぎたおかげで、ずいぶん高い代償を支払わなくてはならなかったと実感していたはずだ。彼は威嚇的な木の葉越しに、見慣れぬ空をみあげたことだろう。そしてバラというものがどれほどグロテスクなものであるかを知り、生えそろっていない芝生にとって太陽の光がどれほど荒々しいものであるかを知って、ひとつ身震いしたことだろう。その新しい世界にあってはすべての中身が空疎であり、哀れな亡霊たちが空気のかわりに夢を呼吸し、たまさかの身としてあたりをさすらっていた・・・P291
デイジーが弔電ひとつ、花ひとつ送ってこなかったという事実くらいだった。P314
「まったく信じられんね!宴会には何百人も押しかけてきたというのに」315
「彼らの目にはおそらく、この島は緑なす乳房として映じたのであろう。・・・人類すべてにとって最後の、そして比類なき夢に向けて、甘い言葉をさやかにささやきかけていたのだ。束の間の恍惚のひととき、人はこの大陸の存在を眼前にして思わず息を呑んだに違いない。審美的な瞑想のなかに引きずりこまれ、みずからの能力の及ぶ限りの驚嘆を持って、その何かと彼らは正面から向かい合ったのだ。二度と巡り来ぬ歴史のひとこまとして。P325
その夢がもう彼の背後に、あの都市の枠外に広がる茫漠たる人知れぬ場所に・・・移ろい去ってしまったことが、」ギャツビーにはわからなかったのだ。P325
ギャツビーは緑の灯火を信じていた。年を追うごとに我々の前からどんどん遠のいていく陶酔に満ちた未来を。それはあのときわれわれの手からすり抜けていった。・・・だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながら。P326