虐待を生きぬいて~連鎖を切りたいと願って生きてきた人生と快復~

虐待のサバイバーからガーディナーへ。


大きな樹の根を見つけた。
どんな暴力からも「逃げていい」って伝えたい。

みっちーの活動

1 手話通訳活動を含めたミュージックサインアーティスト   &ピアニスト 2 人権活動(子ども、女性、障がい者、高齢者、メンタル系) 3 里親制度を広めたい 4 復興支援(体と心によいこと始めました) 楽しくて、優しい人に出逢って、自分も嬉しいを手渡しできるそんな活動がしたい。 すべては自分のための四苦八苦。 自分に優しく、他人にも優しくを心がける2014年。 合言葉は nice love song

ミュージックサイン アーティスト みっち~

「ファン」Byミック・サトー

母子手帳を愛おしそうに眺めていた青年

2012-10-22 17:14:32 | みちえの活動日記
本日、電車で移動をしていて、打ち合わせと治療と、また打ち合わせ。

帰りの電車で隣に座っていた青年がとっても真剣に眺めていた。

ちらっと見ると「2歳~3歳くらいになると・・・・・」という文字が目に入った。

なにげに見てると、結婚指輪もしてて、もしかしてパパになるのかしら??って感じだった。

しばらくその母子手帳を見て、愛おしそうにバックにしまった。

今厚生労働省では、「イクメン」(育児休暇をメンズが取ろう!)みたいなことを勧めている。

実際私の知り合いでは5人くらいいるかな。

私は産休しかなかったので、生後6週目から娘は保育園に。

8週目からは、フルタイムで働いた。

正職員ではなかったので、授乳時間の免除もなく、職場で母乳を搾乳。

いくら自分で絞っても、限度があって、3時間もすれば、パンパンに膨れ上がって、超恥ずかしい。(笑)

周りの女性職員も、気の毒がって、冷蔵庫を別な課にあるから、使っていいよと言ってくれたり、トイレで絞ってくれば?とか(これは捨てることになるので切なかった)、アドバイスをくれた。

私は自分がミルクで育ったと聴いていたので、なんとか母乳でと思って、それは必死にマッサージしたり、食べ物には気を使ったり、でも親の援助は受けられないので、本を読んだり、保育園に努めている友人に聴いたりした。

ミルクを全面否定しているわけではないけれど、私の腕の筋力そのものが弱いので、抱っこをしていられる時間は、多分他の人よりも短いと思う。

でも母乳だったら、肌と肌をくっつけて会話が出来るし、ふにゃっと泣いたら、すぐ授乳が出来るから、便利だしなんてことを考えていた。

絞った母乳は冷凍庫で保存して、とうちゃんでも母乳でと頑張った。

とうちゃんも、私が先に退院して、3時間おきに病院に授乳に行かなければならないところを昼間の1回は、その冷凍母乳をもって、病院にいって、授乳してくれた。

当時は、「えらいお父さんだね」と言われた。

私たちの時代には「イクメン」はなかったけれど、先駆けて育児参加をしてくれたんだなと、今になってしみじみ思う。

だから、私達3人はとても仲がいいと言われるんだろう。

どうもありがとう。

世の中のおとうちゃん、少しでいいから、育児に参加してね。

隣に座っていた青年をみて、なんか嬉しかった。