何を隠そうがちで理論言語学をベースとした本を日本語で読むのは初めてだったのですが、「ふだん使い」と銘打っているだけあって、用例が身近なもので、問題ポイントの解説も分かりやすく、従って、どのように改善・修正すべきなのかも明確に分かる構造になっています。
「言った、言わないが起こるのはなぜ?」「SNSの文章が炎上しやすい」「忖度はなぜ起こる?」……理論言語学の知見を使い、単語の多義性や曖昧性、意味解釈の広がり方や狭まり方、文脈や背景との関係などを身近な例から豊富に解説。文の構造を立体的に掴む視点が身につき言葉の感覚がクリアになる、実践的案内。
上の商品案内は実に的を得ています。
本書は、意識的に言葉を運用して、誤解や炎上を防ぐのに大いに役立つことでしょう。
目次
まえがき
第一章 無意識の知識を眺める:意味編
第二章 無意識の知識を眺める:文法編
第三章 言葉を分析する
第四章 普段の言葉を振り返る
あとがき
第一章から第三章までが言葉を意識的に観察するメソッドの土台で、第四章がそのメソッドを使った実践ドリルになっています。
第四章だけ読んでも得るところは大きいと思います。
具体的な内容は以下の通りです。
- 人前に出す文章を添削する
- 「ちょっと分かりにくい」婉曲表現
- 誠意ある対応―あやふやな言葉のトラブル
- 「言った、言わない」が起こるわけ
- 同じ意味?違う意味?
- 褒め言葉で起こらせないために
- 誘導尋問のかわし方
- SNSで気をつけたい「大きい主語」
- 「笑える冗談」と「笑えない冗談」の違い
- 「察してほしい」と忖度
- 自分の言葉遣いに自信がない人は
- 「言葉の乱れ」問題
- おわりに:科学的に言葉を眺める
言葉には「絶対的正しさ」というものは存在せず、言葉の感覚には個人差・地域差・年代差があります。この事実を意識しているだけでもずいぶんと言葉遣いに慎重になれるのではないかと思います。
「かみ合わない」「思うように伝わらない」「相手の意図が分からない」などの問題は、主に、言葉に現れていない含意や背景知識が共有されていないことによって起こります。
また、人は聞いた・読んだ順番通りに意味のまとまりを作っていく傾向が強く、「大きな主語」(長い修飾句)は非常に誤解を招きやすいため、可能な限り避けるのが無難です。
「あなたのような写真の才能のない人はどのように写真を取ればいいですか」とか「田中社長は、背任と横領の罪に問われ検察に逮捕された前社長に代わり、我が社を見事に立て直してくださいました」のようなものが「大きな主語」ないし長い修飾句の例です。後者は「前社長」が登場した時点で「背任と横領云々」が田中社長の話ではないことが分かりますが、前者は文が完結した後でも「あなた」に対する褒め言葉と貶し言葉の両方の解釈が可能です。
SNSなどの文脈から切り離されて、発信者の人となりを一切知らない人たちに見られる可能性のある文章では、特にこのような紛らわしい構造は避けるべきですね。
ちなみに上の二つの例の改善案は、以下の通りです。
「あなたは写真の才能がありますが、そのような才能のない人は…」
「田中社長は、前社長が背任と横領の罪に問われ検察に逮捕された後、…」
文章の推敲時にはぜひとも心がけたいですね。