散歩の閑人:メタ坊っちゃまのYOASOBI?

若気の至りが過ぎてメタボでも、世遊びは辞められない。

小机領子歳観音巡礼「結願と念仏」

2008年05月06日 | ☆横浜じゃん

「旧小机領三十三所観音霊場巡り」の今日が最終日。小雨のパラつく中、昨日の強行軍が奏効して、1か寺のみとなった。もし小雨が本降りにならなければ、昨日で終われたものが、早く帰宅を促すかのように、夕暮れを早めて雨脚を強くしたのも観音様の思し召しなのかもしれない。最後の寺は横浜線中山駅近くの「第29番札所慈眼寺」。それも五月晴れだ。実は、残り第10番札所東福寺(鶴見区)と第32番札所東観寺(緑区)の3か寺となったときに、東観寺に寄った際、雲が厚くなってきたので、急な雨を避けようと鴨居駅からJR横浜線に乗って東福寺に向かった結果なのだ。だから、気も晴ればれとして、ゆっくり支度をして出かけようとすると、散歩がてら妻も息子も同行するという。相鉄線鶴ケ峰駅からバスで中山駅に向かう。丁度昼時となったので、(私だけの)中山名物「きゃべつ」の広島風?お好み焼きで腹ごしらえをした。緑区役所が寺山町にあるとおり、その裏手の山の中腹に慈眼寺はある。本堂とは別の観音堂には、最終日だけに檀家さんが大勢集まっていた。印をいただき、堂内の観音様や仏様、十二神将を拝ませてもらう。そのとき、双盤念仏はいつごろ回向するのですか?と聞いてみた。実は、横浜市内の数少ない無形文化財の中の1つに指定されていて、この子歳観音のときにしか目にすることができないからだ。すると「昨日もやったし、今朝もやったからねぇ」と返事が返ってきた。「1曲45分かかる」といいながら、檀家さんに声をかけ、女性も含めた急ごしらえで太鼓と鉦を叩き始めた。これも結願を迎えた観音様の粋な計らいに違いない。我が家3人のための双盤念仏がちょっとリズムを外しながら奏された。きっと次の子歳まで観音様のご加護があると信じながら寺をあとにした。ただ、二年後の寅歳には二十七所薬師霊場巡りがあると聞いた。えっ!どうしよう・・・。
ちなみに、カメラのキャノン(CANON)は、観音が名の由来だと思う。
ところで、止めの第33番札所法昌寺は、第32番からも第1番からも遠く離れた青葉区のこどもの国駅前にある。それも新興住宅地の一画に住宅然として建っている。境内には霊場創設のいわれを記す石柱と一列に並んだ石仏があるのみで、草が生え放題だった。観音様は本堂から離れた巨大霊園の斎場に収められていた。朱印は霊園の従業員が対応する。念のため、本来の位置はどこか探してみたら、第32番札所東観寺の裏山の頂きにお堂が残っていた。もうすぐ宅地として造成されるという。そのため、やむなく東観寺で結願した場合には「結願」を住職自らしたためてくれるという。それを先に聞きたかったなぁ。


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1 コメント

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へえ~ (酔華)
2008-05-09 05:42:39
CANONは観音だったのかぁ
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