娘が中学生の時にお世話になったOさん。
道路でばったり。
「おめでとう、まーさんから電話が来てたよ、よかったね」と声をかけてくれた。
いろいろな話の中で、「お母さんが頑張ったのよ。」「お母さんがまーさんを信じてそれを貫いたのよ」「お母さんが守ったのよ」と何度も言われて、うれしかった。
「先生、これで虐待を受けても連鎖を切れるって宣言してもいいですよね?」と聴いたら「もちろんよ、でもまだこれからも支え続けていくことはたくさんあるんだからね」と念を押された。
まーにとっては、全然な母かもしれないけれど、自分にとって出来ることをしてきた自負はあるので、素直にうれしかった。
もちろん私だけではなくて、家族の力なんだと思うけれど、やっと家族に出逢った気がする。
今引っ越しもあって、いろんな交渉や作業がある。
寒いし疲れるしで、イライラしている。
それでも大きなケンカにならないのは、26年間積み上げてきた物かもしれない。
夫はもくもくと箱詰め。
私は淡々と電話で交渉。
時には、工事の立ち会い。
なんとご近所らしいので、これからはばったりが多くなるかもしれない。
家族に出逢うのは50年経ってからではなくて、赤ちゃんの時から変わらずに、家族でいられた方が絶対いい。
結果はすぐでなくても、積み上げていけばその幅は広く大きくなるんだなって思えるようになった。
仕事だけじゃなくて、家族としてもそれができるんだって知ったような気がする。
迷惑な母でもあるけれど、頑張った母でもあってそれは表裏一体なのだと、気がついた。