『麦の海に沈む果実』(講談社文庫)は2000年の作品で、『三月は深き紅の淵を』の続編とも言えます。『三月~』の第4章で部分的に展開されていた不思議な学園の話で、主人公の理瀬、ルームメイトの憂理、行方不明あるいは死亡したと思われる麗子、理瀬の属する「ファミリー」の子たちの名前がそのまま『麦の海に沈む果実』に登場します。『三月は深き紅の淵を』は、学園の創立のきっかけになった私版本として言及されますが、理瀬が偶然寮の部屋で見つけた赤い表紙の同タイトルの本の中身はどうやら全くの別物のようです。
舞台は北海道の湿原の中の青い丘に建つ全寮制中高一貫学園で、様々な事情のある子どもたちがここに入ってきます。生徒たちはおおよそ3グループに分類でき、一つは「ゆりかご」、一つは「養成所」、そして今一つは「墓場」。学園では生徒が望めばどんな本でも楽器でも与えられ、学びたいことがどんなに突飛でも一流の先生が招聘されて授業を受けられるようになっているため、お金持ちの過保護に育てられた令嬢子息らや、日本にいる間の一時的なつなぎとして学園に預けられている子供たちが「ゆりかご」組。芸術家の子息令嬢やスポーツに秀でた者たちがそれぞれの才能を伸ばすために来ている子供たちが「養成所」組。残りの厄介払いのごとくこの学園に放り込まれ、閉じ込められている子供たちが「墓場」組。
新学期が始まるのはなぜか3月で、2月に入って来る者は学園を破滅に追い込むとか追い込まないとかいう噂があります。そんな中、理瀬は2月の最後の日にこの学校に転入してきます。転入してきたその日に、「ファミリー」を紹介され、「いなくなった子たち」の話や2月に入って来る者の伝説などを聞かされます。
校長先生は、一応生物学的には男性で、学園内では女性でいることが多い変な人ですが、なぜか人の心を掴むのが巧みなようで、男女ともに親衛隊がいるくらい。この校長がやたらと理瀬をかまうので、彼女は親衛隊の子たちから妬まれ嫌がらせされたりします。
ストーリーは一貫して理瀬の回想という視点で語られるため、『三月は深き紅の淵を』の第4章で感じたような視点の定まらないもやもやした感じが全く無く、その意味では読みやすいミステリーです。ファンタジーの要素は殆ど無く、行方不明者や死者が次々と出る古典的なミステリーと言えます。意外な結末はストーリーとしては面白いですが、なんとなく後味の悪さも残ります。