昨日、娘から「子どもの教育について3人で語れるってイイネ」と電話越しで、私に伝わって来た。
たしかに、夫婦+子どもで、同じテーマで考えるなんてことってそうないかもしれない。
大学の授業の中で「好き嫌い」のことで親に確認してみるというものがあるらしく、離乳食のことを聞かれた。
娘は野菜が大好きで、野菜スティックは欠かせない。(笑)
どうやって好き嫌いのない子どもに育てたかと聞かれても、特別な想いはなく、ただ自分とは反対のことを実行しただけなのだ。
私は「食わず嫌い」のものが結構あって、社会に出てからとか、結婚してからとか、子育てが始ってからとか、初体験ばっかりだった。
箸の使い方はもちろんのこと、お椀の蓋の閉め方、家庭で学ぶべきことを社会人になって「初体験ばっかり」で大変だった。
左利きは、まあ、「治してもらえなかったの?」っていう言葉は必ず言われる。
でも左で包丁を握り、右で菜箸を使い、便利なこともけっこうあるのだ。
鉛筆は右、消しゴムは左、持ち変える必要がない。
歯磨きの習慣も今さらだけど、頑張って磨いている。
頑張らないと忘れてしまう。
さて・・・・離乳食だけれど、私は保育士だった時代に、乳児さんを保育した経験がある。
看護師さんの子どもたちで生まれてすぐから4歳までの子どもたちだった。
なので、離乳食はお母さんが作って来たものを何度かに分けて、食べさせて毎日を過ごしていた。
食わず嫌いの私も、いろんな食事を見て、へぇ…と思った。
自分の子どもが生まれた時も、保育園に育ててもらったような形だけれど、自宅では、おかゆは炊飯器の中でお茶碗にほんの少しのお米と、お水を入れて、普通に自分たちが食べるご飯と炊いた。
味のしないものから、初めて当然のように、とろとろから、もぐもぐ、カミカミと、進めた。
気をつけたことは、自分が苦手な魚、野菜をあえて先に準備して、ニンジン、ピーマン、きゅうりはおやつ代わりに手に持たせた。
食べやすいように、あんかけにしたり、結構豆につくって冷凍技をつかった。
カミカミ期は、ほとんど手づかみ。
汚れても、拭けばいいと思っていたし、どんな時も裸足で親指を使ってハイハイさせ、出来るだけタッチできないように、仕組んだ。
ハイハイは出来るだけ長くさせておいた方が、運動するための筋肉が育つと聴いていたから、それは忠実に。
私は母親の膝の上で、口だけを開けてご飯を食べていたそうだ。
そして、
弟が生まれたことで、いきなり保育園。
自分でご飯を食べる経験のない子どもが、保育園での「お弁当の時間」がどんなことになるか、想像してみてほしい。
毎日、お弁当の時間が地獄のように長かった。
箸なんて使ったことのない、もちろんスプーンでさえも自分で食べる経験をしていない、その私がいきなり、他の4歳になっている子どもと、一緒に同じ時間の中でご飯を食べろと、言われる。
みちえちゃんは、本当に何も出来ない
そう保育士さんに言われた。
でも、これって私の責任なのだろうか?
自分で作るお弁当も、大嫌いだった。
他の友人と違うからだ、毎日同じおかずしか作れない、楽しみのないお弁当。
私は自分の娘には、全て自分の経験とは反対のことをして、育てた。
その結果「好き嫌いのない子ども」になり、大人になり、多分好き嫌いのない子どもを育ててくれると思う。
子どもは一人の人間として尊重されるべきである、それと同時に無償の愛を受けるべき。
時には、自分の命よりも愛おしく、大切にされるべき存在だと、私は思う。
時々思う。
私は私の娘から生まれたかった。