何かと忙しくて読むのに大分時間がかかってしまいましたが、ついに『微妙におかしな日本語: ことばの結びつきの正解・不正解』を完読しました。
本書の魅力は長年『日本国語大辞典』の編集に携わってきた著者が、歴史的な用例を明らかにしつつ、本来の言葉のつながりがどれで、本来的な言い方ではないが許容範囲であるのはどれで、どれは明らかに誤用なのかを決めつけではなく慎重に論じているところです。
例えば、「最近の言葉の乱れ」の例としてよく挙げられる「全然大丈夫」のような「全然プラス肯定形」の用法ですが、実は「全然プラス否定形であるべき」という根拠が歴史的に見ると見つからないのだそうで、江戸時代から用例がある「全然」ですが、後に肯定も否定も続くことがあったにもかかわらず、昭和28~29年に「本来否定を伴う」という規範意識が国語研究所から広められていったのだとか。
そのように「誤用」と切って捨てられがちな用法も、きちんと歴史的用例を紐解くとあながち誤用と言い切れないものが多々あるということが知れて目から鱗が落ちる思いでした。
言葉の結び付き(コロケーションまたは共起関係)は往々にして偶発的で、論理的な説明が困難なことがあります。
例えば、なぜ将棋は「指す」のに碁は「打つ」のか、さまざまな憶測は飛び交ってますが、決定打となるような説はありません。
また、語形変化も言語にはつきもので、大抵の場合は簡易化の方法に変化します。代表的な例で「目をしばたく」が挙げられます。これは本来「目をしばたたく」と「た」を重ねるものだったのが、1つ省略された形で、現在「しばたく」が完全に市民権を得ていると見なせます。私自身は「目をしばたく」の形しか知りませんでした。
そこでふと思い出したのが、英語の haplogy という言語学用語です。この語自体がその現象を表しているという優れもので、本来は haplóos(簡単な) とlógos(ことば)というギリシャ語を合わせて haplology と言うのですが、lo が1つ省略されているのです。
England という地名もこうした省略形の1つで、Anglo-(アングロ人の)と land(国)が合わさって、Angla-land だったものがつづまった成れの果てです。
元々語源や慣用表現が好きなので、説明が足りなかったりいい加減だったりすると苦々しく思うことが多いのですが、本書の解説は納得感のある良質のものだと感じられました。