徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

2018年09月16日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『火刑都市』は1986年の作品で、中年刑事が主人公の社会派ミステリーです。先日読んだ恩田陸の『EPITAPH東京』で東京を舞台またはテーマにした作品の1つとして紹介されていたので興味をもち、読んでみました。

四谷にある雑居ビルが放火で火事となり、若い警備員が焼死することでストーリーが始まります。彼は睡眠薬を服用し、寝ていたために逃げられなかったらしい。果たして放火に巻き込まれただけなのか、自殺なのか、他殺なのか。中村刑事がこの土屋という男の周辺を洗ううちに、謎めいた女の影が浮上しますが、土屋のアパートからは彼女の痕跡がきれいに消されていたため、雲を掴むような捜査で細い糸を手繰り、ついにその女の身元を突き止めるものの、「別れた」「死ぬなんてわからなかった」ととぼけられ、また放火が起きた日のアリバイもあったため、その線の捜査は一度終了。その後放火事件が続いたため、中村はその捜査に追われます。しかし、その女・渡辺由利子の友人が中村に何かを伝えようとした日に殺害されることで、中村はまた渡辺由利子の過去を洗い直し始めます。

放火事件が8件になった後、犯人からある雑誌へ投稿があり、そのうち犯行声明も出て、その背景が明らかになります。要するに無計画な都市開発に対する鉄槌だったらしい。この放火犯と渡辺由利子の本当の関係はいかに?また、放火は1件目を除いて常に密室で起こっていたため、そのカラクリはなにか?放火場所の選択基準はあるのか否か?次の放火場所の予測は可能か?放火事件の起こる時間帯または日にちに規則性があるのか?などの謎に迫ります。

これは、かなりの長編で読み応えのある推理小説ですね。今野敏の警察小説を何冊も読みふけった後に読むと、中村刑事がほぼ単独で捜査していることにかなりの違和感を持たずにはいられませんが。

また、古い作品なので、「昭和35年生まれ、現在23歳」などという記述にやはり時代を感じますね。

でも、放火犯の犯行声明で訴えられている無計画な都市開発に対する批判や日本人のオブスキュランティズム(蒙昧主義)に対する批判は現在でもー少々形は変わっているかもしれませんがー有効な批判だと思います。原発再稼働に当たって、いい加減な避難計画を許容してしまう当たりなど、これに通ずるものがあると感じます。

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書評:今野敏著、『廉恥』&『回帰』警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ(幻冬舎文庫)

2018年09月16日 | 書評ー小説:作者カ行

今野敏の『隠蔽捜査』シリーズ全巻読破後、たまたま同作家のセールになっていた別シリーズがあったので買って一気に読んでしまいました。テンポのいい日本語小説はあっという間に読み終わってしまうので、本題が馬鹿になりませんね(笑)

第1弾の『廉恥』では、ストーカー殺人事件がテーマとなっていますが、事件の捜査が進むにつれ被害者の女性の方にいろいろ問題があったことが判明していき、真犯人はストーカーではないことが浮き彫りになっていくという展開です。ストーカーや痴漢の犯罪が成立するのは被害者の受け止め方に左右されるため、被害者の言い分が本当に正しいとは限らず、誰かを遠ざけたいという打算や、陥れようとする悪意が働いている場合もある、という問題に焦点が当てられています。訴えられた方は家庭や仕事を奪われる場合もあるため、捜査する側に決めつけまたは偏見があると真実を見出せず、人一人の人生を狂わせてしまう危険性を孕んでいます。判断に慎重さが求められるわけですが、実際問題としてどうなんでしょうね。

第2弾の『回帰』では国際テロがテーマとなっています。とある大学前で自動車が爆発。数日たってからイスラム国が犯行声明を出した。それは単なる前哨戦で、日本に潜伏していた過激派のスリーパーが本格的にテロ計画を実行に移す可能性があり、それをいかに未然に防ぐか公安部と刑事部がぎこちないながらも協力して事に当たります。その中でことさらに問題とされているのが参考人や被疑者の人権保護とテロ防止・国家防衛という目的の間のバランスです。刑事部の方は折角集めた証言や証拠が違法捜査によって「証拠として認められない」ということになり、犯人をみすみす無罪にしてしまうことを避けるため、人権問題にも慎重にならざるを得ないのに対して、公安部の方は国家が守られれば「人権くそくらえ」で、相当の温度差があるということがよく描写されています。

本シリーズの主人公、警視庁強行犯係長・樋口顕は、『隠蔽捜査』シリーズの竜崎伸也とは全く違うキャラで、刑事らしくない協調性を持ち、内省的で自己評価が低く、動揺したり迷ったりするものの、そういった感情の動きが外にほとんど出ないし、また出さないように努めているので、本人の自己認識と他人からの評価にかなり乖離があり、その乖離にまた戸惑い悩むという、かなりまどろっこしいキャラです。それでも結構能力も洞察力もあり、空気を読むことはあっても、それだけでなく、ここぞという時は言うべきことを言うこともできる人です。ただ本人の自己評価が基本的に低いので、そういう能力をきちんと評価できないようです。日本人には割と多いタイプかもしれません。理解はできますが、まだるっこしい分、エンタメ性は落ちるように思います。


書評:今野敏著、『蓬莱 新装版』(講談社文庫)

書評:今野敏著、『イコン 新装版』講談社文庫

書評:今野敏著、『隠蔽捜査』(新潮文庫)~第27回吉川英治文学新人賞受賞作

書評:今野敏著、『果断―隠蔽捜査2―』(新潮文庫)~第61回日本推理作家協会賞+第21回山本周五郎賞受賞

書評:今野敏著、『疑心―隠蔽捜査3―』(新潮文庫)

書評:今野敏著、『初陣―隠蔽捜査3.5―』(新潮文庫)

書評:今野敏著、『転迷(隠蔽捜査4)』、『宰領(隠蔽捜査5)』、『自覚(隠蔽捜査5.5)』(新潮文庫)

書評:今野敏著、『去就―隠蔽捜査6―』&『棲月―隠蔽捜査7―』(新潮文庫)